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冒険者、大魔導士に己を語る。

行間を改める気はないと言ったな。

アレは嘘だ。

カノンはもともと、冒険者とは縁遠い内地の辺境の村出身だった。


そこに預言者を名乗る老人がやってきて、「この男児が魔王を討つ勇者となるであろう」と言い残して去っていった。


子供心に火を付ける程度には、『勇者』という肩書は大きかった。


村一同で装備を整え、王都へと送り出した。


王都への道程で、様々な困難に立ち向かい、剣技も磨いた。


だが、王都に到着したカノンを待ち受けていたのは『自称勇者』がごまんといる事態だった。


そこここから湧いて出る『自称勇者』に頭を悩ませた王は、「勇者ならば力を示せ」と宣言を出した。


この宣言が曖昧なまま『自称勇者』たちに届いた結果、王都内でちょっとした内乱が起こった。




正面から決闘を挑む者、寝首を搔く者、入り乱れた。




結果、「あいつは勇者らしい」と噂が流れるだけで暗殺の憂き目にあった者も少なくない。


そうした王都を見て、カノンは王都を逃げ出した。


まだ誰にも知られぬまま、なんの功績も、不名誉も受けることなく。


逃げた先の街で冒険者になった。


王都から遠ざかるよう、送り出してくれた故郷にも戻れず、いくつもの街や村を渡り歩いて、辿り着いたのが、ここだ。






ひとしきり喋って琥珀色の液体で唇を湿らせる。


「これが、俺だよ」


それを静かに聞いていた大魔導士は―――




「わはははは!実に滑稽だな!!!」


爆笑した。


「なっ?!」


絶句するカノンに指をさして笑う様は大魔導士というより悪ガキのそれに近い。


「カノン、お前、見事に『掛かった』な!」


「掛かった?」


「そのお前に預言した老人とやら、フードを被ってなかったか?」


「んー……そういえば……顔は見てないな」


「間違いない。隣国リデナログの老獪『バフメト卿』だ!」


「魔族に騙されたってことか!?」


ひーひーと笑い続けるカテナに、さらには自分がまんまと魔族に騙されたことに、絶望と怒りが混じったドス黒い感情を燃やし、カノンが地団駄を踏む。


「あの爺さんが好きそうな手だ。ちなみにその爺さん、先を見る力どころかお前より魔力がないぞ」


完全にブチ切れたカノンを思ってか、いくらか笑いを収めたカテナが、ちびりと琥珀で喉を潤す。


「あの爺さんも爺さんだが、国王陛下もお変わりないな……相変わらず言葉が足りない」


ぴっと人差し指を上げて、カテナは続ける。


「陛下は多分、功績を上げろと仰りたかったんだ。お前たちが勝手に誤解して内乱を始めるとは、思いつきもしなかったろうよ。あと、爺さんは狙ってやったな。魔力に乏しい代わりに普通じゃない方法で相手を倒す。なんなら自分からは指一本触れずに、だ」


「んな、馬鹿な」


「ああ見えてリデナログ……魔族領も一枚岩ではなくてな。為政者たちの諍いが絶えんのよ。そこに弁舌だけで上り詰めたバフメトの爺さんがなんか面白いことやってるって聞いたけど、このことだったか」


「全くもって面白くねえんだけど」


そうだろうなぁ、とカテナはうなずき、哀れな青年(カノン)を見つめる。


「よしじゃあ、本職の大魔導士様がお前の行く先を視てやろう」


どこからともなく取り出したクリスタルをテーブルの上にどかっと置き、手をかざす。


「『我ら小さき者の願い聞き届けたまえ。流転する因果の行きつく先を教えたもう』」


クリスタルが光り出し、まばゆい光に包まれる。


やがて光が収まると、カテナは再び爆笑した。


「これは傑作だな!!!」


カノンにはクリスタルがただ光輝いただけのように見えたが、カテナの様子を見るにそうではないらしい。


彼女は確かに何かを視て、それに笑い転げている。


「カノン、お前の未来は、お前が思っているより悲観しなくていい。ただ、苦労は、するな」


くっくっとかみ殺すように笑うカテナに、カノンは余計に意味がわからなくなった。


「どういう意味だ……?」


「教えない方が面白いことになりそうだと思った」


「どういう意味だ……」


「そうだなぁ……」中空に視線をやり、しばし思案したカテナは、何事か決意した様にカノンを見据える。


「とりあえず、翠華とは仲良くしておけ。中々に破天荒な娘だが、これからお前の助けになるだろう」


「アイツがぁ……?」


先程から大人しい翠華を見遣ればすぴぃ……と心地よさそうな寝息を立てている。


早晩、酔って寝たらしい。


「あとは、そうだな。少し魔法を教えてやろう。カノン、手を出せ」


言われるがままに手を出すとカテナは手を重ねる。


「続けろ。『脈々と受け継がれし魔の術よ、その霊脈を彼の者にも見せしめたもう』」


「『脈々と受け継がれし魔の術よ……その霊脈を彼の者にも見せしめたもう』……?」


聞こえた音のまま唱えた呪文が、カノンに雷撃の様な衝撃を与える。


「ぐっ……?!」


感電した様に身体に走る衝撃が、視界を瞬かせる。


視界が安定した直後、カノンは言葉を失う。


「それが『魔導士』が見ている世界さ」


部屋中に漂う淡い光が、カノンにも見えていた。






「さて、それじゃあわたしは愛弟子を寝室に運ぶ。お前は少し自分を見つめ直せ」


そう言ってカテナは部屋を出ていく。


赤、緑、青。様々な色で淡く光を放つそれらを、カノンは呆然として見ていた。




魔素。




火、風、水、雷、土、光、闇。




大分してこの七つに分かられるという不可視の物質。




それが眼前にある。




すべき事がわかる。




獣に対峙した時、どの様に動くべきかと考えるのと同じように、何をしたらどの魔素が動くのか、わかる。


「『母なる水よ、小さき者の願いを叶えたまえ、渇きを潤しその姿を表したまえ』」


翳した手の平に、水が集まる。


ばしゃりと音を立てて床を濡らした水に、カノンは言葉もなくただ絶句する。


使えた。


魔術が、使えた。


才能なしと諦めていた自分が、魔術を使えた。


居ても立っても居られず、カノンは表に飛び出した。


七属性、全ての魔術が使えた。


獣を焼くほどの炎でなくても、木々を薙ぎ払えるほどの風でなくても、街を沈めるほどの水でなくても、全部が全部、使えたのである。


歓喜に震えたカノンは、魔術を連発し、頃合いと見に来たカテナに三度爆笑された。


翠華の言うように、魔術とは大変疲れるものらしい。

カノンが自身の身の上を話して親身にカテナが聞く、という構想だったのですが、なーんでこの師匠様は笑い出すんですかね。

翠華が一番のシナリオブレイカーだと思って書いていたのですが、カテナが一番のシリアスブレイカーかもしれません。

あと拙作、一話あたりの文字数がだいぶ少ないんだなぁと実感した今日この頃であります。

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