表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

猫の約束

作者: ジョガムイト小林

 『今度ごはん行かない?』

突然僕がLINEでそう問いかけて彼女はなぜか快諾してくれた。ほとんど面と向かって話したことはないのに、二人でいきなり食事に行けることになったのだ。

 彼女はKちゃん。同じバイト先の女の子で可愛い。背も170センチに届かないくらいで、身長180センチオーバーの僕にとってはジャストな高さなのだ。おまけにスタイルもいい。でもKちゃんは女子大に通っているから学内に彼氏がいる可能性はゼロである。僕は一目惚れでしか人を好きになれないタイプで、今回も漏れなくKちゃんとほとんどしゃべらず、その容姿と雰囲気に魅かれてすぐに好きになった。元はといえば僕はバイト先で彼女を作る気はなかったが、僕の誕生日に祝福メールが届いて勘違いしてしまったのが始まりだったと記憶している。一目惚れと言っても話しかける理由すらなかったらさすがに恋も始まらないのが人見知りの、ひいては僕流の恋愛だ。

 夏の暑い日だった。隣町の駅で待ち合わせをしてデパート内のレストランで食事をした。普段しゃべらない者同士の会話とは思えないほどトークのテンポはアップテンポだった。僕は家ではテレビを見ながら無言でご飯を食べて、食べ終わってから母親と話すのが常だからレストランで食事をしながら会話をするというのは難しかった。イタリアンレストランに行きたいとKちゃんが推してくるからそこにしたは良いものの、イタリアンというのはゆっくり食べているとカピカピに乾燥してしまって実に食べづらかい。Kちゃんの話をないがしろにしてガツガツ食べるというのはもっての外だろう。僕は首と目を高速回転させて話に相槌を打ち、パスタを口に運んだ。普段しない食事のスタイルの上に女の子との食事のチャンスということで会話の内容やキュンポイントも織り交ぜる高度のテクニックが求められたから僕の脳には摂取した分のブドウ糖が即座に脳に運び込まれているようだった。Kちゃんが先に食べ終わって待たせているときにふとKちゃんの方を見ると、えんじ色のマニキュアが目に入った。たしかバイト先は派手なマニキュアは禁止という古風なスタイルだったと記憶しているが、もし今日のために塗ってきたのであれば僕は言うべきだっただろう。ジッと見つめた変な間が生まれた後僕の視線はパスタに戻った。Kちゃんの話によると、大学にサークルはほとんど存在せず、インカレと言って大学を跨いだサークルがメインだそうだ。一度見に行ってみたものの、高学歴男子学生を見つけては色気を出して男をひっかける感じが合わなかったらしく、大学の書道部に入ったそうだ。書道部には当然女子しかいないので彼氏はいないだろうと確信した。次の予定を話ながら、でもざっくりとしか話さず初めてのお出かけは終了した。

 次の予定を話したものの、感染症のせいで話が立ち消えになるということの連続だった。ネット動画で女子大生が「アタックは3か月以内にしまくれ」と塾講師のように熱弁しているのを見たが、そのタイムリミットももうすぐであった。シンプルに断られたこともある。近所の猫カフェに誘ったら猫アレルギーだというのだ。これは僕のリサーチ不足であるが、どうにも僕の思い描いている計画と噛み合わない。しかも一度立ち消えになったのが感染症が理由だったのだが、その1週間後くらいにKちゃんは他の女の子とご飯に行っていたのだ。でも僕にはそんなことを指摘する関係にはないし、言ってしまえばそこで門が重く閉じられてしまうような気がして自分の気持ちを吞み込んだ。女の子に限らず、最近の気風を持ち合わせた人というのは狡猾な人間が多いと感じる。みんな自分の気持ちを抑え込んで相手の話を聞くことに徹しようとするから会話が一方通行になりがちだ。しかも話し手も聞き手もそのメンタルだとお互いに睨み合いの状況になるから関係が上っ面だけになる。僕はそんな状況を打破したくて積極的に話すけど、世間というのはどうもそういうわけにはいかない。僕は「心の扉をガバガバ開ける変な奴」というレッテルを貼られてしまい、世間との調和がとれなくなり輪からドロップアウトしてしまう。

 世間への不満をブツブツとつぶやくように日々を過ごしていたら町はすっかり衣装替えをしていた。Kちゃんとデートをしたのは夏休みだった。その後Kちゃんの誕生日を祝うために何とか食事にこぎつけて(複数人で行きたいというKちゃんの要望に応じて)、誘いを断られるということは一時期あったが僕とKちゃんの関係は良好に思われた。12月はクリスマス。ここでの誘いは大博打であることは僕もわかっている。しかし、ここしかないと思った。10度前半くらいの気温でクリスマスという実感はないくらい生暖かい空気だったが、町の装いは僕を後押ししてくれた。バイト帰りの駅前もここぞとばかりにビカビカにライトアップしていて誰と一緒に歩いているわけでもないのにソワソワさせる。僕はLINEを開いてKちゃんに連絡をする。デートの誘いはいつもLINEというのがお決まりの流れだった。なるべく平生を装って書いた方が良いだろうと思い、短く終わらせた。Kちゃんはメールの返信が遅いので次の日の夜に返信が来た。なんとこれまで何かを理由に突き返し続けてきたKちゃんが一発でデートを承諾したのだ。天に舞い上がるような気持ちでLINEでその続きを話した。場所は渋谷のイタリアン、夜18時に駅集合、店には長いできないからその後渋谷に新しくできた展望台デッキに行くこと。これは最高の流れだ。もちろん最後の展望台で告白をするのがお決まりの必勝パターンだと誰でもわかるだろう。ほどなくしてデート4日前、Kちゃんから連絡があり、感染症の広がり具合を見てデートの延期が決まった。その数日後、Kちゃんは友達とイタリアンを食べている様子をインスタグラムに投稿していた。

 熱は冷めたはずだった。義理堅い人でないと僕は人を信用できないから、人はやはりこんなものかと夢から覚めたような心地だった。

 そう思うことすらも忘れていた翌年の6月、僕はある夢を見た。

「彼氏がいるからごめんなさい。」

あまりにもリアルな視点でKちゃんが僕に申し訳なさそうな目を向けていて、僕が若干怒り気味にKちゃんに近づこうとしたところで地面がずれる感覚がして目が覚めた。シーツのゴムが目一杯伸びてしまっていた。 

 それからというもの僕の頭の中をKちゃんの申し訳なさそうな目がずっとのぞき込んでいた。それだけ意識しているのだからよっぽど好きなのだろう。人というのは愚かなものでこういう時に謎の独占欲が湧いてくる。決して自分のものではないのに自分の予定に合うものだと思ってやまない。でも、もしかしたらそれは焦りからくるものなのかもしれない。錯覚に陥りながら僕はLINEを開いて何度となく送ってきた文言をゆっくりと打つ。打ち終わって後は送信するだけ、なのにそのボタンをいざ目にすると、サマーウォーズで主人公が叫びながら最後のエンターキーを押すかのような心地がしてくる。これで最後にしよう。僕は目瞑ってボタンを押した。目を開くと僕の無機質な誘いの文言がしっかりと送信されていた。やってしまった。僕が親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいく姿が想像できる。その溶鉱炉がマグマか水かはこの返信で決まる。

 2日後にバイブレーションとともに僕のスマホの画面が光った。一度僕は画面を机に伏せて目をつむった。

(3…2…1………)

画面にはたった5文字

『いいよー!』

水の中から笑顔の僕が親指を立てながら戻ってきた。とりあえず僕はそのまま返信を寝かせた。

 次の日に再びスマホを見てみると実はもう一文あった。

『何人かでワチャワチャ行かない?』

ワチャワチャとは…可愛い。とは思わず僕は再び足元がマグマになり、足がガクガク震えた。しかし、もう勝負に出るしかない。今回こそ二人でご飯に行って思いを伝えるんだ!うりゃ!と思いながら感染症を理由に二人で行くことを提案した。

 いつものごとく彼女からの返信は遅いけど、今回は気が気じゃない。この返信で可能性が大きく決まるのだ。祈るようにテレビを見ていても番組の内容が一切頭に入ってこない。テロップが流れるかのごとくバイブレーションとともにスマホの画面が光った。机に伏せるよりも前にホーム画面にいつもより少し長い文が書き連ねてあるのが目に入った。僕の下半身はマグマに浸かっていた。

『わがまま言っちゃって申し訳ないんだけど二人じゃなくて、ニ、三人だとありがたいな(´;ω;`)

それと課題の提出があるからしばらく返信遅くなるかも』

ニ、三人で良いなら二人で行けるやん…というツッコミはしないでおこう。もう立てた親指しか見えてないよ…この先で助かるポイントはないし、突っ込むしか選択肢はない。既読無視をしたらそこで可能性は完全に消えてしまうだけでなく、その後の関係性も修復不可能なものになるだろう。僕は十字キーをウロウロさせた後、『突っ込む』というコマンドを選択した。

『もしかして彼氏できたから二人はちょっとってこと?笑』

画面の向こう側の僕は全く笑っていないけどせめてもの気遣いだった。返信遅くなるって言ってたし、この戦いは長期戦になるのかなと思っていたら普段よりずっと早く返信が来た。

『彼氏はちょっと前?けっこう前にできたよ?笑』

たぶんKちゃんは僕の気持ちに気づいていないのだろう。そうでないならば、気持ち踏みにじってんじゃねえ!!と一発食らわせてやりたい返信だ。改めて冷静になって文章を読んでみると心にぽっかりと穴が開くような文だ。そうだよな、Kちゃんってかわいいもん。いくら女子大とはいえ、高校とかバイト先とかこの世の中いくらでも出会いはあって当然なんだ。でもバイト先で彼氏ができたなら、僕の隣でレジを打っている奴がKちゃんと手をつないで笑い合っているかもしれないと思うと吐き気がしてくる。好きな人が自分の関わっていないところで幸せになっているのはこれほどまでに辛いのか。人の幸せを願っていいのは、自分にそれだけの余裕がある人に限られるんだ。そうでないと世界中の半分くらいの人が嫉妬心から暴徒化してしまうだろう。

 でも、けじめはちゃんとつけなきゃいけない。自分から誘ったものを自分が不貞腐れてなかったことにするのは幼稚なものだ。それにKちゃんは僕の気持ちに気づいていないだろうから、ワンチャンスというものにかけて大逆転を狙うしかない。

『そっか、俺はKちゃんのことが好きで、次2人で会ったら思い伝えようとしてたから、残念というか悔しいというか、ちょっと遅かったな』

なんて稚拙な文章なんだろう。僕の心の内をそのまま文字にしたかのようなロマンチックの欠片もない文章だ。僕は震えもしない指でしっかりと送信ボタンを押した。

 それからKちゃんの返信は三日来なかった。課題に追われている中で突然告白されるのだから当然だろう。僕にできる選択肢はもうないのでただ待つしかない。この三日間は矢の如く過ぎていく心地がした。心地も何も僕の魂は家のリビングにあるようでほとんどフワフワ~ッと流れ出ていったようなものだった。そしてスマホが光って僕の魂はスッと体に戻った。

『そんな風に思ってくれてたなんて全然知らなかったからとっても驚いたよ、、、ありがとう。でも、彼氏がいるのでごめんなさい。』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ