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一同、狩りに出る。

前回の投稿で500PVを超えました。

ありがたやありがたや……

二日酔いのような気怠さで目を覚ましたカノンはベッドに寝かされていた。


動きたくないと言う身体に鞭を打って起き上がると、パンの焼き上がる芳ばしい香りがした。


よろよろと香りのする方へと行くと、カテナが珈琲を啜っていた。


「起きたか」


「カノン、もうすぐパンが焼けるので適当な椅子に座っていて下さい」


力尽きるように腰掛けると、カテナがクスクスと笑う。


「突然魔法が使えるようになった奴は往々にしてお前のようになる。良かったな、死ななくて」


「死!?」


「翠華、説明してやれ」


再び珈琲を啜り始めた師に、パンの焼き加減を見ながら翠華が説明する。


「急性魔素中毒というやつです。魔素は元々いくらか身体に流れているものですが、精霊の力を借りて魔術現状を起こす時、一時的に魔素を身体に取り込む必要があります。短時間に多量の魔素を身体に取り込むと、動悸や嘔吐、頭痛や眩暈を起こす事があります。更に無理して取り込むと死に至る場合もあります」


「いや、酒じゃないんだから……」


「だが、相当に楽しんだようじゃないか」


悪戯が成功した子供のように笑うカテナに、カノンはどうにもむず痒いような気持ちになる。


「でも、適性無しの俺が、なんで使えるように?」


パンの焼き加減をチラチラと気にしながら翠華が持ってきた珈琲に礼を言って口をつけ、カノンは当然の疑問をぶつける。


「本来、魔法というのは誰でも使えるんだ。才能で上手い下手は出るが、精霊の力を借りて術式を編み、魔素を流し込んで発動させる。学べば誰にでも使える力なんだが……ほら、ここ事実上の鎖国状態だろ?優秀な魔道士を教師にするより戦力にしちゃったんだな。私がやったのは精霊を見やすくする……そうだな、レンズのような魔法の使い方をさくっと教えただけだ」


「特に何か教えてもらった覚えはないんすけど……」


「体内にある最低限の魔素で出来る簡易も簡易な魔法を教えたろ」


あの祝詞みたいなやつか、とカノンは思い出す。


「今は見えないだろ?」


そういえば、昨晩蛍のようにそこかしこに光っていた精霊が、今は見えない。


「定期的に唱えておけば、いずれちょっと気にするだけで自然に見えるようになる。詠唱なしで私が魔法を使えるのも似たような原理だ」


乱暴な言い方だが、身体が覚える、というやつだろうか。とカノンは考える。


確かに、剣も初めから上手く扱えた訳ではない。


いくらかの戦闘を得て、どう動くべきか自然と考えるようになった。


そういう感覚だろうか、と想いを馳せていると、翠華が焼き上がったパンを石窯から先端が平たくなった棒状の道具ーーーパーラーというらしいーーーで取り出して、会心の出来だったらしくむふんと薄い胸を張って翠華が皿に盛り付ける。


肉と香味野菜で取ったブイヨンをベースにしたスープと焼きたてのパンがテーブルに並び、三人は食卓に着く。


簡素だが、手間のかかる料理である。


感心したように声を上げるのは、カテナ。


「一年で腕を上げたようじゃないか」


「師匠の教えを守ったまでです」


「『完全な研究は完全な肉体から』……?」


「「それだ(です)」」


唱和した声を聞きながら、ちょっとした酒場くらいなら経営出来るんじゃないかという料理を見る。


「では、頂こう」


「大地の恵みに感謝を。頂きます」


丁寧に祝詞を唱えた翠華を、物珍しそうにカノンは眺めた。


その視線に気づいて、翠華は照れ臭そうに笑った。


「これでも一時領主館の一人娘でしたから」


「だが、まだまだ修行の余地はありそうだな」


カテナは厳粛そうな雰囲気を出しながらいたずら小僧のような顔でパンを頬張った。


「師匠はストイック過ぎるんですよ……自分で素材を吟味して自分で調理しなければほとんど食事もしないじゃないですか。てんちょー、師匠が来るときだけ頭抱えるんですよ」


『だいたいなんでもある』という話だが、この師匠を満足させられる食材は抱えていないらしい。


「そういう種族って側面もあるが、宮廷で出される料理なんか何が入ってるかわからんからな。いちいち解毒薬やら解毒魔法やらを使うくらいなら自分で作る」


「その結果が宮廷調理師泣かせの料理人ってのもどうなんですか……」


呆れた翠華が言う言葉にカノンはまたも引っかかる。


「カテナさん、料理するんですか?」


「そりゃあ旅の途中で干し肉と固焼きパンじゃ味気ないだろう。適当に狩りをして香草と適当に煮込んで食べるぞ」


「その『適当』が宮廷料理並みなのが問題なんですけれどね……」


翠華は遠い目をして言うが、そこまでのものとなるとちょっと食べてみたくもある。


「朝食は任せたからな。夕食はわたしが何か作ろう」


降って沸いた幸運であった。


「あとひとしきり外に出る用意をしろ。狩りに出るぞ」


大魔導士と狩りに出るという、重大任務が発生した瞬間であった。


「翠華はサラマンダーの火炎瓶と杖を持ってこい。どうせ丸焼きにする。余ったら干し肉だな。あとここ最近で作った魔科学製品をありったけ持ってこい。出来を見てやる。カノンは弓は使えるな?物置のどこかにあったはずだ。整備してやるから探してこい」


「カテナさんは?」


「この剣が見えんか?」


……本当にこの人は魔導士なんだろうか。






道中、魔人族こと竜人族について聞いてみた。


モノの足し、ようは暇潰しである。


「長寿の種、とは言ったな。カノンは人類種が他に何種類居るか知っているか?」


「人族以外には、特に……たまに獣人族の商人を見かけるくらいかな」


「そうだな……世の魔素属性にそれぞれ適性の高い種族が、人族の他に七種存在する。その辺の説明は長くなるからまた今度な。火属性に適性の高い竜人族、水属性に適性の高い水鱗族、風属性に適性の高い翼人族とかがあるな。概ね人族より長寿の傾向がある。土属性に適性の高い獣人族は寿命が短く多産の傾向にあるが」


カテナが大剣でばっさばっさと雑草を切り倒しながら説明する。


それはなんか本来の使い道ではない気がするけれど。


「竜人族は痩せた土地でも過ごせる程度に、多少の致命傷くらいなら死なない頑強さを持っている」


それは致命傷とは言わない気がする。


ともあれ、カテナの講義は続く、


「竜人族は出生率が低い上に1000年近く生きる。お前たち人間……私たちは『徴無し(しるしなし)』と呼ぶんだが、それの10年が私たち竜人族の1歳くらいの認識で大体あってる」


「カテナさんは90過ぎだから……人間族換算で9歳くらいってことですか?」


「まぁ、そういうことだ。成人の竜人族からすれば小娘も小娘、幼児とそう変わらん」


「カテナさん、成人じゃないんですか……?」


「見た目は人間族の十代後半から二十代前半といったところだが、子が成せるようになるのはもう5,60年先だな。お前たち徴無しが一人歩きできるって言ったらどのくらいを想像する?」


カノンは少し考えて、言葉を紡ぐ。


「ようやく二本の足で歩き始めるくらいの歳ですかね」


「私たち基準だと隣町くらいなら歩ける程度の歳を言う」


なんというか、スケールが違いすぎてカノンには想像しづらい話だった。


「リデナログ領はその土地のほとんどを竜人族が支配しているが、海洋都市に住む水鱗族や部族ごとに集落を持つ獣人族もそれなりの数がいる。この国、フローライト王国は人間族絶対主義で排他的だからな。外部の情報が入りづらい。おまけに現ハルシオン国王陛下は大層口下手だ」


寡黙で荘厳な人、というイメージがカノンにはあったが、単に口下手だったのか。


その口下手に巻き込まれたこちらとしてはたまったものではないが。


「おっと、そろそろ居るぞ。……猪だな」


カテナが声を潜めるのと、翠華がその横に並ぶのがほぼ同時だった。


「西に少し開けた土地があるはずだ。そこまで追い込む。翠華、用意しておけ。毛皮は焦がして構わん。カノンは付いてこい。弓で少し削る」


カテナが小声で指示を飛ばすと、翠華は無言で頷き離れていった。


カノンも矢筒から一本引き抜き、つがえる。


「こちらが風上か……少し面倒だな。カノン、見えたら射て。タイミングは任せる」


カテナが大剣を構える。


森の奥でもぞもぞと動く毛皮が見えた瞬間、カノンは引き絞った弓矢を放った。


見えたのは後部だったらしく、後ろの腿あたりに突き刺さった矢に悲鳴のような鳴き声を上げて、猪が遠ざかる。






「やあ」


猪の眼前には突如人が現れた。


大剣を片手で担いで笑顔で手を振る角の生えた人。


カテナは刃ではなく平で猪をブッ叩いた。


キリモミしながら翠華が向かった方角へと飛んでいく。


「見物したかったら早めに来るんだぞ」


そう言い残して、カノンの視界からカテナは一瞬で消え去った。




猪が飛んで行った方向に全力で走ると、カテナが言ったように開けた土地に出た。


小さな泉があるらしく、その周りだけ低い草花しか生えていない。


「お、来たな」


カテナはもう剣を収めていた。切り込むつもりはないらしい。


「始めていいぞ」


「はいっ」


翠華が弓を横にしたような道具に短い矢のようなものをつがえて、引き絞る。


弓から糸のようなものがひょろひょろと伸びて行って矢じりが猪に刺さった。


バチチッ!という音がして猪がその場に痙攣して倒れる。


「雷属性で麻痺させる弩か。非殺傷武器では狩りにならんぞ?」


カテナが言うと翠華は腰に巻いたベルトから数本の火炎瓶の抜いて投げ込んだ。


「『火よ』」


まとわりつくように燃え上がった猪を見て、カテナはふむ、と顎に手を付いた。


「わざわざ大金を出してまで買う冒険者の居なそうな品だな。酒より粘度が高いから焼き殺すにはいいかもしれんが……不必要に生き物を苦しめるのはちょっと関心できんな」


翠華が今度は筆のようなものを取り出して地面に何かを書き込み始めた。


「地面に術式を書いて簡易的なゴーレムを作るのか……でもそれ術式知らないと使えないからな」


子供ほどの大きさのゴーレムが暴れる猪を押さえつけるが、あまり膂力はなさそうに見える。


次はいつか見た瓶と剣の柄。


「スライムセイバー!」


瓶から刀身を抜き取った翠華は、そのまま猪に駆け寄って一太刀に猪の頭を切り落とした。


「また、つまらぬモノを斬ってしまった……」


ばしゃりと地面にこぼれるスライム原液を視界に入れず、翠華はふっと笑った。


「普通に剣でいいだろ。あと断面が痛んでる」


片っ端からダメ出しする師匠に弟子がむきー!と声を上げている間、カノンは気にせずに取り出したナイフで丁寧に断面を処理した。

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