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魔科学者、街に出る。

「そういえばカノンはあの森で行き倒れだったのですよね。帰り道は分かりますか?」


ひとしきり打ちひしがれていた翠華が立ち直り、食後にとお茶を出されて啜っていたところ、問いが飛んだ。


「いや、正直もうどっちから来たのかもわからん」


森というのは、整備された道が無ければ方向感覚を見失いやすい場所である。


高い木々が日を遮り、鬱蒼と茂る草花が自分の足跡すら残してくれない。


翠華の自宅(けんきゅうじょ)付近は切り開かれて開けているが、かろうじて方角がわかる程度だ。


帰る道に出られるかも怪しい。


「では、丁度買い付けに行こうと思っていたので一緒に街まで行きましょうか」


「いいのか?」


「そこらへんで野垂れ死にされても困りますし、ついでです」


そう言って席を立つと、翠華は部屋の奥の方へと荷物をまとめに行った。


一人になったところで、カノンは思索に耽る。


(魔女、なんて呼ばれている割には普通の女の子だな……ちょっと変なところはあるけれど)


白髪に翠の瞳をしたちょっと変わった街に一人は居そうな子、という印象をカノンは抱いていた。

この時までは。






大人が持つにも大きすぎるトランクケースに手近な荷物をぎゅうぎゅうに詰め込んで、よいしょとそれを背負った―――本来背負うものではないが大きすぎて背負うしかないのだという。翠華を伴い、家を出た。


翠華は一度太陽の位置を確認した後、迷いのない足取りで草木の茂る森の中へと分け入っていった。


「なぁ」


カノンが疑問を呈したのは、翠華の背丈ほどもある草をかき分けていた最中だった。


「不便じゃないのか?こんな森の中で……」


「昔は街の中に住んでいたんですけれど、両親が亡くなってから……」




ふと寂しそうな陰りを見せた翠華にカノンは慌てたようにフォローする。




「すまない、立ち入ったことを―――」


「遺産で好き勝手研究してたら町中から騒音やら異臭やら苦情が殺到したのでじゃあいっそ街から離れたとこに住んじゃおって次第です」


「おい俺の同情を返せ」


スッキリとした笑顔で言い切った翠華に本当に一発入れてやろうかと思った。


想像していたよりもこの少女はたくましいようだった。






やがて森を抜けると、街道に差し掛かった。


「俺、三日もこの森出られなかったんだけど……」


半刻も経たずにあっさりと街道に出たのは、一応二年も冒険者をやってる身としてはかなりショックだった。


「この森はですね、南北に広く、東西に短くできているのですよ。なので、日が昇る方向に抜ければ結構あっさりと抜けられるものなんですよ」


「その日が森の陰で見えなかったから迷ったんだが……」


「まぁ、方位が分かる魔法も使ってましたし」


「魔法が使えるのか?」


「じゃなきゃ『魔女』なんて呼ばれませんよ」


「それもそうか……って、じゃあなんで魔素適正の無い人間でも魔法が使えるようなモノを作ってるんだ?」


「アレ、めっちゃ疲れるんですよ……」


怠惰なだけだったらしい。


『魔女』などと御大層な呼ばれ方をしている割には残念な頭をしているなとカノンが失礼なことを考えていると、


「そもそも、魔科学がなんであるかはまだカノンには見せていませんからね」


「ライターは違うのか?」


「あれは単に火を付ければ燃えるモノに火種を与えているだけです。焚火を起こすのとそう変わりません」


言われて、ライターの素材を思い浮かべれば、もふもふの綿毛にサラマンダーの体液を染み込ませ、火打石で火を付ける。考えてもみれば確かに焚火とそう変わらない。


「というか、今のいままで誰も思いつかなかったことの方が私は不思議ですよ。サラマンダーが火を噴くのは体液を霧状にして飛ばしながら牙で火花を散らしているからです。冒険者だって、火打ち石にサラマンダーの牙を使うでしょう?」


確かに、カノンも背嚢にはサラマンダーの牙を入れていた。


おそらく落とした時にそのまま盗賊に持っていかれただろうが。


そうこうしているうちに、街に辿り着いた。


三日森の中を彷徨ったはずなのに、ようやく一刻程度の時間である。


「助かった……」


カノンは心から安堵した。


新米時代に師事した冒険者から、財布は分けて持てと言われたことを律儀に守った結果、少ないながら所持金はある。


また、一からやり直す気持ちで装備を整えれば、冒険者としてもまだやっていけるだろう。


「ありがとう、ここまで来ればもう大丈夫だ。何から何まですまなかったな」


そう、翠華に声を掛けたところでカノンは動きを止めた。




真っ青な顔をして、さして暑くもないのに汗をびっしょりとかき、杖を握りしめるその姿は、どう見ても尋常ではない。


「おい、どうした?」


カノンの声にも反応を示さず、杖を握りしめた手が震えている。


ふと、ささやき声が耳に入ってきた。


「魔女が来たぞ……」


「悪魔の子め……」


「また飢饉が起きる……」


「いや、嵐が来るのかもしれない」


ひそひそとささやく声たちは、翠華に不躾な目を寄越すのを隠そうともしない。


翠華がぎゅっと目を閉じて、大きく息を吸った。


握った杖を地面に打ち付け、カーンと高く音がなった。


それきり、ひそひそとささやく声は消えた。


不躾に見ていた者たちもそそくさと家屋の中に消えていった。


「さ、行きましょう」


翠華の浮かべる表情は笑顔だが、その白い面からは生気がない。


「大丈夫なのか……?」


「いつものことです。ちょっと人込みが苦手なだけなのでお構いなく」


青い顔のまま何でもないことのように街を歩き出した少女に、カノンはなんとなく、一人でいさせてはならないような気がした。

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