第三話 終末回避のファースト・プラモ・コミュニケーション
世界を破壊し尽くすまで止まらないと言われていた怪獣が、呆気なく倒された。
それも、俺が組み立てた美少女プラモによって。
にわかに信じがたいが夢じゃない。俺は興奮しっぱなしだ。
「すっげぇ……!」
まるで子供の頃に戻ったような気分。
目を輝かせて見上げていると、彼女は巨大砲身を降ろして振り返る。
『……』
そしてサムズアップ。
やってやったぞ、と言わんばかりのドヤ顔だった。
思わず俺もサムズアップで答える。
と、美少女プラモが青い光に包まれる。
急にどうしたのか、と思う間もなく消えてしまった。
まるで幻のよう、と思った直後、下の方でまた光。
今度は六角形の置台が発光し、やがて。
「ふぅ」
小さくなった美少女プラモが現れた。
いや、元の大きさに戻ったと言った方がいいだろうか。
とにかく部屋に帰ってきた彼女は、光る置台を背に俺へ微笑みかけた。
「助かったよ、巧。君のおかげでアレを倒すことができた。ありがとう」
「お、おう。いや、こっちこそありがと」
割と本心だ。
何やっても倒せなかったあの怪獣を倒してくれた。
それこそ命の恩人と言っても過言じゃない。
俺は腰を下ろして頭も下げる。
「アイツ、倒せないとか言われてたんだ。だから本当に助かった」
「当然のことをしたまでさ。それが、私の仕事だからな」
「仕事? それって一体――」
と、置台の光が強くなる。
そこから剣と銃、二つのプラモが飛び出した瞬間、ミシリ、と嫌な音が響いた。
「え」
「あぁ……ダメだったか」
美少女プラモが申し訳なさそうに漏らす。
どんな顔をしてるかなんて確認してる場合じゃなかった。
「すまん。壊してしまった」
ビームライフルがあっという間にひび割れ、そして砕け散る。
残ったのは最初に送った剣だけだ。
一体何が起こったのか。
答えを求めて彼女を見ると、ものすごく申し訳なさそうな顔で俺を見上げていた。
いや、そんな顔をされるとこっちまで申し訳なくなるんだが。
「あ、あぁ、いや、別にいいって。ほら、余ってたヤツだし」
「だが、本来は別のプラモの装備じゃないか。付け替えとかするだろう?」
「いや俺、あんまりそういうのしないから」
「え……つまり、巧は飾るだけでも楽しいタイプか? って、いやそれでも器物損壊に変わりはない。説明もナシに巻き込んでいるし、本当にすまない」
「いや巻き込んだってそんな! そもそもアンタがいなかったらこっちは死んでたわけだし、むしろお礼を言わせてほしいっていうかさ!」
「それは私こそ君の協力があってこそな……」
お互いに頭を下げっぱなしだ。
これじゃあキリがないと思っていたら。
「あ」
かくん、と美少女プラモが膝をつく。
そのままつんのめって倒れるもんだから、慌てて彼女を抱え上げた。
「お、おい大丈夫か⁉」
「……すまん。ちょっとしたエネルギー切れ、のようなもの、だ……」
「エ、エネルギー切れ?」
「少しだけ、休む……事情説明は、その後で……」
そう言ってる間にも美少女プラモは目を開いたり閉じたりの繰り返し。
かなり眠そうだ。
「あ……私は、飾り棚の上で、横にして、くれ……」
結局、何か聞く隙もなく彼女は目を閉じてしまった。
呼びかけても反応がない。困った俺は、とりあえず飾り棚の空きスペースへ運んであげた。
(ただのプラモに戻った……ってわけじゃないか。息、してるし)
耳を近付けると本当に小さいけど呼吸が聞こえる。
いろいろと説明してほしいことはたくさんあるけど、彼女が起きないことにはどうしようもない。
仕方ないと諦めることにした。
(……それにしても)
ふと、考える。
怪獣が否応なくもたらすはずだった世界の終わり。
だけどそれは唐突にひっくり返った。
じゃあ、どうしよう。何をすればいいんだろう。
ぼんやりと考えるうちに目についたのは、置台の周りに散乱した武器プラモの残骸と、放置したランナーだった。
「……掃除、するか」
うっかり踏んでまた痛い思いをするのも嫌だ。
ひとまず片付けてしまおうと、俺は掃除道具を取りに行った。
―――――――――
あれから一晩経った。
寝落ちから復活した俺は、朝日のダイレクトアタックに顔をしかめる。
(ちくしょう閉め忘れた……)
遮光カーテンで調整する。
振り返れば、視界に入るのは飾り棚。広いスペースを占領し、例の美少女プラモがすやすや夢の中である。
結局彼女は目覚めず、このままだ。
それを待ってるうちに寝落ちしてしまったわけだけど、朝になってもちゃんとそこにいる。
まぁ、実は全部ただの夢、プラモはプラモのままだった、なんてオチも考えられるけど。
「ん……」
そう思った矢先、美少女プラモが寝返りを打つ。
狙ったようなタイミングに俺は一瞬、思考停止。
(……夢じゃ、ないのか)
音を立てないよう慎重に近付き、ちょんとつつく。
反応がなかったので今度は腕をつまんで持ち上げてみる。
離すと重力に負けてペタンと落ちた。
(マジで夢じゃねぇぞこれ)
この美少女プラモは間違いなく現実だ。
そうなると昨日のことも全部現実。
自分が組み立てたプラモが謎技術で動き出したこと。
巨大美少女プラモVS巨大怪獣なんてB級映画さながらの愉快なバトル。
何より、対抗手段がなかったはずの巨大怪獣が倒された事実。
いや、あまりにも方向性がぶっ飛びすぎて、やっぱり信じきれない。
だってこれじゃあまるで、俺のプラモが最終兵器みたいじゃないか。
「いや、最終兵器ってか、防衛兵器? いやいや、そういう話じゃねぇだろ」
自分で言ってて笑えてくる。
というかこの美少女プラモ、いつになったら起きてくれるんだろうか。
このままじゃ何がどういうことかさっぱりだ。
そんな風に考えているうちに。
「そうだ、今日テレビ見てねぇじゃん」
我ながら見事なひらめき。
こういう時は文明の利器だ。
思い立ったらなんとやら、早速テレビをつける。
この時間帯ならニュース番組のオンパレードのはずだ。
『突然のことに我々も困惑しています。ですがこれは現実に起こったことです』
画面いっぱいに、美少女プラモVS怪獣の愉快な光景が映された。
出だしでこれはずるい。笑うしかない。
『三城地区に到達した怪獣の前に、同サイズの未確認存在が出現。極めてヒトに近い姿をしたこの未確認存在は怪獣と敵対し、これを破壊しました』
『なお、未確認存在は現在行方がわからなくなっており、警察および自衛隊が詳しい事情を調査中とのことです』
『この未確認存在ですが、見た目がプラモデル製造会社『コズミック』にて製造・販売中のプラモデル、『バトルガールズ・プラモデル』の一部に酷似しているという目撃証言が多数寄せられています』
『さまざまな火器を使用したとの証言もあり、特定団体による秘匿兵器の可能性も指摘されています。なお、政府は既存の兵器とは全く異なるとして、関与を否定しているとのことです』
そりゃそうだ。
実はプラモが動き出した上に巨大化したんです、なんて愉快な話、誰が想像できるだろう。
目の前で一部始終を見た俺だって、何がどうしてそうなってるかはわからないままだ。
(当の本人は寝たまんまだし)
なんてことを思っていると。
「……ん、ぅ」
美少女プラモがぴくりと揺れ、小さな呻きが聞こえた。
ややあって彼女は大きな欠伸を一つ上げ、目を開く。
「ぁ、んんぅ……あー……」
「だ、大丈夫か?」
「声……あぁ、そうだった。ここはもう任地だった」
若干寝ぼけてるのか、返事があやふやだ。
それでも頭を振って意識をはっきりさせようとする仕草は、プラモのくせにやたら人間くさい。
おまけに指先で額をトントン叩くもんだから、ますますそれっぽく見えてきた。
「えぇと、状況整理……うん、ここは蔵方巧の、部屋。私は、ファースト・コンタクト型の討伐を終えた所。クオリティ・フォーマット後の、情報整理処理で、一時休眠して、今か。よし」
長い独り言だが、言ってる間にぼやぼやした感じも抜けていった。
最後はばっちり目覚めたようで、力強く頷いた彼女は俺を向く。
「すまない、巧。いきなり倒れてしまって」
「いや、別にいいって。なんかいろいろあったっぽいし」
俺も思わず向き直る。
飾り棚は座った俺と彼女の目線は大体同じ高さだ。
彼女とも自然と目の高さが合う。
さて、起きてくれたのはいい。
次は何を話そうか。
『しかし、経緯はどうあれ怪獣が倒されたのは事実です』
そう思ってると、タイミングを見計らったかのようにテレビの声が飛んできた。
視界の端でちらつく、巨大プラモに倒される怪獣。
昨日リアルタイムに見た光景に、自然と口が開く。
「……なぁ、あの怪獣はアンタが倒してくれたんだよな?」
「あぁ」
こくり、と美少女プラモが頷いた。
「なら世界は救われた、ってことでいいのか?」
「いや、むしろ始まりだ」
だが次に出たのは否定の言葉だ。
思わず身を乗り出す。
「始まりって、どういうことさ」
「文字通りの意味だ。この世界はこれから、君達が怪獣と呼ぶ存在に脅かされる」
怖いことをきっぱり言ってくる。
でも相手はいきなり怪獣と戦った奴だ。プラモだけど。
だからそれを聞かずにはいられなかった。
「そもそも、昨日倒したあの怪獣は何なんだよ」
「アンノウン・ザ・デスパイア、略してUTD。通称『アナザービースト』。次元を越え、さまざまな世界の文明を食って生きる存在だ」
「UTD……アナザー、ビースト?」
案の定、知らない言葉が出てきた。
とりあえず怪獣って名前じゃないらしい。
ただ、「次元を越える」って所が気になる。
つまりこの世界とは別の世界があって、そこから来てるってことだろうか。
そんな考えを読んだかのようにエレナは頷く。
「アレは自分達の住処から、別次元にあるさまざまな世界を狙ってやってくる」
「お、おう。でも何のために? 文明を食う、とか言ってたけど」
「文字通りだ。文明を破壊し、食って、滅ぼし、腹を満たす」
「じゃ、じゃあ、あの怪獣が暴れてたのって……」
「それが行動原理だからだ。そして歯向かうならなおさら壊す。人のいる場所、文明が築いた成果、それらを徹底的にな」
なんて話だ。でも納得できる。
だって怪獣が現れるのは、いつも壊されたら困るような場所だ。
マンションや一軒家が密集してる住宅地。
ターミナル駅や空港といった交通機関。
モノづくりを支える工場地帯。
そういう場所で暴れられたせいで、海の向こうではその日暮らしもままならない国だってできている。
(しかも、これでまだ「始まり」なんだよな)
更に話を聞く限りじゃそいつは他にもいっぱいいるようにしか聞こえない。
俺は恐る恐る聞いてみる。
「……じゃあ、昨日のヤツがいなくなったら、どうなる?」
「次が来る。先に来た個体の『食事』が終わったと認識してな」
返ってきたのは予想通り、絶望的な答えだった。
「アナザービーストは複数個体からなる群体の総称だ。そして、私が倒したのはファースト・コンタクト型。群れの一番槍だ」
「……一番、槍?」
「そう。食事場所とされた世界に最初に出現し、一番乗りで食い散らかす。そうして後続の個体が食べやすいようにする。そんな役割を持った個体だ」
顔が引きつる。
群体。
一番槍。
後続の個体。
どこを切り取っても一匹や二匹の話にできない。
「ファースト・コンタクト型の蹂躙によって文明が持つ秩序を乱し、混乱を広げる。そうして抵抗の力を削ぎつつ広範囲を食い散らかして満足したら、後続の個体が現れる。だからアレは、アナザービーストによる長い食事の始まりなんだ」
更にダメ押し。
要はアレに似た怪獣が大量に押し寄せてくるってことじゃないか。
まさに「終わりの始まり」だ、どうすりゃいい。
「だが、安心してくれ。奴らは倒せる」
だけど不安を払うかのように、彼女は自信たっぷりに笑った。
「昨日、私がやってみせただろう?」
「あ……」
そうだった。
今更のように俺は思い出す。
目の前で怪獣の正体を語り、これからも怪獣が来ると言う美少女プラモ。
彼女は、その怪獣を打ち破った当の本人だ。
「私は、私達の世界はアナザービースト撃破の専門家だ。だから奴らを駆逐し、餌場とされた世界を守るため、同じく次元を越えてやってきた。当然、ファースト・コンタクト型を倒しただけで帰るつもりはない」
プラモって見た目とは不釣り合いに、頼もしいことを言ってくれる。
でも彼女は一体何者なんだ。
そんなことを思ってる間に、美少女プラモはゆっくりと立ち上がる。
「さて、遅まきながら自己紹介だな」
続く言葉はまるで俺の疑問が伝わったかのようにドンピシャだった。
「私はエレナ。エレナ・グノーシア。こことは違う世界の人間だ」