アズロット編 4月10日 その1 知ってるか? ドラゴンも鼻血出すんだぜ?
ここが、お袋が旅した異世界――【スラジャンデ】の大陸か。大きさは日本の北海道とかいうデカイ陸地と同じくらいらしいな。
砂浜の先にある丘を越えないと向こう側の状態がわからないが、遥か北東の空に浮かぶ島はここからでもよく見える。島は中央にいくにつれて滑らかな山形になっていて、どういう原理かはわからねぇが、地上の川がその島へ向かって空へと流れているように見える。いや逆か? 空中の島から地上へ向かって川が下ってるのか? いずれにせよ見たこともない現象が起きているのは確かだ。
上陸用の船から降りた俺は、さっそく走り出した第一波の一団に追随しつつ、兜守たちを探す。
同じ上陸第一波の組とはいえ、全部で25隻もある船にそれぞれ乗り込んできたんだ。すぐに兜森たちの居場所を把握するのは俺の嗅覚でも難しい。
馬に乗った緑髪の野郎が颯爽と俺たちを追い抜いて、丘を登り始める。
さすがにここで俺の能力は使わないぜ。長旅において飛ばしすぎは厳禁だからな。
それに、わざわざタダで奥の手を見せるメリットなんか無ぇ。
と思った矢先、丘の向こうから妙な臭いがしてきやがった。
他の連中はみんな人間の嗅覚だからまだ気づいていねぇようだが、俺にはわかる。
こいつは獣の臭いだ。しかもデカイ。
俺は加減していた脚力を7割くらい解放して飛ぶように走る。瞬く間に乗馬野郎と並んで、同時に丘の上に立った。
まず目に飛び込んできたのは、デカイ図体を太い四本脚で支える、背びれのイカツイ獣。
魔族やら獣やらを狩る仕事を生業にして久しい俺の目で見て、太古の昔に絶滅した恐竜族の末裔と見えるな。全長30メートル、体重150トンってところか。
あれは魔族とは違うが、こっちを獲物と判断して襲って来たら厄介だ。
「おお! さっそく異世界らしい生物がお出ましだね!」
俺の隣で乗馬野郎が言った。馬が怯えて進もうとしていない。
俺は次に周囲を観察する。
東に面して広大な草原が広がり、西の方には深そうな森が見えた。その更に遠くには標高2000メートルはありそうな山々が連なる。
草原にはこいつと同じタイプの恐竜が数匹いるのが見える。翼がないことから考えて、この恐竜はここら一帯を縄張りにしてるのかもしれない。
「あのデカブツに気をつけろ。気性が荒い」
「縄張りを侵されたと思ったのか、あるいは空腹で機嫌が悪いのかな? まぁどっちにせよ、このボクの敵ではないさ!」
俺の言に乗馬野郎は不敵に笑い、緑髪を揺らす。
「――はっ!」
そうして怯える馬を無理やり走らせ、単騎で向かっていきやがった!
「お、おい! 待て!」
ダメだ。全く聞く気がない!
俺の頭上を、カメラ付きのドローンが通過。こりゃぁ、レースの番組としてはイイ撮れ高かもしれねぇが、下手すりゃ死人が出ちまう!
「ボクの能力の出番だ!」
乗馬野郎が叫んだ瞬間、恐竜のやつが身を捻り、極太の尻尾を繰り出した。
「うわああああああああああああッ!!」
乗馬野郎は呆気なく馬ごと薙ぎ飛ばされ、森の遥か向こうへ飛んで行った。
キラーン。
ちくしょう、俺が力づくで止めるべきだった! そうすれば乗馬野郎が星にならずに済んだのに!
「――な、なんだありゃ!?」
「ヤバいのが出たぞ!」
後続の参加者たちが丘に登り立ち、恐竜を目撃する。
「お前ら、迂回しろ! 恐竜に近づくな!」
と、俺は警告を叫んだが、
「ぎゃああああああああああああッ!?」
ほとんどの奴は悲鳴を上げて海の方へと引き返した。よかった、恐竜とサシでやり合おうなんてアホは乗馬野郎だけみたいだ。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「――くそ!」
だが油断はできない。今の悲鳴で刺激されたのか、恐竜が逃げた連中の後を追って丘を乗り越えやがった!
恐竜は逃げ惑う参加者たちがいる中、動かない人間に狙いを定めて突進する。
その先にいるのは、あろうことか兜守のやつとその連れの嬢ちゃんだ!
「やべぇ!」
俺が本気の走りで追いつく算段をつけたときだ。
突如、突進していた恐竜がその場で盛大にすっ転んだ。
飛行機が墜落したみたいに派手な砂埃が爆ぜあがり、兜守を庇うように仁王立ちしていた嬢ちゃんは軽やかな身のこなしで躱すが、兜守のやつはもろに砂を被ってる。
俺は目を凝らす。そして今恐竜が前のめりに転んだ理由を突き止めた。
それは、嬢ちゃんの前方――その広範囲に突き立てられた忍者の武器・クナイだ。
いいねぇ。あれが鬼人にして忍者の末裔か。早速本領発揮ってわけだ。
俺は駆けだすのをキャンセルし、丘の陰に伏せて様子を見る。
「鋼の意志!」
嬢ちゃんがそう叫ぶと、クナイを支点にして地面一帯に張り巡らされていたワイヤーが一気に彼女の手甲へ収縮して収まった。
服装はキャラクター付けとフォロワー増加を狙った学生服。だがあの黒い手甲からは、嬢ちゃんの忍者としてのオーラが放たれている。よく見たら、靴もローファーじゃなくて黒い足袋と草履だ。膝には銀に煌めくプロテクター。それから革製と見えるすね当ても着けてる。
竜人の目と聴覚が、その様子を正確に捉える。あのワイヤーが嬢ちゃんの魔法か。要するに、張り巡らせたワイヤーを恐竜の脚に引っ掛けて転ばせたわけだ。
恐竜の巨体をあんなワイヤー一本とクナイだけで止めやがるとはな! 並みの実力じゃあんな真似はできねぇ。
だが、まだ終わりってわけじゃない。
もがいていた恐竜が踏ん張って立ち上がり、再び突進をかけようというのか、その場で前足で砂を掻き始めた。
嬢ちゃんもちょっと焦ってるな。地面に全部投げちまったクナイを拾って来ないと、新たにワイヤーの防衛網を張ることができないんだ。
「――ぼ、ぼくを食べても不味いだけだぞ!? このビールっ腹を見ろよ! 肉なんか無いんだ! 脂肪だけだぞ!? 毒も持ってるぞ、たぶん!」
一方の兜守はそんな感じのことを叫んでいやがる。
「……それで脅してるつもりかよ」
あまりの情けなさにため息を吐いた俺は腹に力を込め、脳内で自分の魔力を体内に高速循環させるイメージを練る。
練りながら、周囲を確認――よし。みんな恐竜の存在に気を取られまくってて、俺の方に注目しているやつはカメラつきドローン含めてゼロだ。
カジュアルのお願い通り、ここは俺が手を貸してやるか。勇者の末裔があの世逝きになる前にな。
「――久々にいくぜ! 【竜王は斯くの如し】!!」
そして俺は、魔法を発動した。
魔法は、自然界に存在するエネルギー――つまり魔力を燃料にして発動する特殊能力みたいなもので、遠い昔に【スラジャンデ】で編み出された力だ。
それを発動した俺の身体が見る見るうちに変化・巨大化し、黒い鱗で全身を鎧うドラゴンへと姿を変えた。ちなみに自分でも原理はわかっていないが、身に着けている衣服ごと変身するので、変身を解いたら全裸になるなんてことはない。
「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ドラゴンとしての身体の感覚を思い出す意味も込めて、それっぽく叫んでみる。
久々に変身したから、準備運動くらいのことしかできねぇが、それでもあの恐竜一匹くらいならどうってことないぜ。
体長20メートルくらいの巨体になった俺は、その背に力を込める。すると問題なく翼が動いた。
水泳でバタフライをするときのようなイメージで、背筋周りを意識すると、蝙蝠とも見て取れる俺の二枚の巨翼が羽ばたいた。更にもう一度、更に強く羽ばたき、俺は空へと舞い上がる。
いいぞ、この感じだ!
俺はそのまま、獲物を見つけた鷹の如く急降下。砂浜の恐竜へ体当たりを食らわせた。
「グォオオオ!?」
恐竜の野郎が唸り声を上げながら真横に倒れ込む。俺がその縦長の胴体に圧し掛かると、尻尾を振り回して俺の巨体を後方からぶっ叩いてきた。
お前に恨みはないが、弱肉強食って言うだろ? 悪く思わないでくれよな。
俺は内心で言いながら、今度は口を大きく開き、腹の底から大声を絞り出すようなイメージを込めて、ドラゴンおなじみの火炎放射を見舞った。
恐竜の悲痛な雄叫びが海岸中に響き渡り、思ったより早く途絶えた。
こうして出来上がった恐竜の丸焼き――には手を出さず、俺は兜守たちの無事を確認する。
良かった。若干炎の余波を浴びせちまったらしいが、兜守を嬢ちゃんが身を挺して庇う形で事無きを得ている。
「いやあああああああっ!?」
ん? 嬢ちゃんが悲鳴を上げてるぞ?
頭を抱えてうずくまる兜守は無傷。嬢ちゃんは、カジュアルが口にしていた例の特殊繊維の制服が、大幅に破けてなくなってるだけで――。
ッ!?
嬢ちゃんの学生服――その上半身のほとんどが炎で焼かれて破れ飛び、その内側にある黒い肌着と白い肌がオープンキャンパス!!
白いお肌がぷるんぷるん。
おっぱいもぷるんぷるんッ!
俺はここで自分が盛大にやらかしちまったことに気付く。
なんで炎なんか出したよ?
側にあいつらが居るならもう少し別の方法考えろよ。
ていうか兜守のやつ、年下の女の子盾にするとか正気かよ!? それでも勇者の末裔か!?
全然事無きを得てねぇじゃねぇか!!
と、脳内で思考が高速循環する俺を、あの症状が襲う。
「ブ、ブフォオオオオッ!?」
およそドラゴンらしからぬおかしな声を発し、俺は固い皮膚に覆われ、立派な爪の生えた両手で己の鼻を抑える。
オオカミのように前へとせり出した自分の口と鼻は人間のときの感覚とまるで違っていて、俺は間違って手の鋭利な爪を鼻の穴にぶっ刺しちまった。
それがトドメだった。
「グオオオオオオオオオオオオッ!?」
強烈な痛みと熱が鼻腔から脳へと突き抜ける。
く、くそ! 俺はここでもやっちまうのか!? だ、ダメだ! 鼻の奥から猛烈な勢いで俺の恥じらいが迫ってくる! う、うわああああああああああああああああああッッ!?
「ブシャオオオオオオオオオオオオッ!!」
俺は、やった。
ドラゴンとしてのドス黒い鼻血を消防車の放水みてぇに大噴射した。
「――俺は!」
「――ドラゴンになっても!」
「――エロが、ダメなんだぁあああああああああああああッ!」
ドラゴンの肉声で人間の言葉もしゃべれることに今初めて気づきつつの俺は、泣き叫びながらトカゲみてぇに這いつくばって、丘を越えた先――深い森の中へと逃げるのだった。
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