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兜守編 4月11日 その5 最初の試練


【試練の間】は、ドワーフキングの宮殿の奥にある隠し扉を開けて、真っ暗な階段をひたすら下りた先にあった。たくさんの明かりに照らされた暖かな宮殿とは一変して、肌寒い冷気が立ち込めている。


 先頭に立って案内してくれたココが松明で照らす先に、翼を広げた大きな鳥が彫刻された扉。

 

 鎖で厳重に封じされたこの扉の向こうが【試練の間】ということだ。


「な、何事もないことを、お、お祈りしてます」


 緊張している僕を見て自分まで緊張しちゃったのか、ガクブルと震えながらココが言った。


「破片の在処を教えてもらいにいくだけだから、大したことないさ」


 そんなココをあまり心配させないように、僕は大して気にしていない(てい)を装う。


 ココが鎖を取り外してくれ、僕が力いっぱい押すと、両開きの重い扉はゆっくりと奥へ開いた。


 荷物の中から厳選して持って来ておいたフライパンとナイフを構えた僕は、由梨ちゃんに目配せして【試練の間】へ足を踏み入れる。


 僕たちが入ったあとで、扉は独りでに閉じた。もう恐いんですけど!


 真っ暗な空間を照らすのは、僕が背中に斜め掛けした松明のみ。見える範囲は限られているが、天井も壁も見当たらないことからそれなりの広さを有していることがわかる。


 由梨ちゃんは手甲からワイヤーを引き出し、


「いつものフォーメーションで」


 と、僕の前に仁王立ちする。


「じゃ、お言葉に甘えて」


 由梨ちゃんの後ろに遠慮なく隠れる僕。


 しばらく進むと、ぼんやりとした暗い視界に、何かの石像が現れた。


 近づいてみると、それは扉に彫り込まれていた鳥の石像だった。


 石像は、直径2メートルほどの長方形をした石台(せきだい)の上に建っており、石台の中央には、何やら丸くて平べったい窪みがある。


 試練の間というくらいだから、何らかの体力的試練か、頭を使う系の謎解き試練が来るかと思っていたけど、以外にも簡単だった。


 要は、この丸くて平べったい窪みにメダルを嵌めれば良いんだろう。


「――これがその使い魔ってやつか? カチンコチンの石になってるのが、その封印?」


 僕は言いながら、メダルをズボンのポケットから取り出す。


「もしそうなら、そこの窪みにメダルを嵌めれば解けるかもしれませんね」


 由梨ちゃんも僕と同意見みたいなので、さっそくメダルを嵌めてみた。


 すると予想通り、石像に変化が起きた。


 まるで熱をかけられて溶け出す氷みたいにして、石像の表面がドロドロと溶けて滴り落ち、恐らくはその鳥本来の姿だろう、黄色いヒヨコみたいな身体が露わになったのだ。


「伏せてください!」


 僕の右隣にいた由梨ちゃんが警戒を促す。


 彼女が屈んだのでそれに倣う僕の視線の先で、黄色い小鳥はちっちゃな羽を広げて石の台からピヨピヨと飛び上がった。か、かわいい。


 石像とその中身の見た目がだいぶ違う。


「俺を眠りから起こしたのはお前か? ――何者だ?」


 黒のしたつぶらな瞳でこちらを見つつ、小鳥が人の言葉を発した。かわいい見た目にしてはちょっとませた口調。音程は低めの、女の子みたいな声だ。


「ぼ、僕は家内兜守。勇者の末裔だ」


「勇者の末裔? ……おお! そうか! 来たるべきときに起こせという話だったな!」


 忘れとったんかい。


「あなたが、かつて仙人(せんじん)に仕えていたという使い魔さんですか?」


 と、ワイヤーを下ろして警戒を解いた由梨ちゃん。


「ああ、そういえばそんな頃もあったな。懐かしい……」


 この小鳥ちゃん、大丈夫かな?


「僕たちはかつて勇者が使っていた聖剣の破片を探してる。破片について、君が知っていることを話してくれないか? 魔族がまた勢力を盛り返して、世界を襲うかもしれないんだ」


「聖剣の破片? ……おお、あれのことか! 喜ぶといい。破片の一つは俺が預かっている」

 

 キタコレ!


 小鳥の頭がボケてないか心配したけど、一つ目の破片はあっさりゲットできそうだぞ!


「聖剣――つまり破片に触れられるのは勇者とその血族だけという話は知っているか?」


「ああ。そのように聞いてるよ」


 小鳥の問いに僕は頷く。


「では話が早い。試練に挑めるのは兜守と、護衛が一人までだ。破片に触れられるとはいえ、実際にそれをものにできるかどうかは別の問題。心して掛かるんだぞ?」


 あれ? 今、試練って言った?


 何事もなく破片を受け取れると思ったのに、不穏な方向に流れ始めたよ?


「ど、どんな試練を受ければいいんだ?」


「俺の異能によって、お前を異空間に飛ばす。そこで現れる【影】を倒し、お前の力を示してみせろ。そうすれば、破片はお前の手に収まることを認めるだろう。異空間では時間の経過が無いから、時を気にせず挑戦できるぞ」


「――それは逆に言うなら、試練をクリアしないと一生異空間から出られないということですか?」


 由梨ちゃんが聞いた。


「そうではない。降参するならそう叫べ。俺が戻してやる」


「なるほど。帰れなくなるわけじゃないんだな」


 ほっと胸を撫でおろす僕の横で、


「初めから降参する気満々じゃないですか。ダメですよ? わたし達は使命を果たすためにここに居るんですから」


 由梨ちゃんから厳しいお言葉。


「用意ができたら、この穴に飛び込め」


 小鳥が言うと、僕たちの足元に黒くて大きな渦巻きが発生。見た目はまさに、ゲームに出てくるワームホール。この穴に入ったら、異空間に移動するってわけだな。


「覚悟はできてますね? おじさん」


「できてないって言っても蹴落とすんでしょ?」


「もちろんです。わかってきましたね」


 由梨ちゃんはすごく可愛い笑顔で血も涙もないことを言う。


「…………」


「黙ってわたしを見てないで、お先にどうぞ。わたしが先に入ったら、おじさんがバックレる可能性がゼロじゃありませんからね」


 その手があったわ。だが時すでに遅し。


「大丈夫だよ。ちゃんと入るから――」


 僕は穴の前に立ち、深呼吸する。そして思う。この穴、深さはどれくらいだろう? 深かったら着地のときに足が粉砕される恐れが……!


「あの、由梨ちゃん? 万が一のために、君のワイヤーをこの部屋のどこか頑丈な場所に括り付けて、命綱にした方が――」


「つべこべ言ってないでさっさと入ってください!」


 由梨ちゃんを振り返った僕が言い終わる前に、彼女の鋭い回し蹴りが僕の腹にめり込んだ。


「ぐぇえッ!?」


 僕はくの字に折れ曲がり、ケツから穴に入る――もとい落ちた。


 護衛って守るべき対象に回し蹴りするものだっけ? 


「うわぁあああああああああああああ!!」


 穴に落ちた途端、周囲が闇に包まれ、落下時特有の浮遊感と臓器が竦み上がる感覚に見舞われた僕は、恐怖のあまり叫んだ。


 ほら穴深いじゃん! だから命綱を提案したのにィッ!!


 いずれ訪れる着地の激痛に備えて歯を食い縛る僕だったが、突如として全身を襲っていた落下の感覚が消えた。


 そしてふわりと、どこか堅くて平らな場所に両足がついた。


 目が闇に慣れて、辺りの様子がわかるようになっている。ここは円柱状の部屋で、一戸建ての家が三軒くらい余裕で入るほどの広さがある。


 すぐあとから由梨ちゃんが同じように降りてきた。


「――わたしの背後に立って警戒してください。なにが来るかわかりません」


 ワイヤーを展開しつつ、由梨ちゃんが言った。


 僕は言われたとおり彼女の後ろに背中合わせで立ち、ナイフとフライパンを構える。


 闇の中へ目を凝らす。今のところ動くものがいる気配はない。


 ――が、唐突に光が出現した。


 ダイヤモンドのようにキラキラした輝きに、思わず目を眇める僕。空間全体がその光で満たされ、再度目が慣れるにつれて光の正体が明らかになる。


「あれが、聖剣の破片――?」


 由梨ちゃんがつぶやいたように、僕たちが見つめる先――部屋の中央に、七色の光を放つ鋭利な形状の、宝石の剣とでも言うべきものが浮かんでいた。


『聖剣の破片は、それぞれが一振りの剣となって残存している。すべての剣を集めたとき、それらは一つに合わさり、本来の姿を取り戻す』


 頭上から小鳥の声が聞こえた。言ってることは荘厳なのに声が幼いからなんともいえない違和感がある。


「なるほど、そういう設定か……」


 破片は破片でも、まさか剣そのものの形を維持していたとはな。


「それじゃあ、あそこに浮いてる剣を取ればいいわけだな?」


『そうだ。ただし簡単にはいかないぞ?』


 小鳥がそう言ったときだった。


 部屋の中央に浮かぶ剣――その背後に、無数の影が現れた。その影は人の形をしていて、それぞれの手には剣やら斧やら、危ないものがたくさん!


『聖剣は勇者と伝説の鍛冶師、二人の異能によって創り出された。故に剣には自衛のための能力が備えられている。お前たちの前に現れた影は、剣の能力によるものだ』


「剣が僕を試すってわけか!」


「――おじさん、来ます!」


 由梨ちゃんが叫んだ瞬間、無数の影が一斉に襲い掛かってきた!


「うわぁッ!?」


 持っていたフライパンで戦うことなく速攻で逃げ出す僕。だめだ、ひたすら苦しいことから逃げることを習慣にしてきたのが、ここでも仇になってしまう。


「――覇ッ!!」


 由梨ちゃんが華麗で素早いワイヤー捌きで向かってきた数体の影を同時に切り裂いた。


 切り裂かれた影は砂が弾けるようにして爆散し、跡形もなく消え去る。


 由梨ちゃんはワイヤーを繰り出すモーションに、蹴り技や打撃技、更には相手が人型ということを加味しての投げ技を織り交ぜ、片っ端から影たちをやっつけまくる。


 運動不足の身体に鞭打って、短足を高速回転させて逃げ回る僕とは雲泥の差でかっこいい。


『――兜守。そんなザマでは、剣に認められることは叶わないぞ?』


 小鳥にもそんなことを言われてしまう。


 僕はいつだってこうだった。これまでの人生でも、このレースに参加してからも。


 身の丈に合ったことしかやってはいけないのだと自分に言い聞かせてきた。


『本当に、それでいいのか?』


 小鳥は問う。


 本当にそれでいいかって?


 ――嫌だよ。


 ――嫌さ!


 本当は僕だって活躍したい。誰かの役に立ちたい。そうして自分に自信を持ちたい。


 けど無理なんだ。運動も勉強も、努力してもうまくいかなくて、上には上が山ほどいて、いつもいつも蹴落とされて。


 若い頃みたいに必死に足掻いて、がむしゃらに努力するような年齢でもない。


 アラサーにもなると、挑む前からそれとなく結果が見えるようになる。


(どうせ※※になるに決まっているんだから、挑む意味なんてない。出過ぎた真似はやめておこう)


 そうして、物事の道理が理解できてくる半面、身体が弱り始めて、弱腰にもなってくる。


 それだけじゃない。世間体を気にして、がむしゃらに努力することが恥ずかしいことだと思うようになってしまったんだ。『今頃になって、そんなところでそんな努力をしているのか? 今まで何して生きてきたんだ?』と、非難と軽蔑の視線を浴びせられることを恐れて、何もできなくなってしまったんだよ。


 必ず痛い目を見るとわかっていて挑み続けられるほど、僕は強くなんかない。 


 そうして、もう放っておいてくれって、引きこもってきた。


 そんな僕が、どうしてこんなところにいるんだろうか?


 どうして運動不足の身体に鞭打って、汗にまみれ、ひぃひぃ言いながら異空間を走り回ってるんだろうか?

 

 僕の脳裏に、自室にカジュアルが押し掛けてきた記憶が蘇る。


 あのとき、僕は由梨ちゃんに、髭も髪も伸び放題で清潔感がないと言われた。


 居ても立っても居られなくなって、まず髭を剃った。


 そうして僕は思う。


 ――僕は、変わりたくてここにいるんじゃないのか?


「うわぁッ!?」


 背中に激痛が走った。走りながら一瞬振り返る。人型の影がすぐそこまで迫っていた。それも、でっかい斧――いや、あれは(まさかり)とかいう刃物! それを振りかざして今にも斬りつけて来そうだった。


 いや、きっと今僕は背中を斬られたんだ。背中が斜めに熱い! それが熱さではなく、痛みであると再認識するのに然程時間は掛からなかった。今自分の背中がどうなっているのか考えるのも恐いくらいに、ただごとじゃない状況だ!


「おじさんッ!!」


 由梨ちゃんの声。でももう振り返る余裕がない! またやられる! また背中をばっさりやられる!


 僕は痛い思いをするためにここにいるのか?


「――違う!」


 僕は一人の女の子すら守れずに、むしろ心配をかけて失望させるために、ここにいるのか?


「――違うッ!」


 本当は気付いてるんじゃないのか? それを認める決心ができていないだけなんじゃないのか?


「――ちくしょう!!」


「あぁッ!」


 そのとき、由梨ちゃんが叫んだ。僕に気を取られて隙ができてしまったんだ!


 由梨ちゃんは人型の影に殴られ、その場に倒れてしまう。


『お前は本当に、なにもできないのか?』


 小鳥の声。世界がスローモーションに見える。


『なにもできない人間が、この世にいると思っているのか?』


 ――僕は。


 僕は――ッ!!


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 方向を変える。苦難の方へ! 影がいる場所へ! 由梨ちゃんの方へ!


 影がその腕を振りかぶる。すると腕が突如変化して、鋭利な槍みたいに伸びた! 影の鋭利な腕が由梨ちゃんを更に攻撃しようと迫る!


 ――間に合えッ!!



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