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兜守編 4月12日 その4 レフモケにて


 インタビューのあと、僕たちはそれぞれの携帯で自分のステータスを確認してみた。



・レース参加者登録No.4


・氏名:アズロット・アールマティ


・年齢:不明


・種族:人間族とドラゴン族のハーフ


・趣味:酒を飲むこと・食べること


・能力:竜騎王はかくのごとし(キングオブドラグーン)


 説明:超人的な格闘能力を発現できる・動物と会話ができる・ドラゴンに変身できる。デメリット=ドラゴンには1日1回しか変身できない。


・戦闘力(予測):100(MAX=100)


・SNSフォロワー数:95万人


・所持ポイント:SNS・動画合計=135万ポイント。


・所持品:第七艦隊から支給されたバックパックを入手。


・状況:【レフモケ】に到着。レースに優勝しそうな人ランキング1位。


・レースへの意気込み:特になし



・レース参加者登録No.117


・氏名:宵隠由梨


・年齢:17歳


・種族:人間族


・趣味:特になし


・能力:鋼の意志(ウィル・ワイヤ)


 説明:異能によって出現する鋼のワイヤー。大抵のものを切断可能。


・戦闘力:80(MAX=100)


・SNSフォロワー数:58400人


・所持ポイント:SNS・動画合計=48000ポイント。


・所持品:標準装備を所持。


・状況:【レフモケ】に到着。


・レースへの意気込み:「使命を全うします」



・レース参加者登録No.427


・氏名:家内兜守


・年齢:35歳


・種族:人間


・趣味:アニメ鑑賞、動画鑑賞、晩酌


・能力:無能


・戦闘力(予測):0


・SNSフォロワー数:150人


・所持ポイント:SNS・動画合計=92ポイント


・所持品:標準装備を所持。


・状況:【レフモケ】に到着。


・レースへの意気込み:「なんてこったい」


 

 やった! 三人ともフォロワーが増えてる! 僕も前まで15人くらいだったのが、今では十倍だ!


「――おめでとうございます! わたくしはこの街の領主――ロブ・スタローン辺境伯(へんきょうはく)にお仕えしているポルポと申します」


 僕たちが自分のステータスに喜んでいると、一人の獣人――豚みたいな耳に、くるんと巻いた尻尾を持つ、体型は僕とどっこいの太っちょなおじさんがやってきて、丁寧にお辞儀をした。黒と白を基調とした正装と思しき衣服がタキシードのようにカッコよくキマっている。


 辺境伯って確か、貴族の中でも上から二番目だか三番目に高い(くらい)だったよな?


「ど、どうも。家内です」


「初めまして」


「俺たちに何か用か?」


 僕たちが各々で反応すると、


「実は、閣下がさきほどの映像をとてもお気に召したご様子でして、ぜひ会ってみたいと申しているのでございます」


 なんですと?


「この街の領主が、直々にですか?」


「はい。差し支えなければお連れしろとの命を受けております」


 ポルポがそう言って指差した先には、木彫りの装飾が美しい馬車が待機している。


「――どうする?」


 僕は二人を振り返る。


「一先ず、急を要する達成目標はありませんので、領主にご挨拶に行くべきかと思います」


「断るのも失礼だしな。もしかすると、なにか美味い飯を食わせてもらえるかもしれないぜ?」


 言われてみれば、レースのプレッシャーから解放された今、張り詰めていた気が緩んで、意識していなかった空腹感がだんだんと強くなってきている。


 せっかく来た異世界だ。今まではずっと不安と危機感と、他人から貶されまくりの悲しみ塗れの旅だったから、少し気持ちを入れ替えて、旅行気分を味わってみるのもいいだろう。


「まさか辺境伯にお招き頂けるとは、光栄の極みです」


 と、僕はどこかの映画で聞いたような言い回しを真似してみる。


「いらしてくださるのですね? ありがとうございます。閣下がお喜びになられます」


 こうして馬車に揺られて街の大通りを進んだ僕たちは、街の中心に聳える一際大きな豪邸へ通された。


 その左右対称の建物は三階建てで、国会議事堂を小振りにしたような形をしている。警護の者らしき鎧姿の獣人が槍を片手に、両開きの正面入り口の脇に立ってこちらを見ている。


 この大陸に人間という種族が存在するのかわからないけど、少なくともこの辺りにはいないんだろうな。僕たちを見た警護の獣人は目を丸くしてる。


「――閣下、さきほどの旅の方々をお連れ致しました」


 ポルポは言って一礼し、脇に控えて僕たちを通した。


 ここは広間。ドアド10世が居た王の間ほどではないけど、それでも50(じょう)くらいはある。こうも広いと掃除とか大変なんじゃないかと思えてくるよ。


「おお! 来てくれたロブか!」


 と言って出迎えたのは、ロブスターがでっかくなったみたいな姿をした、ロブ・スタローン辺境伯。


 低くて渋いダンディな声。チョキン、と開いたり閉じたりするハサミ。バ〇タン星人みたいな頭。オレンジ色をした身体にはオイルか何かが塗られているのか、テカテカしてる。硬そうな背中を丸めて豪華な椅子に腰かけ、がっしりした肩にお上品なマントを羽織っている。


 僕の目も大分肥えてきたのか、彼の姿に全くと言っていいほど驚かなかった。


 この世界の生き物は基本的にしゃべる。


「お疲れのところ、よくぞ来てくれたロブ。私が【レフモケ】の領主――ロブ・スタローンだロブ」


 変わった語尾だな。


 僕たちが挨拶すると、スタローンは僕たちを食事に招待してくれた。


 広間から廊下を跨いで、恐らくはこのお屋敷の反対側に当たる、全く同じ形状、同じ広さの部屋に通され、そこに用意されていた丸いテーブルにみんなで輪になって着く。


「――長旅、大変だったロブな? とある理由であまり量は無いが、元気を取り戻してほしいロブ」


 空腹で仕方なかった僕たちはお礼を言って、しばらく無言で食べ、飲む。サラダを頬張り、肉にかぶりつき、パンを噛み締め、果物を放り込んで、ワインみたいに赤い色をした飲み物(搾りたての果実ジュースらしい)を飲み干した。


「ロッブロッブロッブッブ! 美味しかったロブか?」


 ハサミの先端に器用にカップを引っ掛けて、中身のスープを口に運んだスタローンが聞いた。


 ロッブロッブロッブッブっていうのは多分笑い声だ。会話の所々で同じ発声が聞き取れたし、大抵の部分が笑うところだったからな。


「はい! とても」


「俺が住んでる国の飯よりこっちの方が好きだぜ」


「ゲェッ!」


 あまりの美味しさで食欲に全神経を注いでたから気が抜けてゲップしちゃった。


「なら、今日はもう日が暮れたことだし、ここで休んでいくといいロブ」


 スタローンはなんと、宿まで提供してくれるという。


「いや、さすがにそこまでは申し訳ないですよ」


 と、遠慮する僕だが、


「構わないロブ。久方ぶりに客人が来てくれて私は嬉しいロブよ。ぜひゆっくりしていってほしいロブ。少ないロブが、酒もあるロブよ?」


 ここで僕の携帯がバイブした。僕、由梨ちゃん、アズロットのグループラインだ。


アズロット 『どうする?』


僕 『休める場所を提供してもらえるなら、お言葉に甘えてみてもいいかもな』


由梨ちゃん 『でも、こういう言い方は失礼ですが、何か変じゃありませんか? 見ず知らずの旅人に親切すぎるというか……』


 確かに。


「――つかぬことをお聞きしますが、どうして我々にここまでのことをして下さるのですか?」


 ラインをチラ見しつつ、僕はスタローンに問う。


「あー、ロブゥ……」


 なんだかぎこちない反応。これは由梨ちゃんの言う通り、何かありそうだぞ?


「そのぉ、実は、そこな美少女に私は恋をしてしまったロブよ……とても可愛いロブ」


 予想外すぎる返答が来た!


「私は以前、カジュアルとかいう人間の女性からスマホをもらったロブ。それで今までのレースを見てきて、一番気に入った参加者をフォローしていたロブが、その参加者というのが、君なんだロブ」


 と、スタローンはチョキの手で由梨ちゃんを示し、恥ずかしそうに言う。もともとオレンジ色だからわかり難いが、顔が若干赤っぽくなってる気もする。


「――お、応援、ありがとうございます」


 と、たじたじな感じの由梨ちゃん。


僕 『これは、一晩泊めてもらえるうえに、さらなる支援を受けられるチャンスだよ二人とも! 由梨ちゃんが閣下の仮のカノジョみたいな関係になれば、もっとたくさんお願いを聞いてもらえるかも!』


 我ながらナイスアイデアじゃないか? ブヒヒヒヒヒ。


アズロット 『兜守! お前の顔がヤバイ! 強欲な壺みたいな顔してるぞ!』


僕 『どこの魔法カードのことかよくわからないな。それより由梨ちゃん、ここで一芝居打つのはどうだい? 仮のカノジョってことで』


 僕がラインを送ると、由梨ちゃんは満面の笑みをこちらに向けた。


「――おじさん?」


 僕の携帯が震えた。


由梨ちゃん 『コマギレ』


 僕も震えた。


僕 『ごめんなさい。支援を受けたいがための出来心(できごころ)です』


 僕たちがテーブルの下で静かなる戦慄のラインをやり取りしている前で、スタローンは続ける。


「――というのはまぁ、建前というか、個人的な感想だから気にしないでほしいロブが……」


 建前かい! 無駄に恐怖を味わって震えてもうたやないかい! うちの姫は怒るとマジで恐いんだからやめてくださいよ!


「それでは、他になにか理由があるのですか?」


 透かさず由梨ちゃんが聞いた。


「ロブゥ。実は一つ、相談に乗ってもらいたいのだロブゥ。レースの中継を見て、君たちが一番優しい人間に見えたロブ。だから実際に会ってみて、見極めようと思ったロブよ」


 なるほど、相談か。


「どういったご相談でしょうか?」


 と、由梨ちゃん。


「ロブゥ。ここ半年ほど、この【レフモケ】は山に()む性格の悪いドラゴンに悩まされているのだロブ。ああ、山っていうのは街の東側にある焦茶色の山ロブ。頻繁に街に降りて来ては、金銀財宝を要求してくるロブ。それに従わなければ半日と掛からずに街を滅ぼすと脅してくるロブ。光物(ひかりもの)に目がない(くそ)ドラゴンロブ」


 性格が悪くて光物に目がない糞ドラゴン?


 そんなのに狙われてる街なの? ここ。


 聞いてないよ?


「なんと! それはまた、大変ですね……」


 僕はポーカーフェイスを保ち、続きを促す。


「――すでに街から相当な量の財宝を差し出したロブが、糞ドラゴンはそれだけでは飽き足らず、今度は街で一番可愛い少女を差し出すように要求してきているのだロブ。それも成人した者ではなく、女の子を!!」


 その悪逆非道な行いに語気を荒げるスタローン。


 性格が悪くて光物に目がないロリコン糞ドラゴンか。


「――ひどい。ひどすぎます!」


 僕の左隣に座る由梨ちゃんは、膝の上で握った拳をギリギリ言わせてる。


 なんだか、不穏な空気になってきたぞ?


「しかも、脅威はドラゴンだけじゃないロブ。あの山には、ドラゴンに仕える山のオークがたくさんいるロブ。森や海のオークよりも凶暴で、戦いに長けている部族ロブ。だから街の戦士たちでドラゴンをどうにかしようにも、オークに数で圧倒されるロブ」


 オークって、【妖精の森】で僕たちが懲らしめたあのオークか。そのもっと強いバージョンがたくさんいると……。


「……ロブゥ。そこであなた方に、ドラゴンを退治してほしいのだロブ。あなた方の文明は、私たちよりも遥かに進んでいるのはわかっているロブ。であるならば、私たちではどうしようもないようなことでも、どうにかできるのではないロブか?」


 ――え? 危険を散々PRしたあとで、ドラゴン退治!?


「なるほど……」


 僕は素早くアズロット、由梨ちゃんに目配せし、テーブルの下で携帯を高速操作。


僕 『どうする? 話が想定外の方向に流れていってるけど』


由梨ちゃん 『困っている方を見捨てるわけにはいきません。レース開始まで二日あります。その間に事を済ませれば大丈夫ではありませんか?』


 生真面目で責任感が超強い由梨ちゃんらしい意見が襲ってきた!


僕 『それはわかるけど、僕たちの目的は聖剣の破片集めだよ?』


アズロット 『ついさっき、カジュアルからラインが入ったんだが、どうも二つ目の破片はドラゴンが棲むっていう山の火口にあるっぽいぞ。たぶんだけどな』


 なんでそうなるのッ!!


 たぶんって言ったって、確かめなくちゃいけないじゃないの!!


僕 『破片てさ、一つくらい欠けていてもいいんじゃないの? だって破片だよ? 他の場所にあるやつを全部集めればなんとかなったりしない?』


由梨ちゃん 『いいわけありません!』


僕 『それじゃあ、レースが全部終わってから、改めて取りに来ようよ。あと二日しかないのに、無理に山まで出かける必要ないでしょ?』


 と、僕は提案。レースが終わって戻って来る頃には、性格が悪くて光物に目がないロリコン糞ドラゴンもいなくなってるかもしれないし。


由梨ちゃん 『山に行くのと細切れになるのとどっちを選びますか?』


 まただ! また由梨ちゃんの満面の殺意スマイルが来た!


「山に行く方を選びます」


 しまった! 声に出ちゃった!


「おお! 引き受けてくれるロブか!」


 ここでさらにスタローンが絶妙な勘違いを!


「――この人は、歴史的に名高いあの勇者のような剣士になるべく、修行の旅をしている最中なんです。ですから、今回のお話のようなお願いは大歓迎なんですよ。ね? おじさん?」


 由梨ちゃんがそう付け加え、完全に僕の退路を断った。


 もうダメだ。山に行くしかなくなったぞ。


「あ、ああ。それはもう……」


「なんと頼もしいロブ! やはり私の見立ては正しかったロブ! 会ってみてよかったロブよ!」


 僕が上擦った声で頷くと、スタローンは黒くてまん丸のお目目から大粒の水玉をいくつも浮かべては、ぽろぽろと床に落とし始める。


「ロブゥ! この半年間、私は為す術もなく街のみんなに恐い思いをさせてしまったロブゥ。以前、私自らドラゴン退治に打って出たロブが、私のような種族は火が苦手ロブ故に、火を噴くあいつには全く歯が立たなかったロブ。五回は脱皮して戦ったロブが、足がやられて不自由になって以来、うまく脱皮することすらできなくなってしまったのだロブゥウゥウゥゥ!」


「――閣下、お気を確かに。こうして救世主となる方々がお見えになったのも、あなたや住人たちの辛抱の賜物でしょう。諦めて逃げ出していれば、こうはならなかった」


 と、ポルポが駆け付け、ぽろぽろ落ち続けるスタローンの涙をフキンで拭う。


 そういえば、ロブスターは脱皮すると内臓も全部一新されるって聞いたことがある。つまり、見た目と内臓はほとんど永遠に若返り続けるってことだ。それが、足が不自由になったせいでうまくできなくなってしまったのか。


「ロブゥウゥウ! ロブゥウゥウ!」


 スタローンは感涙(かんるい)(むせ)びまくってる。


 空気さえも、僕に断りづらい状況を付与してる気がしてきた。


 一難去ってまた一難とは、こういうことを言うのでは?


「うまい飯も食わせてもらったし、一肌脱いでやろうじゃねぇか!」


 と、右隣に座るアズロットが僕の肩に腕を回してきた。重い。苦しい。


「ち、ちなみにその悪いドラゴンは、山のどの辺りにいるのでしょうか?」


 僕は最後の抵抗手段を思いつき、まずそう質問する。


 これでもしドラゴンの居場所が山の地下洞窟とかだったら、聖剣の破片があると思われる火口にはたぶん居ない。つまり、ドラゴンに遭遇することなく破片の回収だけやって、『ドラゴンを探したのですが、見つけられませんでした』という言い訳ができる! 戦わずに済むかもしれない!


「山の火口に棲み処を設けていると思われるロブよ。奴が現れるのはいつも火口からロブ」


 場所がピンポイントで被ってましたね。


「それならば都合がいい。我々もあの山の火口に用事がありまして。探す手間が省けたというものです」


 と、僕は引き攣った笑みを見せ、ドラゴン退治を引き受けたのだった。


 ――――。


 その夜、このお屋敷に備え付けの湯舟で交代で身体を洗った僕たちは、それぞれ一つずつ寝室をあてがってもらう待遇を受けた。


 ちなみにこの街には日本のように入浴の文化が根付いており、どの獣人も毎日湯に浸かるほどのキレイ好きという話だった。


 6畳ほどある部屋には皺ひとつないシーツが敷かれたベッドに、小振りな木製のテーブルと椅子が1セット。壁には上着や帽子、武具などを提げておくためのフックがある。


 テーブルとベッド脇にあった蝋燭に火を灯した僕はほっと一息つく。


 思えば、湯舟に浸かったのは数日ぶりだった。こうやって旅をすると、毎日当たり前にやっていることが実はかなり贅沢なことなのだと気付かされる。


 と、本来なら学びを得たと感慨深い気分になるところだが、今の僕はそれどころじゃない。


 別室のアズロットにライン電話を掛ける。


「どうしよう!? ドラゴン退治とかファンタジーすぎる! そんなのただのおっさんにできるわけないよ! だから艦隊に連絡して、空爆してもらおうと思うんだけど!?」


『落ち着け。ドラゴンがいるっていう山はまだ活火山だから、下手に爆撃なんかしたら街にも被害が出るかもしれねぇ。だから俺たちでやるんだ。俺と由梨でドラゴンの相手をしておくから、お前さんはその間に破片を回収する。単純だろ?』


「考えるだけなら単純だけどな、現場に入れば細々とした事情があるものでしょうに! マニュアル通り熟せば平気だと思ったら大間違いだぞ?」


 と、自分で言った途端、なぜか急に会社の上司を思い出した。


『そのときはそのときだ。それよりも、早く寝て疲れを取っちまおうぜ。そうすりゃ少しはポジティブにものを考えられるようになる』


 ブツ。


 切られた。


 アズロットのやつ、さては就職したことないな?


 レース実行委員会のサイトによれば、第二レースは明後日、4月14日の正午にスタートするとのことだ。次のチェックポイントは、【スラジャンデ】の大陸を北東へ進んだ先にある、天空王国(てんくうおうこく)。空に島が浮かんでいて、そこに国があるのだそう。


 サイトの情報だと、これも北東にある川が、天空王国へ登って流れているらしい。物理法則を無視して空へと流れる川があるってことだ。


 艦隊に配備されてるヘリをチャーターしてもいいけど、さすがにそこまでやったら他の参加者や視聴者からの反発が酷そうだ。そういったぶっ飛んだところに正攻法で行かなければいけないわけだから、情報収集なり準備なりに時間を割くべきなのは明白。


 でも僕たちは明日からドラゴン退治ときた。事がスムーズに進まなければ、事前準備どころか第二レースそのものに間に合わなくなる。


 ドラゴン退治を断ろうにも、破片を入手する使命もあって断れない。


 二進(にっち)三進(さっち)もいかない状況に、僕はどうしても不安と焦りを抱えてしまう。


 もうこうなったらポルポさんに頼んで酒でも貰おうかと思ったときだった。


「――ヒック!」


 寝室のドアが開き、Tシャツにショートパンツにスニーカー丈ソックスというラフな格好の由梨ちゃんが入ってきた。なんだろう? 顔が随分赤いぞ?


「あれぇ? おじさん、わたしの部屋でなにしてるんですか?」


「ちょっと、考え事をね」


 そう聞かれたので、僕は答える。


 って、わたしの部屋? 僕の部屋だよ? ここ。


「ヒック! もう、こんどはなにを悩んでるんですか?」


 ふらつく足取りで僕が腰掛けるベッドまで歩み寄る由梨ちゃん。様子がおかしい。


「……由梨ちゃん、のぼせちゃったか?」


 上気したように赤い頬、浅い呼吸。とろんとした目。どう見てもいつものキリッとした由梨ちゃんではない。


「ええ? ちがいますよ」


「でも、顔が赤いよ? ふらついてるみたいだし、自分の部屋で横になったほうがいい」


「わたしは、のぼせたりしません。だいじょうぶですよ」


 ふりふりと首を振る由梨ちゃん。


「おふろ上がりにちょっとノドがかわいたので、ポルポさんに聞いたら、食堂のテーブルにビンがあるから、そこからすきなだけ飲んでいいと言われて、水分ほきゅーをしただけ……」


「飲んでいいって? なにを飲んだんだい?」


「キレイなむらさきいろのじゅーす」


「……瓶、まだ食堂にある?」


「ありますよ? おじさんたちの分は残してあります」


 僕は血相を変えて部屋を飛び出し、さきほど夕飯を頂いた食堂へ急行。(くだん)の瓶を発見。


 銀製のそれは、2リットルのペットボトルくらいの大きさで、残りは半分ほど。


 僕は手で扇いで香ってみる。


 これは女子高生にはアカンやつだと思う。


 瓶の側には使用済みのグラスが一つ。未使用が二つ。なるほど、ポルポさんが僕たちのために用意してくれていたわけね。


 未使用のグラスを取って、瓶の中身を少しだけ注いで飲んでみた。


 軽くてフルーティな味わいは赤ワインに近い。だが、これは完全に酒だ。


 アルコール度数もそこそこあるぞ。


 で、中身の残りが半分。


 飲み易さもあって、お風呂あがりの勢いで、一気にゴクゴクとやってしまったに違いない。


 由梨ちゃんはまだ若いからお酒はダメだと彼らに言い忘れた僕のミスだ。


 僕は真っ青になって部屋に戻り、バックパックから水を取り出して由梨ちゃんに差し出す。


「――いいですよ。さっきたくさん飲んだので。貴重なお水はあしたのために残しておかないと」


「いいから飲んで! ほら!」


 水筒のコップを開け、水を入れてあげた。


 ごく、ごく。


「ぷはぁ!」


 ああ、さっぱりしたぁ! と思ってそうな爽快なお顔の由梨ちゃん。


「さっきの話のつづきです。あまり悩みすぎると眠れなくなって、あしたに響きます」


 それはその通りなんだけどね、悩んでもいられなくなったんだよ、君のおかげで。


「わかってるさ。もう寝るから、君も部屋に戻るんだ」


「だめです。わたしがおじさんを寝かせてあげます。いまからストレッチを教えてあげますから、まねしてみてください。ぐっすり眠れますよ」


 言うや否や、由梨ちゃんはぽすんとベッドに座り、僕の方を向いて大きく足を開いた! ひ、180度開脚ッ!!


「――ッ!? む、無理だよ! 僕、身体ガチガチだからさ」


「さっきおふろに入りましたよね? ストレッチはおふろあがりにやると効果的なんです。ほら、冷めないうちに」


 言って、由梨ちゃんは両手を伸ばしてきた。抱っこして? って言ってるみたいなポーズだよそれ!


「足をひらけるだけでいいのでひらいて、わたしの手をつかんでください」


 じ、自前の石鹸を使ったのか、ふんわりと優しい香りが部屋を包んでいく。


 僕は、目の前に足を大きく開いた美少女がいるという事態に脳のリソースの大部分を奪われ、言われるがままできるだけ開脚する。90度くらいでもう限界だった。


「手をつかんでください」


 どうにか掴む。すでに股の筋が伸びきって限界に達してる感覚だ。


 由梨ちゃんの手は細くも温かく、日頃の鍛錬によるものか、野球少年みたいに丈夫な手。


「引きますよ? いーち、にーい」


「イデデデデデデッ!?」


 これじゃ拷問だ。激痛に疲れが吹き飛ばされて目が覚めた。


「おじさん、カラダかたすぎです。こんどはわたしを引っぱってください」


 言われた通りに少しずつ引っ張ろうとしたが、むしろ由梨ちゃんの方からぐいぐいと前に上半身を倒してきて、『べたーっ』という感じでシーツの上に胸をくっつけてしまう。体型の割に大きな胸が『むにん』という感じで潰れる。


 由梨ちゃんのTシャツ――その襟から垣間見えた鎖骨が、えっろ! えっrrrrrrrrろッ!!


「このくらいできるようになってください。可動域がひろがれば、それだけ戦闘に応用できますから」


 僕は下半身の別の部分の可動域が広がりつつある! やばいって! 童貞のおじさんには刺激が強すぎるって!


「――はい、もう一回。こんどはわたしが引っぱります」


「い、いや、もう充分だよ! ありがとう! 終わりにしよう!」


「なにをいってるんですか? まだヤり始めたばっかりですよ? もっと全身を使わないと、ぜんぜん気持ちよくなりません」


 その犯罪的な台詞やめて! なんで『や』がカタカナなんだよ!?


「……おじさんは、もっと他人のきもちを考えないとダメです。さっきのスタローンさんとわたしの話もそうです。人の好意にお芝居で返すのはしつれいですよ」


「た、確かに、あれはよくなかったよね。君のことを交渉材料みたいに……反省してるよ」


 言いながら僕は後方へ身体をずらして距離を取ろうとするが、由梨ちゃんは更に前へと移動してきた。


 石鹸のふんわりとした香りが増す!

 

 大変だ! 勇者の末裔がドラゴン退治の前に窮地に陥ってる!


「おじさんにはデリカシーは無いけど、やさしいところがあるって、わたしはわかってますからまだいいです。でも、これから先、いろいろな人と関わるかもしれないですから、直す努力をしてください」


「――ああ。もちろん、そうするつもりだよ。僕は人として、まだまだ未熟だ」


 本当にそう思うよ。いろいろと未経験すぎるし。


「それじゃぁ、まずは柔軟性から改善していきましょう」


 由梨ちゃんは言って、再び両手を出してきた。


「ほーら!」


「わ、わかった」


 由梨ちゃんが僕の手を掴む。見た目に反して凄い(ちから)ぁッ! 強スギィッ!!


 鍛え抜かれて細く締まった由梨ちゃんの真っ白な腕から筋肉が浮き上がる。同時に僕の上半身が抗いようのないパワーに引っ張られて、前へ前へと誘われる。


「うわぁああああああああああああああああああああッ!!」


 だ、ダメだ! このままじゃ僕のドラゴンが! 僕のドラゴンがウェイクアァァァァァァップ!!


「――如何なさったのです!?」


「大丈夫ロブか!?」


 部屋のドアが勢いよく開き、寝間着姿になったスタローンとポルポが様子を見に来てくれた。た、助かった!


「お騒がせしてすみません。ちょっと柔軟体操をしていただけなので平気です!」


「然様でございましたか。であれば安心でございます」


「また何かあればいつでも呼ぶロブ」


 僕がぺこぺこ頭を下げ、スタローンたちも各々の寝室へと引き揚げた。


「さ、由梨ちゃん、もう自分の部屋に戻ろう!」


「えー? ここ、わたしの部屋ですよ?」


 言いつつ周囲を見回す由梨ちゃんは、とろんとした目つきが段々といつものキリっとしたものに戻ってきた。


「――あれ。確かにここは違いますね。わたしとしたことが……」


 さすがにまだ完全には酔いから覚めないが、少し正気に戻った由梨ちゃんはふらりと立ち上がり、


「――失礼しました。おやすみなさい」


 自室へと戻っていく。


「おやすみ」


 彼女がちゃんと部屋に戻るのを廊下で見届けた僕は、大きく息を吐いてベッドに倒れ込む。


 疲れを疲れで吹き飛ばした感じだ。


 あまり健康的ではないけど、この夜は深く眠れるといいな。

 

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