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兜守編 4月10日 その2 妖精の森

 今にも僕たちに食い掛かりそうだった恐竜。


 そこへ、どこからともなく飛んできた漆黒のドラゴンが体当たりして、盛大に炎を吐いて黒焦げにした。


 中ボス戦の最中にいきなりラスボスが殴り込んできたような状況に、僕はもうダメだと諦めかけた。


 けど、由梨ちゃんは違った。ドラゴンの炎から僕を捨て身で守ってくれたのだ。


 僕は恐竜の前でも、ただうずくまって喚き散らすことしかできなかった。


 由梨ちゃんが守ってくれなかったら、今頃僕はあの恐竜の養分になってたと思う。


 そのドラゴンはどういうわけか人間の言葉と思しきことを叫んで、凄い勢いで鼻血を噴き出しながら丘の向こうへと逃げていった。


 レース開幕早々に、いろいろとヤバイ。


「ええと、た、確か初期装備に大振りのタオルが――!」


「いやあああああああっ!?」


 僕を炎から庇った由梨ちゃんは顔を真っ赤にして叫ぶ。政府が特注で用意したとかいう学生服が見事に破れて、黒い肌着を着けた真っ白い上半身が丸見え。


 ダメージを受けると破れて、そのダメージを軽減するとかいう例の機能が働いたのだろう。 


 さすが、忍者として鍛えているだけあって無駄な贅肉が一切ない。僕とは正反対の、筋肉質な身体つきをしている。 


 ふと後ろを見上げると、カメラ付きドローンが滞空して僕たちを映してる。


 いや、たぶん由梨ちゃんの上半身をドアップで映してるに違いない。


 いいぞ、もっとやれ! 視聴率が上がるぞぉ! ――じゃない! 僕はなんて下衆なことを思ったんだ!


「は、はい! これ!」


 僕は血走った目でタオルを差し出す。


 由梨ちゃんが映った動画が【YOOTUBE】にアップされたらお気に入りに追加しよう。


「あ、ありがとうございます……」


 自分の腕で胸元を隠す由梨ちゃんは、小動物みたいにうるうるした目で僕を見つめ、タオルを受け取る。僕のマグナムの撃鉄が起っきした。僕の身体はなんて下劣な反応をしてるんだ!


「だ、大丈夫かい? 替えの服はある?」


「平気です。この服は経時で自動修復する特殊な素材でできてますので、10分くらい経てば元に戻ります……」


 と、タオルで上体をくるみつつ由梨ちゃん。


「そんな機能まであるの!? 服はなんとかなるとしても、身体の方は? 怪我はない?」


「問題ありません。防護制服のおかげです」


 なんてすごい服なんだ! ていうか、襲われたらマズい僕のためにも用意してくれればいいのに。 


 とかいって愚痴をこぼす余裕はない。


「なら一先ずあの森へ入って、人目につかないところで服の修復を待とう!」


 僕は周囲に危なそうな生き物がいないか警戒しながら、由梨ちゃんを庇うようにして前を歩く。


 丘の上に登った。遠くの方にさっきの恐竜と同じ種類っぽい生き物の姿が見えるけど、大迫力のドラゴンに怯えたのか、こっちに背を向けて遠ざかってる。


 他の参加者たちも四方八方に散り散りだ。


「――おじさんは、怪我してませんか?」


 背後で由梨ちゃんの声。


「大丈夫。君が守ってくれたおかげだよ」


「よかった……」


「ところでさっきのドラゴンだけど、鼻血出しまくってどこかに消えたよね? あの鼻血は君の攻撃かなにか?」


「いえ。わたしじゃないです。何だったんでしょうね? あのドラゴン」


 と、由梨ちゃん。てっきり彼女の魔法で血を出したものと思ったけど違った。


 あんな黒くてデカくて強そうなドラゴンが血を出すのはただごとじゃないだろうから、尚更気掛かりだ。


 ていうか今僕たちはドラゴンのことをまるでその辺の凶暴な犬みたいなノリで口にしてたけど、生まれて初めてみた伝説の生き物なんだよね。


 もうなんかぶっ飛んだことがいろいろ起きすぎて驚きが置いてけぼりになっちゃってる感ある。


 せかせかと森へ入った僕たちは、野太い木の根っこに並んで腰を下ろして休むことにした。


 そうして由梨ちゃんの学生服が修復するのを待つ間、僕は自分の初期装備を改めてチェックする。


 服装は、コットン素材の上着とミリタリーパンツに、黒いブーツ。インナーに半袖シャツ。それから予備の肌着。


・ハンカチ


・ティッシュ


・おやつ(ポテチ、クラッカー)


・水筒


・携帯食料(乾パン、カロリー〇イトなどのバランス栄養食)


・サバイバルナイフ


・軍手


・簡易テント


・フェイスタオル


・大振りのタオル(由梨ちゃんにレンタル中)


・コンパス


・目覚まし時計(ドラ〇もんの顔が描いてあるやつ)


・電池


・替えの肌着


・携帯


・携帯の充電器


・ワイヤレスイヤホン


・トランプ


・ハイパーヨーヨー


・パラコード


・ペンライト


・ライター


・調味料(小瓶)


・救急キット


・小型ガスバーナー(調理用)


・折り畳み式フライパン


・食器セット


・裁縫セット


・釣り針


・浄水タブレット


・シークレットアイテム


 中にはいくつか私物も混ざってる。特に細かい規定を聞いていなかったので、独断で持ってきたものだ。特に個人的に大事なのは最後のシークレットアイテム。必要なときが来たら使うつもりだ。


 そして――。


「これが宝の地図ねぇ……」


 装備の中でもナイフやライターと同じくらい大事な、異世界――【スラジャンデ】の大まかなマップである。


 歴代の勇者の末裔たち――すなわち僕のご先祖様たちがこの【スラジャンデ】を訪れるたびに手記を残しており、このマップはそこに書かれた情報を基にレース実行委員会が作成したもので、縦90センチ、横60センチくらいのA判サイズだ。最終目的地の魔王城が赤字で描かれてある。子供の落書きかって思うくらいテキトーな感じのお城の絵。

 

【スラジャンデ】という広大な大陸のほぼ中心に位置する魔王城から見て、僕たちの現在位置は遥か南の海沿いである。


 ちなみにこの森は【妖精の森】という名前みたいだ。


「×印が描いてある場所に宝物が眠っているみたいですね」


 と、タオルを巻いたままの由梨ちゃんが横から地図を覗き込む。


「けど、確実にあるわけじゃないんだよね。あると思われる(、、、、)ってだけだから、現地で自分たちで情報を集めないといけないから大変だよこれ」


 この森にはお宝が眠る場所であることを示す黒い×印が無いので、大抵のレース参加者は素通りする場所だ。


 一番近い×印は、ここから北東の方に一日くらい歩けば着きそうだけど、僕たちの最初の目的地は真逆なんだよな。


『上陸したら、まずはドワーフ族の地下王国に行って、ドワーフの王に会いなさい。彼が聖剣の欠片の情報を持ってるみたいだから』


 と、僕はカジュアルに言われたことを思い出す。『持ってるみたい(、、、)』ってなんだよ。確かな情報をおくれよ。


「服の修復が済みました。タオル、ありがとうございました」


 由梨ちゃんが羽織っていたタオルを僕に返した。


 なるほど確かに服は新品同様の綺麗な状態で元通りになってる。


「まるで魔法だね」


「まさしく、この制服は魔法で作られたと聞いてます。この大陸で暮らす異種族の方々も魔法が使えるとそうですから、似たような服が見つかるかもしれませんよ?」


 カジュアルから聞いたけど、僕たちがこれから集める聖剣も、勇者と鍛冶師の魔法によって作られたものらしい。


 だから僕でも使えるみたいな理屈なんだろうけど、魔法のまの字も知らなかったうえにそういった力を扱う訓練も受けたことがない。


 実在する魔法を敢えて映画やゲームでエンターテイメント化して、現実でそのまねごとをすると周りから痛い人に思われるような空気感を世界全体に浸透させて、国家規模で真実から目を背けさせてきたのだとカジュアルが言っていた。


 道理で、魔法が実在することが世間的に知られていないわけだ。


 出発前に申し訳程度に受けた訓練は、食料の取り方とか調理法、注意すべき物事といった、基本的なサバイバル術に徹してたから、魔法に関しては知識も技も皆無。


「剣の欠片を見つけたとして、もしも僕がそれに触れられなかったらどうなるんだろう?」


「どうして今からダメだったときのことを考えるんですか? 使えるかどうかじゃなくて、使うんです。そうしないと、もし魔王が復活したら対抗できる手段がありません」


 どうもこの子は僕に対して手厳しい。


「――そうだよな。僕がそうできるように、君が護衛役を引き受けてくれたんだしね」


「これも世界の平和のためです。そのためにわたしは、――わたしの一族は、昔から私欲を封じて、鍛錬に時間を割いてきたんですから。あなたも勇者の末裔として、それに応える義務があります」


 由梨ちゃんくらいの年齢だと、普通なら学校のクラスメイトと遊びに出かけたり、彼氏のひとりでも作って青春を謳歌しているはずだ。


 それを彼女は、すべて犠牲にしてこの旅に臨んでいるのか。


 僕は勇者の末裔……。応える義務、か。


 グぅうぅうううう。


 使命という言葉が僕の頭でぐるぐるしていたとき、そんな音が聞こえた。


「…………?」


 ふと隣の由梨ちゃんを見遣ると、物言わず顔を真っ赤にしている。


「――あ、もう11時か。なんだか腹が減ってきたな。今のうちに食べられそうなものを探さないと!」


 携帯で時間を見た僕はそれとなく、思い立ったかのように言って立ち上がる。


 動けるうちに動いて、獲れるときに獲るべきだ。


「あ、それならわたしも一緒に――」


「いいよ、そう遠くには行かないから危険もないだろうし、君は休んでて? 何かあったら電話するか、大声で叫ぶから」


 言い残して、僕はナイフと軍手と携帯とコンパスを持って出発。


 この大陸は電波が通じるらしく、普通に遠距離通話が可能なんだよな。


 そこはありがたい救いだ。


 この森はかなりの広さがあって、木々のずっと向こうは薄暗い。生い茂るたくさんの葉と太くて背丈のある木は見た感じ日本にも生えてそうな感じの木だけど、その色が違う。なんと、木の皮が薄い青色をしているのだ。


 どういう原理で、あるいはどういう構成物質で青くなるのかわからないけど、それこそ絵画やゲームの世界でしか見かけないような神秘的な色合いだ。


 このことは森に入るときに携帯でググったけど、どうやらこの青い木は、世界に数多とある植物の中でも特に魔力を多く含んでいて、それを光合成するみたいにして放出してるんだそうだ。


 あと、空気がもの凄く澄んでる感じがして気持ちがいい。


 僕は【妖精の森】の独特な雰囲気を感じながら、由梨ちゃんのいるところから二十メートルくらい離れたエリアを捜索。


 そうして、魔力豊富な森に生えてるもので、人体に害の無い食用可能な植物があるのかどうか不安になったときだった。


「――お?」


 道端、と表現すべきが微妙だが、何かが繰り返し通って草が踏みしめられた――そう、獣道的なラインのど真ん中に、赤い傘に白い球模様をしたキノコが落ちていた。


 行き倒れみたいに、横向きに倒れてるのだ。


「誰かが落としたのか……? 誰かっていうのが誰か知らんが……」


 僕はそのキノコに近づいて、軍手をはめた手でつかみ取り、匂いを嗅いでみる。


 特に変な匂いはしない。


 問題は食べられるかどうかなんだが、


「――み、水」


 ん? 今、どこかから小さな声が聞こえたような?


 そう思って、僕は周囲を見渡す。が、どこにも人の姿はない。由梨ちゃんの声とは違うし……。


「水を……」


 また聞こえたぞ!?


 ……いや、まさかね?


 僕は恐る恐る、手に持った【キノコ】を見つめ、耳もとに近づけてみる。


「そ、そうさ。しゃべってるのはオレだよ」


 き、きききキノコが――ッ!?


「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」


 たぶん、僕の絶叫は由梨ちゃんの耳に余裕で届いたに違いない。



お読みいただき、ありがとうございます。


続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。


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