アズロット編 4月13日 その2 【レフモケ】の戦い
兜守たちと別れてさらに40分ほど斜面を登った俺たちは、山頂へと到着した。
眼下には山の火口跡がクレーターのように大きな口を開けており、俺たちが立っている場所は、そのクレーターがせり上がった外周。ちょうど淵の部分だということがわかった。
なだらかな斜面の所々に身を隠せそうな大きな岩が散見される。クレーターの中心部はその岩が比較的少ない。
「伏せろ」
俺はルシフェイスに指示して、その場に腹ばいになる。
件の悪いドラゴンが、クレーターの中心に居座っているのが見えたからだ。
「――距離にして、100メートルってところだな。向こうに気付かれていなければいいが」
目を凝らすルシフェイスが囁く。
「ドラゴンの視力を甘く見ない方がいい。鳥類よりも利くって話だ」
俺自身がドラゴンになる身だから体感でわかる。耳も鼻も犬並みに発達しているから、向こうはかなりの確率で俺たちの接近に気付いているはずだ。
奴が微動だにしないのは、像が蟻を気に留めないのと同じことだろう。
悪いドラゴンはどこにいるかすぐにわかるからまだいい。図体がデカいうえに、種族の性質上、ほとんどのドラゴンは自分たちが最強の生物であると自覚していて、どこかにコソコソ隠れるという概念が無いからな。
今の俺たちが直面している問題は、由梨の姿が確認できないことだ。
「――まさか由梨のやつ、もう食われちまったのか……?」
俺はつい、らしくもねぇことを呟いちまう。
「あの少女がそう簡単にやられるとは思えないな。危険は覚悟のうえで、更に近づこう。好機があれば、奇襲して一気に叩けるかもしれない」
「奇遇だな。俺も今そう思ったところだ」
俺たちは身を屈めたまま、クレーターの斜面を中心部へ向かって下り始める。
極力物音を立てず、且つ斜面上に数多と存在する小石群を蹴っ飛ばして雪崩を起こさないように細心の注意を払う。
悪いドラゴンが棲み処にしているらしい中心部には、狭い範囲ではあるが雑草が生えているようだ。
ここでどこからか、角笛のような音が聞こえてきた。
思わず周囲を見渡すが、悪いドラゴン以外に動くものは見えない。
「奴があの位置から動かなければ、近づいて、奴の足元から僕の木を生やして攻撃できるかもしれない」
と、ルシフェイスがドラゴンに向き直る。
だが、悪いドラゴンとの距離が50メートルを切った途端、その巨体を猫みたいに丸めて蹲っていた奴が徐に鎌首をもたげ、こっちを振り向きやがった。
「身の程知らずのねずみが二匹か。オレ様に食われに来たのか?」
引き攣った顔で硬直するルシフェイスを尻目に、俺は肩を竦める。
「勘違いするな、逆だよ。俺たちがお前を食いに来たのさ」
すると、大地にズシリと圧し掛かるような、奴の低く重い笑い声が響いた。山そのものが振動しているんじゃないかと思うほどの微震が起こる。
「――弱いねずみほどよく噛み付くということわざを知らんようだな」
いや、初めて聞いたぞそんなことわざ。似たようなのは知ってるけど。
会話をしつつ、俺は周囲に目を走らせる。
奴の腹の下では街から奪ったと見られる金銀財宝の数々が光る。
しかし、由梨の姿がやはりどこにもない。
「ぬかしてろ。ところで、お前が攫った女の子はどこだ? お前をぶっ飛ばすついでに取り戻そうと思うんだが?」
「あの小娘はここにはおらん。魔剣士様にお渡しした」
魔剣士という言葉に、今度は俺が硬直する。
「なんだと!? そいつはどこにいる!?」
俺が問うと、再びおぞましい笑い声が響く。
「――来るのが少し遅かったな。魔剣士様はついさっき、西の洞窟に小娘を連れて入っていったわ」
俺は西に目を向けた。確かに洞窟と思しき大穴が開いている。奴に気を取られ過ぎて気付けなかった!
「あの洞窟になにがあるんだ!?」
「オークどもが拵えた闘技場だ。血に飢えた者たちが同族同士で殺し合いに興じる場所よ」
ちくしょう! そこで何をする気だ!?
「オークたちはそこにいるのか?」
今度はルシフェイスが聞いた。
「知りたがりなねずみだな。いいだろう、どうせ死ぬのだから教えてやる。オークどもは一人も残っていない。もぬけの殻だ。何故ならお前たちが来るのと入れ違いで、奴らは山を下りた。街を襲うためにな!」
な、なんだと!? 山から立ち上っていた煙は、出陣を告げる狼煙だったのか!
絶句する俺たちを見て、悪いドラゴンは三度笑う。
「街に友がいるのか? 残念だが、もう二度と会うことはあるまい」
「お、お前はそれでいいのか!? 街がオークにやられたら、もうこれ以上宝を奪えなくなるんだぞ?」
ルシフェイスの言に、悪いドラゴンは蝙蝠みたいな巨翼を大きく広げる。くそ、俺より一回りはデカイぜ。
「なにを言っている? そのオークどもから奪えばいいだけの話だ。オレ様は天下の魔竜族だぞ! かつてあらゆる竜族を打ち破った、陸上生物の頂点! オレ様よりも格上の存在など、魔王様と魔剣士様を於いて他にはいない!」
魔竜族!? ――そうか、奴は魔王に仕えた魔竜の末裔か!
「――おい、魔剣士って何者だ?」
ルシフェイスの問いに、俺は再びお袋を思い出す。
「……かつてこの大陸を恐怖のどん底に陥れた魔王直属の剣士。魔竜さえも配下として従えていたやべぇ奴らだ。俺のお袋は、その内の一人に殺された」
「ま、魔王の手下か!? そんなのが、未だにいるっていうのか!?」
「信じ難いが、魔族の中には不老不死の連中もいたって話を聞いたことがある。だから否定はできねぇ」
カジュアルの情報――魔力反応の正体は、魔剣士だったってわけか。
そう答える俺を、ルシフェイスは二度見。
「――ていうか、あんたは何歳なんだ!? お袋さんがやられたってのはいつの話だよ!?」
いろいろとヤバイ話の連続で、思考が追い付かねぇのもわかるぜ。
「お袋がやられたのは2000年前だ。初代勇者の仲間だったからな。俺は、人間とドラゴンの間に生まれた竜人のお袋が産み落とした卵から出てきたんだが、俺が入っていた卵は1900年間氷漬けだったらしくてな。つまり俺が生まれたのは今から100年前。それも誰かがこの【スラジャンデ】から地球の社会に卵を持ち帰ってからだそうだ」
「それじゃ、あんたは今100歳!?」
「ああ。ていうか、驚くのそこか?」
「いや驚くだろ! せいぜい20代後半から30前半に見えるぞ?」
100歳がそんなに珍しいのか、ルシフェイスは目を丸くしてる。
「――100歳でそんなにピンピンしてる奴がいるなら、不老不死の奴がいてもおかしくないな」
状況を呑み込めたのか、ルシフェイスは前傾姿勢を取る。
「そういうぶっ飛んだ奴がいるなら、こっちの常識は通用しないと見るべきだ。速攻で方をつけよう」
「同感だ。行くぜ!」
俺たちは同時に地を蹴る。魔竜の野郎をさっさと片づけて、由梨を助け出す。それでもって、お袋の仇とご対面だ!
「――竜王は斯くの如し!!」
俺はルシフェイスと別れると、念じて飛び上がる。
ものの数秒でドラゴン化した俺は、魔竜の野郎と同じく翼を広げ、奴に飛び掛かる。
「おお! 貴様、竜族の血を引く人間か!? まだこの地に残っていたとはな!」
そうさ。俺はこの大陸から去った人類の末裔。
変身可能時間は10分。それ以内に魔竜を倒して、お袋の仇に引導を渡してやる!
魔竜の足元から、複数の巨大な木の根が急速で生える。ルシフェイスだ!
「むっ!?」
魔竜が一瞬足元に気を取られた瞬間、俺は奴の首に食らいついた。
牙を剥き出しに、思いきり噛み締めようとする。
「――ッ!?」
だが、ダメだ! 尋常じゃないくらいに硬ぇ!! アイナの刀が通らないわけだ!
「邪魔だ!」
魔竜が巨体を捩り、足に絡みつく木の根を容易く引き千切る。続けて奴は首に食らいつく俺を鋭い爪の生えた両腕で押さえつけ、もの凄い膂力で引き剝がしにかかる。
牙が通らねえなら、これはどうだ!
俺は口腔から、海岸で恐竜を黒焦げにした火炎放射――その最大出力バージョンを放つ。
視界を覆いつくす大火炎が魔竜を包み込み、炎を孕む熱風が周囲を渦巻く。
俺を押さえつけていた奴の両腕が離れる。よし! 炎がいい感じに効いて――。
俺の思考はそこで一瞬飛ぶ。
炎の中から繰り出された魔竜の尻尾が、俺の顔面を捉えたのだ。
「グォオオオオッ!?」
ドラゴンのイカツイ声で、俺は叫んだ。
奴の尻尾の殴打。そのあまりの威力に堪らず吹き飛ぶ。
「アズロット!!」
ルシフェイスの声。
俺の火炎放射が途切れ、炎の渦が消えゆく。黒煙の中から深紅の目を光らせて、魔竜の奴が現れる。
無傷。
「威勢の割に、大したことはないな。所詮は人間が変じた紛い物だ」
体勢を崩して横へ倒れ込んだ俺を見下ろし、奴は嘲笑交じりに言う。
くそ! 俺の炎を物ともしねぇとは!
「――うぉおおおおおおおッ!!」
ルシフェイスが気迫と共に再び巨木を生やし、方々から魔竜を縛ろうとするが、
「炎とは、このことを言うのだ!」
魔竜がその口を大きく開いた。巨翼が紫色の光を帯び、その光が翼から背中、背中から首、そして口へと立て続けに、ネオンみたいに流れていく。まるでエネルギーをチャージするみたいに!
「よせルシフェイス! 逃げろ!」
俺は叫ぶが、ルシフェイスは退こうとしない。
次の瞬間、黒と紫が入り混じった邪悪な炎の濁流が魔竜の口腔から放たれ、瞬く間に炎の海が広がる。
「――ッ!?」
俺は咄嗟に動き、まるでヘッドスライディングするようにしてルシフェイスの奴を口に軽く加え、迫る炎から守る。
だが引き換えに、俺の全身が焼かれることになった。
「グォアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
これまで経験した中で一番の痛みが全身を焼く。身体の感覚が薄れていく――!
く、くそォ! まだだ! まだ終われねぇ!!
変身していられる時間はまだ半分以上ある!
俺は身体の感覚が無くなる前に翼を力強く羽ばたき、僅かだが飛び上がることに成功。炎の海から浮き上がった。
一旦魔竜の野郎から距離を取り、クレーターの外周に降りる。
ルシフェイスを放して地面に寝かせてやるが、くそ、意識を失ってやがる。
ドラゴンの聴覚で耳を澄ますと呼吸音は聞こえるから、息はあるな。
俺は次に、オーク共が向かったという【レフモケ】の様子を窺う。
「――なんてこった!」
眼下、直線距離にして数キロの位置に見える【レフモケ】。その防御壁に怒涛の勢いで襲い掛かる黒い波が見えた。
だがドラゴンの視力でよく見るとそれは波ではなく、黒やら灰やらの色をした鎧で武装したオーク軍だ。山と街の間には1キロほどの荒野が広がっているが、その荒野がほぼ黒一色に埋め尽くされている!
さっき聞こえてきた角笛の音は、【レフモケ】側かオーク側が吹き鳴らした戦闘開始の合図だったに違いない。
対する【レフモケ】側は、恐らくスタローンの招集に応じた自警団や戦士たちだろう、防御壁の上にズラリと並び、各々が手にした弓矢で迎撃している。だがあれほどの兵力を誇るオーク軍を止めるには火力が少なすぎだ。
オーク軍はあっという間に距離を詰め、防御壁を囲む堀に到達。次々に堀を跨ぐ梯子が掛けられ、弓矢の迎撃に遭いながらもじわじわと防御壁に迫る。
くそ! 魔竜さえいなければ、俺が飛んで行って火炎放射で消毒してやれるんだが!
「――おい、ルシフェイス! おい!」
ダメだ。ルシフェイスも重体なのか、反応がない!
俺だけじゃ魔竜を止められない。ルシフェイスは放っておくと危ない。街は攻撃を受け、このままだと陥落する。
――考えろ! 考えるんだ!
俺がドラゴンの口で鋭い牙を噛み締めて唸った、そのときだった。
遥か東の空に、キラリと煌めく【点】が現れた。その【点】は一つ、二つ、五つ、十、二十と徐々に増え、瞬く間に夥しい数になった。
と思ったら次の瞬間、光の【点】の群れが超高速で接近。今度は急減速して荒野の上空に留まり始めた。
初めに現れた光の【点】から順に、続々と出現を続けるそれらをよく見ると、俺は思わず歓声を上げそうになった。
シーズだ! シーズの奴が間に合ったんだ! パワードスーツを量産しやがったんだ!
俺のドラゴンとしての聴覚が、シーズたちの会話を聞き分ける。
『――兜守! 兜守!? 聞こえる!? ダメか』
俺は荒野上空に展開するパワードスーツ部隊の中で、一人だけマスクを解除して顔を露出させている奴を発見。それがシーズだった。
彼女は携帯を耳に当て、更にもう片方の手で反対の耳を塞いで電話してる。
『兜守のやつはどこかわからんのか?』
と、もう一人、マスクを解除して顔を出したやつがいた。あれは、――ドアド10世!!
やっぱりそうか! ミスリル製のパワードスーツで完全武装したドワーフが来てくれたんだ!
『電話に出ません! アズロットに掛けてみます!』
シーズがそう言ったのを聞いた俺は、魔竜に挑む直前、ルシフェイスに預けていた俺の携帯が奴のポケットから落下しているのを発見。
「…………!」
お、落ち着け俺。きっとできる。やらなきゃシーズたちとコンタクトが取れない!
俺はドラゴンの手を伸ばし、太く鋭い爪の先で携帯の通話ボタンをそっとタップした。そしてピンセットでビーズを摘まむ要領で、携帯を優し~く摘まみ、
――ぁあぁあ! ぁあああああっ!!
爪の先で潰さないように、顔の横へと近づける。
そこへどういうわけか、レース実行委員会の撮影用ドローンが現れ、俺の姿を生中継し始めた!
『ご覧ください! どういうわけかわかりませんが、ドラゴンが携帯電話を器用に拾い上げ、自分の顔へ近づけています! 本当にこの異世界は異例の連続だぁ!! 誰かに電話でもするのかぁ!?』
うるせぇ! 取れ高を狙いやがって! こっちは今それどころじゃねぇってのに!
「――ッ!!」
カメラに構うな俺! し、集中するんだ!
この巨体だから俺の耳に直に携帯を当てるのは難しいが、ドラゴンの聴覚であれば携帯の通話機構から漏れ出る相手の声を拾うことくらい容易だ。
「お、俺だ!」
『――もしもし、アズロット!? なんか声変わった!?」
「気にするな。それより、パワードスーツの完成は間に合ったのか!?」
『まだ途中だけど、とりあえず急拵えで100ユニット作ったわよ! 兜守は!?』
「あいつは今、【試練の間】ってやつに挑んでる!」
『また!? 彼も忙しい人ね! あたしたち、【レフモケ】の救援要請を受けて来たんだけど、兜守から何か聞いてる!?』
「ああ! 俺が指示した通りにやっちまってくれ! やることは一つだ!」
俺は指先の力加減を意識しながら、魔竜の野郎の動向も睨みつつ、シーズたちに指示を出す。
「今【レフモケ】に襲い掛かってるオーク共を、片っ端からぶっ倒せ!」
『オッケー! ドアド王、聞こえましたか!? スーツのエネルギー残量は、ここへ飛んで来るのにほとんど使っちゃったから、戦闘可能なのはあと数分だけです! その間にやっつけましょう!』
『おうよ! 今こそパワード・ドワーフの力を試すときぞ! 全軍、攻撃開始ィ!!』
ドアドの合図で、荒野上空で待機していたパワード・ドワーフたちが一斉に急降下。角張った武骨な鎧の各所に飛行用ブースターを装備した、塗装煌めく茶色のパワードスーツに身を包んだ彼らが、両の肩に一つずつ装備されたレーザーキャノンのような光弾を立て続けに撃ちまくり、オークの群れを混乱させていく。
光弾を喰らったオークは鎧や盾の厚さに関係なく一撃で吹き飛び、戦闘不能になっていく。
全部で100体のパワードスーツ部隊が空を飛び交い、一秒ごとに数十人のオークを倒していく流れが構築された。たった1分で数千の敵が倒れる計算だ。
「――援軍を呼んだのか? オレ様に負けを認めれば、お前の亡骸をその援軍の統領に見せてやるぞ?」
俺はクレーターの中心からまだほとんど動いていない魔竜に向き直る。
周囲を黒紫の炎に包まれ、その中心に仁王立つ魔竜の姿は、まるで地獄の覇者といった様相だ。
「黙って見ててよかったのか? 後悔しても知らないぜ?」
強がりを飛ばしたものの、どうしたものかと俺が思考を巡らせたとき、再び携帯が鳴った。
「アズロットだ!」
『――私は第七艦隊旗艦、ロナルド・レーガン艦長、トーマスだ。ミスター家内との連絡がつかないため、あなたに連絡している。ミスター家内から話は聞いているか?』
「ああ! 既に戦闘が始まっちまってヤバイ状況なんだ! 助けに来れそうなのか!?」
『協議の結果、軍事介入の許可が出た。既に出撃可能な航空戦力のすべてを【スラジャンデ】上空に待機させている状態だ』
マジか!!
俺は言われて気付く。飛来したのはドアド王が率いるドワーフ軍だけじゃない。よく見たら、方々の空に航空機の影が幾つも見えている!
「そいつはありがてぇ! 今から言う場所を攻撃できるか!? 場所っていうか、生き物なんだが!?」
『その生物の特徴と、生き物の居場所の詳細を教えてくれ。こちらで探知し、確認した後、有効な攻撃手段を選定する』
「【スラジャンデ山】の火口跡! その中心に陣取るデカいドラゴンだ! 黒い色をしていて攻撃的! 肌は鉄みてぇに硬くて、並みの攻撃じゃビクともしねぇ! 俺たちは今そいつに苦しめられてる!」
『少し待て。――衛星画像の解析結果が出た。ドラゴンと思われる目標が二つ確認できるが、攻撃するのはどちらだ?』
「火口跡の淵にいるのは俺だ! ドラゴンに変身してる!」
『把握した。攻撃目標の周囲に他の生物はいないか?』
「ああ! 問題なしだ!」
――巻き添えになるのは、俺だけで十分さ。
俺は魔竜の野郎を睨む。奴は俺が今からやろうとしていることを、考えもしてねぇだろうよ。
『わかった。攻撃を開始する。通話はそのまま切らずに待機しろ』
艦長のトーマスはそう言って、今度は部下に指示を出す。俺の耳がそれを一言一句漏らさず捉える。
『攻撃目標、山の火口中央――黒いドラゴン。これより目標を【BD】と呼称する。戦闘指揮所より哨戒機。目標を確認できるか?』
戦闘指揮所が言った。
『こちら哨戒機。現場に向かう。――【BD】を肉眼で確認。ヴィジュアルコンタクト、ポジション――85UMS35189275。現状、目立った動き無し』
哨戒機が応じると同時、遠くから件の哨戒機が高速で接近。山の上空を通過した。
「――あれはなんだ!? どこぞの種族の奇怪な異能か!?」
魔竜の野郎は当然、飛行機ってものを見たことなんて無い。飛び去る哨戒機をガン見して見送っていやがる。
『現場の天候くもり。風は050度、10ノット。視程15キロ。現状、対空脅威なし。一旦離脱する。継続探知』
『こちら戦闘指揮所了解。これより対地戦闘に入る。アタッカー1、アタッカー2。現場に向かえ』
すると今度は、対地攻撃に特化した攻撃機――Aー10が二機、南の空から急行してきた。
対地攻撃が来る!
『アタッカー1より戦闘指揮所。目標を確認。これより攻撃を開始する。対地ミサイル発射!』
二機のAー10がミサイルを発射するのに合わせ、俺は羽ばたいた。携帯を摘まんだ片手は顔の横に添えたまま、まっすぐに魔竜の懐へ! 奴はまだ航空機に気を取られてる!
「――む!? 貴様! まだ抗うか!!」
下半身に組み付いた俺を、魔竜の野郎が引き剥がそうとする。
「逃がすかよ!!」
片手しか使えなかろうが、爪で引き裂かれようが、牙に食いちぎられようが、俺はお前を放さねぇ!!
「――来い!」
俺が空を振り仰いだ瞬間、計4発のミサイルが魔竜の上半身を直撃。俺の視覚と聴覚から一切の情報が消し飛んだ。
だがそれはほんの一瞬のこと。
「――く!? あの怪鳥め! 小癪な真似を!!」
魔竜の奴は、尚も無傷だった。
「アズロットだ! おい艦長! いや、誰でも構わねぇ! 目標に効果なしだ! もっと強烈なのを頼む!!」
俺は魔竜の力に精一杯抗いながら、しかし携帯を摘まむ手を精一杯加減して叫ぶ。
変身を保てるのは、持って1分てところだ。
『了解。戦闘指揮所より対地攻撃機。105ミリ砲を使え。浴びせかけろ』
予め、作戦に俺たちが割って入ることを周知してあったのか、米兵たちは至って冷静に応じる。
『対地攻撃機了解。俺たちに任せろ。30ミリと併用して風穴を開けてやる』
対地攻撃機が答えると、これまたデカイ航空機が急接近してきて、立て続けに火砲を撃ち込んで来た。
細かな弾丸がバリバリと魔竜の上半身に突き刺さり、凄まじい爆風と無数の破片が周囲を抉り、最後の一発が奴を直撃。俺もろとも吹き飛ばした。
キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンン!! という、航空機のエンジン音だか耳鳴りだかよくわからん音が脳内を駆け巡る。
目を開ける。身体はまだドラゴンのままだが、携帯電話はどこかに吹っ飛んじまった。
やかましい撮影用ドローンの姿も消えている。さすがに空爆が来て逃げたか、あるいは巻き込まれたんだろう。
徐々に感覚が戻り、身を起こす。ドラゴンの首を伸ばして周囲を見遣る。
魔竜の野郎は、俺のすぐ隣に仰向けで倒れていた。その上半身には無数の傷と、大きな穴。
虚しいねぇ。さっき直撃した105ミリ榴弾砲の威力には、天下の魔竜サマも耐えられなかったってわけだ。
「――おの、れ! 鳥如きにこのオレ様が……!」
「あれは飛行機ってんだぜ? ……最後に何かあるか?」
俺は言いながら魔竜の野郎に圧し掛かり、身動きを封じる。
「……た、頼む。降伏する。だからトドメは刺すな」
「それが人にモノを頼む態度かってんだ」
やれやれとドラゴンの両肩を竦め、俺は圧し掛かるのを止め、背を向ける。
「――ハッ! 掛かったな! オレ様が貴様に降伏など――ッ!?」
魔竜の野郎の言葉はそこで途切れた。
「今まで黙ってたけどな、俺の尻尾は、槍みてぇに鋭いのさ……」
と、俺は言い捨て、魔竜の野郎の胴部に開いた大穴に突き刺した尻尾を引き抜いた。
――ジャスト10分。決着だ。
火口跡の上空を、さっき見た哨戒機がまた通過した。これで艦隊の連中も、目標が倒れたことがわかっただろう。
ドラゴンへの変身が解けた俺は、体力を使い果たしてその場に倒れた。
「くそ! まだ、戦いは終わってねぇってのに……!」
兜守たちは、試練をクリアしたのか?
魔族の野郎に捕まった由梨は?
俺の頭を様々な思考が過った、そのときだ。
ふと俺は自分の顔の側に、さきほど紛失した携帯電話が落ちていることに気付いた。
奇跡はまだ終わっていなかった。電話がまた鳴ったのだ。
手に取って画面を覗き込む。そこに、いつもなら恐怖する名前が表示されている。
「――こんなときになんだ?」
『助けに行く。いつも通り、付き合って』
カジュアルからだった。今回はいつもの陽気でカジュアルな声質は鳴りを潜めており、少しトーンの下がった真剣な感じだ。
「いいぜ」
『――今、【レフモケ】の防御壁にいるの』
俺は一度電話を切る。
電話が鳴る。
『――今、【レフモケ山】の山頂にいるの』
また切る。――相手が電話に出てから切る度に、あいつは空間を飛び越えて移動することができる。
再び鳴る。――ワープってやつだ。
「今、あなたの側にいるわ」
――ふわり、と甘い香りがした。
見遣ると、俺の側に天使が立っていた。
ブロンドに煌めくセミロングの髪を風に靡かせ、白い小顔の柔らかな微笑を俺に向けている。
こんなところでもスニーカーを履き、二―ハイソックス、ショートスカート、パーカーといういつもの姿。汚れなんて一切無い清潔感の権化みたいな彼女だが、一つだけ異様なものが紛れていた。
それは、彼女が袖まくりをした手で掴んだ黒い槍。名は確か、【破魔の槍】だったか。長さは彼女の身長より少し短い。
そういえば、カジュアルは自分のことを【聖人】だと言ってたな。聖人にふさわしい槍だ。
「――遅ぇんだよ」
「ごめんね。ここに来るために委員会の目を誤魔化す工作をいろいろやってたの」
「【レフモケ】の戦いはどうなった?」
「ドワーフ軍の圧勝。シーズって子は100年に一度の天才かもね」
「ならいい。けど、まだ終わりじゃねぇんだ。兜守は破片を取りに行ってるし、由梨は魔族の野郎に捕まっちまってる。あそこに見える洞窟の中だ」
カジュアルは髪と同色の瞳を、由梨が連れ去られた洞窟へと向ける。
「――わかった。実はこの山の地下で、大きな魔力反応が3つ確認されてるの。由梨を攫ったのも、きっとそいつらね」
「俺が今倒したドラゴンの話じゃ、相手は魔剣士だ」
「それが本当なら、ますます放っておけないわね」
「――頼めるか?」
そう聞くと、カジュアルは俺の側にしゃがみ込んだ。
そして、可愛らしい顔で俺の顔を覗く。
「そのために来たのよ? 今度は私が頑張る番。あなたにも、兜守にも、由梨ちゃんにも、たくさん頑張らせちゃったから」
暖かな白い手が、俺のおでこに触れる。
「ありがとな。頼んだ」
「頼まれました」
最後に微笑んだ彼女はスッと立ち上がり、俺に背を向け歩き出した。
――洞窟へと。




