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兜守編 4月12日 その2 不条理に抗え! 


 ハンヴィーの窓ガラスを粉砕して飛び込んできたのは、無数の木の枝だった。


 もの凄い早さで伸びる植物が、僕たちの乗る車に襲い掛かっている!


「これは!? 異能か!?」


 ハンドルに絡みつく木の根を見て、アズロットが言う。


「恐らく、あのルシフェイスという人の能力かと!」


 と、ドアを蹴り開け、由梨ちゃんが脱出する。


「アズロット! 僕たちも出よう!」


 言ってドアを開けた僕だが、


「く、くそ! こいつ!」


 アズロットはその図体のデカさが災いして、運転席と共に木の根に胴体をくるまれてしまっている。


「兜守、お前は早く出ろ! 俺は平気だ!」


「わ、わかった!」


 仕方なく、僕はアズロットを残して脱出。車から離れる。


「――こんなことはやめてください! わたし達はあなたに危害を加えるつもりはありません!」


 由梨ちゃんがルシフェイスに向かって呼びかける。


 見れば、ルシフェイスが跨る灰色の獣の足元から、無数の木の根が生えて、今も伸び続けている。


「車を僕に渡せ。そうすれば見逃してやるさ」


 勝ち誇ったように、僕らを見下すような視線の角度で、ルシフェイスは車を要求。


「それはできないけど、根っこはあんたの能力だろ? 引っ込めてくれたら、チェックポイントまで乗せてってやってもいい!」


 僕がそう返すと、鼻で笑われた!


「この僕がお前のような劣等遺伝子の要求を呑むわけがないだろう! 従うのはお前の方だ!」


 ルシフェイスが言うと、木の根っこの一つが僕の方へ伸びてきた。


「うわぁ!?」


 慌てて出現させたキュア・ソードで弾く僕。しかし咄嗟の動作で重心が安定せずに(つまず)き、その際に剣を絡め取られた! 


「覇ッ!」


 由梨ちゃんがワイヤーを展開し、周囲でうねる根っこを細切れにする。


 僕は剣に消えろと念じ、改めて手の中に出現させた。


「――ほう? 無能だと思っていたが、お前も異能を使えたのか!」


 一度すべての木の根を引っ込めたルシフェイスが、僕の剣を見て言う。


 僕って、どれだけ人から見下されてるんだろうか?


 ここで、大陸中を飛んで放送できそうなドラマが起こるのを待っていたのであろう、実行委員会のドローンの一つが僕らを見つけ、上空で撮影を始めた。


『なんということでしょう!? 優勝候補第一位のアズロットを始め、優勝候補10位のルシフェイス・ルイン、ダークホースの忍者女子高生・宵隠由梨といった面々が睨み合っています! 車というアイテムを巡っての争いでしょうか!?』


 という実況が響く。僕の名前は?


「――ったく! なにをしやがるんだ! こっちは急いでるんだぞ!?」


 拘束が解けたアズロットが怒鳴りながら外に出てきた。これで三対一だ!


「どうする、ルシフェイス! まだ僕たちとやり合うか?」


「そのまま返そう! 降参するなら今の内だぞ!」


 優勝候補一位のアズロットを前にして、なんという自信なんだ! 僕とはまるで正反対の勝ち組だからだとか関係なく、彼の本質的な精神の部分が堅牢でないと、あんな発言はできない。


「――アズロット、ドラゴンに変身できるか? 一日一回だったろ?」


「――それがな、今朝鼻血出して失神したせいで貧血なんだ。俺は貧血だと変身できないんだよ」


 なんてこったい!


 あの痴女め! 結果として僕たちの足を引っ張ってるじゃないか!


「こ、こうなったら、僕の剣と由梨ちゃんのワイヤーであいつの根っこをぶった切るしかない!」


「わかりました!」


 僕たちは車を庇うようにして並んで身構え、ルシフェイスと対峙。


「負けて許しを請う覚悟はできたみたいだな。行くぞ!」


 ルシフェイスが言うと、灰色の獣が見た目通りの猛獣みたいな咆哮を上げて(いなな)いた。


 それを皮切りに、無数の根っこが再び彼の足元から出現。あり得ない成長速度で以って伸びまくり、僕たち目掛け迫る!


 由梨ちゃんは目で追うのがやっとの素早い体捌(たいさば)きで舞うようにワイヤーを繰り出し、僕と彼女の周りの根っこを迎撃。


「ひ、ひィッ!」


 僕は両手で持った剣を上下におっかなびっくり振るう。剣術の心得なんて1ミリもないから適当だ。プロの剣士が見たら目も当てられない光景だろう。


「――竜拳連打ドラゴニック・ストライク・リピートッ!!」


 アズロットが連続で拳を振るう度、立っていられないほどの突風が吹き荒れ、彼の周囲に迫った木の根をまとめて吹き飛ばす。


「くっ!?」


 アズロットの攻撃はさすがに耐え切れなかったか、ルシフェイスが獣から落下。今気づいたが、獣の首には細い根っこが巻き付いていた。あれを手綱の代わりにして無理矢理従えていたのか!


 灰色の獣はアズロットの竜人としての気配を悟ったか、怯えた様子で犬みたいにキャンキャン鳴きながら逃げていった。


「――まだだ!」


 ルシフェイスは周囲の地面から更に木の根を生やし、自分の周りを円形に覆ってガードを固める。まるで木の壁だ。


「あれじゃぁ俺の衝撃波が届かねぇ! 俺が本調子なら根こそぎ吹っ飛ばせるんだが、今はダメだ!」


 と、アズロット。やはり貧血じゃ本気が出ないか!


「わたしが木の壁をなんとかします!」 


 由梨ちゃんがその俊足を活かし、一気にルシフェイスとの距離を詰める。


 しかし!


「――きゃっ!?」


 ルシフェイスは由梨ちゃんの動きを読んだか、彼女が突っ込んで来たのと同時に木の壁を形成する内の一本を操作し、由梨ちゃんの身体を絡め捕ってしまった。彼女はそのまま根っこに持ち上げられ、頭上数メートルの位置に掲げられる。


HAHAHA(ははは)! まずは一人!」


 心底愉快そうにルシフェイス。


「由梨ちゃんを放せ!」


 僕は意を決し、ルシフェイスの木の壁目掛け突撃する。が、地面から少しだけ生えた根っこにものの見事に足を引っ掛け、顔面スライディングを決めてしまった!


「おじさん! わたしが彼を引き付けている間に、車で先を急いでください!」


「そんな選択肢、僕にあるわけないだろ!」


 僕は歯を食い縛って立ち上がる。


「おっと、動くな家内! この少女がどうなってもいいのか? 果実大木の大収穫(ストロベリームーン)!」」


 ルシフェイスが叫ぶと、木の根の一本が由梨ちゃんのYシャツ――その第二ボタンの辺りから中へと侵入!!


 なんて絶妙な位置を狙うんだ! 完璧だ!


「あぅっ!?」


 由梨ちゃんが! あ、喘いでいる! そこへ待ってましたとばかりにドローンが接近! うおお!


 ――って、なにを欲情してるんだ僕は! 


「やれっ!」


 間違えた。


「――やめろぉおおおおおッ!!」


 僕は雄叫びを上げ、木の壁に剣を振るう。一振りで太い幹の一本を切断。それも感触は空気を斬ったみたいに軽い。キュア・ソードは異能によって生まれた剣。秘められた切れ味は常識を凌駕している。

 

「家内。お前は今、やれといったのか? HAHAHA! 欲望に忠実だな!」


 僕が切り倒した木の先で、ルシフェイスが残忍な笑みを見せた瞬間。


 ビリビリィイイイ!!


「嫌ぁあああああああああああああッ!!」


 由梨ちゃんのシャツが引き裂かれた! ど、ドローンのやつが! ドローンのやつが由梨ちゃんに最接近!! YEAH(イェア)ッ!!


「――アズロット! 見るな!」


「わかってる!」


 僕が呼ばわる先で、アズロットが目をつむる。しかし、その行動が仇となり、アズロットは木の根の攻撃を諸に受けてしまう。


 ドコドコチン! ドコドコチン! ドコドコォオオオオオオオッ!!


「うげげげげっ!?」


 腹、脳天、金的、顔面と、いろいろなところをタコ殴りにされたアズロットは白目を剥いて昏倒。結局かよ!!


「痛そう……」


 と、僕が狼狽えている間に、せっかく切った木があっという間に生え変わり、木の壁が再形成されてしまった!


「あとはお前だけだ、家内。しかし、二度と会うことはないと思っていた相手と、まさかこうして対決することになるとは、不思議なものだな。ボクが流してやった噂はあまり浸透していないのか……?」


 噂だって!?


「おいルシフェイス! 噂ってなんだ!? なにをしたんだ!?」


「貴様が見境なく生き物を食い荒らす悪者だって噂を流してやったんだ。そうすれば誰かが怒って、貴様を捕らえるか殺すかして、進むことを許さないだろうと踏んでな」


 この人最低すぎるやろ! 車使っておいて言うのも(なん)だけど、反則だ!


「――なんてことをするんだよ! 僕に何の恨みがある!?」


「貴様のような底辺を見ているとイライラするからだ! 存在そのものが罪だからだ! このレースから消そうとして当然だろう!」


「あなたは、ほんとうに酷い人ですね」


 由梨ちゃんが怒りのこもった目をルシフェイスに向けるが、うねる木の根に肌着姿の上半身を縛られ、まるで十字架に磔にされているような体勢で屈辱に下唇を噛むしかない。


 まずい! 


 このままではスカートにまで魔の手が及んでしまうかもシレナイゾ?


「……おじさん、また嫌らしいことを考えてますよね?」


 不意に、由梨ちゃんのワントーン下がった声がした。


 空気が変わる。殺気を(はら)んだ狂気に。


「そ、そそそんな滅相もない!」


「鼻の下が伸びてます。キモイです。今の反応でもう確定です」


 由梨ちゃんの顔が、またあの黒い微笑へとチェンジ。


「ルシフェイスさんも、おじさんも、ほんとうに最低。特にルシフェイスさん。あなたには鶏冠(とさか)に来ました。勇者一行の一人――鬼人の末裔として、許すわけにはいきません」


 由梨ちゃんはなにやら呪文を唱え始めた。


元柱固具(がんちゅうこしん)八隅八気(はちぐうはつき)五陽五神(ごようごしん)陽動二衝厳神おんみょうにしょうげんしん、邪念を攘払(ゆずりはら)い、四柱神(しちゅうしん)鎮護(ちんご)し――」


 まったく聞いたことのないその呪文が唱えられるにつれ、由梨ちゃんの身体に変化が起こる。


 赤黒い(もや)というか、オーラのようなものが蜃気楼のように彼女の全身を覆い、次に、彼女の頭の両脇から深紅に光り輝く小さな角が生える。


五神開衢(ごしんかいえい)、悪鬼を(はら)い、奇動霊光四隅(きどうれいこうしぐう)衝徹(しょうてつ)し、元柱固具(がんちゅうこしん)鬼神(きしん)の力を得んことを、(つと)みて五陽霊神(ごようれいしん)に願い(たてまつ)る!」


 言い終えて噛み締めた小さな口からは白い牙が生じ、紅色(くれないいろ)の瞳が淡い光を放つ。


 僕は、由梨ちゃんが【鬼人】と呼ばれていたことを思い出した。


「――ぅうぅうううううぅぅッ!!」


 まるで威嚇するように、あるいは腹の底から怒りを吐き出すように、由梨ちゃんはドスの利いた声で唸り始めた。


 同時に、彼女を縛り付ける幾本もの根っこから『ギリギリィイイイ』という音が聞こえだした。凄まじい膂力(りょりょく)で、由梨ちゃんが根っこを引き千切っていく音だ!


「な、なんだ?! なにが起こっている!?」


 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった様子だったルシフェイスが狼狽えた声を漏らす。


「ゥウァアアアアアアアアアアッ!!」


 由梨ちゃんの咆哮が轟き、それなりに太い木の根が糸くず同然に引き裂かれ、自由の身となった彼女は真下にいたルシフェイスに襲い掛かった。


 見れば、由梨ちゃんの白い手先には猛獣のような鋭い爪が伸びている!


「――くっ! なんだ!? この女は!?」


 バックステップで下がりつつ、ルシフェイスが呻く。


「ィァアアッ!!」


 由梨ちゃんが片腕を気合一閃。すると、かまいたちのような現象が起こり、それまでルシフェイスが立っていた地面に五本の掻き傷が走った。


 アズロットが拳で起こす突風に匹敵する威力のそれは、ルシフェイスを守ろうと生え出た根っこを根こそぎ吹き飛ばす。


 それだけじゃない。ただでさえ俊足な由梨ちゃんの速力が更に増し、もはや僕の目ではまったく追いきれない状態に!


「く、くそ!」


 さすがのルシフェイスも、ひたすらに木を生やして身を庇うしかなくなる。


 由梨ちゃんの身体が一瞬でルシフェイスの眼前に迫ったかと思ったらそれは残像で、ルシフェイスは何もないはずの背後から打撃を受け、エビ反りみたいにして吹っ飛ぶ。


 そうしてルシフェイスが吹っ飛んだ先に由梨ちゃんが現れたと思ったらそれは残像で、今度は下から腰溜めに構えた拳のアッパーが彼の顎をぐしゃり! 宙高く浮き上がらせる。


 宙高く浮き上がったルシフェイスを今度は真上に現れた由梨ちゃんが踵落としで潰しに掛かると思ったらそれは残像で、下から彼に追随して彼女も飛び上がり、彼の片足を鷲掴(わしづか)みにして地面に叩きつけた。


 地面に叩きつけられてバウンドしたルシフェイスの真横に現れた由梨ちゃんが彼の腹目掛けて音速のパンチを連打したと思ったらそれは残像で、真逆の方向から連続回し蹴りを繰り出して彼をもうなんかよくわからんくらいにメッタ打ちにした。


 これが、鬼人の力――ッ!!


「――がはッ!!」


 キレて鬼人化した由梨ちゃんによる凄惨なラッシュの末、ルシフェイスは大の字で仰向けに倒れた。


 戦いの旋風に呑まれたか、いつの間にかドローンが墜落している。


 肩で息をする由梨ちゃんは鋭い目つきで僕を睨み、(おもむろ)に目を閉じ天を振り仰いだ。


 すると電流が迸るかのような音がして、由梨ちゃんを取り巻いていた赤黒いオーラが消え、彼女は元の姿に戻った。


「……これが、鬼人の力です。恐かったですか?」


 由梨ちゃんがにこやかに聞いてきた。


「は、はい。とても」


「この力の矛先がおじさんに向かないように気をつけてくださいね? わたしはあなたを守らなくてはいけないんです。重ねて言いますが、立場を弁えてください」


 由梨ちゃんのただならない気配にゴクリと喉を鳴らし、僕はこくこくと頷いた。


 僕、学んだよ。


 今度からは、ポーカーフェイスを心がけるから。


「――いや、そうじゃないだろう」


 これまたいつの間にか、由梨ちゃんの使い魔となった小鳥が羽ばたいて滞空しており、僕の心を読んでツッコミを入れてきた。


 きっと戦いの余波で鳥の石にも刺激が入ったんだ。そして何らかの拍子に由梨ちゃんのポケットから落ちて、変身が解けて今に至るといったところだろう。


「――その戦闘力……お前、何者だ……? 優勝候補には上がっていなかったぞ……?」


 イケイケの容姿もカウボーイじみた衣装も、なにもかもがズタボロになったルシフェイスが、絞り出すようにして言った。


「あまり目立つのは得策ではありませんので」


 とだけ答える由梨ちゃん。


「海岸でも言ったが、それほどの力を持ちながら、なぜ、そんな生ゴミみたいな男と行動を共にする必要がある?」


 生ゴミ?


「極秘事項なので答えられませんし、答える義理もありません。それにこの人は、今は生ゴミでも、これからもっと自分を磨いて、いずれ立派な戦士になります。ならなくてはいけないんです」


 そこは否定してよ由梨ちゃん。生ゴミじゃないって否定してよ。


「その体型で戦士になるとは、ジョークのつもりなのか? 家内……」


「ジョークじゃないよ。本気だよ」


 こう見えて、この数日でウエストが緩くなったんだぞ? ほんの少しだけど。


「――あんたはどうしてそこまで他人を見下すんだ? 他の人を見下して何のメリットがある? レースに参加したのは、自分が勝って、負けた人たちを見下して、自分だけがいい気分になりたいからか?」


 僕はルシフェイスに、海岸で初めて会話したときから心の片隅に抱いていた疑問をぶつける。


「答えてくれ。あんたには散々ひどいことを言われた。どんな理由があって他人を見下すのか説明してくれ。でないと、僕の腹の虫が治まりそうにない」


「見下すのが好きでやっているわけじゃない。見下されて当然の人間を見下しているだけだ。この不摂生と根性なしの権化め。お前こそ、どうしてこのレースに参加したのか説明しろ。楽に暮らしていくために、叶いもしない一攫千金の夢に釣られて引きこもりの部屋から這い出してきたのか?」


「ぼ、僕は、名前がそれっぽいってだけで、引きこもりじゃない。ちゃんと仕事もしてたし、自立して今までやってきたんだ。それが、急にその、強引に会社をクビにされて、このレースで賞金を稼ぐ以外に道が無くなって、仕方なく出場したってだけだ」


「いてもいなくても何の影響もないからクビになったんだろ? そういう社会に掃いて捨てるほど溢れてるゴミ野郎が、超一流の家系に生まれて、超一流の人生を歩んできたこのボクと対等に戦おうとしているのが腹立たしい。身の程がわからないバカとしか思えない。今もこうしてドローンで撮影されて、ボクたちは同じ画面に映されて、世界中に放送されているんだぞ? 磨かずとも元々光っていて、磨けば更に輝く宝石と、いくら磨いても輝く部分などこれっぽっちもない無価値の石が並ぶと、宝石まで無価値に見えてくるんだぞ? それは勘弁してほしいね。ボクの絵面(えづら)をこれ以上汚さないうちに、レースを降りてくれないか?」


 ――僕は歯を食い縛り、考える。


 この、思い上がりの、苦労知らずの、クソ偏見(へんけん)野郎を、黙らせるには、どうすればいいのか!


「――兜守」


 ここで、意識を取り戻していたアズロットが、僕の肩を掴んだ。今のアズロットはジャガイモみたいにデコボコになった顔をしているが、鼻血を出したわけではないのでふらつきはない。


「気持ちは、よくわかるぜ。けどな、深呼吸して力抜け。ここは堪えるんだ。お前さんはこれからもっと強くなって、いつかこいつを見返す。違うか?」


 彼に言われて気付いた。僕は握った拳をわなわなと震わせていた。アズロットの言葉が無かったら、とんでもないことまで考えてしまっていたかもしれない。


「……ああ。そうだな」


 僕は言われた通りに深呼吸して、よろめきつつも自力で立ち上がったルシフェイスと向かい合う。


「レースは降りない。誰が何と言おうと、これからも進んでいく。だから、ルシフェイス。いつか僕がお前を見返すときが来るのを黙って見ていろ!」


 拳を固く握りしめ、僕はそう言って踵を返す。


「――ということだからよぉ」


「ぐォオッ!!」


 何かが肉を殴ったような音と、ルシフェイスのうめき声が、僕の背後から聞こえた。


「てめぇは今の兜守の言葉をちゃんと覚えとけ。今の一発は、痛みと一緒にお前の記憶に焼き付けるためのものだ。それと、さっきの俺と由梨の分もセットにしてやった。感謝することだな」


 ……済まない、アズロット。ジャガイモみたいな顔に変形しているから若干活舌(かつぜつ)悪いけど、ありがとう。


 ドローン越しに、世界中が僕たちの会話を見聞きしている今、先のことも考慮して、僕の体裁を守ってくれたんだな。自分が汚れ役になることで。


 これでいよいよ、僕はこの旅をなにがなんでも続けて、目的を達成しなくちゃならなくなった。


 隙あらば逃げたいとか、帰りたいとか薄っすら企んでた自分には、ここで背を向けるんだ。


 僕のために動いてくれた仲間たちに報いるためにも。

 


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