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不定期投稿、失踪予定。
ゲームギアの名称をVRギアチョーカーに変更。無知で申し訳ない。
同名のゲーム機の存在を知らず、碌に調べもせずに商標名を使用してしまいました。指摘してくださった方、本当にありがとうございます。
もし、他のエピソードで名称変更忘れを見掛けた際は、御教え願えると助かります。
「おはよ〜、ちぃ〜。今日が発売日だよ、ヘキサグランダンジョンズ!」
朝。賑わう教室に足を踏み入れ、涼やかな空気に額の汗を冷ましながら自分の席に向かう途中。既に涼み終え、頬から赤みを消した友人が私を呼び止める。
「おはよー、みさ。学校来る前にダウンロードしてきたわ。正直、学校サボろうかって思ったよ」
私はハンドタオルで額の汗を拭いながら挨拶を返すと、目的地を変更して友人の座る机の前に足を向ける。
「ちぃならやりそ〜う。てか、サボった事あるでしょ?」
「あ、バレた?でも流石に、高2になってサボるのはヤバい気がしてさ。ほら、進路に関わるし」
友人の前に立つと、肩に掛けた鞄を床に下ろし、そに上にタオルを掛ける。そしてその場に屈むと友人の顔を見上げた。
「進路の話しないでよ〜!もうすぐ夏休みなのにさぁ。ううぁ〜……」
進路という単語に、目の前の友人〈凩 美彩〉は眉を下げて渋い顔をしたと思うと、机に突っ伏した。
「夏休みだからでしょ?ほら、夏期講習とか。2年生から行く人多いじゃん?私には関係無いけどさ」
季節は夏、未だ天気は気まぐれに崩れ、ジメジメとした蒸し暑い日が続く中。眩い日差しと今後の進路で顔を顰める同級生とは違い、私〈多々良 千歳〉は夏の脅威にのみ顔を歪めていた。その理由は単純──
「ちぃは進路が決まってるから、そんな風に言えるんだよ。専門学校で奨学金受けられる位には、地味に勉強出来るしさ」
目標の進路先が既に決まっており、その進路先が学力を然程必要としない専門学校であるからだ。ただ、専門学校志望だからと言って、勉学を疎かにして良い訳では無い。寧ろ、人一倍の成績が必要だ。“奨学金”の為に。
「そんな事ないよ。それに、今出来るからって、新しい内容に変わった時に追い付ける訳じゃ無いからね。まぁ、ウチの学校ってそこまで偏差値高い訳じゃ無いから、サボらなければ余裕そうだけど。それよりもみさの方だよ。ほら、先生も言ってたでしょ?文系か理系かだけでも、今の内に決めろ──」
「──今はそんな事より!」
ずい。と、みさは腰を僅かに浮かし、前のめりになりながら伏せた顔を上げると、私の話を遮る。
こいつ、話を逸らす気だな?と、彼女の大きく開いた目を見つめていると、腰を下ろしながら私から顔を離し、笑みを浮かべながら話を始めた。
「ヘキサグランダンジョンズだよ!βテストが終わって1ヶ月!やっと今日!本リリースなんだよ!私、朝やりたいのすっごい我慢して、頑張って学校来たんだから!」
「テンションたっか。いや、気持ちは分かるけどね」
「いや。ベータプレイヤーの私と、今日から始めるちぃとでは、気持ちは全く違うね」
「ちな、どんな気持ち?」
「出産」
「産んでから言って。どうぞ」
突拍子も無い発言にツッコミを入れる。もっと他に良い例えがあるだろうと考えるが、みさは既に、その話から別の話に話題転換していた。
「最近はMMOが馬鹿みたいに増えてて、その内容も、キャラや土地の名前が違うだけのコピーゲーだったから、国産でマトモなのが出てくれて嬉しいよ。やっと本物のMMOがリリースされたって感じ」
ここ十数年間、VRMMOといえば海外産が殆どで、しかもそのほぼ全てが、昔の人気ゲームの内容丸パクリの駄作ばかりだった。その上価格も高く、廃課金前提の内容の物がありふれており、VRMMO=クソゲーという認識が広まっていた。
だからこそ、国産かつ他に類を見ない内容で、且つフルダイブ型……電気信号で仮想世界内のアバターを動かすタイプのVRMMOである、hexagran dungeonsのリリースを、大勢のゲーマーが待ち侘びていた。
とはいえ今の時代、フルダイブ型含めVRゲーム自体が衰退しつつあった。
その理由は、VRゲーム全体が盛り上がらなかった事や、過疎化が進んでいる事もあるが、大きな理由として“手が出しにくい”所だろう。
フルダイブ型は、年齢や性別、職業、家族やゲーム環境に大きく阻害され、ゲーム自体が遊べない事が多く、VRゲーム自体はハッキリ言って、据え置き機や携帯機で十分だったりする事が多い。
「分かる。私もVRハード持ってるけど、据え置き機のゲームばっかやってるし。それにさ、VRゲームって配信向きじゃ無いじゃん?やってる人見た事ないし」
それに加えて最近は、配信者が配信しているゲームを、視聴者達が買う傾向があり、一人称視点で配信コメントどころか配信サイトすら確認出来ないVRゲームは崖に追いやられている。
hexagran dungeonsはその点、誰でも簡単に配信が出来るように工夫されているようで。みさのβテスト配信を見ても、三人称視点で映し出されたり、ゲーム内でコメントが読めたりと、他のフルダイブ型ゲームとは根本から違う事が分かる。
「良いよね〜、ヘキグラ。早く帰りたい」
「私も……ん?ヘキグラ。」
「ヘキサグランダンジョンズの略。フルだと長いじゃん」
「なんかダサくない?他に無いの」
「公式名称だから」
「もっと他にあるでしょ……英名なんだし、ローマ字の頭文字を取るとかさ。例えば……えいちじーでーとか」
「え〜、言い辛いじゃん。ヘキグラヘキグラ。ほら、言い易い」
キーンコーンカーンコーン──
学校の一日が始まるチャイムが、全生徒達の会話を遮り校内外に響き渡る。それを合図に、いつの間にか教卓の前で待機していた先生が、私含め、まだ席に着いていない生徒達に気怠げな声を上げた。
「お前らー、はよ席着けよー。遅刻にすんぞー」
職権濫用も良い所な先生の発言に誰もツッコミを入れる事なく、皆一斉に自分の席に戻る。私も床に置いた鞄を手に取って足早に、窓際の自分の席に向かった。
全員が席に着いた頃、学級委員の女子が見計らったかの様に号令を掛け、皆で朝の挨拶を済ませる。
「おはようございます」
「はい、おはようさん。早速だが共有データを送るから学校用AD付けろー。終業式や夏休みの事話すから、ちゃんと目を通せよー」
生徒達とは違い、朝の挨拶を雑に済ませた先生は、手に持った電子パネルデバイスを机に置きながら、皆にそう伝えた。
学校用AD……ADとは、Air display device の略称でADやADDと略されている。
その名の通り、使用者の前方の空中にデジタル画面を表示するデバイスで、メガネ型やイヤーマイク型、スカウターやコンタクトなど、様々な形で殆どの人が使用している生活必需品だ。
学校の授業でも一般的に使用されており、授業用のデバイスが学校から支給される。因みに、うちの学校のデバイスはメガネ型だ。
私は鞄に入っているメガネケースを取り出し、中からADを出してそれを装着した。
装着後、デバイスは虹彩を判別して自動で起動し、背景が透過したエメラルドグリーンの枠を表示させて「起動完了」を知らせる。
そしてすぐ、枠内に「データ受信」の文字を表示させると、私はそれを右手でタッチした。
「みんな開いたか?開いてない奴は早く開けよ。説明始めるからな」
開かれたデータは、先程先生が話していた終業式の日程や、夏休み中の注意が書かれたデータファイルだった。
既に見慣れた内容を片隅に、耳にタコが出来る程聞き飽きた先生の説明をバックミュージック代わりにしながら、1時限目の内容である歴史の教科書のファイルを開く。別に歴史の授業が好きな訳でも、ましてや宿題を忘れた訳でもなく、単純に暇潰し。どうせ、夏休み前にも話すのだから、態々今聞く必要は無い。
「──まぁ、こんなとこだな。夏休み前にももう一度話すが、自分達でも確認はしとけよ」
それきた事か。と、内心で長話に悪態を吐きながら、終業式日程のデータファイルのばつ印に視線を合わせてデータを閉じた。
その後、クラス委員の言葉で再び生徒達が起立し、礼をすると朝礼が終了した。
それから数時間後。今日一日の授業が終わり、皆が帰宅や部活動の為に動き出す中、私は鞄を肩に掛けながらみさの席へ向かい、朝礼前に話していた話の続きを振る。
「おつかれみさ」
「おっつ〜」
「ヘキグラ?だけどさ、帰ってからすぐやる感じ?」
その言葉に、みさは顔をニヤけさせ、鞄を手に取り立ち上がりながら答えた。
「当たり前じゃ〜ん!はよ帰ろ!」
そのまま教室を後にするみさに釣られ、私も教室を出て玄関ホールがある1階へ向かう。
「私も帰ってすぐやるつもりだけど、キャラクリとかあるじゃん?私多分時間掛かるし、合流する時間決めない?」
「あぁ、それなら、キャラクリ中にチャット繋げれば良いよ。チャット繋げながらキャラクリ出来ると思うし」
2階から1階へ移動しながら、私はみさの話に首を傾げた。
「ゲーム開始後じゃなくてもチャット繋げられるの?」
「うん。ギアチョーカーとADを同期してあれば、起動後にゲームと同期させるか尋ねてくるから、オーケーすればチャット送れる。後、一緒に外部サイトアカの登録も出来るから、キャラクリ時点から配信することも出来るよ。あ、ちぃって今日、告知通り配信する?」
「する予定だけど、何にしてもキャラクリした後にしようと思ってる。自分のペースでキャラクター作りたいし」
玄関ホールに辿り着いた私達は、自分のシューズボックスから靴を取り出して上履きを仕舞い込む。
「おけおけ、私も今日配信するから。一応ちぃに時間合わせようと思って」
「本当?なら、ヘキグラでの配信方法さ、合流した時に教えてよ」
「へへ……!ベータプレイヤーのみさ様になんでも聞くが良いぞ!」
「ははぁ〜」
冗談を交えながらキャラクタークリエイト後の予定を話し合い、校門前に辿り着くと私は右の商店街方面へ、みさは正面の駅方面へと二手に分かれ、別れの挨拶を告げる。
「ちぃ、後でね〜」
「ほーい」
互いに手を振り合い、そのまま帰路へ就いた。
十数分後、私は自分の家であるケーキ屋〈多々良洋菓子店〉に着くと、我が家の玄関であり、店の入り口である自動ドアを潜る。すると、丁度目の前の客の対応を終えたママが、ショーケース越しに手を振って出迎える。
「あら、おかえり千歳」
「ただいまママ」
私がママにただいまを伝えると、丁度シュークリームを買い終えた常連客のおじさんからも声を掛けられる。
「おぉ!千歳ちゃんおかえり!学校はどうだった!」
「ただいまレイさん。もしかして、また奥さんに黙って買いに来たの?」
「いやぁ、一日一個は甘いもん食べんと死んじまうでよ!」
ゲラゲラと、ふくよかな頬肉と腹肉を揺らしながらレイさんは笑う。食べない方が長生き出来るのではないかと、余波で揺れ続けている贅肉を見ながら思うが、親しき中にも礼儀あり。そんな事、口が裂けても言えるわけがない。
「気持ちは分かるけど、前みたいに奥さんにバレて怒られても知らないからね?」
因みに、前に一度甘い物の食べ過ぎで、商店街の真ん中で奥さんに怒られている。それ以降、甘味の食べる量を減らしているらしいが……奥さんの望む量と、レイさんの決めた量でかなりの認識の差がある事は言うまでも無い。
「大丈夫、甘いもんは一日一個って決めてるでよ。まぁ、食後のデザートは別扱いだけんどな!」
苦笑いする私や他の常連客の表情に気付く事なく、レイさんは店を後にした。
賑やかながらも騒がしいおじさんが店から出て行ったことにより、店内は普段通りの賑やかながらも落ち着いた空気に包まれ、次々と客が入れ替わってゆく。それを見て、店や客の邪魔にならない様にと、私は足早に店の裏に入る。
裏とは言っても、厨房は経由しない。構造的に、居住スペースと厨房は完全に区切られているからだ。それでも、中学の頃までは部屋に戻る前に必ず顔を出していたのだが……今はそれも無い。
第二の玄関で靴を脱ぎ、そのまま自室がある2階へ上がると、そのままドアを開けて部屋に入り持っていた鞄を投げる様に床に置く。
「あー、やっとゲーム出来るわ。っと、その前に着替えてAD確認しとこ」
靴下を脱ぎながら独り言を呟き、投げ置いた鞄からイヤーマイク型のADを取り出して装着する。
そして、制服から部屋着に着替えながらチャットの確認やニュースに目を通し、シワにならない様、脱いだ制服を壁にあるハンガーに掛ける。
「みさからメッセか……」
ADを見ていると、丁度みさからメッセージが入ってきた。内容は
『忘れてた!キャラクリ中に初期タウンを選ぶ必要があるから、それ決める前に絶対メッセかチャットして!他のタウンの人と遊ぶにはある程度ゲームを進めないとダメだから、ここで違うタウンを選ぶと一緒に遊べない!』
という物だった。
「あっぶな、気づいてよかった……。どうせ説明とかあるだろうし、チャットも繋いでるだろうけど……『おk』……っと」
私はみさにメッセージを送り返してベッドの上に寝転がると、サイドテーブルにADを置き、VRギアチョーカーを手に取ってセッティングする。
VRギアチョーカーのセッティングは簡単だ。ゴーグルとヘッドホンが一体化したデバイスを頭に被り、チョーカー型の補助コントローラーを首に嵌めるだけ。
ヘッドデバイスとサブネックレスと呼ばれるこれらの機器は、仮想世界へフルダイブする為に必要な物。使用者のヘルス管理も同時に行なったりしているので、健康管理デバイスとして利用している人もいる。
元々、これらの機器は医療機器として開発された物であり、それを一般家庭用に改変、流通させた物が、このギアチョーカーだ。
『hello』
VRギアチョーカーが起動し、私の視界に文字が浮かび上がる。
「ハロー」
私がその文字に挨拶を返すと文字は消え、再び別の文字が浮かび上がった。
『個人認証完了 ユーザー.ちぃちゃん』
『ホーム画面へ移行します』
私のユーザー名が表示されたと思うと、再び文字が入れ替わり、読み終わる頃にはまた別の画面が映し出された。
青白い世界が果てしなく続く中。自分が買った様々なVRゲームのアイコン、ヘルスケアやギア設定などの見ることの無いアイコンが並べられている。そして、画面の中央に hexagran dungeonsのアイコンが自身を主張する様に鎮座していた。
「ダウンロードも正常に出来てるし……早速始めますか」
そして私は、無機質な見た目に変更された右腕で、hexagran dungeonsのゲームアイコンに触れた。