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兜守編 4月13日 その4 闘技場にて


 僕とアイナの壮絶な打ち合いは、休憩を挟んでは再開を繰り返し、永遠に終わらないんじゃないかと思われた。それこそ、携帯の時間は全く進んでいなかったので正確にはわからないが、もう何日も経ったんじゃないかと感じられるほどに長い間続けられたのだ。


 そのおかげと言うべきなのか、僕は右目の謎の能力でアイナの二刀流の立ち回りを完全に身体で覚え、真似た動きができるようになっていった。


 初めはまだ手加減していたらしいアイナが徐々に本気を出し始めて、実力が拮抗しては離され、追いついて拮抗してはまた離されの繰り返しだったが、後半は常に拮抗状態が続いたのである。


 どこの誰かもわからない声だけの使い魔――メナスはそれを見て、ついさっき、ようやく折れて僕を勇者の末裔だと認めてくれたのだが、さすがに戦闘が長すぎてアイナがダウンしてしまった。


「悪いんだけど、私はここまでだわ……」


【試練の間】を出てすぐ、アイナがふらっと体勢を崩し、僕の肩にもたれかかった。


 無理もない。僕はキュアソードのおかげでまだ立っていられるが、アイナの方は生身だ。むしろこんなに長時間、よく動き続けられたものだ。


「ほんと、ごめんな。ここまで長く付き合わせることになるなんて思わなかった」


 アイナに肩を貸して歩きつつ、僕は謝る。


「どこか痛むか?」


「……平気」


 汗に濡れたアイナの身体は、かなり熱い。これは平気なんかじゃない。どこかで休まなければ!


 僕が尚も続く正方形をした通路でオロオロしていると、僕の心中を察したのか、


「――私、ちょっとこの辺で一休みするわ。兜守は早く仲間のところへ行ってあげて?」


 僕の肩から離れて壁に寄り掛かったと思うと、そのままずるずると床に座り込んでしまった。


「こ、こんな真っ暗でよくわからん場所に、君を一人にしておけないよ!」


 と、僕は手を差し伸べるが、アイナは首を横に振る。


「時間はもう動き出してる。今は使命を優先でしょ?」


 僕は何も言えない。彼女の言うことが正しい。


「――これらを。少ないけど、水が入ってる」


 僕はアイナに懐中電灯と水筒、それから携帯を手渡して、電話のやり方だけを簡単に教える。ここは電波が悪いからどことも通信できないが、持たせないよりはマシだ。


「いいの? 水は兜守が飲むべきよ」


「ぼ、僕はさっき飲んだよ! だから腹がタプタプで苦しいくらいだ」


 いつもタプタプだけどね。今回の試練で多少細くなってるといいんだが。


「――ありがと」


 アイナはどうしてか頬を赤らめ、上目で僕を見た。食べ物もあげたほうが良かった? 持ち合わせが無いんだよなぁ。


「事が済んだらすぐ迎えに来るから、待っていてくれ!」


「うん。幸運を祈ってるわ」


 そうして僕は、真っ暗な洞窟を一人で進み始める。


 数分で、精巧に造られた通路は形状を坂へと転じた。見上げた先に扉らしきものが見える。


 懐中電灯を持つアイナから離れて視界が暗くなったため、僕は今回の【試練の間】で手に入れた破片――【メナスブレイカー】を出現させた。


 この剣は薄い紫色の光を放っていて、キュアソードと同等の長さ、太さを持つが、刃の形状が違う。


 キュアソードは、根元から刃先にかけて徐々に幅が細まって鋭く尖っていく一般的な剣の形だが、メナスブレイカーは刃の幅が常に一定な長方形をしている。


 メナス曰く、この剣には持ち主の脅威となる不運を斬る(、、、、、)能力があるらしい。

 

 幸運だとか不運だとかいう概念が実在するのかどうか僕にはわからないのでこの際置いておくとしても、イマイチぱっとしない。


 要するにこうして出現させておけば、例えばあらぬ誤解を招いて忍者女子高生の怒りを買って細切れにされるみたいな災難を回避できるってことでいいのかな?


 それとも、細切れ退散! みたいな感じで念じながら、文字通り【斬る】動作をしなくちゃいけないのか? その動作が喧嘩を売ってると誤解されて新たなる細切れが襲って来そうだけども。


 さっきはアイナとの戦い疲れでそれどころじゃなかったから、使い魔に確認するのを忘れちゃったんだよな。


「――まぁ、どうあれ必要なものであることに変わりないし、持ってて損はないってことは確実だ」


 僕は、一先ずこの剣の能力については今後使ってみながら検証していくこととした。


 メナスブレイカーの放つ光を頼りに上り坂を進んで、さきほどから見えていた扉に近づく僕だが、ここで突如として起こった事態に足を止めた。


 目の前の何も無い虚空に、謎の黒い大穴が出現したのだ。最初は黒い点だったものが、渦をまきつつ拡大していき、人が通れるくらいのサイズへと成長を遂げる。


 穴からは謎の赤黒いワインのような色をした液体が、タラタラと滴り続けている。虚空に出現した穴から垂れたそれは床に血だまりを作り始めた。


『貴様が、勇者の末裔だな?』


 その穴の中から、低くてよく通る男の声が聞こえてきた。


「だ、誰だ!?」


 僕は剣を正面に構え、一歩後退する。


『俺の名はグリデン・ヴェイン。魔王親衛隊の一人にして、魔剣士だ』


 今、この声はなんと言った?


 魔王親衛隊? 魔剣士? 


「――お前が、魔王城から来たっていう魔族か!? なにが狙いでここまで来た!?」


『然様。かつてザッハーク様を打ち破った、憎き勇者の聖剣――その破片を手に入れるべく参った。だが、それだけではない』


 ということは、アズロットが言っていた通り、魔力反応の正体は超ヤバイ奴だったのか!


 声は続ける。


『俺は勇者の血を引く者を許さん。ザッハーク様のかつての仇を討たせてもらう!』


 ザッハークっていうのが、魔王の名前か!


「僕と戦いたいって? 悪いけど、そんな暇はない。僕はこれから山頂のドラゴンのところへ行って、仲間を助けなくちゃならないんだ」


『ドラゴンに囚われていた小娘のことか? 今はこの俺が預かっている』


「――なに!?」


 動揺する僕の声を聞いて、男の声は悪巧みを成功させた悪党みたいに『フッフッフ』と笑う。


『愚かなものよ。俺に監視され、あえて泳がされているとも知らずに、自ら破片を手に入れてくれるとはな。聖剣の破片の隠し場所に施された強力な防御結界を破るのは俺とて容易ではない。貴様のおかげで手間が省けたというものよ』


「――じゃあ、僕が破片を手に入れるのを待って、タイミングを見計らってドラゴンから由梨ちゃんを攫ったのか?」


『然様。手足を拘束し、意識を奪ってある。貴様が戦わないというのであれば、小娘の首を落とす』


「や、やめろ!!」


 くそ! 落ち着け俺! 動揺するな!


『小娘の命が惜しくば、今貴様の前に()でた穴に入れ』


「――なに!?」


 この、中がどうなっているかわからん得体の知れない穴に入れだと!?


 罠だったら!? 奴の言うことが全部嘘だったら!?


 僕の中を様々な不安が過る。


 こんなとき、アズロットならどうする? アイナは? ドアド王は何て言う? シーズだったら? 


 ――由梨ちゃんは?


『おじさん! なにをくよくよ悩んでるんですか! もっとしっかりしてください!』


 両手を腰に当てて、そう言うだろうな。


 そんな場面を想像した僕は、小さく笑みを溢した。すると肩の力が抜け、自然と不安や恐怖が和らいだ。


 脳内妄想を繰り広げるというオタクの特性に救われたな。


「わかった。ただし条件がある。僕はお前と戦うと約束するから、お前は由梨ちゃんを解放すると約束しろ」


『――いいだろう。では()く入れ』


 僕は深呼吸する。大丈夫だ、真っ暗な穴に入るのはこれが初めてじゃない。


 これまでの人生だって、真っ暗な中を進んできたじゃないか。


 いいぞ。不思議とポジティブな精神状態でいられてる。


 僕は意を決して一歩を踏み出し、穴の中へと入った。


 足を降ろす。すぐに堅い床のようなものを踏んだ感触がした。今僕がいる通路でただ一歩を踏み出す感覚と何ら変わらない。


 更に前進して、完全に穴に入る。すると一瞬の間に視界が開け、別の場所にワープしたのだと知る。


 穴を通過した僕が立っているのは、どこかの広大な空間だった。


 距離は離れているが、方々に青い光が灯っており、この広大な空間を淡く不気味に照らしている。


 ざっと見渡す限り、ここは大きな円形をしていて、天井までの高さも数十メートルは下らないと思われる。


 例えるなら、イタリアのコロッセオだ。円の外周には、客席と思われるものが壇上に連なっている。


 今僕が通過した穴が、グリデン・ヴェインとかいう奴の能力だろうか?


「――兜守?」


 ふと背後から聞き覚えのある声がしたので振り返る。数メートル後方に、上へと続く階段があり、そこにカジュアルあるの姿が!


「カジュアル!? ど、どうしたんだ!?」


 妙なことに彼女は槍を携えていたので、僕の反応がそのまま言葉で出ちゃった。


「あなた達の助っ人に来たの。私もまさか本当に魔王直属の魔族が出てくるとは予測できなくてね。さすがにヤバいと思って。でも、このことは実行委員会には内緒ね? 今の私は副委員長としてではなくて、聖人(、、)としてここにいる。つまり非公式なのよ。バレたらきっと、特定の参加者に私情で干渉したってことでクビになるわ」


 思い返せば、カジュアルは僕の部屋にも平然と現れた。だから、今僕が通ってきた穴みたいな、ワープに似たような異能を使っているのだろう。


「それは助かる! 今、由梨ちゃんが魔族のグリデン・ヴェインとかいう奴に攫われてて、ピンチなんだ」


「グリデン? ――アズロットから魔剣士がいるって話は聞いたけど、まさか本物……!?」


 何やら狼狽えた様子のカジュアル。


「奴を知ってるのか?」


「知ってるもなにも、世界史に名前が出てくるじゃない。魔王戦争後期の登場人物よ?」


「済まん、全然覚えてない。勉強嫌いで偏差値低かったし」


 言われてみればそんな名前の奴がいたような気がしないでもないレべルだ。


 不意にカジュアルは俺の顔を覗き込んで来た。


「――それはさておき、あなた、右目をどうしたの?」


 右目? ああ、青く光ってるのが気になったのね。


「謎だ。試練を受けているときに光るようになった。爺ちゃんと同じ青色をしてる」


「そうなのね。なら良かった、あなたには勇性遺伝子(ゆうせいいでんし)が無いのかと思ってたけど、ちゃんと持ってたみたいね。何かのきっかけで、その遺伝子を持つ者本来の姿になったんだと思う」


 出た、これまた謎の遺伝子。


「その勇性遺伝子って何なんだ? 勇者特有の遺伝子みたいなやつ?」


「それも聞かされてなかったのね。勇者の血族だけがもつ特殊な遺伝子で、幾つ世代を経ても、必ず受け継がれる性質を持ってるの。ふつう、遺伝子って世代を重ねるごとに受け継がれる遺伝子と受け継がれない遺伝子とに分かれるんだけど、勇性遺伝子は例外で、受け継がれる遺伝子の枠に毎回必ず入るってわけ。あなたの目が光ってるのがその証拠。しっかりと勇者の遺伝子を受け継いでるという証よ」


「つまり、体内に勇者の血が流れてる人の目は青く光るってこと?」


 僕の質問にカジュアルは頷く。


「でも、今まではなんで青く光らなかったんだろう?」


「きっと何か理由があるんだとは思うけど、現状ではわからない」


「――まぁ、右目だけ本来のあるべき状態になったというだけで良しとするか。おかげで敵の動きを見切れるようになったし」


「それも勇者の目の力よ。今後、もっといろいろな力に目覚めるかもしれないから、心して覚えておくといいわ」


 カジュアルが僕に流し目して歩き出す。


「今は由梨ちゃんを探しましょう。手遅れになる前に」


「――アズロットたちには会ったか?」


「ええ。ここの真上が山の頂上になってて、そこでドラゴンをやっつけてたわ。彼、今はそれでダウンしてる。だから私たちでやるしかない」


「マジか!」 


 さすがアズロット! なら、あとは由梨ちゃんを助けるだけだな。


「悪の元凶を絶たない限り、安心はできない」


 顔に出てたか、カジュアルに釘を刺されてしまった。


「――ああ」


「ところで、あなたが持ってるその光る剣だけど、破片の一つ?」


 と、カジュアルは僕の剣を見つめる。


「ああ。これは二つ目の破片で、メナスブレイカーって言うらしい」


「順調でなによりだわ。日本にいたときはあんなに嫌々な感じだったのに、人間はその気になれば、物事とちゃんと向き合えるものなのね!」


 ここで初めて、カジュアルは微笑を見せた。


 僕も少しは、成長できたということなのだろうか?


「――来たか、勇者の末裔よ。この地下闘技場をお前の墓場としてくれよう」


 ちょっとした達成感に浸る間もなく前方から声がして、僕たちはその場で身構えた。


 何もなかったはずの場所に、通路で見たものと同じ黒い穴が出現。そこから三つの人影が出てきたと思うと、方々で灯っていた青い光が強まり、空間全体を青白く照らし出した。


 コロッセオに似てると思った理由がわかった。ここは闘技場なんだ。


 僕はまず、三つの人影の中央に立つ人物――その肩に担がれた由梨ちゃんを認める。


「由梨ちゃん!!」


 彼女の名を呼ぶが、反応はない。


「小娘は気を失わせてあるだけだ。今はな(、、、)


 中央に立つ人物が言った。西洋を思わせる黒い鎧で全身を覆い、流麗且つ鋭利なシルエットの兜を被っているので顔はわからないが、声は通路で会話した男の声と同じ。背丈は2メートル近くあり、体格も僕なんて比にならないくらいガッシリとしている。


「お前が、グリデン・ヴェインか?」


「然様だ」


 2000年も前の奴がどうして今目の前にいるのかは、優先度的に無視だ。オタクの知識から見て、封印されていたのが何らかのきっかけで解けたとか、悪の魔王使いが蘇らせたとか、何通りか予想が立つからな。


 問題は、どうやって由梨ちゃんを安全な場所まで連れていくか……。


「由梨ちゃんを放せ」


「そのつもりだ。貴様を斬ってからな!」


 言って、グリデンは――。


「ッ!? 由梨ちゃん!!」


 僕の目と鼻の先で、由梨ちゃんを投げ捨てた! 


 ドサッ! という音を立てて、由梨ちゃんは堅くて冷たい床に転がる。


「――お前! 女の子に乱暴するんじゃねぇッ!!」


 僕は怒りに歯を食い縛り、メナスブレイカーに加えてキュアソードを出現させる。


()いぞ、その怒りは好い! 初代勇者よ、見ているか!? 俺が今から貴様の子孫を斬って見せてやる! 貴様が我らに刻んだ痛みは、貴様の末代に跳ね返ると知れぃ!!」


 グリデンが天を仰いで叫び、片手を虚空に翳すと、奴の手の中に黒い大剣が出現した。


 僕が念じて剣を出すのと同じだ。


 グリデンは、僕の背丈よりも長く、僕の体重よりも重そうなその大剣を片手で軽々と持ち上げ、切っ先を僕へと向ける。


「――ねぇグリデン。あの豚野郎が勇者の末裔なの? アタシがっかり!」


 ここでグリデンから向かって左隣にいる、背の低い華奢な人物が口を開いた。


 青白い空間で際立って見える白い長髪に、灰というか黒というか、とにかく暗い色の素肌の至る所を露出させており、手首、肘、足首、膝、腰、胸、首といった、接近戦において要所となる部分にのみ黒い鎧を装着したその人物は、まるで少女のような容姿と声をしていた。


「ただの豚風情(ふぜい)かどうか、斬って確かめてやる」


 と、グリデンは嘲笑を漏らす。


「ていうか、豚野郎の隣にいる女はなに? 金色の髪に真っ白な肌なんかしちゃって。まるで弱小生物の人間みたいで萎えるわ。もっと屈強で強そうな戦士を期待してたのに。これじゃぁ殺し甲斐が無いじゃない」


 今度は右隣の人物が言った。こちらも左隣の少女同様の見た目と身なりで、まるで双子のようにそっくり。唯一違うのは、右隣の少女の方は髪が短いことくらいだ。


 二人の少女は共に赤い牙を覗かせ、赤い瞳で僕たちを睨んでくる。


「――人間みたい(、、、)じゃなくて、一応人間よ? それも、初代勇者と一緒に旅をした聖人(、、)の末裔」


 と、カジュアルが一歩前へ出て僕の隣に立った。


「兜守。グリデンはあなたにご執心みたいだから、あなたが戦いなさい。他の二人は私がやるわ」


「ああ! 任せてくれ」


 僕も二本の剣を構え、グリデンの正面――目測20メートルほどの位置に立つ。


「ねぇヘル姉さま、聞いた? ワタシたちと一人で戦う気みたい! 強い祖先の末裔だからって、自分も強いって思ってるのかも!」


 短髪の方が言って、長髪の方を振り向く。つまり、髪の長い方が姉のヘルだ。


「アタシたちだけで100人の騎士団を皆殺しにしたこともあるのに、面白いこと言うのね!」


「ヘル、リリス。女はお前たちで好きにするがよい。俺の邪魔はするな?」


 と、グリデンが指示する。短髪のリリスが妹だな。


「「わかった!!」」


 姉妹は同時に返事をして、グリデンと同じように虚空へ手を翳した。


 そうして出現させた獲物は、姉のヘルが僕の腹と同じくらいの刃渡りを持つ両刃斧(ラブリュス)、妹のリリスが二振(ふたふ)りの短剣。二振りとも、リリスの腕と同じくらいの長さだ。


「――おい、人間の女。ワタシたちね、強い相手と戦いたいの。弱いヤツと戦ったってつまらないだけだもん。だから降参してくれない? そうしたらその首()ねて、もっと良さげなヤツ探しにいくからさぁ?」


 リリスの、慈悲も容赦も持ち合わせないかのような残虐極まりない物言いに、しかしカジュアルは声音一つ変えず、むしろ微笑みを返す。


「あまり自分の力を過信しないほうがいいわよ? お嬢ちゃん」


「その言葉、そっくりそのまま返すわ。聖人のオバサン(、、、、)


 と、姉のヘルが両刃斧を構えるのに合わせ、リリスも短剣をクルクルと回して弄び、一振りは逆手、一振りは順手に持ち変えた。


「聖人って、聖なる人って書くでしょう? とても神聖で穢れの無い、清らかなイメージあるわよね?」


 カジュアルは徐に、槍を掴んでいない方の手を開いて顔に触れ、肩を震わせて笑いながらそんなことを尋ねる。そして答えを待つことなく、


「――でも残念。その実態は、他人の血を見るのが大好きなサディストなのでした!」


 僕の全身に、いや、この広大な闘技場全体に、なにか言い表しようのない戦慄が走った。


 場の空気が一変したことに思わずカジュアルを振り向いた僕は、顔に触れた彼女の手指 (しゅし)から覗く瞳が、ワインのように赤い光を湛えていることに気付く。


 まるで見るもの、聞くものをすべて凍り付かせるかのような、凄まじい殺気だ。


「今はイベントの実行委員会に訳アリで身を置いているけど、こう見えて私もハンターなの。魔族とか魔獣専門のね」


 カジュアルは言いつつ、横方向に移動を開始。僕から離れていく。彼女に合わせて、双子も同方向へ動く。


 双方の殺気がぶつかり合い、ビリビリと空気を震わせるかのような緊張感が漂う。


「ヘル姉さま、あの女、目の色が赤くなったよ!」


「いい目をしてるじゃない。あなたのそのゾクっと来る殺気もたまらないわ!」


 恐怖で言葉が出ない僕とは打って変わって、双子は狂喜の声を上げる。


「私も日頃のストレスを発散できるから嬉しいわ!」


 と、カジュアルも笑う。顔と声はほんとに可愛いのに、どうしてそんなに恐いの!? 漏らしそうなんですけど……?


 ブルブル震える僕の視線の先で、彼女たちは揃って笑い止む。


「――それじゃ」


 カジュアルが姿勢を低く、槍を肩に担ぐ。


「殺し合い、しよっか!」


 瞬間、カジュアルの身体が掻き消えた。


 刹那、双子が共に後方へ飛ぶ。


 双子が並んで立っていた場所が爆発。石造りの床が砕け、爆撃直後のような粉塵が舞うその中心に、槍を振り下ろしたカジュアルの姿。


 ――速い! 


「避けてないで、かかっていらっしゃい?」


 カジュアルの殺気が更に増す。今の彼女の声に、普段の明るく陽気な色は無い。闘技場全体に微震が起こる。


「――ではこちらも始めるとしよう。()くぞ!」

 

 グリデンが身構える。


 ま、まずい! 目の前の敵に集中するんだ!


 僕がカジュアルたちから視線を戻したそのとき、グリデンの刃がすでに僕の顔へ迫っていた。


「ッ!?」


 咄嗟に二本の剣で受け止めるが、そのあまりのパワーに押し切られ、真後ろへと吹き飛ばされた。


 一瞬の間に出来事が起きすぎて、脳の処理能力が追い付かない!


 僕は吹っ飛んだ勢いのまま、受け身の一つも取れずに背中から地面に墜落。衝撃でメナスブレイカーを手放し、そのままゴロゴロとダンゴムシみたいに回転していき、闘技場の淵にあたる壁に激突した。


 ゴキバキッ! という、身体のどこかしらの骨が複数本砕けた音が響く。数瞬の間、骨が粉砕された激痛が走るが、幸いにもキュアソードは握ったままだったので即座に完治。


「おお! お前の持つ剣から、我が絶対君主たるザッハーク様の気配を感じるぞ。あのお方の魔力が、間違いなくお前の剣に封じ込まれているのだ! ――やはり泳がせて正解であったな」


 今、グリデンは何て言った? 魔王の魔力が、勇者の聖剣に封じられているだって!?


「どういうことだ!? この剣とお前の親玉になんの関係がある!?」


「かつて、ザッハーク様はその刃に身を切り裂かれ、瀕死の重傷を負われた。だが同時に刃も砕けた。その瞬間、誰にも予測し得ないことが起こった。ザッハーク様の血が刃の破片に染み込み、封印された。つまり、破片をすべて集めれば、ザッハーク様のすべての力が揃う!」


 え、じゃぁなに? 僕が聖剣の破片を全部集めたら、魔王も復活しちゃうってこと!?


「――お前の目的は、破片をすべて回収することか!?」


「然様! ご苦労だったな、勇者の末裔。貴様が苦労して集めたそれらの破片は、我らが主に捧げられるためのものだったのだ! 貴様らの最大の武器が、ザッハーク様復活の鍵なのだ!」


 マジかよ。こんなオチあり?


 知らぬ間にいろいろとヤバイことになって来てるんですけど?


「さぁどうする? これまでの努力がすべて水泡に帰し、死を目前にした今、貴様はどう出る!?」


 大剣の切っ先を僕に向け、グリデンが歩いてくる。ぐったりと壁にへたり込む僕との距離が、徐々に狭まる。


 ヤバい。この状況、どうしたらいい!?


 破片を奪われるわけにはいかないけど、守り抜いたところで、集めた分だけ魔王の復活が近づいてしまう。


 そしてグリデンは昔の恨みだかなんだかで、僕を殺す気満々!


 カジュアルは双子相手に奮戦していて、僕らがいる闘技場の南側ではなく、恐らくは地上へと続いているのであろう北側の階段へと移動している。


 由梨ちゃんは、まだ倒れたままだ。


 僕は頭を左右に振り、雑念を吹き飛ばす。


 ――戦え。


 戦うんだ。


 ここで僕が諦めたら、由梨ちゃんの頑張りも、アズロットの苦労も、全部無駄になる!


 由梨ちゃんは何回、僕の変態的な行為を許してくれた? 全部だ。何回かちょっと細切れにしようとしてたけど、我慢してくれた。


 アズロットは何回鼻血を吹いた? ……今思うと全部は知らんけどきっとたくさんだ!


「――魔王が復活するってのはつまり、僕がここで負けて、お前が破片を手に入れて、それを魔王のところまで届けたらの話だろ?」


 僕は壁を支えに立ち上がり、虚空に手を翳してメナスブレイカーを出現させる。


「だったら僕がここでお前を倒して、破片を全部集めて、それをぶっ壊しちまえばいいだけだろ! そうすれば魔王は二度と復活できない!」


「ほう、追い詰められてもまだ闘気を損なわぬか! それでこそ俺が討ち取るべき敵よ!」


 頑張って強がったんだけど、相手喜んでない?


「さぁ来い! 今度は俺が貴様の刃を受けてやる!」


 ああそうかい! ならやってやる! 俺だってただデブなだけのおっさんじゃない! アイナとの打ち合いの成果を見せてやるよ!


 僕は胸の前で腕を深く交差させ、自分を抱きしめるかのような姿勢で二本の剣を構えた。


 これはアイナがやっていた突撃の型。相手に近づくと同時に左右の剣を前に振り出し、横一文字に切り裂く技だ。こいつをお見舞いしてやる!


 僕は雄叫びを上げて前へ踏み出す。


「えぇえぇえええええええええええええええええいっ!!」




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