兜守編 4月10日 その3 しゃべるキノコ
「ぷはァァア! 生き返ったぁ! ありがとな! 一時はどうなるかと焦ったが、おかげで助かったぜ。あんたら人間だろ? こんなところに来るなんて珍しいな」
僕はキノコが、『喉が渇いて土に帰りそう』って呻くから、大慌てで休憩場所に戻って水筒のコップに注いだ水に、とりあえずキノコの傘の部分を突っ込んであげてみた。
そうしたら、さきほどのか細い小声から一変。明るく弾むような声でキノコがお礼を言った。
「ちょっとした用事で、ね……」
僕はキノコと会話できてる! あのアイアンレディーの、シーズとかいう若い子が発明したナノサプリメントの翻訳効果の凄さを改めて実感!
それにしても、キノコはどこから水を飲んだんだ? いや吸ったのか? なんだか知らんが、生き返ったようでよかった。
「――この森にしゃべるキノコがいるって知ってた?」
由梨ちゃんに聞いてみる。
「いいえ。初めて見ました」
僕は携帯から異世界レース実行委員会の公式サイトにアクセス。
そこに開示されている情報資料に、このしゃべるキノコが載っていないか調べてみた。
――載ってない! 新種だ!!
「あ、新しい種族を、おじさんが発見したってことですか!?」
いつもクールな印象の由梨ちゃんも、さすがにテンションが上がり気味だ。
「そ、そうなるよな。たぶん……」
僕は兼ねてから委員会の人にそうするよう指示されていたとおり、SNSにしゃべるキノコを発見した旨を写真付きでつぶやいた。現在の僕のフォロワーはゼロなので、ハッシュタグで【異世界レース】と記載して投稿した。これで多少見てもらえる確率が上がるはずだ。
そうすることで一参加者としての僕の知名度を上げて、フォロワー増加に繋げていくのだ。
【いいねポイント】をたくさんもらって、旅をより有利に進めるために。
「――き、君の名前は?」
僕は試しに、キノコにそう聞いてみる。
「名前? ああ、人間やドワーフがお互いを呼ぶときに使う言葉のことか。オレたちにそういうのは特に無いぜ? 好きに呼んでくれ」
名前がないとは思わなんだ!
すると、このキノコの種族はどうやって互いを認識してるんだろう? 見た目とか匂いとかかな?
「じ、じゃあ、一号で」
と、僕は命名させてもらった。キノコ一号。第一村人発見的なノリで。
「おうよ!」
一号は男気ある接し方をするなぁ。この場合、キノコ気って言うべきか?
「一号さんは、どうして脱水状態で倒れてたんですか?」
由梨ちゃんが聞いた。キノコって水が無いとダメなんだっけ?
「――ああ、その、なんというか、森のオークがな、……オレや仲間を攫ったんだよ。あいつら、オレたちを食うんだ。その途中で、オレだけうっかり落とされてな。そのまま放って置かれてたわけよ」
「お、オークだって!?」
思わず声が裏返る僕。
オークって言ったら、カジュアルが言ってた魔族じゃないか! ファンタジーの世界においても、敵の種族の代表格!
そんな印象の悪い連中がこの森にいるの!?
「ああ。さっきの細道がその証拠さ。あれは連中が歩いてできた道だからな」
嘘やろ!? すぐ近くやん!
「その、オークって種族は、恐いのか? 他の生き物を襲ったりする?」
「どの種族とも仲は良くない印象だな。仲間から聞いた話じゃ、西の洞窟に住んでるドワーフと喧嘩ばっかりしてるらしい」
げェ! やっぱり恐い種族だったか!
「それはそうと、攫われた仲間のキノコさんたちは、……放って置いていいんですか?」
由梨ちゃんの問いに、一号は僕の掌の上で身を右に左に捻る。人間で言うところの、首を振るようなジェスチャーなのかな?
「……いいんだ。オレたちはそういう定めにある。地面に生えて、運が悪けりゃ他の生き物に食われる。最後まで生き残って、森の変化を見届けられれば儲けもの。昔からそう相場が決まってるんだよ」
声のテンションを下げて、一号は言った。なんだか、本意ではなさそうな感じだ。
それに、僕とどこか似てる。僕も、蔑まれることが自分の定めなのだと捉えて諦めて生きてきたから。
「……一号さんは、それでいいんですか?」
由梨ちゃんは尚も問う。彼女も一号に僕と同じ影を見たか。
「……よくはないけどよ、仕方ないじゃないか。オレたちが束になって戦ったところで、オーク一人にだって勝てやしない」
一号の言うことはよくわかる。
僕は容姿に恵まれず、太り易くて、運動音痴で、勉強もできず、低能の烙印を押されたまま大人になって、縋りつくように就いた低賃金の職さえも追われてしまった。
かといって僕の心に湧き上がったのは悔しさじゃなくて、絶望と諦めだった。
諦め。
僕はそういう人間だから仕方ない、という、理不尽をすべて受け入れて、そのままマイナスの流れに身を委ねるだけの人生。
「……そうだとしても、悔しくないんですか? 大切な仲間を食べられていいんですか? もし攫われたのがあなた自身なら、助けてほしいって思いませんか?」
由梨ちゃんは引き下がらない。これが若さか? ……いや、責任感の強さ故か?
「思う。助けてくれって……」
「だったら、助けに行きましょう! わたしたちがお手伝いしますから!」
え? 由梨ちゃん?
「ま、待ってよ。相手はオークなんだぞ? 僕たち二人でどうこうなる相手とは思えないし、そもそも僕たちには使命があるじゃないか!」
キッ! と、由梨ちゃんは僕を睨む。
「――だったらおじさんは木の上にでも登って安全を確保して待っててください! わたしが一人で助けに行きますから!」
なんでそうなるの。
もっと優先順位をだね……。
と、僕は思ってしまうが、何も言えない。
「…………」
なぜなら、この状況では、彼女が正しいから。
僕はただ、あれほど嫌がった【使命】を都合よく掲げて、オークと戦う恐怖から逃げたいという自分の意志を正当化しようとしただけだから。
由梨ちゃんは一号を僕からひったくると、スタスタと行ってしまう。
「――あぅ!?」
けど、歩きなれない森だ。木の根っこに躓いてる。しかも両手のひらの上に一号を載せてたもんだから、顔から行ったぞ。
僕は急いで駆け寄り、由梨ちゃんを助け起こした。
……そういえば、触ったら細切れにするって脅されてたんだったわ。
「……木にも登れないんですか?」
と、低い声で由梨ちゃん。
「ごめん。僕も一緒に行くよ。だから、その、細切れは勘弁してくれない?」
「――勘弁してあげます」
言って、由梨ちゃんは一号に道案内を頼む。その後ろから僕がおっかなびっくり続く。
そうだ、僕よ。助けを求めている生き物を放ってはおけない。
この図体なら、体当たりの一発くらいお見舞いできるかもしれないじゃないか。
はちゃめちゃ恐いけど、やれるだけやるしかない。
一号の仲間を助けるため、由梨ちゃんが先頭に立って森を進む最中、僕は携帯を操作して情報収集しようとしたんだが、【YOOTUBE】のピックアップ動画のお知らせを誤ってタップしてしまい、再生数が1000万回を超えた動画を目にした。
しかもその動画は見ざるを得ない。
なぜって、その動画のタイトルからして他人ごとじゃないからだ。
タイトル:【しゃべるドラゴン、鼻血を拭いて森へ逃走!? 肌着姿の女子高生激写!?】
『――俺は!』
『――ドラゴンになっても!』
『――エロが、ダメなんだぁあああああああああああああッ!』
恐らくはドローンが空中から撮影したものを、早くもレース実行委員会がピックアップして編集し、世界中の視聴者へ向けて配信したんだ。言語翻訳ナノ・サプリメント服用必須の注意書きと一緒に。
きっとこの動画はそのインパクトから、生中継してる番組でも取り上げられているに違いない。
動画はそれだけに止まらず、謎の黒いドラゴンが這って逃げていく場面のあとで、
『いやあああああああっ!?』
由梨ちゃんの制服が破れて、肌が大幅に露出した場面が繰り返し映し出されている。
曝し者じゃないか! 法律的にどうなの!?
《コメント》
口内 : しゃべるドラゴンとかマジ!?
エン : このドラゴン、レッドアイズとリオレイアを足して2で割ったような感じでかっこええ
ペイン : ドラゴンさん、女子高生さんの肌着姿に欲情したのかね?
つらみ : レース実行委員会が公式であげてる動画って、卑猥な要素あってもBANされないんだろ? こういうハプニングシーンまじで大歓迎だからもっとやってくれ
へるプ:みんな、アイアンレディのこと忘れてない? あの子がパワードスーツ脱いだところ想像してみ?
コメントは当然のように大盛り上がりだ。
僕は感情を表に出すことなく、音速で指を動かして【GOOD】をタップする。これで履歴からいつでもこの動画を見返せるぞ。【前回視聴した続きから】の機能ですぐに! グヘヘ。
「――おじさん?」
ふと正面に目を向けると、由梨ちゃんがにこやかな笑顔でこちらを見て立っていた。
「どうしたの?」
「おじさんの携帯の音量が全開なのか、わたしの聞き間違いかわかりませんが、今わたしそっくりの悲鳴が聞こえました。どういうことですか?」
しまった! 欲望のあまり音量ギガMAXだったわ!
「そ、そう? 気のせいじゃない? ほら、ここ得体の知れない森だし、木の精じゃない? なんつって――」
僕の手から僕の携帯が掻き消えた。
目にも見えず耳にも聞こえない速度で迫った【ワイヤー】が、僕の手から携帯を絡め取ったのだ。
由梨ちゃんは天使みたいな満面の笑みを浮かべたまま僕の携帯の開きっぱなしの画面を覗き込んで、それから側に落ちてた拳大の石を掴み上げた。
「次にこういうことをやったら、おじさんの携帯をこんなふうにしますからね?」
メリメリメリメリッ!!
と、笑顔で石を握り壊す由梨ちゃん。どんな力してるの!?
「ご、ごめん! ちょっと操作を間違っただけだよ」
「まったく。いいですか? わたしたちが今からやることは立派な救助活動です。集中してください」
両手を腰に当てた由梨ちゃん(18歳)に説教される僕(34歳)。
「目的地のドワーフの洞窟まではまだ距離があるので、今夜はこの森で休む必要があります。そのためにも危険因子は排除しておくべきです。つまりこのキノコさんたちと利害が一致しているんです」
「ご尤もです」
確かに、ここで一号たちを救っておけば、何か有益な情報を教えてもらえるかもしれない。ゲームとかでよくあるパターンじゃないか。現実でだって起こり得るだろう。
でも待てよ? 今由梨ちゃんは、危険因子は排除しておくべきだって言ったよな?
「けど、もしかして、本当にオークと戦うつもりだったりする?」
「当然です。相手は魔族ですよ? 情けなど無用です。綺麗に全滅させておけば、安心して眠れるじゃないですか。まぁ、安心できるのはおじさんだけですけどね。わたしはあなたの側で寝るのは気が休まりません」
「全滅させるって、由梨ちゃんね、会ったこともない連中を敵視しすぎでしょうに。歴史の資料とかにはオークがヤバイって書いてあるのかもしれないけど、もしかすると親切な性格かもしれないぞ?」
荒事はできるだけ避けたい僕は、由梨ちゃんを宥めようと試みる。あと一言多くない?
「これもすべては、おじさん。あなたをまともな勇者の末裔たらしめるため。剣の欠片を集めて鍛え直し、ついでにあなたも鍛え直して、いつ魔族が総出で牙を剥いても対抗できるようにするためなんです。ですから協力してもらいます!」
あかん。僕じゃ説得力なさすぎる。
「静かに。今風に乗って、オークの臭いがしたぜ」
と、一号が言った。その声はどこか人間っぽくて、威勢のいいヤンキーがしゃべってるみたいに聞こえる。
「おじさんはわたしの背後に」
由梨ちゃんの声のトーンが下がった。これは彼女が戦闘モードに入ったことを意味している、と僕は勝手に思ってる。
僕たちが進む獣道――ならぬオーク道は、十メートルほど先の開けた場所に続いている。
どうやら、木が生えていない、ちょっとした空間があるっぽい。
そこから話し声が聞こえてきた。
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