第五話 終末世界にプラモを買う
『先程、三城地区の戦闘跡地にて巨大な体組織の一部が発見されました。倒された怪獣のものと見られ、政府はこれらを回収して急ぎ解析するとの方針を明らかにしました』
『怪獣が姿を消した一方で、各地には大きな傷跡が残っています。家を破壊され、避難所生活を余儀なくされる人もいて――』
『交通情報です。現在、首都交通第七基幹バイパスは怪獣通過による路面崩壊が原因で、2キロの渋滞が発生しており――』
『先ほど、プラモデル製造会社『コズミック』から報道各所に文書が送られてきました。怪獣を撃退した未確認存在について、一切の関与を否定しており――』
通りがかったテレビコーナー。
付けっ放しの画面から聴こえてくるのは怪獣が消えた後、元の生活に戻ろうと汗水垂らして働く人達の話だ。
無意識に足が止まる。
「気になるのか、巧?」
そんな声が鞄の中から聞こえてきたけど、理由を知ってる俺は驚かない。
「あぁ……いや、別に」
すぐにまた歩き出す。
ここは自宅から電車で数十分の大型家電量販店だ。
大型なのでもちろん家電だけでなく、ゲームやおもちゃもばっちり売ってる。
俺の目的地はその中の一つ、プラモのコーナーだ。
エレナが言うには、そこでプラモのクオリティアップに必要な道具を揃えてほしいんだそうだ。
「どの世界も最初は似たような状況だ。気にしなくていいとも」
と、その本人が鞄からひょっこり顔を出す。
いきなりだから焦って周りを見てしまった。
「お、おい顔出すなよエレナ」
「この辺りに君以外誰もいないのはサーチ済だよ。気にするな」
「そうじゃなくてびっくりするんだよ。そもそも無理してついてくる必要もなかっただろ」
「自分から初心者と言ってる相手にメモだけ渡して、『買ってこい』なんてできるわけないだろう」
そう、ショルダーバッグにはエレナが収まっている。
彼女の「レクチャーも必要、自分の武器候補も見たい」という主張に押し切られた格好だ。
ただ、俺としては大人しく家で留守番してて欲しかった。
何せ同行者は勝手に動くプラモデル。しかも世間をにぎわす未確認存在の同型だ。
いや、張本人だから当たり前なんだけど。
とにかくそんなの持って歩いてるトコを目撃されたらどんな騒ぎになるかわかったもんじゃない。
「つか、それならせめてスマホみたいな連絡手段とか使えなかったのかよ。カメラモードとか使ってさぁ」
「残念だがそういうのはないんだ」
嘘だろ。
頭の中に浮かんだのはエレナが巨大化する時に使ってたコンバートベースのこと。
あんないかにもハイテクな物を持ってるのに、ロクに連絡も取れないのか。
おかしいだろ、それ。
「え、ないの? なんで?」
「世界ごとに通信技術が違いすぎてカバーしきれないんだ。例えるなら……ほら、要求スペックとか、対応ブラウザとか。あれが多すぎて、対応パターンごとの不具合を潰す手間が大きすぎるんだ。こっちにもそういうの、あるだろう? サポートしきれないから古いバージョンはサポート外にするとか」
率直な疑問への答えは、これまた妙にリアルな話だった。
要求スペック、対応ブラウザ、どっちもいろんな所で頭を悩ませる問題だ。
そう言われると納得してしまうけど、そんな言葉がぬるっと出てくるエレナの世界って、やっぱりどこかおかしい。
困惑する俺をよそに、エレナはふっと微笑む。
「……それに、百聞は一見に如かず、という言葉もある。これから救う世界のこと、肌で感じたいんだ」
絶妙にリアルな話の後だろうか。一転してロマンチックな言葉に喉が詰まった。
いきなりそんなこと言われると、どう反応すればいいか困ってしまう。
自分がついてきたかっただけじゃんとか、言えることはあるけど、そのまま口に出すのはちょっと違う気がする。
本当に、こういうのってどう返せばいいんだろう。
と、不意にエレナが何か気付いたように目をぱちくりさせた。
「っと、足が止まってるぞ、巧。そら、早く行った行った」
「……っ、わ、わぁったよ」
気付かないうちに立ち止まってたみたいだ。
慌てて早歩き。
とりあえずエレナ持参って状況は大人しく受け入れた方がよさそうだ。
「ってか今更だけどなんでここで買い物なんだよ?」
「その質問は意外だな。最初はどこで買うと思った?」
「えぇと、プラモ専門店とか」
「餅は餅屋、という考え方かな? それも答えの一つだが、いきなりハードルを上げる必要もない。最初なんだからもっと気楽に、だ」
「気楽に……気楽に?」
一応、世界を救う話に直結してるはずなんだけど、いいんだろうか。
そんな疑問をよそにエレナは語り続ける。
「確かに専門店でいろいろ聞くのもありだが、いきなりあれこれ質問できるのか?」
「あー、それ、は……」
「それにひと目を気にするなら、手狭な専門店だと私はずっと黙るしかない。さっき言ったようにメモだけ渡すのと変わらないじゃないか」
「それは、その、確かに……」
「だからこういう場所を選んだんだ。基本的な道具はひと通り揃っている。広いから人との距離も取りやすい」
「な、なるほど」
「いろいろと無茶を言っているのは承知しているからな。それも含めてのサポートだ」
ちょうどそのタイミングでプラモ売り場に辿り着いた。
さまざまな大手プラモメーカーが生み出したプラモを揃えた、量販店らしい大規模スペース。
何度来ても広さに安心する。
「……しかし、減ったなぁ」
が、思わずそんな言葉が出るくらい、品揃えは不足していた。
おもちゃ全体に言える話だが、プラモが在庫限りになって久しい。
俺は元々積みプラがあったから気にしなかったけど、最後の楽しみと思って買いに走った人は多かった。
結果、元から陳列数の少なかった物は早々に売り切れ。
大手メーカーの売れ筋商品だって在庫僅少品だ。
「さて、本当にそうかな」
だけどその様子を見たエレナには違って見えるらしい。
「いや、減ってるだろ」
「そうとは限らない。さて、『バトルガールズ・プラモデル』のコーナーもあるはずだな? ちょっとそこに行ってみてほしい」
言われるままそちらに向かう。
けど、やっぱりそこだってすっからかんだ。
強いて言えばディスプレイ用のスタンドが多少残ってる程度。
「なぁエレナ、やっぱり――」
「ここは本体のコーナーだ。あるのは多分……隣の列だな」
「隣?」
いやまさか、と思いながら右に移動。
そこで思わず目を丸くした。
さっき見たトコとうって変わって、ずらりと品物が並んでいたからだ。
「おぉ……そ、揃ってる……」
棚の大半を占めるのは、『バトルガールズ・プラモデル』用のカスタムパーツ。
手持ち用の武器や盾は当たり前。
スラスターやアーマーなどの追加パーツや差し替え用も。
更には一体何に使うんだかわからない謎パーツセットまで。
拡張性の高さを売りにしてるのは知ってたけど、こんなにたくさんあったのかとびっくりした。
「え、でもなんで……?」
「装備させる相手がいないのに武器を買って、何に使える?」
「あー……」
納得だ。
確かに本体がなきゃカスタムパーツは意味がない。
「ま、私に必要なのはこっちだから、こうやって余ってくれてる方がありがたいんだがな」
「こいつらがそのまま武器になるから?」
「その通り。……さてせっかくだ、本命の買い物前に少し見ていこう。巧の手持ちにはこういう物、ないだろう?」
「まぁ……そうだな」
ちなみに俺はカスタムパーツなんて買ったことない。
エレナ、正確には『バトルガールズ・プラモデル』を組み立てた後、「できればカスタマイズとか試してみたかったなぁ」と思ったくらいだ。
まさかこんな流れで買うことになるなんて、人生わからないもんだ。
苦笑いしつつ目を通す。
「マジでこれ全部、エレナの武器になるのか……」
「もちろんだ。ひと通りの物はコンバートできる」
それはそれで何を持たせればいいか悩みどころだ。
「じゃあ……全部?」
「別にいいがそれだと組み立て前に改めて悩むことになるぞ? それに今、手持ちはあるのか?」
「……微妙、かも」
財布の中身を思い出す。若干心もとない。
銀行に行けば手持ちを増やせるが、普段使いの銀行が量販店の近くにあった記憶がない。
ちなみにATMはだいぶ前から取引を停止してる。
アナザービーストが暴れてた影響だ。
「まぁ、ついでの買い物だし、最初から全部買うのも違うよな……好みとか、得意な武器とかねぇのか?」
「射撃の方が好みかな」
「射撃か……っつっても、射撃武器だけでも結構な数が……」
ちょうどそこでライフルセットが目に留まる。
いろんな形の銃が入っていて、中には合体させられる物も入ってるようだ。
ついでにその隣は大型のキャノン砲。
背中にセットし、撃つ時は肩に担ぐ感じのヤツだ。
これはどうだろう、と二つとも手に取ってみた。
「ほう、いい選択だ。ライフルセットは取り回しがよさそうだし、連結すれば威力増加、という解釈ができそうな所もいい」
「お、そうか」
「それとキャノン砲だが……こちらは小口径砲との差し替えができそうだな。高火力も期待できる。うん、どちらもいいチョイスだ」
「そっか、じゃあ買いだな」
「っと、ちょっと待ってくれ。値札を見たい」
そう言ってエレナが身を乗り出す。少しは周りを気にしてほしい。
慌ててプラモの値札を探し、出てくる前に見せてやった。
「ね、値段、気にするんだ」
「あれもこれもと買った結果、予定外の出費がかさむのはプラモの常だからな。いくら必要でも、君にあまり金銭的な負荷を与えたくないんだ」
「プラモにお財布の心配されてる……」
一応、お金のことならしばらく心配ない。
元から蓄えはあったし、まだ給料の振り込みは残ってる。
全部合わせて一年くらいは慎ましく暮らせる計算だ。
でもまぁ、エレナの言うことも一理ある。
見た目プラモな相手に言われてるのはシュールだけど。
「……うん、どちらもお札一枚とちょっとで買えそうだ」
「じゃあ、コイツは買い、っと。で、次は? まだパーツ見てくか?」
「一旦これだけにしよう。本命は道具の方だ。ニッパーを目印に探してくれ」
ニッパーの場所は心当たりがある。ここで買ったんだ。
おかげで迷わず目的地を目指せた。
「あった。ここだけど合ってるか?」
「大丈夫、合ってるよ」
そこもパーツ売り場と同様、在庫がたっぷり並んでいた。
ニッパーだけ買った時は気にも留めなかったけど、とにかくいろんな物が並んでる。
ただ、どれもこれも何に使うのか見当がつかない。
これから俺はこいつらを使うようになっていくのか、とたじろいだ。
「この中からメモ一つで買い物するのは大変だろう?」
そこへエレナの声がかかる。
確かに彼女の言うとおりだ。
「あ、あぁ……確かに」
「安心してくれ、最初から全部叩き込むつもりはない。まずは必要最低限、というわけでいよいよレクチャータイムだ。しっかり聞いてくれ」
どうやらここから、本格的なレクチャーが始まるらしい。
とりあえず最初に気になるのは人の視線。周りに人がいないことを確認した上で、エレナに注目した。
「まず最初にやってもらいたいのは二つ。パーツ間の隙間を埋める『合わせ目消し』と、プラモの切り跡を隠すための『削り』。この二つの作業はモデラ―が必ず通る道だな」
「聞いたことは、ある気がする」
「だろうな。プラモ関連の作業で検索しても割と出てくる。あとは似たようなもので『スジ彫り』というのもあるが、最初は省略だ。ウエポン・コンバートでの要求要素から外れるからな」
「お、おう」
内心ちょっと安心。
いきなり三つ分の作業とか言われたらまともにこなせる自信がない。
とは言え、今回やるらしい二つの作業も、俺の記憶が正しければ地味でめんどくさいヤツだった気がする。
「めんどくさそう、という気持ちが顔に出ているぞ?」
不意にエレナがニヤリと笑う。
思わず口元を押さえてしまう。そんなにわかりやすく出てただろうか。
「基本かつ地味な作業だからそう思うのも仕方ないさ」
「……悪い」
「構わんさ。でも覚えてくれ。慣れてしまえば、組み立てとセットでできるようにもなっていく」
「それはそれで組み立てに時間かかりそうな……」
「どっちもどっち、結局は人それぞれだ。さておき、まずは合わせ目消しだが、接着剤を使う。そこのコーナーだな」
エレナが指さした方を見る。
ラックにかけられたパッケージ、ずらりと並ぶ大量の小瓶。
商品名を見れば「ボンド」だの「セメント」だの。
しかも同じ名前でも「速乾」って書いてたり、書いてなかったり。
もしかして、これ全部接着剤なんだろうか。だとしたらどんだけ種類あるんだ。
「驚いてるようだな。まぁ無理もない。だが全部、接着剤だ」
「マジかよ、いくらなんでも多すぎないか?」
「ただパーツをくっつけるだけでもさまざまな目的があるからな」
そうなのか。
俺は間抜けた声しか返せない。
「まず前提として、合わせ目消しも広い意味では『接着』の部類に入る。合わせ目を消す、イコール、パーツをくっつける、ということだからな。ただ、今回は合わせ目を消すだけだ。これだけで買うべき接着剤は割と絞られる」
「そうなのか?」
「既にくっついてる所に木工用ボンド塗りたくったりはしないだろう?」
何故に木工用ボンド。
でも言いたいことはわかる。
「あとはそれぞれのやり方や好み次第で、買うべきものが決まるわけだが……ここで君に質問だ」
「お、おぅ」
「組み立てながらと、組み立てた後、どちらのタイミングで合わせ目を消したい?」
どっちがいいだろう、と眉間にしわを寄せて考える。
組み立てながらだと多分、接着するべきタイミングとかを考えないといけなさそう。
正直それはすごくめんどくさいな、と思う。
一旦形にしてから手を加える方がよさそうな気がした。
「……組み立てた後、かな」
「よし、それなら組んだ後で合わせ目に流し込む方向で行こう。棚の上から三番目、『流し込みタイプ』と書かれた物を取ってくれ」
「……速乾、って書いてあるヤツと、書いてないヤツがあるんだけど」
「書いてある方だな。速乾は文字通りすぐに乾く。修正しづらいが、今回は既に組んだ物が対象だ。時間短縮にもなるからそちらを使ってほしい」
「了解、っと」
武器プラモと一緒くたで掴む。
ちょっと持ちづらい。
「では次に、削るための道具選びだ。削る作業は、『切り跡や接着跡を削る』のと、『削った跡を整える』の二つが主な目的となる。で、前者はデザインナイフを使うのが楽だな」
「デザインナイフ?」
「ペン状のカッターだ。ほら、そこにあるだろう?」
言われるままそちらを向けば、確かにパッケージにデザインナイフと書かれたペンっぽいものがある。
何となく、学生時代のいつかで美術の時間に使った彫刻刀みたいだ。
「上から二番目、一番左に置いてあるヤツにしよう。滑り止めにキャップもついてるから管理が楽になる」
「あいよ」
さっと手に取る。
意外とずっしりしていた。
「で、後者……『削った後を整える』方だが、こちらは紙ヤスリを使う」
「更に道具が増えるのか。なんか建築の仕事っぽいな」
「多少通じるものはあるだろう。感覚としては工作の延長に近いからな。ともあれ、紙ヤスリだが……セット物で買おう」
(きっと接着剤みたいにめちゃくちゃたくさんあるんだろうな)
そう思ってたらやっぱりだ。
スタンダードだかサンドペーパーだか、変な横文字がついたで何種類もあった。
しかもサンドペーパー、どう見ても紙ヤスリなんだけど、こいつには謎に番号が振られてる。
400番だの、600番だの、一体何の話をしてるんだか。
どっちみち解説待ちだ。
「紙ヤスリ……サンドペーパーとも言うが、モノ自体は同じものだ。400番から700番のセットと、800番から1000番のセットを取ってくれ」
「なぁ、その何番って、何のことだ? さっぱりわかんないんだけど」
指定のものを探しながら問いかける。
対するエレナの答えは、これまた説明まじりだった。
「ヤスリの目の細かさだな。番号が多ければ多いほど目が細かくなって、削り跡が目立たなくなる」
「それだったら1000番だけ買えばいんじゃね?」
そんなことを言ってる間に2000番と書かれたヤツを見つけてしまった。
まだ上の番号があるのか、ときょどってしまう。
「いきなり大きい番号でやると、大きな削り跡が残ってしまう。目の荒いものから順番に使い、徐々に削り跡を小さくするのさ」
「めんどくさそう……」
「だが綺麗になる」
それもまたクオリティアップってことなんだろうと自分を納得させ、それらを取る。
流石に両手持ちだ。
これ以上買い物が増えるなら、流石にカゴが必要そうだ。
「他にも買っておいた方がいいものがある。そこのブラシだな」
はい、カゴ決定。
俺は幸運にも近くにあったカゴに買い物を放り込んだ。
「なんでブラシ?」
「用途は二つ、削りカスを取るのと、定期メンテナンスで埃を取るためだ」
「どっちも掃除じゃね?」
そう返すと、エレナは「その通りだがな」と首を振った。
「できれば分けた方がいい。削りカスは細かい所まで入るから、毛先がしっかりしたものを使いたい。だがそのタイプは埃を取るには小さすぎて非効率だ。あまり時間はかけたくないだろう?」
「それは……確かに?」
「それにプラモには思った以上に埃がつく。オマケにびっくりするくらい取れにくい。ケースとかで密閉保管できれば話は別だが、そんなものはないだろう?」
「ないな」
「だから定期的にブラシではたくのさ。定期メンテナンス、というやつだな」
「あー……メンテか。確かにメンテは大事だよなぁ」
「そういうことだ。今日はそこの『静電気防止タイプ』と書かれた物を買っておこう。反対側にミニブラシもついてるようだから、これ一本で事足りる」
そして追加。
改めて見ると結構いろいろな物を買ってる。
するとエレナは購入予定品一式を見下ろし、指さし確認を始めた。
再び周囲を気にしつつ、待つこと数秒。
「うん、これで必要な物は揃った」
買い物はこれで終了のようだ。
ならばさっさと会計するか、とレジに向かおうとして、一歩。
「……あー」
「ん? どうした?」
「いや……やっぱ、もう一個くらい、何か買おうかなって」
「あるあるだな。こうやってプラモは増えていく」
「うっせ」
したり顔に悪態を返しつつ、俺はまた『バトルガールズ・プラモデル』のカスタムパーツ売り場に足を運んだ。