魔科学者、魔法を使う。
そろそろストックが無くなってきたので次回から週一更新になります。
結論から言えば、カノンにとっても益のある行動となった。
道中で野犬型の魔獣に出くわして、カノンは新調した武器の使い勝手を学んだ。
掲げた杖に幽かな光を灯しながら歩いていた翠華は『家』から西へ少し進んだところで、足を止めた。
「魔獣が居ますね……」
言われなければ気が付かない程自然に隠れ、三匹の魔獣が取り囲んでいる。
魔獣と獣の違いは、『魔素』と扱えるかどうかにある。
大気中にある魔素を鳴き声や爪痕で術式を描き、行使する。
人も同じ原理で魔法を使うが、遺伝による才能が大きいらしいことが最近の研究でわかったという。
「前に一匹、後ろに二匹。完全に挟まれましたね……」
「丁度いい、肩慣らしに片付けちまうか」
こうした魔獣はしばしば街の家畜を襲い、ギルドに手配される。
カノンにとっても珍しくない相手である。
「後ろの二匹を牽制しておきますので、まず前の一匹を仕留めてもらえますか?」
「お安い御用だ」
そう言って、カノンは前方に向かって駆け出した。
こちらが飛び込んでくるのに気が付いた灰色の毛並みをした魔獣が独特の唸り声を上げる。
風が豪と吹き、砂嵐を巻き起こす。
風属性魔法による目眩ましと踏んで、目を閉じその先へと剣を突き入れる。
キャゥン!と悲鳴のような鳴き声を上げた魔獣に、突き刺したそのままの剣を振り抜く。
ズシャァッという肉が裂ける音と鮮血が放つ鉄の匂いに仕留めた確信を得て、振り返る。
背後では翠華が二匹を牽制すると言っていたはずだ。
早く加勢しなければ―――
嵐が吹き荒れた。
木々がなぎ倒され、草花は千切れ飛び、土砂が撒き散らされる。
先ほど魔獣が使ったものより数段も上の風属性魔法が放たれたのだとカノンが理解したときには全てが終わっていた。
森諸共攪拌された無残な二匹の魔獣の残骸に、カノンは思わず言葉を失った。
「ちょっと強すぎましたね……これでは毛皮が売り物になりません」
どう見てもやりすぎである。
「まぁ、実験の邪魔をした報いでしょう。《哀れな獣たちよ、土に還るがよい》です」
簡素に紡がれた詩が土属性魔法であったとは、カノンは知る由もなかった。
カノンが倒した一匹のみ、簡単に毛皮を剥いで素材としてリュックに背負い、残りは先ほど翠華が行使した土属性魔法によって開けた穴に放り込んで埋めた。
「あんなに凄い魔法、初めて見たよ」
カノンが興奮半分恐怖半分の声音で言うと、翠華はなんでもないことのように言う。
「師が国内でも有数の大魔導士だったらしいので、そのおかげでしょうね。私自身は師ほど精緻な魔法式が描けないので、その分燃費が悪いのです」
大規模な魔法を行使する手段は大きく二つ。
時間をかけて魔法式―――魔法陣や詠唱―――を長くするか、魔素を大量に流し込むかの二つだ。
時間を掛ければ速攻性に欠け、大量に流し込むと魔素を中継する身体に大きく負担がかかる。
局所的嵐を起こしておきながら全く疲れた様子が無い翠華はどう見ても規格外なのだ。
「それだけ凄い魔法が使えるなら、爆弾なんて要らないんじゃないのか?」
そう問うカノンに、翠華は苦笑いのように微笑んだ。
「さっきも言ったでしょう。これ、物凄く疲れるんですよ」