ようこそ白羽翠華の魔科学研究所へ!
「野党に追われて森へ入り、帰り道が分からなくて行き倒れた…と」
なんとか身体を起こしたカノンは、服装を正した少女と向かい合い、これまでの経緯を話した。
断じて覗きに来たわけではないということも加えて。
「もう三日三晩歩き通しで今にも死にそうだったんだ……」
「大袈裟な。病にでもかかってない限り、三日程度何も食べないくらいで人は死んだりしませんよ。わたしは五徹くらい余裕でしますし。流石にあの時は倒れましたけど」
「いや死にかけてんじゃねぇか」
「ともあれそういうわけなら我が家に案内しましょう。ここからそう遠くないですし、食料の備蓄は結構あるつもりです。歩けますか?」
「休んだら少し回復したよ。すまないな、世話になる」
年頃の女の子にご厄介になるのはどうなのか、という考えが過りもしたが、固辞したところで事態は良くならないし、何より帰り道がわからない。
男として情けないなとも思いつつ少女の誘いに応じることにした。
少女の案内に連れられて、二人で森の中を歩く。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。わたしは白羽翠華です。皆には魔女とか呼ばれてますけど」
「珍しい名前だな。それと魔女?魔導師じゃなくて?」
この国では魔法を使う人のことを一般に魔導師と呼ぶ。対して魔女とは古語のようなもので、魔法が世間一般に知られる前の俗称のようなものだ。
「全く失礼な話です。森の中で怪しい薬を作ってるだとか、人の子を攫って大釜で茹でるだとか、好き勝手な噂ばかり立てられて」
「森の中で一人で住んでいるなら、まぁ、変な噂のひとつやふたつ立ってもおかしくはないが、なんとも酷い噂だな……」
「でしょう!」
憤慨した様子で頰を膨らませる様子は、噂とは違って年頃の少女のように思える。
大方、人里離れた場所に住む不思議な子くらいの話に尾ひれが付いたものだろう、とカノンは考えた。
「お、着きましたよ」
彼女の家を見るまでは。
「ようこそ!我が魔科学研究所へ!」
開けた土地に建っていたのは、街でも見たことのない謎の金属で固められた、いくつもの角が至る所に生えている四角形の塊だった。
「…………家?」
「ようこそ我が魔科学研究所へ!!」
(二回言った……)
どうやら聞こえなかったことにされたらしい。
「すまん、田舎者なんで無知なんだが、まかがく……?ってなんだ?」
翠華はふっふっふ……と怪しげな笑みを浮かべ、バサッとローブを打ち広げた。
「よくぞ聞いてくれました!」
あ、これ長くなるやつだ。
瞬間、カノンは理解した。
「魔科学とは、魔法が使えない人にでも魔法と同じ事象を起こすことができる科学の力です!」
正直、その後の話は聞き飛ばした。
ブンシだとかデンシだとか波動がどうだとか色々話されたが、小一時間に及ぶ『講義』の間に、カノンの体力は尽きたのだった。