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大魔道士流宮廷料理

「さて、カノンが下処理をしておいてくれたおかげで大して痛まずに持って帰ってこれたわけだが」


(研究所)に戻ってきた一同、もといカノンは一周回って諦めが付いてきた。


(まぁ、別にやらなきゃいけない仕事を受けてるわけでもないし)


日銭を稼いで安宿に泊まり、食料は基本狩りで得ていた冒険者のカノンにとって、お金は貰えないが食と屋根をタダで提供してくれる翠華たち師弟には頭が上がらない。


若い女性に養われるヒモという言葉が思い浮かんだが、思い浮かばなかったことにした。


それよりも、だ。


「重くないんですか、それ」


大剣に縄で縛り付けられた元猪の肉塊を肩に担いで家を睥睨するカテナに、げんなりと声をかける。


「重いと言えば重いな」


持ってみるか?と片手で差し出された大剣を両手で握って、カテナが力を抜いた瞬間には崩れ落ちた。


「精霊銀にアダマンタイトを混ぜた合金だからなぁ。魔素で賦活させてないと私でも持ち上がらん」


カノンとしては肉塊の重さの方を聞いたのだが、大剣の方が遥かに重いことだけは身をもって知った。


これで殴られて死ななかった猪にちょっと同情する。

というか、


「カテナさん、これ全力で振り回したらどこまで切れます?」


「100mくらいかなぁ」


「いや……距離じゃなくて硬さでお願いします……」


「それはやったことないからわからん。アダマンタイトは切れないだろうがそれより柔らかいものなら大体なんでも切れるんじゃないか?」


下手すると聖剣レベルのモノに肉塊をくくり付けていたのか。

人間族では持ち上がらないだろうが。


「師匠に人間族の基準でモノ聞いたらなんの参考にもならないですよ?」


翠華が何を馬鹿なことを聞くんだという目で見てくるが、お前ら師弟が規格外すぎるんだと言い返してやりたい。


「散らかるから外で捌いてそのまま外で食べるか。翠華、頼めるか?」


「承知しました!」


翠華がすぐさま折りたたみ式のテーブルと肉切り包丁を持ってきて解体ショーが始まった。


一応、翠華が仕留めてからすぐに焦げた毛皮と首の断面は処理したが、丸々一頭の猪肉である。


パーティの冒険者なら狩ることもあるだろうが、ソロ冒険者のカノンには縁遠いデカい肉である。


カテナは肉切り包丁で腹を裂いて内臓を見ると、コレはダメだな、コレは食えるなとさくさく作業を進めていった。


肉や魚は鮮度が命である。


カテナや翠華が代わる代わる闇属性と風属性の魔法で冷やしていたが、元が丸焼きである分痛んだ部分も多かったらしい。

ぽいぽいと捨てられていく内臓をグロいなーと思いながら見ていると翠華が薪を抱えてやってきた。


暇なら手伝えと目が語っている。


働かざる者食うべからず。


カノンは翠華を手伝って食器やカトラリーを取りに家へと入って行った。




「やっぱ肉と言ったらステーキだよなぁ」


溶岩プレートの上で香ばしい匂いを放つ肉をウキウキと焼きながらカテナは野菜や調味料でソースを作っている。


「溶岩で作ったスキレット?って初めて見ましたよ」


「直火も網焼きも鉄板焼きも好きだが、これが一番良い感じに火が通るんだよ。ほれ」


そう言って一塊、程よくミディアムレアに焼かれた肉がカノンの皿に盛られる。


出来立てのソースを小皿に入れて配り、カテナ自身はフォークをブッ刺してそのまま食らいつきながら次の料理を作り始める。


宮廷料理人並みの腕前と聞いていたが、食べ方は冒険者のようにワイルドなようだ。


対して翠華はお行儀よく音も立てずにナイフとフォークでちまちまと切りながら食べている。


表情だけで美味いと語るカテナとほっこりと笑顔を浮かべて噛み締めた後、「ただ焼いてるだけなのになぜこんなにも違いが……」とぶつぶつ言い始める翠華を交互に見た後、目の前に盛り付けられたステーキを見る。


前に僅かな期間だけパーティを組んだ仲間が「最初は素材そのままの味を楽しんでから調味料を付けるのが旨い食い方だ」と言っていたのを思い出し、まずは一切れ。


脂の乗った高級牛など食べた事はないが、なるほど絶妙にとろけるような焼き加減で焼かれたミディアムレアの、野生的な逞しさを感じる美味い肉だ。


次はソースを着けてもう一切れ。


「んっっっっっっだコレクッッッッッッソ旨ェェェェェ!!!!!?????」


さっきまで森を駆け回っていた猪とは思えないほど臭みや雑味が無くなり、舌の上でまさしく溶けて同じモノを食べたとは思えないシロモノだった。


肉は飲み物。と錯覚するほどするすると入っていく。


「気に入って頂けたようで何よりだ」


気が付けば冷えたエールを片手にカテナもテーブルに着いていた。


翠華も分かる分かるとでも言いたげな生暖かい目で見ている。


夢中で貪るように食べていたことに気が付き、一度手を止める。


「何をどうやったらこうなるんです?これもう別の食べ物じゃないっすか」


「秘伝のタレだな」


「材料は知らない方が良いですよ」


なにやら翠華から不穏な言葉が聞こえたがとにかくもう旨過ぎてそれどころではなかった。


翠華がカノンの元にも冷えたエールを置いて、自分のところには蜂蜜酒(ミード)を置いた。


「残ったら塩漬け肉にして保存食に、と思っていたが」


「一晩で無くなりそうですね」


再び貪り始めたカノンを見て、師弟は苦笑するのであった。




ステーキから始まった肉パーティはカノンの知らない料理まで色々と出てきた。


火を通していない細かく刻んだ肉に生卵を乗せたものが出てきた時には流石に少し躊躇ったが、どれも格別に旨かった。


表面を炙っただけの『タタキ』とかいうのも、ミートローフも、シチューも、どれも絶品だった。


カノンとカテナ二人だけでも肉塊の半分近く平らげたせいもあり、残りの半分を保存食とすることとなった。


「良い食いっぷりだったなぁ。作ってて楽しくなってしまった」


「いやぁ、肉自体だいぶ久々な上に格別に美味いもんだから限界まで食いましたよ」


笑い合う二人の横でとろとろと船を漕ぎ始めた翠華を視界の端に映し、カテナは立ち上がろうとテーブルに手をついた。


「俺が行きましょう。疲れたでしょう?カテナさんは休んでてください」


「ふむ……ならお願いしようかな。流石に魔素を使い過ぎた」


陽はだいぶ落ちたがまだ夜には早い。


翠華はあまり酒に強くないんだなと苦笑しながら、カノンは翠華を背負って寝室へと運んだ。


見るからに華奢な翠華は軽く、不健康なほどではないものの身体の薄さが背中越しに伝わる。


ドランが言っていた「食事を抜く」というのは真実であったか、と独りごちながらベッドに翠華を寝かせると、そっと、腕を掴まれた。


「一人に、しないで、ください……」


呟く翠華の眼は開いていない。

おそらく、寝言だろう。


しかし、目尻を伝う雫が薄く照らしたランプの灯りに晒され、寂しげに眉を寄せる翠華に、カノンは動けなくなってしまった。


どうしたものかとしばし逡巡し、こちらもそっと、頭を撫でる。


絹糸のように滑らかに、良く手入れされた白髪がこそばゆい。


「大丈夫だ、ここに居る」


言ってしまってから、カノンは酷く落ち込んだ。


自分は冒険者だ。


もうすぐここを去り、また一人、旅をする身だ。


彼女には聞こえていないだろうが、それを無責任に口にした自分に嫌気がさした。


「……大丈夫だ」


しかしせめて彼女が、夢の中で穏やかに在れる様に、と願うほどには、ここで過ごした時間がなりつつあるのを、カノンは自覚した。


シリアスなのか、ギャグなのか良くわからない展開でお届けしました。

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