兜守編 4月13日 その3 試練の間・パート2
僕の予感は更に的中した。
門の中は一直線の通路になっていて、そこをしばらく進むと、突き当りの壁にこう刻まれていた。
『汝ら、互いに力を合わせ、【試練の間】へと至れ』
【試練の間】っていうフレーズが出ちゃったよ。通路は右に折れており、しばらく進むと今度は極端に急な階段が現れた。一段の高さが40~50センチくらいある登り難そうなそれが、ほぼ垂直に遥か上へと続いている。
「この階段を二人で協力して登っていけってか?」
「階段ていうか、ほとんど壁じゃない」
アイナの言う通り、階段というよりかは壁に近い。なぜなら、一段ごとに足を掛けられる幅が10センチあるか無いかなのだ。梯子を登っていくイメージだなこれは。
通路も上へ向かって煙突のように伸びていて、幅はかなり狭い。大人一人がようやく通れるレベル。
それに、空調なんて気の利いた設備が山に掘られた通路にあるはずもなく、空気が淀んでいて不快だ。
「見た感じ、かなりの高さまであるな。一度でも足を滑らせたらヤバイ」
「どうするの?」
「【試練の間】があるってわかっちゃった以上、行くしかない。使命を果たさないと、由梨ちゃんに怒られるからな」
「怖気づいたかと思ったけど、意外と勇気あるのね」
「いや、普通に恐い。漏らしそう」
「私、先に登るわね?」
「そうしてくれ。漏らしたら君の頭にかかっちゃうからな」
「ぜったいに上は見ちゃだめよ? 人間にはこの意味通じるかしら?」
「うん。たぶんオスとメスが存在する全ての世界で共通だと思う」
「見ないでよ?」
「……うん」
「今の間はなによ?」
「なんでもないよ」
僕はアイナの尻尾に懐中電灯をくるませ、先行させる。
そして僕もほぼ垂直に伸びる通路に身体を押し込んだ。
――が、しかし!
「――ふん! ぬっ! んんっ!? うぐぐぐ!」
「なに変な声出してるのよ!? まさか力んでるんじゃないでしょうね!?」
「い、いやその、通路が狭すぎて、身体が壁全体に引っかかるんだ!」
このデブい体型が災いして、僕は円柱とも言える通路にハマりそうになっていた。
背中やら肩やらが壁にギチギチに張り付いて、一段登る度に擦れる。
一方のアイナはそのスレンダーボディーと身軽さでスイスイ登ってる。
アイナの尻尾が左右にクイクイと動いてなんだか可愛い。
だが悔しいことに、アイナのスカートの中までは暗さもあってよく見えない。
「――今、上見てたでしょ?」
「見てないよ。僕はそんなことするスケベじゃない」
「私が下を見るのと同時に、アンタの顔が上から下に動いたんだけど?」
「気のせいだよ。それじゃぁまるで、僕が上を向いていた顔を慌てて下に向けたみたいじゃないか」
「…………」
「――ごめん。無言の殺気だけはやめてくれない? 由梨ちゃんにしょっちゅうそれやられて寿命が細切れになりそうなんだよ」
「私を怒らせたら今ここで寿命が終わるわよ?」
「すみませんでした」
アイナはスイスイ、僕はギチギチでつっかえながら登り続ける。これなら逆に、アイナが足を踏み外して落っこちても、僕が通路につっかえてるから助かるかもしれない。
だが、開き直っていられる状況ではない。早くしないと、由梨ちゃんに危険が及ぶ可能性が高い。
「――くそ! こんなにも自分の体型を呪いたくなったのは人生で初めてだ!」
「アンタの国はよほど豊かなのね。そんなに丸くなるまで食べられるんだもの」
「僕の国は確かに恵まれてるけど、力士さんとか、意図的になる人は別として、こんな体型になる人間は少ない。むしろ不摂生と運動不足が招いた結果だよ。由梨ちゃんに怒られないためにも、頑張って瘦せなきゃ……」
と、僕は初めて自分に誓う。
「――アンタってバカだけど、自分から逃げようとはしないのね。その意気、気に入ったわ」
上方から、アイナがクスっと笑う声が聞こえた。
――――――――。
それからどれくらい経ったか、アイナの気配が突然消えた。
恐る恐る上を見ると、どうやら1メートルほど登ったところで階段が終わって、垂直方向から水平方向へ伸びる通路に切り替わっているらしく、
「兜守? あと少しで階段は終わりだから頑張って!」
と、アイナの声が聞こえてきた。
というか、いつの間にか僕の呼び名が『アンタ』から『兜守』になってる。少し仲間意識を持ってもらえたのかな?
「――うう! ぐっ! くぉお!」
身体を擦りつけながらも、どうにか最後の一段を上がり切る僕。服が擦り切れなくて幸いだった。
「ほら!」
「す、済まない!」
上で待っていたアイナが細くて綺麗な手を差し伸べてくれ、僕は水平な通路に身を乗り上げた。
こうして急な階段を突破した僕たちの見つめる先に、また門があった。
山の斜面にあった門と同様の装飾が施され、外周には違った形状の文字が刻まれてある。
「今度は何て書いてあるんだ?」
「『私は破片の守り手にして剣豪である。ふさわしい者よ、その手で門を開き、私の太刀を受けきって見せろ。それができたなら、私が守る破片を託す』ですって」
「け、剣豪!? 太刀を受けろ!? な、なんだかまた一難来そうな予感がするな」
「以前クリアしたっていう【試練の間】では、どんな試練があったの?」
慄きが顔に出てしまったか、アイナが心配そうに僕の表情を伺う。
「黒い影みたいな怪物がたくさん出てきて、そいつらが刃物を持って攻撃してきた。それを鑑みるに、今回も似たような何かが襲ってくるかもしれない」
「思ったよりも命がけなのね……」
「悪用しようとする輩に渡らないようにするための試練なんだと思うけど、マジで容赦ないから覚悟しておいたほうがいい。何せこっちに拒否権とか無いからな」
「私は職業柄、戦うことには慣れてるけど、兜守はどうなの? 本職は?」
「自宅警備兵の新米だ」
「新米の警備兵ってこと?」
「つまるところ無職です。ずっと自宅に引きこもってるので」
「だから太ってるわけ?」
そんなジト目で見ないで。
「違うよ! このレースに無理矢理参加させられる一環で解雇されたんだよ! その前まではちゃんと働いてた! だから僕は何としてもこのレースで金を稼がなくちゃいけないんだ! 生活のためにもな!」
一度しゃべり出すと、溜まっていたものが随分と口を衝いて出てしまった。
「剣の破片もしっかり集めつつ、レースには遅れずについていくのが僕の目標だ!」
「――わかった。いろいろ溜まってるみたいね。これはほんとに一杯やって気晴らしした方がいいわ」
「今回の試練を生きてクリアできたらな」
言って、僕は門に手を触れる。
毎度のことながら、恐怖でガクガクと震え始めた僕の肩に、アイナが手を置く。
「私がカバーするから大丈夫。こういうものを突破するときの秘訣を教えてあげるわ」
「秘訣?」
「勝つ気で挑む!」
アイナが門に触れた僕の手を力強く押し、【試練の間】の門は開かれた。
その途端、眩い光に目が眩んだ。
「――な、なんだ?」
「広そうな空間ね」
ずっと暗いところにいたものだから、明るさにまだ目が慣れていない僕の隣で、早くも目が順応したらしいアイナが周りの様子を伝える。
「明かりらしいものが無いのに、全体が昼間みたいに明るい。……奇妙だわ」
ここでやっと目が慣れた僕は改めて周囲を観察。アイナの言う通り、壁も天井もどこまで続いているのかわからないため、広大に思える空間だった。乳白色が辺り一帯を包み込んでいるかのように見える。地面以外のものが全く把握できない。
大理石を思わせる模様をした平らな床が、僕たちが地に足をつけていることを実感させる唯一の存在だ。
「よくぞたどり着いたな、勇者の末裔。家内の血族よ」
どこからか、上質で色気のある女性の声がした。
「随分と狭い道だったけどな。欠陥工事かと思ったぞ」
と、冗談を飛ばす余裕があるように見せかけようとする僕。
「今から100年ほど前にお前の祖父がここを訪れた際、同行していた日本の工事公団から機材を借り受けて、助手の女と二人で改修工事を行ったのでな」
なんだか、ファンタジーの世界では絶対耳にしなさそうな単語がちらほらと聞こえてきた。
僕の爺ちゃん、こんなところにまで気を配ってたのか! しかも同行者の女と二人でって! ここへは二人しか入れないとはいえ、なんて根性なんだ!
「お前に祖父ほどの人格があるか、試してやろう」
女性の声が言った瞬間、それは起きた。
「――ぶッ!?!?」
突如、僕の顔面を何かが強打したのだ。
ゴミみたいに軽々と吹き飛ばされた僕は受け身すらまともに取れず、硬い床に丸い腹から叩きつけられた。
――ブッ!!
腹から墜落した衝撃で屁が出た。
ズキズキという痛みで涙目になりながら、僕は何が起きたのかを観察。絶望する。
攻撃してきたのはアイナだった。回し蹴りを放った姿勢のまま、僕の成り行きを見つめている。
アイナは先ほどと様子が一変。光彩を欠いた、感情の無い眼で僕を睨んでいる。
「「反応が遅すぎるぞ。この女の真価はその剣術だというのに、これでは肩慣らしにもならん」」
女性の声が言うのと同時に、アイナの口も動いて全く同じことを話す。まるで双子のように、二人で同時に同じ言葉を言っているかのような光景だ。
どこの何者か知らんが、アイナの身体を乗っ取りやがったな!?
アニメとかでままある展開だが、実際に自分の仲間が敵側に回ると、心にグサッと来る。
「私の太刀を受け切ってみせろって、――お前は操る側かよ!?」
「「太刀とは比喩に過ぎん。お前のパートナーの武器が拳であれば拳、刀であれば刀。それだけのことだ」」
「――ッ!?」
アイナの姿をした【誰か】は、そう言うなり地を蹴った。
瞬きと同じ速度で突っ込んで来たアイナが拳を繰り出し、よろめきつつ立ち上がった僕のガラ空きの腹部に連打を叩き込んだ。
「ぶふぉおッッ!!」
だ、ダメだ!! 僕の反射神経で追いつける速さじゃない!!
(――キュアソード、出ろ!!)
念じて剣を呼んだ瞬間、アイナの更なる追撃。上半身を主に狙った掌底打ちや打撃が、バランスを崩しかけていた僕を更に痛めつけ、仰向けに転倒させた。
アイナが飛び上がる。人間を凌駕するその跳躍力は彼女の身体を5メートルくらいの高さまで飛躍させた。そしてアイナは僕の頭目掛け、ジャンプ蹴りの構えを取る。
ここで僕の手にようやくキュアソードが出現。その刃が放つ白い光は、死を目前にした僕の心理的負担を癒す。
「――くぉおッ!?」
アイナの蹴りが激突する寸でのところで、僕は痛みを堪え身体を捻り、横へと転がった。
瞬間、僕の頭があった場所にアイナのブーツが突き刺さる。
今の蹴りを諸に喰らっていたときのことを思うと漏らしそう!
「こ、殺す気か!?」
思わずそんなことを言ってしまう僕。
「「お前が破片を託すにふさわしい器でなければ、当然殺す。なぜならここは神聖なる秘密の隠し場所。器に値しない者が生きて出ることは許されない」」
ちくしょう。てことは、今みたいなアイナの猛攻を受け切ってみせなくちゃならないのか!
アイナの真価は剣術って言ったよな!? まだ素手だぞ!? 素手であんなに強いとか聞いてないよ!?
「――いかん! 集中しろ!」
僕は頭をぶんぶんと左右に振って思考をリセット。
ゲームやアニメで見た勇者の立ち姿を真似て、剣を腰溜めに正面へ構えた。
すると、アイナの方も腰の刀に手をかけ、するりと抜き放つ。
天井から注ぐ謎の明かりを受けて、その刃が鋭く煌めいた。
「来い!」
僕はアイナの言葉を思い出して、自分から誘った。
勝つ気で挑むんだ!
アイナの姿が消えた。それこそ映像がブレるみたいにして。あれは残像を置き土産にした感じですね。
「――ぐわぁあ!?!?」
背後から衝撃。見ずともわかる。アイナに後方から斬り掛かられたんだ!
僕は敢えて衝撃に身を任せて吹っ飛び、逆に回避運動に利用する。そして空中で身を捻って後ろを確認。アイナの姿が見えた! 刀を振り抜いた姿勢だ。
次に、僕は自分の周囲に多くの鮮血が尾を引いているのを見た。
斬られた感覚も痛みも全く無いのに、血が出てる!?
数瞬の思考の末、僕は背中から床へ落下。その途端、何も感じていなかった背中に激痛が走る。
「――は!? はぁあぁああァアァアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
い、痛い! 熱いッ! ――と思ったら治った!! キュアソードの高速治癒のおかげだ!
僕は再び立ち上がり、アイナと向かい合う。聞いたことがあるぞ。業物と呼ばれる優れた日本刀で斬られると、そのあまりの切れ味の良さでスパっと抵抗なく切断され、斬られた側は斬られた感触すら無く、しばらく唖然としているらしい。
「見事な剣術だな、アイナ。ド素人の僕が偉そうに言えたものじゃないけど」
さっき一瞬なにも感じなかったのは、アイナの刀がその業物である証拠だろう。
「「いつまでしゃべっていられるかな?」」
と、アイナが重心を提げ、前傾姿勢を取った。
僕はキュアソードを両手で握り、頭上に掲げるようにして構える。上段の構えとかいうやつだ。
キュアソードは両刃の剣だから、刀身の部分でぶっ叩くしかない。
――来た!!
アイナが再び残像を残してまっすぐ突っ込んでくる。僕はそれを目で追いきれないながらも、予測と五感を併用して彼女が間合いに入るタイミングを察知し――、
「ここだ!」
上段からキュアソードを振り下ろした。
ガキィン!!
と、余裕で受け止められた。
「「私とこの娘を舐めているのか?」」
次の瞬間、下から上へと振るわれたアイナの刀がキュアソードを容易く打ち払い、返す刃で僕の腹部を斜めに切り裂いた!
「――――――ッッ!?!?」
声にならない悲鳴を上げ、数歩後ずさる僕。まずい! 打ち払われた衝撃で手放してしまったせいで、キュアソードが消えた!
痛みが襲ってくるまでの数瞬で、再び【出ろ】と念じる。間に合ってくれ!
アイナが迫る。更なる斬撃を僕に食らわせる気だ。たったの一歩。その一歩を踏み出せばもう間合いだ。
僕の手にキュアソードが再出現。急激に沸き起こった痛みが緩和され、思考が安定する。
アイナが二撃目を繰り出した。真っ直ぐ突き出された迷いの無い刃を、僕は肉眼で的確に捉え、身を捻って躱す。
アイナに初めて隙が生じる。突き刺さるはずだった僕の身体が横に移動したことで。
そのアイナの腕を掴み、更にもう一方の腕を彼女の胴部へ回し、羽交い絞めにする。
ここまでの動作を終えて、僕は気付く。
今まで全然終えていなかったアイナの動きが、はっきりと見えている!
「「――なに!?」」
と、アイナからも驚きの声。
「こ、これでどうだ! 何回か喰らったけど、持ち堪えたぞ!?」
肩で息をしながら、僕は合否を問う。
「「……いや、まだだな。判断するにはまだ足りない」」
アイナはそう言って僕の足を踏んづけ、「あふゥん!!」とかって情けない悲鳴を上げた僕に肘打ちを喰らわせて、その場から飛び退った。
またも睨み合いになる僕たち。
「「――お前、その片目はどうした? 何かの異能を発動したというのか?」」
不意にアイナがそんなことを聞いてきた。
片目がどうしたって?
「ちょっとタンマ!」
僕は携帯を取り出して、カメラを使って自分の顔を映す。
「――んん!?」
なんと、僕の右目――その瞳の部分が綺麗な青色に淡く光っているではないか!
どうなってんの!? 実は僕に何かしらの異能が備わってた的な流れ!?
ここで僕は、人生が狂わされたあの日、僕の部屋でカジュアルが言っていたことを思い出す。
『――お爺さんの瞳の色が青だったのは知ってる?』
『彼の目の色は黒だから、受け継いだ勇性遺伝子が薄いのかしら……?』
僕の爺ちゃんは瞳が青かった。
変わった体質だという話で、害も無いと聞かされてたから、すんなり納得してた。
僕の元々の瞳は黒色。黒色なのを見たカジュアルは、受け継いだ勇性遺伝子が薄いだのなんだのと言っていた記憶がある。
勇性遺伝子っていうのが何なのかよくわからんが、この青い目は、爺ちゃんの目――つまるところ、祖先たる勇者の目と同じ特徴があるってことじゃなかろうか?
当初は黒かった僕の瞳が、今この場で何らかの因果が働いて青色に変化する、覚醒みたいな現象が起きたんじゃなかろうか?
そうだとするなら、今の一連の奇妙な現象に説明がつく。
僕は右目の瞳が青くなったことで、アイナの動きを目で追えるようになったのだと。
「……ふふ。ふははははは。褒めてやろう」
と、僕は切り出す。
「「――何がおかしい?」」
アイナ――と上質で色気のある女性の声が、僅かに驚きの色を帯びている。
「勇者の血を引くこの僕に、この目を使わせたことがだよ!」
ルシフェイスがやってたみたいに顔を上向けて、相手を見下すような視線を飛ばす。
強そうなオーラを出すことで、少しでも僕の評価が上がることを祈りながら。
「――これまでは手を抜いていたんだ。アイナは可愛い女の子だし、アイナを操ったあんたも女だと思ったからな」
僕はキュアソードを肩に担ぎ、更なる余裕を装う。体力もどんどん回復する。
「あんたの名前はなんていうんだ?」
「「私に名は無い。ここに眠る破片――【メナスブレイカー】を守る使い魔に過ぎない」」
それがここに隠された破片の名前か。
「それじゃぁ、メナスでいいかな? この年齢になるとな、エンジンが掛かるのが遅くなるんだ。けどおかげさまで、ようやくウォーミングアップが終わったよ。これから本気を出しちゃうわけだけど、そうすると君たちの身の安全を保障できない。それでもいいっていうなら、このまま試練を続けてもいい。だけどもしここで合格にしてくれるなら、僕は何もしない。君たちに痛い思いをさせずに済むわけだ」
「「笑わせるな。お前の本気とやらを見せて貰おう!」」
あれ? 思った展開と違う。
「――え。ほんとにいいの? あ、あの、その、僕が本気出すと、強すぎて世界が崩壊しちゃうかもしれないよ? なんて言ってみたり……?」
「「行くぞ!」」
アイナが再び加速する。彼女の身体が左右にブレ、残像を残して消えた!
「いやぁああああああああああああああああッ!!」
女みたいな悲鳴を上げ、僕はがむしゃらに剣を振り回す。
「来るな! 来るな!」
「「――隙だらけだぞ?」」
声がした。左方向だ。
僕は咄嗟に左へと目を遣る。途端、時間経過の感覚がゆっくりになり、前傾姿勢で接近してきたアイナをはっきりと視界に捉えることができた。やはり僕の動体視力と反射神経的な感覚は、さっきとは比較にならないくらい研ぎ澄まされているようだ。
「――くッ!?」
僕はキュアソードを斜め下から振り上げ、上方から振り下ろされたアイナの二刀を受け止める。
ガキィン!! という金属音が耳を劈いた。
今度はさっきよりも余裕を持って受け止められた。それだけじゃない。
僕はその刀を、さっきアイナが僕にやったみたいにして弾き返した。意識したわけじゃないが、自然と身体が動いたのだ。
「「――ッ!?」」
全く同じ動きを見せた僕を警戒してか、アイナは一旦後方へ飛んで距離を取った。
「「まさか、僅かな間でこの娘が得意とする技を覚えたというのか?」」
「言ったろう? 今までは手を抜いてたんだよ」
自分で自分にびっくりだが、表情に出ないよう必死にポーカーフェイスを意識。
このままどうにかアイナの太刀を受け続ければ合格にしてもらえるはずだ。
「「いいぞ。面白い! 私はお前に興味が湧いてきた!」」
ハッタリは効いてるってぽい。使い魔の正体は不明だが、黄色い小鳥みたいに、僕の心の中を読む能力があるわけではなさそうだ。
けど、試練は終わる方向ではなく、更に長引く方向へと向かってしまっている。
「いや、もう充分だろ! 実力はもうわかってるはずだ!」
僕は繰り返される斬撃を受け止め、ときに躱しながら抗議する。
「――頼む! 僕は先を急がなくちゃいけないんだよ!」
「「安心しろ。この【試練の間】に時間の概念は無い。1日いようが100日いようが、外の時間が進むことはないのだ」」
なにその【精神と※の部屋】みたいなやつ!!
「なら、いつまでやればいいんだよ!?」
「「お前の実力が、私を納得させるまでだ!」」
嘘だろ!? 精一杯やってるよ!!
「――す、ストップストップ! ちょっと休憩!!」
僕は思わず本音を叫んでしまった。
「「いいだろう。ではしばし休むとしよう」」
いいのかよ。
メナスがそう言うと、アイナの瞳に光彩が戻った。どうやら操るのを一旦解除したらしい。
「ごめん。私、意識ははっきりしてたんだけど、どこからか女の声がして、そうしたら身体が勝手に……」
正気を取り戻したアイナが、へたり込んだ僕の隣に体育座りする。可愛い。
「わかってる。こっちこそ、わけのわからない試練に付き合わせて済まない。怪我とかしてないか?」
「大丈夫。兜守は?」
「平気だ。キュアソードっていう、傷を高速で治してくれる剣があるから、多少の傷はすぐ治せるんだよ」
「そんな滅茶苦茶な能力を持ってたのね。兜守の剣」
「なにせ、魔王を倒した聖剣の一部だからな。今回の試練をクリアしたら、多分メナス・ブレイカーとかいうのがもらえると思うんだけど、それがどんな能力なのか気になるところだ」
「……ねぇ、兜守」
「なんだ?」
「やめない? この試練……」
急にどうしたというのか、アイナは猫耳をしょんぼりと萎れさせて、そんなことを言いだ出した。
「――だって、メナスっていう女が納得するまで、私たち、戦い続けなくちゃいけないんでしょう? どっちかが大怪我したらどうするの? さっきは兜守が上手に凌いだから良いけどさ、こう言うのも悪いけど、体力は私の方が遥かに上よ? このまま続けたら、例え兜守がさっきみたいに立ち回ったとしても、長引くほどに勝敗は私に傾くわ」
なるほど、アイナは僕の身を気遣ってくれているのか。
確かに、それもそうだ。アイナの立場からしてみれば、せっかく少し仲良くなった知り合いを、不本意に自分の手で傷つけることになる。しかもそれをアイナ本人は見ていることしかできないのだ。
「――あの女に事情を説明して、見逃してもらいましょうよ? この空間にいれば時間は進まないって話も、本当かどうかわからないじゃない。由梨って子を助けに行くんでしょう?」
「君の言う通りだ。……けど、できない」
僕は、そう返すしかない。
「――どうして?」
「僕の一番の使命は、勇者の聖剣を鍛え直すこと。つまり、破片をすべて回収することだから」
「家宝と仲間の命、どっちが大事なのよ!?」
と、アイナが体育座りを崩して僕に詰め寄る。
「聞いてくれ。確かに僕は山登りの途中で、家宝を取り戻したいって君たちに話したけど、あれは嘘なんだ。本当の理由は、――魔王が復活するかもしれなくてさ。……それに対抗できる武器が必要なんだよ」
「……その武器が、勇者の剣ってわけ?」
「ああ。魔王を倒せる武器は、勇者の剣だけなんだよ。由梨ちゃんも、アズロットも選ばれた戦士で、僕の破片集めをサポートするためにここまで来たんだ」
「……アンタ達、そんなヤバイ使命を背負わされてたのね」
「僕も最初は、自分なんかが勇者の末裔だなんて知らなくて、半信半疑で、無理矢理このレースに参加させられたようなものなんだ。由梨ちゃんも最初は僕を生ごみを見るような目で見てた。でもこの数日、一緒に旅をする内に、少しだけど、仲良くなれた気がしてるんだ。その由梨ちゃんが僕に言ったことがある」
うん。と、アイナは僕に先を促す。
「――自分の立場を弁えて、使命を果たせって。そう言われたんだ。だから、ここでやめるわけにはいかない。でないと、由梨ちゃんはきっと怒る。めちゃくちゃ怒る。せっかく仲良くなれたのに、二回り近く年の離れた子を、僕なんかのせいで失望させたくない。自分の青春を全部捨てて、こんなおっさんの僕と旅を続けてるあの子に、せめて行動で応えたいんだ」
「――そっか。……そういうことなら、わかったわ。付き合ってあげる」
アイナはそう言って微笑み、立ち上がる。
「なんだろうな? この気持ち……」
身体と一緒に尻尾も伸びをして、アイナはつぶやく。
「兜守って、カッコ悪いしダメダメだけど、なんか憎めないというか、悪い人じゃないんだってのがはっきりしたわ」
「それ褒められてないぞ?」
「褒めて欲しい?」
僕の顔を覗き込んで笑うアイナ。
「いや、まだいい。僕が褒められるようになってからだ」
「いいわ。なってみせなさい? 私たち悪者ハンターは、良い者の味方よ」
アイナはそこでふと、天を振り仰いだ。
「――聞こえてる? 見えてる? メナス!」
すると、「ああ」という短い返答が聞こえた。
「第二ラウンドだけど、私が自分で彼と戦うわ! だから乗り移らないで!」
「ほう? 自分の仲間を、自分の意思で攻撃するというのか?」
「私は今、彼の力になるって決めたの。アンタに彼を認めさせるためなら、私は全力で戦うわ!」
「であれば、いいだろう。――兜守。お前はその娘と戦い、私に己が器を示せ」
「ち、ちょっと待って! アイナ、それってつまり君の意思で僕を殺しに来るってことじゃ――!?」
立ち上がって慌てふためく僕の口を、アイナの人差し指が塞ぐ。
「この部屋に入るときに、私がなんて言ったか覚えてる?」
「――か、勝つ気で挑む?」
「正解。殺されることなんて考えないで、勝ちに来なさい?」
そ、そんな、戦い慣れた人が抱きそうな心理を急に言われても……!
僕はそう嘆きかけて、しかし呑み込んだ。そして両のほっぺたをバチンと叩く。
「――わ、わかった。やってみる!」
僕の意思を確認したアイナは、僕のみみっちい心配を消し飛ばすような可愛いウインクを残して背を向け、距離を取った。
始まるんだな。正真正銘のアイナと僕の、第二ラウンドが。
「男なら、誰かのために強くなりなさい」
と、アイナは華奢ながらも筋肉質な背中で語る。
「歯を食い縛って、思いっきり守り抜きなさい」
シャラン。耳心地の良い響きを放ち、刀抜。
「何回転んだって、また立ち上がりなさい」
そして一つに結んだ黒髪を靡かせ、僕に向き直った。
「ただそれだけできれば、アンタは勇者よ」




