リアルで、「俺、何かやっちゃいましたか?」と言いそうになった話。
私は、小学生中頃から、中2くらいまで、空手をやっていた。
月謝は1000円、保険が、500円くらいで、先生の取り分は500円ぐらいだったと思う。
通っている小学校の体育館で、土曜日の午前中にやっていた。
やる内容は、基本、型、ミット打ち等々、組み手は滅多にやらない。
子供ばかりだからだ。
先生は、山崎先生・・・50代半ば、超えたぐらいだが、身長は低いが筋肉が詰まっている感じだ。
教え方は、今思えば、変わっていた。
古い空手の技を教えてくれるのだ。
「いいかね。回し受けは遅くて、使えないかもと思うだろうが、ほら、この状態で、回し受けをしてみなさい」
先生は、私の手首を掴む。
回し受けをすると、ねじって回すので、掴んだ手が取れた。
「いいかね。手首を掴まれたら、こうしなさい。次は、少し、力を強くする。その時は、反対の左手を添えてやってもいい」
「この型では、掌底で、蹴りや突きを打ち落とすように見えるけど、実は、こう手首を返すことで、掴まれた手首に隙間を与えて・・・・崩し、ここから、関節を蹴るのじゃない。踏む感じだ。危険な技だ」
私は疑問に思って聞いた。
「先生、何故、いつも、手首を掴まれたからで始まるのですか?」
「ふむ。良いことを聞く。まずは実戦だ。私を殴ってきなさい」
「ええっ」
と言いつつも、正拳突きをしようとしたら、右手首を掴まれた。
「あれ、力が抜ける・・・」
何か、戦意がなくなった。
今、思えば、不思議な体験だ。
「例えば、肩を掴んでも、もし、相手がナイフを持っていたら?」
「刺されると思います」
「そうだ。昔の人の戦いは、何よりも、武器を無効化しようとしていたのが、型の残滓から分る。そして、空手の武器は、正拳だよ。
正拳が封じられないように、考えていたのじゃないか?」
そして、ミット打ちでは、ボクシングなどをやる。
「デンデン太鼓!君はデンデン太鼓になったつもりで!軽く力を抜いて!」
体育館の鏡の前で、シャドーもやった。
「体育館の鏡を見て、予備動作が見えないように、パンチを撃つときは絶対に引かない。威力を落していいから」
また、先生がジャブを撃ち。私の目の前で止める練習もした。
「目をつぶらない訓練だよ!」
そして、いろいろな近代的な格闘技の技を教えてくれた。
「いいか?後ろ回し蹴りは、体は、大きくのけぞる。必殺の奇襲技だよ」
「おお、カッコイイ!」
「かかと落としは、かかとじゃない。足の裏、全てを使う。じゃないと、少し、前に出ると、封じられます。高く上げても、相手の顔の位置程度、押す感じです。
かかとを落すかかと落としは、相手が下を見たときとか、工夫が必要だ!」
「何故?ここは、空手の教室ですよね」
私は思わず聞いた。
しかし、
「空手は、中段突きは、最適だけど、顔面への攻撃はボクシングが優れている。他の格闘技は、それぞれ優れている所がある。それに、護身を考えた場合。相手はボクシングなど他の格闘技を知っているかも知れないからだ」
いいのかな。空手家が空手を否定して・・・と思ったが、
やがて、人数が集まらなくなって、自然消滅をした。
その後、高校生になり。私は空手と全く関係のない陸上部に入った。
県大会止まりで、平均よりも下だ。
1500メートル走をやっと、五分切るぐらいのタイムで全国の高校陸上部の平均よりも下の成績だった。
☆
やがて、就職し、また、空手をやりたくなった。
「あれは伝統派という種類だよな」
私は、会社、近くの道場に入った。
独立した建物の道場だ。古い。看板に大きく〇〇〇公認とか書いてある。
安心だろうと思ったが、
「君、一番新人だから、トイレ掃除だよ」
「はい」
「声出せ!セイ!セイ!セイヤ!」
「「セイ!セイ!セイ!セイ!」」
・・・何だ。ここは?
最初の山崎先生のところとは何か違った。
まず。他流への批判が強い。
「〇〇派は・・・実戦では使えない」
「〇〇は・・ヤンキーの集まり」
そして、自画自賛もある。
「我が流派は、心が優れている!」
・・・どんな風に優れているかはついぞ言わなかった。
「型は、体の使い方の勉強!」
・・・山崎先生は、技としての使い方を教えてくれたけどな。
型の技の説明はあるが、
「この両手で丸く円を描くのは、平和を表している」
抽象的だ。
何か違うからやめようかと思っていたが、
遂に、私にも組み手をやれと来た。
「先生は、ム〇タイにも勝ったことのある人だ」
と審判の師範代は言う。
40代か、体は、はっきり言ってデブだ。
体が、冷蔵庫みたいになっている。
「遠慮しないで、来なさい!ここは、ライトタッチは認めている」
・・・どうしようかと悩む。
山崎先生のところでは、スライディングキックを習った。
伝統派で戦うならとか。あれ、足裏をこすっていたいんだよな。
「私から、行こう!セイ!セイ!セイ!」
・・・何だろう。すごい。テレホンなワンツーだ。
だから、ボクシングのように、足を平行にして動きやすくして、自分から見て、左に回る。
すると、相手が、右利きの人ならば、攻撃しにくくなる。
「!!!」
驚いている・・・
え、これだけ。数回ワンツーをするだけ。
また、来たので、山崎先生流のかかと落としをしてみた。
まあ、相手の顔に、足の裏を乗っける少々、汚い技だが、
「当たった!」
そして、足を素早く戻す。
先生は、その場から、遙か遠くから、逆突きをして、
「一本!先生の勝ち!」
となった。
正直、勝敗はどうでもいい。
・・・俺、何か・・・やったか?いや、ヤバイ。あの台詞を言いそうになった。
ここ月謝5000円だよな。
もっと、強い人は・・・
いなかった。
中学生のコースと、おっさんが数人ばかりだ。
そして、辞めようと決意して、次の、練習日に挨拶に行った。
昔ながらの袋に月謝を入れて、持って行くタイプなのだ。
すると、息子さんと名乗る人がいた。
また、バトルか?
と思ったが、事情を話してくれた。
息子さんは大学で空手部に入っているそうだ。
「・・・父が、ムエタイに勝ったと言っているのは・・」
☆
近所に、タイ人の方がいて、見学に来たのです。
ニコニコニコ
タイ人の方って、ニコニコしているでしょう?
だから、父は馬鹿にされたと思って、試合を申し込んだみたいです。
体の細い人です。
勿論、ライトタッチです。
それで、いつもの、遠くからの逆突きで、「一本」にしたそうです。
高弟さんが審判をしていまして。
タイ人の人は大人で、ニコニコ笑って、挨拶をして、もう、二度と来ませんでした。
・・・ああ、私もやられたあれか。
高弟さんと言っても、近所のスーパーで鮮魚コーナーの主任さんで、父は、配達業です。
「でも、歴史が古そうな道場ですよね」
「ええ、元は剣道の道場です。祖父が経営していました。父の時代から空手に鞍替えしたそうです」
「でも、先生・・・結構な高い段位を持っていますよね」
「ああ、あれは、空手界の闇です」
息子さんの話だと、
〇〇〇の協会だと、空手歴〇年と、型が出来れば取れてしまうそうだ。
「ええ、でも、審査で、組み手ありますよね」
「はい、ただ、ある程度の段位まで、時間中、構えて、ピョンピョン跳んでいれば通ります。こうです」
息子さんは実演してくれた。
「しかし、道場では?」
「それが、ここは、礼儀作法を教える意味合いが強くて、高校生まで、月3000円で、中学生ぐらいで辞めていきます。中学生くらいなら、あの体でラッシュをすれば、大抵、壁際まで追い込まれます」
・・・あ、なるほど、中学生相手か。
礼儀作法、だから、声は大きくしろといつも言っていたのか。
「父はあれから、塞ぎ込んでいます。まあ、いつかはこうなるかと思っていたのですが、山田さんは、どこで空手を?」
私は正直に話した。
「流派は、〇〇流と言っていました」
「突きを見せてもらえませんか?」
私は三戦立で、腕を伸ばしきらない正拳突きをした。
「・・・間違いなく、〇〇流ですね。沖縄空手です。私たちの空手は、こうです」
ビュン!
「速いですね」
「実は、ボクシング部の友人に習っています。伝統派は速さが求められますから・・・しかし、型の分解解説、俺もしてもらいたかったな」
どうやら、私は恵まれていたようだ。
そして、辞める旨をいい。お互いに丁寧に礼をした。息子さんが継げば行ってみたいかもとは思う。
☆後日
と、この話を大学時代に、格闘技研究会に所属していた友人に話した。
「ようこそ。格闘技界の闇に」
意味深だな。
「それは、山田が悪い。陸上部や球技出身者に負ける道場主、こんな町道場はざらだ。中には、秘伝流派と、大きくマンガや
雑誌に取り上げられた団体が、ただの古武術の町道場で、国際試合で惨敗した事件もある。雑誌編集者の退社まで発展した」
「ええ、でも、令和の時代にまだ、そんな道場あるの?」
「あるさ。例えば、ネットの、この道場の公式サイトを見てみろ」
・・・中国拳法の教室で、うわ。他流派や他の格闘技の・・・批判が沢山書き込んである。
「この先生、中国のカンフーツアーに行って、数週間習っただけとツブヤイターで発覚した。ほら、生徒さんの集合写真を見てみろ」
・・・言い方は悪いが、オタクさん・・・だろうな。
「でも、昔ながらの稽古をしている団体もあるから、見極めが大事だな」
「曽根はプロにはなれないと言っていたよな。そんな町道場に行ったら、実力者になれるんじゃないか?」
「そしたら、件の町道場の先生になっちまうよ。ランクを落したら、最初はいいけど、後々、ランクは下がっていくぞ」
・・・友人は、今は格闘技をやっていない。筋トレをしている。
「いや、何か、トレーニングで、ジムにいったけど、そこの人たち、何かいい人ばかりで、筋肉イジメルとストレス発散して、他の人に優しくなれるのだと思うぞ。だから、筋肉鍛えるだけでいいかな。もう、格闘技界は疲れた。人格者はまれな世界だ」
・・・ああ、ジムのあのアメリカンな笑顔、何か分るかも。
そして、私は、今は何も格闘技はやっていない状態だ。
たまに、ジョギングする程度だ。
最後までお読み頂き有難うございました。