兜守編 4月12日 その1 そんなことってある?
「あ、あ、あのぉ。へ、平気、ですか?」
僕が死んで、もといくたばっている間に、由梨ちゃんが僕を引きずって【試練の間】から出ていたらしく、目を覚ましたらココが心配そうに見下ろしていた。
「――ああ、大丈夫。君が僕の面倒を?」
コクコクと頷くココ。
「そうか。苦労を掛けて済まない」
僕は寝床用に平らに削られた岩の上に寝かされ、毛布を掛けてもらっている状態だ。
切っていた携帯の電源を入れる。
4月12日、午前10時半。
日付変わっとるやん! ボコられて丸一日失神とかそんな漫画みたいなことある!?
ちなみに一昨日から全く充電していなかったので、携帯の電池残量は8%。残量メーターが黄色だ。
ずっと硬い岩の上で寝てたからだろう、関節がバキバキに痛む身体をうんこ踏ん張るみたいな声出して唸りながら起こし、ココが親切に置いておいてくれたリュックから充電器を取り出して携帯につなぐ。
「由梨ちゃんはまだお怒り?」
「お、お怒り、じゃ、ない。殺りすぎた、って、反省、してる」
フルフルと、首を横に振るココ。『ヤ』が漢字になってない?
僕はキュアソードの超回復が追い付かないレベルで痛めつけられたのか?!
それってつまり、キュアソードで治せる傷の度合いには限界があるってことじゃないか?
瀕死の重傷は治せない、みたいな……。
そんな推測が浮かびつつも、僕は改めて自分の行いを反省する。
「……あれは僕が悪いんだ。つい出来心でね」
やばい。これブタ箱に入れられたときに供述するときのセリフだ。
「――彼女は今どこに?」
何はともあれまず謝らなければと、僕はココに由梨ちゃんの居場所を尋ねる。
すると、ココは『ピ』と僕の隣にあるもう一枚の平らな岩を指さした。そこに書置きがあった。
『探さないでください』
なんてこった! いろいろともつれて由梨ちゃんが落ち込んじゃったよ!
「頼む! 知ってることがあるなら教えてくれ!」
「――し、【試練の間】に、ひ、一人で、入って、しまいました。今朝の、話です」
「なんだって!? どうしてそんなことを!」
思わず叫んでしまう僕。『うぅ』と身を縮こまらせるココ。
「ごめん。君を攻めてるんじゃないんだ。急いで【試練の間】へ案内してくれるかい? 洞窟はどこも似たような景色で道を覚えてないんだ」
ココにお願いして、僕は再び試練の間へ急行。
キュアソードは僕が意識を失った瞬間に消失していたようで、【試練の間】への道すがら『出ろ』と念じると、七色の輝きと共に僕の手に出現した。
そうして剣を片手に【試練の間】の扉を開けた僕は、辛うじて肌着が残っているだけの、上半身がほぼ丸裸になった由梨ちゃんを発見。
「由梨ちゃん!?」
「――おじさん? 目が覚めたんですね」
「ここでなにをしてるんだ? どうしてそんな格好に――?」
「来ないでください」
上着を着せるつもりで歩み寄ろうとした僕に、彼女は言う。声音だけを聞くと、まだ怒ってるっぽい。
「わたしは怒りに我を忘れて、おじさんを殺りすぎました。これはわたしなりのケジメです。【試練の間】で、鳥さんに相手をしてもらって、自分の精神を鍛えてるんです」
また【ヤ】が漢字に……。
「だ、大丈夫だよ由梨ちゃん。僕はこの通りピンピンしてる。いけないのは君じゃなくて僕だ」
「わたしもいけません。わたしがあなたの身体をぐちゃぐちゃになるまで殴らなければ、貴重な時間を丸一日分も無駄にすることなんてなかったんです」
ぐちゃぐちゃになるまで殴ったの?
ホラー展開じゃん。
「そ、それじゃあこうしよう。僕は今後、嫌らしいことを考えないようにするから、君も僕をぐちゃぐちゃにしないように気をつける。これでお相子でしょう?」
「……わかりました」
なんとなく頬が膨れてるように見える。彼女なりの反省って話らしいから、僕ではなくて自分自身に怒ってるのかもな。
「王様に挨拶して、先を急ごう」
「――はい。小鳥さん、お世話になりました」
由梨ちゃんが【試練の間】の奥に向かってお辞儀をした。
暗闇に目が慣れてきて今気づいたが、長方形をした石台の上に、黄色い小鳥の姿があった。
「俺からの攻撃を身に受け続け、痛みに耐える修行とは、見上げた精神力だったぞ」
と、由梨ちゃんを称えた小鳥は、衝撃の一言を言い放った。
「今後はここに居残っても暇なだけだし、由梨の心意気に免じて、お前たちの使い魔として旅に付き従ってやろうではないか」
「僕たちの仲間になってくれるんですか!?」
「お前のではない。由梨の仲間だ。俺は由梨のための使い魔となるのだ」
どうやら僕は小鳥から嫌われているらしい。まぁ、昨日由梨ちゃんに事案をやらかしちゃったから無理もない。
「あ、ありがとうございます……」
戸惑いと歓喜が混じったような表情で、由梨ちゃんは僕に耳打ちする。
「どうしますか? 小鳥さんが来てくれるなら、高いところからの偵察や情報収集をやってもらえるかと思います」
「向こうが君の使い魔になってくれるというのなら、お言葉に甘えていいんじゃないかな? 今後頼りになる場面はきっとあると思うんだ」
「なら、おじさんも気を引き締めてください。今の小鳥さんはおじさんのことをあまり良くは思っていないみたいですから」
「確かに。失った信頼は今後時間をかけて少しずつ修復できればと思ってる」
「……俺は他の生き物の思考をある程度読めるから小声で話してもわかっちゃうぞ?」
そうだった。小鳥はそんな感じの能力を持っているんだった。
「し、失礼しました。是非とも、僕たちのサポートをお願いします」
と、僕は由梨ちゃんと並んで頭を下げた。
「いいだろう」
言って、小鳥は羽ばたき、由梨ちゃんが差し出した手のひらの上に着地した。うん。何度見ても愛くるしい鳥だこと。
「俺は石に姿を変えることができる。普段は小さな石として、由梨の装飾品となろう。そうすれば目立たず、荷物になることもなく付き従うことができる」
小鳥はそう言って、黄色く淡い光を放つ石に変身。これなら宝石に見なくもない。
「石になっている間、俺は主に眠りについている。故に、助けが必要なときは石を強めに擦って呼びかけろ。そうすれば起きて、元の姿に戻る。では、おやすみ」
そうして小鳥は眠りについた。
僕たちは足早に【試練の間】を出ると、ココの案内で寝床に戻り、由梨ちゃんのボロボロの制服が自動修復されるのを待つ間に荷物をまとめた。
そして王の宮殿へと坂道を登り、ドアド10世に無事剣を入手したことを報告。
「――おお! 手に入れたか! 昨日から意識不明だったから心配したぞ! 使い魔まで手なずけるとはな!」
と、ドアドは驚嘆したご様子。
「ご心配お掛けしてすみませんでした。ココさんが看病して下さったおかげですっかり元気になりました」
僕が言うと、ドアドは安心したように微笑んだ。
「そうかそうか! ココには後で褒美を取らせよう。して、お前たちはこれからどうする? 先を急ぐのか?」
「はい。至れり尽くせりで、何のお礼も差し上げられないのが恐縮ではございますが……」
「構わん。勇者の末裔に力を貸すことができて、儂は嬉しいのだ。スマホなる携帯式会話道具も手に入ったことだしな!」
ドアド曰く、昨日から今日にかけて、シーズから携帯の詳しい操作方法やオススメのアプリを教えてもらい、いろいろと使いこなせるようになったらしい。この洞窟はどういうわけか電波がよく入る。
シーズの方も、昨日からドアドに携帯の操作方法を教えるという名の休憩を挟みながら、ほぼ徹夜でミスリル鉱石の発掘に尽力し、見事に掘り当てたという話だった。
「――いやぁ、ビギナーズラックというやつを味わった気分だわ!」
僕らが王と話しているところへ、アドバイザー役のドワーフたちと一緒に土まみれになって戻ってきた
シーズが真っ白い歯を覗かせてニコニコ笑う。
「ドワーフ族は穴掘りの達人ね! つるはしとシャベルの使い方や身のこなしが気合に満ち溢れてる。一緒に掘ってると、なにがなんでも掘ってやるぞ! って、こっちまですごくやる気が出て来るの!」
「見つかってよかったな、シーズ。目標達成じゃないか!」
と、僕もシーズの明るい笑顔につられて笑顔になる。
「わたし達はこれから第一チェックポイントへ向けて出発します。シーズさんはどうしますか?」
「うーん……あたしはここに残ろうかな?」
由梨ちゃんの問いに、シーズはしばしの思量のあとで言った。
「でも、レースはどうするんだ? 制限時間内にチェックポイントの獣人の街まで行かないと、失格になるぞ?」
「あたしがこのレースに参加した目的は、ミスリル鉱石を手に入れるためだからいいのよ。それに、前からイメージしてたアイデアを実現するために時間を使いたいの」
「アイデア?」
由梨ちゃんが頭にクエスチョンマークを浮かべるかのように聞いた。
「パパの伝手で、あたしの家のラボから必要な道具をぜんぶ送ってもらって、ミスリル製のパワードスーツを造るの! あたしとドワーフ用にね!」
なるほど。ドアドに提案していたことを実現させるつもりなんだな。
「すごいな! 最強の金属でできたパワードスーツか……!」
僕みたいなオタクに限らず、多くの男性のロマンを刺激する単語が出てきたぞ!
「でも、レースに失格したら、本国へ退場しなければいけないんじゃ――?」
「ドアド国王の要請ってことにして、あたしがここに残れるようにうまく手配してもらってるから平気!」
自分のパワードスーツを暴走させて墜落するドジっ子のイメージだったけど、さすが天才的頭脳は伊達じゃないらしく、細かな配慮が抜かりなく施されている。
「パワードスーツを装着したドワーフたちが暴走して飛んでいくのは勘弁だぞ?」
「あれは失敗じゃなくて、ダメなパターンを一つ見つけただけよ。ああいうことがたまに起きてくれないと先へは進めないのよ? ドアド国王も快く許可をくれたし、心配には及ばないわ」
僕の茶化しに、自信満々といった様相で答えるシーズ。
どう育ったらそんなに前向きに生きられるんだろう?
「――それなら僕としては、開発がうまくいくことを祈るだけだな」
「任せておいて? スーツが出来上がったら、あなた達のピンチに助けに行くこともできるわ! あなたに川で助けてもらわなければ、あたしはここに居なかったかもしれないわけだし。感謝してるのよ? それに――」
ここでシーズから驚愕の言葉が。
「あなたがダメもとで頼んだ第七艦隊の指揮権だけど、許可が出たわ。今日の午前8時を以って、あなたはアメリカ海軍第七艦隊の総指揮権の半分を取得済みよ」
「「――はい?」」
僕も由梨ちゃんも、思わず呆けたような声が出た。
僕が、第七艦隊の指揮官!? そんなことってある!?
「詳しくは外へ出るときに話すわ。見送ってあげる」
あまりにもぶっ飛んだことが起こっていて、思考が追い付かない僕はただ頷く。
「――兜守よ、旅立つ前に、儂とラインを交換してくれんか? 旅先で見たもの、聞いたものを儂にも教えてほしいのだ。なにせ穴暮らし故に、人間の友人がおらんからな。」
なんと、ドワーフ族を統べる王様からライン交換まで求められるという、思いもしない事態まで!
「も、も、もちのろんです! 喜んで交換させて頂きますでございますのです!」
日本語がバグるほどに、今の僕は現実離れした事態に震えている。
「あの、仮におじさんが第七艦隊の指揮権を行使して、艦隊の兵器や物資を使った場合、法律的にまずいことが起きるのではありませんか? あとでなにか費用を要求されるとか、逮捕されるとか……」
僕が懸念していたことを、由梨ちゃんが代弁してくれた。
「平気平気! 国防長官のパパはもちろん、大統領もレース実行委員会も公認してるからね! 携帯で自分のステータスを確認してみるといいわ」
平気平気なのか!
シーズに言われ、僕はガクブル震えながら携帯を操作。レース実行委員会の公式サイトにアクセスし、自分のステータスを確認する。
・レース参加者登録No.427
・氏名:家内兜守
・年齢:35歳
・種族:人間
・趣味:アニメ鑑賞、動画鑑賞、晩酌
・能力:アメリカ海軍第七艦隊総指揮権の半分を掌握
・戦闘力(予測):0
・SNSフォロワー数:88人
・所持ポイント:0
・所持品:標準装備
・状況:ドワーフの地下王国に滞在している模様
・レースへの意気込み:「なんてこったい」
……なんてこったい!
本当に艦隊の指揮権を得とるやないかワレ! 思わず意気込みを改定して上書き保存しちゃったわ!
「――こ、こ、この権限を使ったら、ど、どんなことができるんだ!?」
言葉につっかえながら、僕はシーズに問う。吃音症に悩むココの辛さがわかるよ。
「そうねぇ、支援物資を送ってもらえたりとか、空爆してほしい場所を指定して空爆してもらうとか、ヘリコプターや戦闘機を飛ばして支援してもらうとか、いろいろなことができると思う!」
そんな権限を一般人で無職で引きこもりでブスでデブの僕に半分もあげちゃっていいの?
総指揮権の残りの半分を持つ国防長官が許可を出したら、僕の要求が通っちゃうんだよ?
「……神様」
僕は呟いた。人は、自分の器では受け止め切れない事態を前にすると、祈りたくなるものなのですね。
「――なにを恐がっておる、兜守よ。顔が真っ青だぞ?」
ドアド国王にいらぬ心配を掛けてしまった。
「い、いえ。だ、大丈夫です」
「そうよ兜守。ここは前向きに捉えるべきだわ! 今は4月12日の午前11時半。タイムリミットは残り6時間半。今日の18時には第一チェックポイントに到達して、GPS探知で委員会から承認を得る必要がある。徒歩ではもう間に合わないけど、第七艦隊のサポートを受ければ、簡単にクリアできるのよ?」
「……それはそうかもしれないけど、他のレース参加者からヘイトを買いそうで恐い」
「要は、軍の支援を受けられるという話であろう? なにを恐れる必要がある? お前はその資格があるのだから、堂々としておればよいではないか! もしお前に怒りを向けるような輩が現れたならば、この儂、ドアド・ベレーニン10世が許したと申し伝えよ!」
なにからなにまで、なんて良い王様なんだ。
「身に余るお言葉です」
僕は由梨ちゃんと一緒に深々とお辞儀をしてドアドに別れを告げ、見送りのココ、シーズと共に地上への道を登り始めた。