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アズロット編 4月10日 その3 弱点

「――あんた一人でオークの集落を?」


「ああ。拉致られたうえに荷物も返してくれなかったからな。向こうが仕掛けてたから、正当防衛ってやつで少し懲らしめたんだ」


 まぁ、過剰防衛ってつっこまれそうではあるが。


 俺は兜守の問いに答えながら、勇者の末裔とやらを観察する。


 少し日に焼けた、髭の薄い顔。死んだ魚の目だとよく言われているらしい一重の黒目。この旅のために短く切り揃えたという黒髪。ぽっこり出た腹。


 とても勇者の血族って体型じゃねぇ。


「あなたも何らかの能力をお持ちなのですか? あなたのステータスを見させて頂きましたが、能力の欄が空白でしたので……」


「ま、まぁな。俺は便利屋をやってるもんで、能力については企業秘密だから詳しくは言えねぇが」


 鬼人の嬢ちゃん――宵隠由梨の質問に、俺はぼかして答えた。


「……海岸に現れたドラゴンが鼻血を噴き出してこの森に移動したって情報が、【YOOTUBE】とかレース実行委員会の生放送番組で話題になってるっぽいんだが、あんたはドラゴンを見たか?」


 今度の質問は、俺がオブラートに包んでおきたい核心に迫ってきた!


「ド、ドラゴン? ど、どうだろうな? それらしいのは見なかったけどなぁ……」


 ひゅぅぅー。


 俺は吹けない口笛を吹こうと頑張る。


 この二人が俺の存在を認知してないのは、俺が一匹狼タイプだと理解しているカジュアルの計らいによるものだ。


 ここで俺が竜人の末裔であることを打ち明けるのが理想なのかもしれねぇが、仮にそうしたら、兜守あたりに護衛を求められて、四六時中行動を共にしなくちゃならなくなる可能性がある。


 俺の弱点(、、)的に、それは避けたい。でなきゃ、場合によっては出血多量で死んじまう。


 俺がそんなことを考えていたら、電話が鳴った。


 理屈はわからねぇが、森の中でも電波が通じるのは驚きだ。


「おっと、電話だ。仕事の依頼か? 今は出張中だから断るしか――」


 と、俺は相手の名前を見る。


【カジュアル】


 俺は電話を切った。


 すぐにまた鳴り出した。


 また切った。


 また鳴り出した。


「――あの、電話、出ないのか?」


 兜守がそんなことを聞いてきやがる。


 カジュアルのやつ、なんてタイミングで電話してきやがるんだ! おかげで俺が執拗に電話を拒否るっていう、妙な空気になっちまったじゃねぇか!


「……いや、出るよ」


 仕方なく俺は電話を耳に当てる。


「――どうして拒否るのよ?」


「お前だからだ!」


「一匹オオカミさんが寂しくないかと思って心配してあげてるのに」


「ああそうかいありがとよ! 寂しくもなんともねぇよ!」


「ところで、兜守たちの様子はどう? 把握できてる?」


 と、カジュアルが聞いてきたときだ。


「あの、その声、カジュアルさんですか?」


 由梨がそんなことを言った。


 俺は携帯の画面を確認。気付く。


 なぜかスピーカーになってたわ。


「あら? その声は由梨ちゃん? ということは、今二人と一緒なの?」


 なんてこった。これで俺が訳アリの参加者だってことが兜守たちに悟られたぞ。


「ああ」


「一匹オオカミさん、どうしちゃったの?」


「どうもしねぇよ! 悪いかよ!? 理想的な状態だろうが!」


「それもそうね。けど弱点のこと、二人は知ってるの?」


「俺が言いたくないんだから知るわけないだろ! ていうかなんで今それを口に出すんだよ!?」


 ヤバイ! またカジュアルのペースになりつつある!


「だったらちょうどいいわ。この際だから、情報を共有しておいた方がいいと思う。兜守に由梨ちゃん、聞こえる?」


「ああ、聞こえるけど」


「聞こえます」


 ヤバイ! 兜守たちが傾聴してる!


「そのアズロットっていう大男ね? 竜人の末裔なの。実は彼にもあなたたちのサポートをお願いしてあるんだけど、一つ致命的な弱点があって――」


 俺は電話を切った。これであとはうまく誤魔化せば――。


「弱点? 弱点ってなんだ?」


 兜守が聞いてくる。


「あー、それはだな……」


 ここでカジュアルからラインが送られてきた。


 しつこい奴だ! 今度はなんだ!?


 ラインを開くと、一枚の画像が目に飛び込んできた。


 肌着姿になったカジュアルの自撮り画像だった。


 ブシャァアアアア!


 ドサッ!


 …………。


「――ロット! アズロット!」


 はっ!? や、やっちまった!


 俺はまたも鼻血を噴き出して失神しており、兜守に助け起こされる形となった。


「だ、大丈夫か!? 急に鼻血出してぶっ倒れるから、何事かと思ったぞ」


「ち、ちょっとした持病みたいなもんさ。平気だ……」


 カジュアル……っ!! あの悪魔女!! 


「あんたが倒れて、あんたの携帯の画面が見えちまったんだが、その、弱点っていうのは、もしかして――」


「みなまで言わないでくれ! そうだよそういうことだよ!」


 顔が熱い。


「あなたが竜人の末裔だと仰っていましたが、もしかして、海岸で恐竜を倒したのもあなたですか? 鼻血吹いてましたし……」


 と、由梨。


「あ、ああ」


 来るんじゃなかったぜ。


「す、すごいな! ドラゴンに変身できるのか!?」


 兜守のやつは子供みたいに目を輝かせてる。


「そう良いもんでもねぇけどな。体力的に、1日1回までしか変身できねぇし、できるだけ広い場所を選ばなくちゃならねぇ」


その弱点(、、、、)は厄介ですね。またいつ怪物に襲われるかわかりません。戦闘中に鼻血を吹いたら大きな隙になります」


 由梨は至って真面目で、肝が据わったやつだな。俺の話にもさほど驚いてる様子はない。政府ご用達の一族なだけあって、魔法を見慣れてるのかもな。


「だから、俺はあまり一緒にはいられねぇ。ピンチのときに割って入るくらいのことしかできねぇんだ」


 俺は率直に言った。ここまで知られたら、もう隠しておくわけにもいかねぇからな。


「ところで、お前らはこれからどこへ向かうんだ? レースの最初のチェックポイントはここから東にある【獣人の街】だぜ? 真逆の方向だ」


 俺は一先ず二人の行き先を聞く。いくら長く一緒にいられないと言っても、危険な場所に行くようなら同行すべきだろうからな。


「僕たちはカジュアルの指示で、ここから北西にあるドワーフの洞窟に行くんだ。そこで暮らすドワーフ族の王様が、聖剣の欠片の情報を持ってるらしくてな」


「なるほど、ドワーフか」


 レース実行委員会の資料によると、ドワーフ族は敵性が無く、穴掘りや工作が得意で、工作に必要な資源を得るために、それから外敵や風雨から身を守る意味合いもあって穴を掘り、地下で暮らしているらしい。


 工匠(こうしょう)を生業にしている種族なら、武具にも詳しいはず。ましてや、この大陸ではかなり有名であろう聖剣絡みだ。


「なら、ドワーフの洞窟まで同行するぜ。中へはおたくらだけで行きな。俺は外を見張っておいてやるよ」


「本当か!? 味方が多いのはありがたいよ!」


「感謝します」


 兜守と由梨は安堵と喜びの表情を見せる。


「ただその、代わりにと言っちゃあなんだが――」


 バツが悪いが、僅かな食料以外丸腰になっちまった俺は交渉せざるを得ない。


「おたくらが持ってる道具を時々貸りる権利をもらえねぇか? さっきのオークどもとの乱闘で、荷物を失くしちまってな」


「構いません。どのみち今夜はこの森で過ごすことになりそうですし」


「だな。一緒にキャンプといこう!」


 二人は快く許可してくれた。


「――済まねぇな」


 その夜、二人がテントを張るのを手伝い、由梨はテント、兜守は木の幹に身を預けて寝静まったのを確認した俺は、見張りの意味も兼ねて木の上に登り、携帯で【YOOTUBE】を開いた。


 カジュアルからのラインで、話題になってる動画があるから、情報として知っておくようにと指示を受けたからな。


 なんでも、アメリカの大統領が直々にレースについて説明してる動画らしい。


《アメリカ合衆国大統領による【異世界レース】概要説明》


 889,112,774回視聴・2020年1月1日。


「異世界――スラジャンデが現代に出現するのは、この2020年をもって第22回目となります。今日より遡ること100年。勇者の末裔が残した記録の通り、2020年1月1日午前0時01分。北緯36度52分28秒、東経167度23分13秒の座標を中心に、スラジャンデはその広大な姿を現しました。世界中の皆さまがご周知のように、スラジャンデはかつて、魔王とその配下である魔族が、獣人、エルフ、ドワーフといった善良なる種族を脅かす大陸でした。

 しかし、魔族などという存在は、今となってはもはや過去のものであります。今現在のスラジャンデには、そのような驚異的存在は一切確認されておりません。2000年前に行われた勇者一行の魔族討伐の旅を最後に、魔族は滅ぼされ、大陸全土に平和と発展が訪れたのです。ですが、魔族が残した財宝は別です。先代勇者の記録には、大陸中に未だ多くの、持ち主不明の財宝が残っていると記されています。

 それは隠されているのか、封印されているのか、あるいは堂々と目に付く場所に置かれているのか定かではありません。人類史上初となるこの異世界レースは、そんな数多の財宝の獲得競争です。不安ではなく希望を求める人類が、新たに挑むアドベンチャーなのです。そして各国の全面協力のもと、我が国が総力を挙げて開催する、個人の知力、勇気、そして魔法を駆使し競い合う、全く新しいエンターテイメントでもあります!」


 聴衆の興味関心を煽るような文句を並べた発言に、当時会場に集まっていたであろう数千人の歓声が上がる。


 魔法の存在が公になったのはこの動画が放送されたからだそうだ。


 カメラが映すステージ中央の壇上で、白人の大柄な大統領は片手を上げ、人々の声を制した。


「このレースは人類史上初の試みであり、正直なところ安全とは言い切れません。何が起こるか誰にもわからないからです。魔族の存在が確認されていないとはいえ、凶暴な生物が出ないとも限らない。しかしながら、危険を冒しながらも挑むだけの明確な価値があると我々は確信しています」


 魔族の存在が確認されていないって、普通にオークいたぜ? 事前調査雑すぎだろう。


「――レースはスラジャンデの中心部に今なお存在する、魔王が拠点としていた魔王城をゴールとし、一着でゴールした参加者には優勝賞金10億ドルが支払われます。当然、所得税は引かれません! また、道中に入手した財宝についても、それを獲得した参加者の個別報酬として所有権が与えられます。現地で暮らすエルフやドワーフ、獣人といった各種族と交流し、彼らが持つ財宝を交渉で入手することも可とします。詳しくは異世界レース実行委員会公式サイトのルール概要または、各ご家庭に配布される参加申し込み券と同梱のルールブックに目を通してください」


 ここで大統領は手元の原稿をめくり、


「――このレースには、15歳以上の者であれば誰でも平等に参加する権利があります。3月1日を応募の締め切りとし、参加者は委員会の厳正な抽選によって、1ヶ月後の4月1日に発表されます。エイプリルフールだからといって嘘だと勘違いしないようにお願いします」


 大統領が最後にちょっとしたジョークで会場を沸かせている場面で動画は終了した。


 全く知らなかったが、アメリカの大統領が直々にレースの説明をしていたなんてな。道理で世界中がお祭り騒ぎなはずだ。


 この動画に投稿されたコメントは、


『何が起こるかわからないって言っても、いきなりドラゴンが出るなんて誰が想像つくよ? 死人が出てないのが奇跡だわ』


『話が思ってたのと違うw』


『スラジャンデの文明がどのくらい発展してるのか知らんが、もし俺らの国より大分遅れてるレベルだったら、古代文明への侵略行為にならないか?』


『人様の大陸にずかずか乗り込んでそこにあるお宝を手に入れろって、ただの盗人では?』


『宝物を手に入れたら所有権が与えられるって誰が決めたの? 現地の種族の了承は得たのだろうか?』


『エルフとかドワーフの文明が2000年前のままなら、そんなところに現代人が乗り込めば異端の使途だの魔女だの言われてこっちが狩られる説ある』


『いや草』


 といった、意外にもマイナスな印象のものが多い。


 侵略行為だの倫理を欠いているだのと、多くの個人や団体が抗議を行ったらしいが、アメリカ政府をバックにつけている委員会は、レース参加者の抽選開始から発表まで半ば強引にレース企画を推し進め、とうとうレースをスタートさせてしまったというわけだ。


 しかし、大統領はえらく乗り気だったな。


 まさかカジュアルのやつ、大統領にまで何らかの心理操作をけしかけたんじゃねぇだろうな?


 俺はカジュアルに電話で聞いてみることにした。


「俺だ」


『あら、あなたから掛けてくるなんて珍しい。早くも私の声が恋しくなったの?」


「黙って質問に答えろ」


 いつもの面倒極まりない前口上を無視して、俺は大統領が乗り気なことについて質問した。


『私もさすがにそこまでは手を回してないわ。演説も、大統領自らが自発的にやったことよ? 次の選挙に向けて、大衆の注目を集めて味方につけておきたいんじゃないかしら? 今のところあまり良い意見を聞かないけれど』


 だからこそ、とカジュアルは続ける。


『だからこそ、私はあなたに護衛役を頼んだの。レース中にもし魔族が絡む重大な妨害行為があったら、兜守たちどころか、レースに関わる大勢の人に損害が出てしまう。【スラジャンデ】には、2000年経っても恨みがましい魔族の残党が活動している可能性があると見るのは当然でしょう?』


「頃合いを見て、主の復讐に燃えた連中が襲ってくるかもしれないって話か」


『そういうことよ』


「末代まで恨まれるとか、兜守のやつも面倒な家系に生まれちまったな……」


 魔族。魔王の魔法によって生み出された種族。姿形や知性に差はあれど、いずれも邪悪な精神を持ち、魔族以外の種族に敵意を向け、魔王の命令のままに襲い、奪う。


 トロールはアホだが、デカくて重くて力が強いと聞く。生身の俺じゃ勝てないかもしれねぇ。


 オークは繁殖力が高く、馬鹿みてぇに数が多い。


 ドラゴンは良心に目覚めた極一部の種を除いて、大半が魔族側の勢力に含まれる。どいつも知性が高くて、当然のように言葉を話す。真正面から戦っても無敵に近いくらい強いくせに、卑怯な手を使ったりしやがる狡猾さを併せ持つ。


 他にもいろんな奴がいるらしいが、共通して厄介なのはそのしぶとさだ。


 奴らは形勢が不利だとわかるとすぐ逃げる。逃げて散って隠れて、そうしてしぶとく生き延びて、様子を伺い集まって盛り返す。


 そうして懲りずに何度も襲ってきやがるんだ。カジュアルが懸念していることも起こり得る。


『――それとね、これもまだ確証は持てないんだけど、あなたたちが目指す最終ゴールの魔王城に、魔力の反応が観測されたの』


 ここでカジュアルの口から不穏な言葉が出た。


「なに? 魔力?」


『それも今日ね。最初は僅かだったけれど、少しずつ強まってるの』


「マジかよ。更に面倒なことにならなけりゃいいんだが」


『そう祈りたいけど、一応警戒して頂戴。由梨にもラインを送っておくから。兜守には、今はまだ内密にしておいてくれる? 彼はあの性格だから、逃げ出そうとしかねないわ』


 兜守よ、もっと男らしくならねぇと信用されないぜ?


「――警戒するのは当然としても、魔力が感知された場所が場所だ。魔王の野郎が復活しかけてるとか、そんなゲームみたいな話だけは勘弁だぜ? 大統領に話してレースを中止して、軍を派遣して調べるなりしたほうがいいんじゃないのか?」


 端からリスクの高いレースだとは思っていたが、魔王城で魔力が観測されたとなるとさすがに中止を考えざるを得ないだろう。


『それは難しい相談だわ』


 だが、カジュアルはそんなことを言う。


『世界中がこのレースに希望と巨額の投資をしてるわ。魔力の反応が観測されたくらいでは、誰もレースを止めようとしない。目の前の儲け話がお流れになるのと同義だから』


「参加せず、観戦して賭けや投資に興じる側が、このイベントをそう簡単に手放すはずもねぇか……」


『少なくとも今のところはね。私の方で委員会や大統領を説得できないか動いてはみるけど、いずれにせよ、すぐに話が動く状態ではないわ』


 なるほど。


 俺はため息交じりに了承し、 


「魔王城の魔力反応については、引き続き調査を頼む。何かわかったらすぐに知らせてくれ」


 そう言って電話を切った。


 それからふと、無数の木の葉の間から遥か遠くに輝く月を見つめる。


「お月さんよ、……見てるだけってのはどんな気分なんだ?」


 遣る瀬無さに、思わずそんなつぶやきが零れた。


 そこへ、カジュアルからラインが……。


【今話したことも踏まえて、あなたは早く自分の弱点を克服するべきよ。大変でしょうけど、私はあなたが克服できるまで協力するつもり】


【わかってる】 既読


 ここで一枚の画像が送られてきた。


 またしても肌着姿のカジュアルの自撮り画像だった。


 ブシャァアアアア!


 ヒュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン。


 ドサッ!


 …………。

 

 次に俺が目覚めたのは早朝。俺は木から真っ逆さまに落ちて頭が地面にめり込んでいたのだった。




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