第七話 それはよくある戦闘シーン
『実際そういう相手だ。ま、昨日はあまり格好いい戦い方ができなかったからな』
例のごとく彼女からの通信音声が聞こえる。
軽い口調だけど巨大化した表情を見れば、全く気を抜いてないのがよくわかった。
改めて、あの美少女プラモが常識を飛び越えたトンデモ存在なんだと思い知らされる。
『しっかりと見ていてくれ。君のプラモが世界を守る姿を』
ちょうどその時、エレナの向く先で何かが落ちてくる。
見ればそいつらは卵にド緑の手足が生えたような姿をしていた。
大きさは昨日見たヤツの半分ほど。だが、とにかく数が多い。
「なんだ、ありゃ……」
遠くからサイレンの音が届く。
そりゃそうだ。怪獣もといアナザービーストが倒されたばかりなのに、また新しい奴が出てきたんだから。
というか本当に大丈夫なんだろうか。
俺の不安を煽るように、化け物の群れはエレナに注目する。
そして、一斉に金切り声の合唱をぶちかましてきた。
「うるっ、せぇ……っ⁉」
思わず耳を塞いだ、次の瞬間。
『さて、ビースト・スレイヴとは、アナザービーストが生み出したできそこないのようなものだ』
エレナの背中に取りつけられた小口径砲が火を噴く。
数えて三発。一体ずつ命中し、化け物に風穴を開ける。
ピタリと止まった三体はそのまま綺麗に倒れた。
同時に金切り声が止み、謎の静けさが訪れる。
俺も目が点になった。
あまりにも呆気ない。というか容赦ない。
『基本的には最新のビーコンが設置された位置周辺に出現する。目的はアナザービースト同様、文明の破壊だ』
そしてエレナは平然と射撃を続ける。
流れてく解説と一緒に倒される化け物達に、どう反応すればいいか困ってしまう。
が、早々に全滅したかと思った矢先、新手が出現した。
さっきと同じく空中から大量に現れた奇形生物は、着地と共に弾み上がる。
手足をバタバタさせ、さっきの連中と同じく喚き散らした。
『ただし脅威度はアナザービーストを遥かに下回る。この世界の兵器でも充分太刀打ちできるレベルだ』
そこへ再び小口径砲が連発される。
あっという間に数体吹き飛んだ。
『もっとも、数が多くて無駄にすばしっこい。戦闘機が必要になるほどだ。私の場合はこれで一発だが』
残った連中が背中を向け、逃げ出そうとする。
はしゃいでる場合じゃないと理解したらしい。
『で、逃げられると面倒だから出てきた所をすぐ潰すのがセオリーだ』
でもエレナはそれを見逃さなかった。
足元から煙が上がる。いくつものミサイルが走る卵を追いかける。
そして爆発。一体残らず綺麗に燃え上がった。
お見事、としか言いようがない。
「す、すっげぇ……」
『まだまだ、この程度は序の口だよ……っと、今回は最初から大盤振る舞いだな』
彼女がそんな愚痴を言うのもわかる。
だって新手の出現が見えたから。
で、そいつらに向かってエレナは『めんどくさい!』とミサイルを大連射。
着地した化け物達をまとめて爆発炎上させた。
無慈悲だ。行動する隙さえ与えない。
でも向こうもそれを学習したのか、今度は三か所に分かれて降ってきた。
エレナはミサイルを一か所に放ち、ロングライフルと小口径砲でもう一か所を狙い撃つ。
もちろんそれじゃ三か所目は対処できない。
ようやく着地したビースト・スレイヴの群れは何をするかと思いきや。
「逃げた⁉」
そう、一目散に逃げ出したのだ。
戦わないのかよ、とツッコミを入れる間もなく、エレナのため息が入る。
『逃げた後で加速度的に数を増やすからな。連中にとっては生き残ることそのものが大事な戦略。逃げも立派な選択肢になる。……当然、逃がす気はない』
ロングライフルの銃口が向く。
ズドン、と響いた瞬間、化け物がまとめて数体弾け飛んだ。
更にもう一発、一体が木っ端微塵になる。
もはや、ただの的当てだ。
エレナの火器が火を噴く度、ビースト・スレイヴは哀れにも散っていく。
最後の一体が貫かれた時、またしてもスレイヴの群れが現れた。
ただし今度は明らかに戦う気配が見える。
遠くから見てても威嚇してるのがわかるほどだ、間違いない。
「なんか、今度は向かってくるみたいだけど」
『逃げ回るよりはずっと楽だな』
呑気な言葉に気分を害した、ってわけじゃないんだろうけど、ガチガチと音を立ててスレイヴ達が飛び掛かる。
それに対し、エレナは脚のキャタピラをフル稼働。ギュルルと音を立てて後退した。
一拍置いて攻撃をミスった化け物達が積み上がっていく。
ジタバタもがく様子は見ていて情けない。
「ホントだ……こいつら何のために出てきたんだ……」
『時間稼ぎだよ。私の時間を浪費させ、次のアナザービーストへの準備をさせないようにする。ただそのためだけに使われる』
そこへミサイルが殺到した。
えげつない。
『しかしこれだけ倒せば、そろそろ本命が来る頃合いだが……』
黒焦げになった化け物の山を背に、エレナが辺りを見回し始める。
いやちょっと待ってほしい。
「な、なぁ、本命、ってどういうことだ?」
来るのは雑魚だけじゃないのか、と不安を感じて問いかけた時、大きな震動が起こった。
ピギャアアアアア!
間髪入れず、物凄いボリュームの鳴き声が響き渡る。
再び耳を押さえたが、今度はそれでもまだうるさい。
見るとエレナでさえ顔をしかめている。
だけどすぐに持ち直し、待っていたとばかりに声を上げた。
『あれが、本命だよ……!』
俺も声の響く方に目を向ける。
卵状の体と突き出た手足は同じ。
だが今度は鳥のような頭つき。大きさも倍近くある。
一体きりで現れたそいつは腕をめちゃくちゃに振り回し、敵意マシマシでエレナと向き合った。
『スレイヴ・ヘッド。ヤツを倒せば今回の臨時出撃は終了だ』
「ちなみに強さは!?」
『ちょっとだけ強い』
「微妙だな!?」
『どのみち私の敵じゃない』
強気な宣言と共にミサイルが発射される。
それに対しヘッドは腕をクロスさせ、真正面から受け止めた。
着弾と共に爆風が起こるけど、ヘッドは気にせずくちばしを開く。
すると口の中から大きな弾がいくつも吐き出された。
だけどエレナには届かない。
小口径砲が片っ端から撃ち落としていった。
空中で相殺され、大小様々な破片になって落ちていく。
目を凝らせばそれが卵の殻だとわかった。
「……タマゴ爆弾?」
鳥っぽいからってそんなトコまで鳥っぽくならなくても。
そうこうするうちにヘッドはエレナ目掛けて走り出す。
接近戦に持ち込みたいんだろうけど、彼女はキャタピラを回して距離を取る。
というか。
「えっ、遅……!」
ヘッドの足がやたら遅い。まるで追いつけてない。
結果、真正面からロングライフルと小口径砲のダブルヒットを食らった。
情けない悲鳴を上げて仰向けに吹っ飛ぶ。
いや、これじゃさっきのスレイヴと大差ないんじゃないか。
それが悔しいのか、ヘッドはさっきの大声量をまき散らしてジタバタする。
「うっさ……! なぁエレナ、コイツさっさと何とかしてくれ!」
『元よりそのつもりだよ』
耳を塞いで迷惑を訴えれば、エレナはロングライフルを構えた。
もがくヘッドの頭を正確に撃ち抜き、悲鳴がぱったりと止む。
これで耳は大丈夫そうだ。そう思った矢先、頭を失ったはずのヘッドが一層激しくもがきだす。
震動とあいまってめちゃくちゃ怖い。
「うぇっ!」
『コイツの頭は声による妨害と攻撃のための器官だ。胴体が残る限り動き続ける』
「だったら早く倒してくれよ怖いわっ!」
『了解』
その言葉に続き、エレナの武器が一斉に繰り出された。
卵状の胴体に銃弾が撃ち込まれ、ミサイルの爆発が肌を焦がす。
痛いのか苦しいのか、多分両方だろう。とにかく手足が激しくのたうち回った。
でも頭は潰れてるので、断末魔なんて聞こえない。
やがてヘッドは突然動きを止め、糸が切れた人形のようにだらんとなる。
ピクリとも動かない。
そこへトドメとばかりに殺到するミサイルの雨。
巨大な体があっという間にミサイルの炎に吞み込まれた。
『スレイヴ、およびヘッドの殲滅を確認。通常待機に移行する』
そうしてエレナはロングライフルを下ろす。
終わった、ってことでいいんだと思う。その証拠に彼女の巨大な体が青白い光を放って消えていく。
続いてコンバートベースが光り出し、元のサイズに戻った美少女プラモが悠々と歩いてきた。
「というわけで、今日の臨時出撃は終了だ」
「お、おう……お疲れ……」
とりあえず、労いの言葉をかける。
すると彼女はふふんと胸を張る。
「どうだった? 君のプラモが化け物を一蹴するサマは」
「え? あー……うん、悪くは、ないかな」
「だろう? しかもデフォルト兵装だけでこれだ。君が仕上げた武器を使った時どうなるか、ワクワクしてこないか?」
ワクワク、なんて思っちゃっていいんだろうか。
若干気が引けるけど、一方で想像してにやけちまう自分もいる。
だって俺のプラモが戦ってるのは事実だし。
エレナの言うことだって合ってる。仕上げた武器プラモを使って戦う瞬間が待ってる。
そりゃもう、楽しくなるに決まってる。
「ただし……これからこういった臨時出撃は割と頻繁に起こるぞ」
「……え?」
「妨害だから当然だ。幸い、夜は相手も活動時間外、睡眠を邪魔されることはないだろうが……日中は騒音や震動を覚悟した方がいいぞ?」
前言撤回。
思ったよりもしんどくなりそうだ。
俺はさっきの戦闘を思い出す。
出てくるなり金切り声の大合唱を響かせる化け物一同。
頭を潰してもジタバタ動き回る不気味な奴。
そもそも巨大プラモと巨大生物の大立ち回り。
どうやったって気が散るに決まってるのに、それを無視して作業しろって?
「マジか……」
とんでもなく難しい話だ。
普通だったら命の危険、全力ダッシュ間違いなし。
(……あれ? じゃあ俺、なんで避難してないんだ?)
なんか気付いちゃいけないことに気付いちゃった気がする。
が、そんなこと知ったこっちゃないとばかりにエレナはローテーブルをぺしぺしと叩いた。
「というわけで巧、戦闘は終わったんだからレクチャーの続きだ。座った座った」
「あ、はい」
思わず返事。
そして着席。
うん、考えたら負けだ。
「さぁ、次は接着跡のカンナがけだ。さくさく進めるぞ」
「お、おう」
やるべきことはエレナのため、新しく武器プラモを仕上げること。
放置していた武器プラモを取り、デザインナイフのキャップを外した。