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「結構大きいんだね」
ドワイフ学園に着いて、何よりもまずその広さに圧倒される。
校舎はいく塔にも分かれ、中央の一番大きくて巨大で円柱型の校舎なんかまるで魔王城だ。
「王国の技術の粋を集めて作られてますからね。病院や図書館などの実用的な施設から、映画館やプールなど、大抵のものは揃っていますよ」
「最高じゃん」
下手したらダートリユニオ本社よりも快適かもしれない。
「確認ですが、グレイス・ドレイラッドという名前は絶対に出さないでください。書類上、ドレイス・レグという仮名で入学手続きをしておりますので、試験の時も名前の書き間違えのないようにしてください」
「ドレイス・レグね。了解」
グレイス・ドレイラッドという名前はダートリユニオのマスターとしてかなり世間に広まってしまっている。
下手にそう名乗ったら一発で僕の正体がバレてしまうだろう。
「顔の形とかは変えなくていいの?」
「グレイス様の顔は今の所知られておりませんので変装する必要はありませんが、万一の時はこちらからメッセージを送りますので安心してください」
「わかった」
「では、私はここまでですので、あとは頑張ってください」
シルフィエットは軽く頭を下げてどっかに行ってしまった。
校内には受験者以外入れないらしい。
入学試験の会場には、もうすでに数え切れないほどの生徒が集まっていた。
昼食を食べたり、木の影で素振りをしていたり、それぞれ試験に向けていろんなことをしている。
表情はみんなとても真剣だ。
今日の出来次第でここに通えるかどうかが決まるのだから当たり前か。
そういえばさっき会った娘もここに来ているはずだ。
どこかにいないかな。
人混みに赤髪ショートを探したけど見つからない。
これだけ人がいれば流石に見つけるのは難しいか。
しばらく待っていると係員が受験者案内を始めた。
それに従って建物の中に入っていく。
最初は筆記試験みたいだ。
僕はこう見えて頭がとてもいいから楽勝だろう。
名前のところにはちゃんとドレイス・レグと記載する。
机に問題用紙が置かれ、試験管の合図で一斉に試験を開始する。
ぱっと見、問題数はそこまで多くない。
さて、落ち着いて一問ずつ丁寧に解いていきますか。
なになに。
問一:ゲーテ視覚における対魔法障壁冠帯素子の流動性は転移系熱導入魔法の使用により抑えることができる。真空比抑止力をαとし法則は全て魔超群的物理関係論に則るものとする時、マルフォニングデーゾ値を求める方法を記述しなさい。
ふむ、なるほどね(満面の笑み)。
僕は手を高くあげて試験監督を呼ぶ。
「すみません、僕の問題用紙間違っているみたいなんですけど」
サングラスをかけた大柄な試験官が歩いてくる。
「ほらここ、意味不明な言語がこんなにたくさん......はい? なにも問題ない? やだなあ、からかわないでくださいよお、もう、お茶目さんですねえ。 えっ? 黙って問題を解け? 黙らないと失格にする? あ、はい。すみません」
マジトーンで怒られた。
謝ると試験監は呆れ顔で戻っていった。
どうやら本当に問題の間違いではないみたいだ。
......あ、そうか、わかったぞ。
これは学校側が誰も解けないことを想定して出題した超難問なんだ。
誰も解けなくて当然の問題。
つまり解けなくても差がつかない!!
あー、よかった。
安心した。
その割に周りのみんなはペンをすいすい動かしているような気がしなくもないけど。
ヤケクソでアンパンマンの絵でも描いているんだろう。
だめなんだぞ、答案用紙に落書きしたら。
一応他の問題にも目を通したけど理解できる問題が一つもなかったので食パンマンを描いていたら試験が終わった。
なかなか長い時間だった。
.......。
さあ、気を取り直して次は実技試験だ。
筆記試験で差をつけられなかった分、実技試験は頑張らないといけない。
主席への道は長くて険しいのだ。
聞くところによると試験の配点は筆記が三十点、実技が七十点。
足して百点満点で成績をつけるらしい。
学園側は実技の方をより重要視しているようだ。
つまり、筆記をちょっと失敗しても後からいくらでも逆転できるということ。
外に出されて指示を待っていると、何やら受験者たちがガヤガヤ騒がしくなってきた。
見るとオーラを放った五、六人の騎士が試験会場に現れたところだった。
歩き方を見ただけで全員がとてつもなく強いことがわかる。
特に真ん中を歩いている白髪イケメンがやばい。
一人だけ抜きん出たオーラを放っている。
瞳は透き通るような青色で高身長。
まるで御伽噺から出てきた王子様みたいな美青年だ。
「見ろよ、セルティア・ノークだ!」「本物か? なんでこんなところにいるんだ!?」「素敵、カッコいいい!!」
受験生が騒いでいる声が耳に入ってくる。
多分騒がれてるのは白髪イケメンだ。
そんなに有名な人のかな。
隣で鼻息を荒くしているインテリっぽいメガネくんを捕まえて聞いてみる。
「あの人誰なの?」
「なんですか君、そんなことも知らないんですか? 現王国騎士団最強の剣士セルティア・ノークさんですよ。あの若さで第五騎士団の大隊長を務めているんです。とにかくめちゃくちゃ強くて、噂によると象よりでかい大岩を一刀で両断できるらしいです」
「へえ、すご」
岩の両断とか僕なら絶対無理だわ。
そういえばダートリユニオの重役の一人、マイトムお爺ちゃんもできるって言ってた。
マイトムお爺ちゃんによると、なんでも岩の呼吸が感じ取れればスッと切れるらしい。
岩の呼吸ってなんだよ、鬼滅か?
無機物が呼吸するわけなくね。
そう言ったらお前には一生無理だって言われた。
別に岩が両断できなくても困ることはないからそんなに悔しくはなかった。
「セルティアさんの強さはあの八皇帝にも匹敵するんじゃないかと言われているんですよ」
メガネくんが興奮気味に続ける。
八皇帝というのは、その名の通りこの世界において最強と言われる八人の皇帝のことだ。
一人で数千人の騎士団を凌駕する実力を持つともいわれている。
なんの順番かは知らないけど順番がついていて、第一位帝から第八位帝まである。
順に龍帝、炎帝、賢帝、明帝、月帝、風帝、雷帝、そして無帝。
龍帝が最強だといわれているけど、彼に至っては存在するかどうかすら定かではないというなんとも御伽噺めいた伝説なのだ。
ああ、そうそう。
どうでもいい話だけど、僕は第七位帝の雷帝だ。
どうでもいいね。
しばらくすると試験監督らしき大柄な男が現れて受験生の前に立って話し始める。
「これから試験の説明をするからよく聞くように。説明と言っても試験内容は簡単だ。諸君らにはこれから、ここにいる王国騎士団の皆さんと戦ってもらう」
ザワッ、ザワッ。
受験生の間に衝撃が走る。
「めんくらうのも無理はないだろう。今諸君らの目の前にいるのは間違いなく王国でもトップクラスの戦士達。それと戦えと急に言われるのだからな。だが心配は無用だ。使うのは真剣ではなく木刀だし、騎士団の皆さんにはある程度手加減してもらうことになっている」
そういうことか。
なぜいきなり学校に強そうな騎士たちが現れたのか疑問が解けた。
思い切った試験を考えたものだ。
受験者のざわめきが落ち着くと、試験官は細かい説明を始める。
まず、戦う相手は受験生側で好きに選べるらしい。
誰を選ぶかが結構ポイントになりそうだ。
決めたらその騎士の列に並んで、順番が来るのを待つ。
順番によって有利不利が出ないように、途中で列を変えることはできないようだ。
自分の番が回ってきたら自分の受験番号と名前を言い、試験が始まる。
試験の結果はその場で試験官が判断してきめるようだ。
単純な強さだけでなく、技術点とかパワーとか総合的に色々なものが評価されるらしい。
「そうだ、一つだけ約束をしよう」
説明の最後になって、試験官が不敵にニヤリと笑う。
「諸君らで戦士たちを倒すことができる者がいれば、戦いの内容に関わらず実技の満点、つまり七十点を与えることとする。まあ、生徒が騎士団の最高峰を倒すなど絶対にないから仮の話だと思って聞き流してくれ。それでは、試験を始める」
試験官がそう宣言すると、続々と五人の騎士の前に受験生の列ができていく。
倒せば70点か。
わかりやすくていいな。
さて、問題はどこの列に並ぶかだが。
極端に並んでいる人の少ない列が一つある。
並んでいる受験生が十人もいない。
セルティア・ノークの列だった。
なんでこんなに少ないんだろう。
順番待ちが長いのは嫌なので、そこに行くことにする。
「......あ」
列に行くと、さっき見た顔がいた。
「奇遇だね、ミシェル」
ミシェルもセルティア・ノークを選択したようだ。
さてはコイツも列に並ぶのが面倒くさい系女子だな?
タペオカの長蛇も辞さないシルフィエットとは正反対だ。
「誰だっけ?」
僕の顔を見て、ミシェルは首を傾げてキョトンとする。
なかなかパンチの効いたリアクションだ。
「あのなあ——」
「ウソウソ、覚えてるわよ。ただ一応前提としてあんたが覚える価値もない有象無象だということを事前に表現しておきたかっただけ。話す前の作法みたいな? あ、傷つかなくてもいいわよ? 私にとって大抵の人間がその他有象無象だから」
「相変わらずウザいね、君」
「それにしてもこの列を選ぶなんてあんたの自信過剰も筋金入りね。まさかセルティア・ノークを知らないわけじゃないんだろうし」
「どう言う意味だ?」
疑問符を浮かべる僕に、ミシェルはクイっと顎で前を指し示す。
「受験番号342A、ノビス・ボーガンです。よろしくお願いします!!」
ちょうど腕っぷしに自信がありそうな体格のいい男子が名乗り出たところだった。
生徒の方は、基本通り剣を中段に構えている。
「いいよ、そっちからかかってきて」
セルティア・ノークは剣を構える素振りすらない。
一間置いて生徒が斬りかかる。
「うりゃあ!!」
ドワイフ学園を受験するとあって、なかなか鋭い剣だ。
「..................えっ?」
打ち込んだ生徒が、ポカンとした顔で固まる。
それもそのはずだ。
セルティア・ノークは平然とした顔で、生徒の剣を親指と人差し指で摘んでいたのだ。
まるで玩具でもつまんでいるかのような光景に受験生が沈黙する。
「えーっと......」
セルティア・ノークが隣の騎士に「20点くらい?」と聞いて「知るか、ボケ!」と怒鳴られていた。
「うん、じゃあ20点てことでいいかな?」
頭をぽりぽりとかきながらセルティア・ノークが申し訳なさそうに言う。
意気揚々としていた生徒は一瞬何が起きたのかも分からないまま唖然としていたが、ふと我に変えると顔を真っ赤にして頭を下げてから走り去っていった。
何はともあれ、この列だけ異様に人が少ない理由はわかった。
今の一幕を見て、「やっぱこっちの列にしといてよかったああ!!」と嬉しそうにガッツポーズしているやつもいれば「列変えられないかなあ??」ともはや不合格を確信して涙目になっているやつもいる。
「これでわかったでしょ? あんたも運がないわね、他の列だったらまだ合格の可能性もあったんでしょうけど」
かわいそうなものを見る目でミシェルが僕を見てくる。
その目やめろ。
「そっちは余裕そうだね」
「当たり前でしょ、私を誰だと思ってるのよ」
ミシェルは自身ありげに鼻を鳴らす。
今のを見てもビビらないのか。
やはり相当の実力者とみえる。
「でも油断はしていない。セルティア・ノークは私の数少ない認めている人間だから」
「意外だな。自分以外は認めないと思ってた」
「何言ってるの、私は自分より強い人間は認める主義よ。八皇帝とかね。彼らのことは尊敬しているから」
「そうかそうか尊敬しているのか......ひひひ」
「なにその気持ち悪い笑い」
「なんでもない」
「まあいいわ」
興味をなくしたようにミシェルは視線を前に戻す。
集中モードに入ったのかな。
十数人の生徒がセルティア・ノークに斬りかかっていったが、誰も彼に剣を使わせることすらできなかった。
全ての剣撃が彼の親指と人差し指で掴まれてしまう。
セルティア・ノークの反射神経は相当なものだ。
流れ作業的に剣を掴まれては二十点前後の点数をつけられていく。
生徒たちがかわいそうになるくらいだ。
ちなみにその他の騎士達は、生徒の剣を手で受け止めたりしない。
ちゃんと剣で受け止め、建前だけでも何度か斬りあっている。
つける点数も70点中、30点とか40点くらいだ。
明らかに、セルティア・ノークの列だけ浮いている。
並ぶ人が元々少なかったこともあり、あっという間にミシェルの番が回ってくる。
「受験番号221B ミシェル・レーモンドよ。よろしく」
元気よく名乗り出る。
タメ口なのはセルティア・ノーク相手でも変わらないみたいだ。
「いいよ、かかってきて」
タメ口を気にした様子もなく、セルティア・ノークが言う。
剣はぶらぶらさせたままだ。
この試験で剣は使う気がないのかもしれない。
完全に舐めきっている。
プライドの高いミシェルのことだから取り乱すかとも思ったが、意外なことに自分の剣に集中しているようだ。
自分がいつも相手をムカつかせている分、この程度ではムカつかないのかもしれない。どんな原理かは知らないが。
ミシェルが強烈な一歩を踏み込み、ものすごい勢いで剣を振り下ろす。
ガンッ。
校庭に鈍い音が響いた。
「おおーっ!!」
それを見ていた受験生から歓声が上がる。
セルティア・ノークが初めて持っていた剣を使ってミシェルの剣を受け止めていたのだ。
「びっくりした。手を出していたら斬られていたよ」
セルティアが微笑んでミシェルを称える。
「当たり前よ。他の受験生と一緒にしないで欲しいわね」
ミシェルは当然と言わんばかりに言い返す。
実際、他の受験生たちとはレベルの違う物凄い剣のスピードだった。
一撃に満足することなく、どんどんミシェルは連撃を加えていく。
セルティアがその剣をうまい具合に剣先を使ってそらす。
素人でもミシェルが他の受験生とは一線を画す実力だとわかるだろう。
同時にそれをなんなく受け流すセルティアはやはり化け物じみている。
「すごいね、その歳の子供の剣さばきとは思えない」
「試合中よ。その上から目線やめなさい? 不快よ」
その言葉を皮切りに、一気にミシェルのスピードが上がる。
まだ速くなるのか。すごいな。
ミシェルの剣がもう一歩で届きそうになったところで、セルティアが上手いことその剣をかわして逆に相手の背後に回り込み、首に剣を突きつけたところで終了となった。
歓声とともに、自然と周りから拍手が巻き起こる。
「一瞬本当にやられるかと思ったよ」
セルティアが褒めるが、ミシェルは悔しそうな表情を隠そうとしない。
まだ闘志をむき出しにしたままセルティアを睨んでいる。
本気で相手に勝とうと思っていない限り、そんな表情はできないだろう。
敵ながらすごい奴だ。
うざいだけじゃないね。
「......そうだな、60点をあげよう」
セルティアが口にした得点に、周りがどよめく。
もちろん、今までの最高得点だ。
まあ、あの剣撃を見ていれば納得の点数だが。
今までの最高得点は、他の列の人が出した48点だったから、一気に12点も更新したことになる。
「本当は満点の70点をあげてもいいくらいなんだけど、まだ受験生が残ってるからね」
そう言ってセルティア・ノークは僕の方をチラリと見た。
コイツさっきから僕の方をめっちゃチラチラ見てくるのだ。
初めの何回かは気のせいかなとも思ったけど、どうやら僕を意識している。
まさか僕の正体が雷帝だってバレてる?
そんなはずは......。
いや、一旦そんなことは忘れよう。
ミシェルが終わったから次は僕の番。
切り替えて集中していかなければいけない。
今の僕はダートリユニオのボスでも雷帝でもなく、ただのドワイフ学園を受ける一受験者なのだ。
心を決めて堂々と一歩を踏み出す。
「受験番号550G ドレイス・レグだ。死を覚悟したまえ、セルティア・ノークくん」
ミシェルにかっこいいところ見せられたことで、僕の闘志は今マグマのようにふつふつと煮えたぎっているのだ!!