兜守編 4月11日 その4 ドワーフキング
結局、シーズは鎧を外すことができないということでドワーフたちに通せん坊されてしまった。
まぁ、彼女の体裁を思えば、それでよかっただろう。
なので、僕と由梨ちゃんの二人がドワーフキングの前へ通される運びとなった。
王の名は、ドアド・ベレーニン。第10世だ。
豪奢でありながらも嫌らしさのない、洗練を極めた紋様が施された布の服の上に毛皮のマントを羽織り、金に煌めくブーツ、金の立派な冠をそれぞれ身に着け、長い歴史を持つ地下王国の君主然とした堂々たる佇まいに、僕も由梨ちゃんも圧倒された。
考えておいた最初の挨拶のとき、声が震えちゃったくらいだ。
「――では、100年ぶりの上陸ということか! 遠路遥々、よく来たな! 我が祖先の友――勇者の末裔よ」
久しぶりの客人に上機嫌なのか、由梨ちゃんから例のメダルを手渡されたキング=ドアドは豪快な笑い声を上げ、真っ白で健康的な歯を見せつつ歓迎してくれた。
重ね着で分厚い衣装越しに見ても、たくましく盛り上がった肩や胸回り、そして太い手足から、彼が相当に身体を鍛えていることがわかる。
レース実行委員会の公式サイトで事前に調べておいたのだが、ドワーフの身長は平均130cm前後。
しかし、ドアド・ベレーニン10世はもっと大きく見えた。
「――儂の身長か? 5フィートはあるぞ」
挨拶を済ませた後、まずは互いを知ろうという話になり、僕がどうにか頑張って、敢えてフレンドリーな言い方で「背、高いですねぇ!」と褒める意味も含めて言ったら、キングがそう教えてくれた。
確か1フィートが30センチくらいだから、5フィートだと約150センチ。由梨ちゃんより若干低いか、ほとんど変わらないくらいだ。
ちなみに、デブだのチビだの言われまくって生きてきた僕の背は158センチ。
しまった。若干僕の方が高いじゃないか。にも拘わらずドアドに「背、高いですねぇ!」とか、嫌味かよ。
幸いドワーフキングは石段を十段ほど登った場所に置かれたピカピカの立派な玉座に座っていて、現時点では僕よりもかなり高い位置にいるからバレていない。
「お前たちの言う【れーす】とやらをもっと詳しく知りたい。10日ほど前に、【れーす】の使いの者が参った故、多少の情報は儂の耳にも入っておるがな。要は競争の類なのであろうが、そんな中わざわざここへ参ったのだ、何か理由があるのだろう?」
僕たちが外の世界から来た人間で、旅をしていることをすんなり信じてくれたと思ったら、なるほど、レース実行委員会がちゃんと事前にアポを取ってあったのね。この分なら、他の国や街にも事情は伝わってるはずだから、怪しまれずにやれそうだ。
「そうなんです。ちょっといろいろと込み入った事情がありまして……」
と、僕は言う。聖剣の破片とミスリルを探していることを説明しないと。
「せっかくの客人だ。向こうで待機しておる友人も共に、酒でも飲みながらゆっくり話すがよい」
ドアドが指をパチンと鳴らした。すると、あらかじめいつ呼ばれてもいいように待機していたのだろう、広間の隅にあった横穴から数人の給仕が現れた。
いずれも白と銀が基調の、きっちりとフィットした服を身に着け、それぞれ手にしたお盆には、酒入りと思しき銀のボトルや食べ物を盛り合わせた銀の皿を載せている。
しかもよく見ると、みんな女性だ。ドワーフの女はあまり見た覚えがないから斬新な印象を受ける。
ドワーフの特徴の一つとして、きちんと手入れがされた立派な大髭があるけど、ドワーフの女性にはその髭が見当たらない。
少しだけ日に焼けたような薄い褐色の素肌がつやつやと輝いて、きれいなブロンドの長髪がふわりと靡いてる。
背丈は男のドワーフより一回り小さく、120センチ前後といったところ。まるで小学生の女の子に奉仕してもらってるみたいだ。……なにこの背徳感。
僕らの遥か後方で呆然と立っているしかなかったシーズも、ドアドが僕らへの警戒心を解いてくれたおかげで近づくことを許され、広間の衛兵たちも加えてみんなで食事をすることに。
「――お前はココだな? 彼らの案内、ご苦労であった。お前も食べていくがよい」
ドアドはなんと、この地下王国で暮らすすべてのドワーフの顔と名前を把握しているらしく、王の御前ということで兜を外していたココを手招きした。
「あ、あ、あり、がとうございます!」
頭と顔を覆っていた兜を外し、用意された長いテーブルにぺこぺこしながら着席するココ。僕の左隣だ。僕たちはココの顔をここで初めて見る。他のドワーフに比べて白めの肌。炎を映したようなオレンジの瞳に、同色のショートカットヘア。声もそうだが、顔立ちも中世的だ。それもかなり若い。年は由梨ちゃんと同じくらいに見える。まぁ、衛兵をやるくらいだから男であろうことは察しがつく。
上座のドアドは僕の右斜め前。由梨ちゃんが僕の真正面に座り、二人で上座の王を囲む形だ。
ココも髪の毛はブロンド。ただし短く切り揃えていて、声もそうだけど容姿も中世的だ。鎧を着たままで体つきまではわからないから、男にも女にも見える。
由梨ちゃんはお酒を飲むと具合が悪くなってしまうということにして、果実を搾ったジュースを出してもらった。ドワーフ族は赤子と幼少期を除き、年齢に関係なく酒を飲むらしく、未成年という概念が通じなかったのだ。
シーズの方は20歳ということで、僕と一緒にお酒を頂くことに。
僕たちの手には木製のビアマグが置かれた。日本ではビールジョッキと呼ばれているやつだ。
そこへ給仕が銀の蓋つきボトルから淡く黄色味を帯びた酒を注ぐ。
その酒は注がれたとたん、しゅわしゅわと小気味よい音と共に黄色い泡を生じさせた。
見た目はほとんどビールと変わらない。とても美味しそうだ。
「王様のお心遣い、感謝します! とても嬉しいです!」
と、普段はくだけた物言いをするシーズも、ドアドの前では畏まっている。
「――全員の手元に杯が行き渡ったところで、始めるとしようではないか。長らく代わり映えのない生活が続いておったところへ新たな出会いが訪れた。久々の宴ぞ! 儂らの出会いに栄光あれ!」
「オゥッ!!」
長机には僕らと一緒に、総勢10名ほどのドワーフたちが着いており、ドアドの音頭に合わせて叫んだ。
ドワーフも、酒で乾杯とか、歓迎会とか、やってることは人間と同じなんだな。
僕はビールに似たお酒を一口飲んでみる。
――うまい! のど越しが堪らん!! 疲れてることもあって尚更沁みるね!
炭酸的な成分があるのか、飲み応えもビールそっくり。名づけるなら【ドワーフビール】かな。
おつまみとして皿に並ぶのは赤色や紫色をした果実に、黒っぽい色をした肉に、オレンジ色をした魚の切り身。
「この切り身って、もしかして飛魚ってやつですか?」
「そうだ。儂の大好物でな。ぜひお前たちも食べてみるとよい」
まさかあの飛魚を実際に食す機会が訪れようとは! 確か刺身にするとサーモンみたいな味がするってネットに書いてあったけど、その味や如何に――!
僕はフォークで切り身をすくい、口へと運んだ。
表面を薄く炙ってあるらしく、香ばしさと塩気のある味だ。脂の乗った身が舌の上でとろけ、あっという間になくなった。
味は炙りサーモン、食感は大トロという、何とも贅沢な良いとこ取りの魚だった。
うまい! うますぎる!
ここで更にドワーフビールを一口。
くぅうううううう! 堪らん!
「この魚、今朝川で見かけたんですけど、空を泳ぐんですね!」
「飛魚だから当然だろう。お前たちの国にはおらんのか?」
僕の問いに目を丸くする王様。
「空を泳ぐやつはいないですね。この黒いのは肉という話ですが、何の肉なんですか?」
「それは時々やってくる旅の商人からいつも購入しているもので、海岸近くに生息する大型の獣の肉だ。【イカチニミウ】と言ってな、紫色の身が特徴なのだが、見ての通り火を通しているから黒い」
……これはあれや。海岸で鼻血ドラゴンが黒焦げにしたやつや。
「なるほど! ……うん! これはまた美味ですね! こんなご馳走、平民の僕には一生食べられそうにありませんよ!」
そうして王様と楽しくやりとりする僕の携帯がバイブした。さり気なく見ると、真正面に座る由梨ちゃんがラインを寄越していた。
『口調が砕けすぎです。勇者の末裔なんですから立場を弁えてもっとお上品にしてください』
『フレンドリーな方が好きだから楽にしていいって、彼が言ったんだから大丈夫だよ。僕もその辺は弁えてる』
料理に注目するフリで、テーブル下で指を動かす僕と由梨ちゃん。
『早く本題に入ってください。酔っぱらってる場合じゃないんですよ?』
『えー? 朝からたくさん歩いて疲れたし、ちょっとくらいいいじゃないのよ。ドワーフの王様と酒飲むなんて、本来は一生に一度も無いことだよ?』
ギリギリギリッ!
唐突に真正面から異音がしたので目を遣ると、目元に影が差した由梨ちゃんが微笑んだままフォークを片手で捻じ曲げていた。
「おお! 若き娘・由梨よ。お前は兜守の従者だそうだが、武芸の心得はあるのか? なかなかの力ではないか!」
ドアドは由梨ちゃんの静かなる怒りを一芸と勘違い。ドワーフビールを煽りながら豪快に笑う。
「――は、はい。そ、それなりに鍛えてます……」
話を振られ、緊張からか頬を赤らめつつ答える由梨ちゃん。
「それなりにってレベルじゃないですよ? 堅い石も握り潰しますし、腕力は怪獣並みです」
しまった! ほろ酔い気分で気が抜けて由梨ちゃんに失礼なことを言っちゃった!
恐る恐る由梨ちゃんを見る。よ、よかった! 聞き流してくれたのか、彼女の顔は満面の笑みだ。
そんな由梨ちゃんが口パクで何か言ってる。なになに?
コ・マ・ギ・レ。
「――ところで、国王陛下。この私、家内兜守は、我が誇り高き祖先がかつて魔王を打ち倒す際に使ったとされる聖剣――その破片を探しております。それについての情報を、陛下がご存じであればご教授願えないかと思い、こうして参ったのでございます」
僕は咳ばらいをして、本題を切り出す。まずは剣の破片についてだ。
「急に畏まってどうしたのだ?」
「あ、いえ、お気になさらず」
「ううむ、聖剣の破片か。儂は仔細を存じぬが、地底に眠る使い魔であれば有力な手掛かりを持ち得るやもしれんぞ?」
「地底に眠る使い魔、ですか?」
由梨ちゃんが僕からドアドへと顔を向けた。殺気から解放されてほっと息を吐く僕。
「かつて勇者の仲間の一人――仙人が使役していたという使い魔のことよ。我が王国の最下層には、【試練の間】と呼ばれている部屋があってな。そこに封印されているのだ」
段々展開がファンタジーじみてきた。けど、【試練の間】って響きは恐い。僕に何かしらの試練が課せられるパターンじゃないの? これ。
「つ、つ、つ――」
僕の隣でじっと話を聞いていたココが何か言いたそうだ。
「どうした? ココ。構わんぞ。ゆっくりでいいから申してみよ」
ドアドに言われ、ココは頷くと深呼吸し、
「――使い魔は、じ、自分で、自分を、封印したと、書庫の、歴史書で、読んだこと、あります!」
つっかえながらも、貴重な情報をくれた。ココは他人と話すのが苦手で一人でいることが多く、非番のときはよく書庫で書物を読んでいるのだそうだ。
「うむ。ココの言う通りだ。使い魔は来たるべきときに封印を解くようにと言い残し、自らを地の底に封じたのだ」
「来たるべきときというのは?」
と、さっきから貪るように食べまくっていたシーズが聞いた。無理もない。昨日から失神しっぱなしでものを食べていなかったからな。
「それは儂らも伝えられておらぬ。だが、きっとお前たちに関係のあることではないかと思うのだ」
王の言を聞いた由梨ちゃんが僕に目配せする。
携帯がバイブした。
『今のところ、有力な手掛かりは彼らの言う使い魔だけです。封印を解いて、直接聞いてみましょう』
『こわいです』
『細切れとどっちが恐いですか?』
『細切れです』
「――陛下。その使い魔の封印というのは、どうやって解くのですか?」
由梨ちゃんの殺気第二波に当てられ、僕はそう質問する。
「これを使うのだ」
ドアドは言って、さっき渡した金のメダルをテーブルの上に置いた。
ここで、そのメダルか!
「このメダルでどうするのかまでは、我らドワーフも与り知らん。あとはお前たちが【試練の間に】入って確かめてみる他あるまい」
「入る許可を頂けるのですか?」
と、由梨ちゃん。
「かつて我らは勇者に救われた。その恩を返す意味でも、協力は惜しまん。ただなぁ、そのぉ……」
ドアドはここでなんだか気まずそうに視線を逸らす。なんだろう?
「お前たちが手に持っているソレ、スマホってやつであろう? 以前ここへ来た使者に紹介されてな、実は一つ手渡されておったのだが、一度教わっただけでは使い方がイマイチよくわからなくてなぁ……」
ドワーフの王様にスマホ渡してたのかよ!
「その使者は金色の髪の美しい女だったんだが、その容姿と体型に儂らはメロメロになってしまってな、スマホの説明を聞いても全然頭に入って来なくてなぁ……」
そ、そんなお恥ずかしいことまで赤裸々に告白なさらなくても! しかも金色の髪の美しい女って響きに不穏な気配! 僕もどこかで会ってるような気配!
「スマホの操作なんて超簡単ですよ! あたしが教えて差し上げます! スマホの開発陣は人間心理を綿密に分析していて、誰でも使い易いように作ってあるんですよ!」
王様に恩を売るチャンスとばかりにシーズが言った。
「おお! そうかそうか! であれば、儂にできることはなんでもやってやろう! 【試練の間】に入ることを許す!」
「ありがとうございます! それとは別件なんですけど、実はあたし、ミスリルっていう伝説の鉱石を探してるんです。それについて、なにか知りませんか?」
ナイスだ、シーズ。王様の助けになると言ったあとで、すかさず自分の要求を添えている。
「ミスリルが欲しいのか? であれば、儂らの採掘場でごく稀にではあるが採れるぞ? あらゆる種族が欲しがっている最強クラスの金属鉱石で、希少性が高く、毎回高値で取引されているが、勇者一行のためとあらば、お前が掘り当てた分は譲ってやってもいい」
ドアドの言を聞いたシーズは目を宝石みたいにキラキラさせる。
「も、もし良かったら、スマホの操作方法をお教えしたあとで、採掘の許可を頂けませんか? ドワーフの皆さんが大変お得な、とても良いアイデアがあるんです!」
ドアドの交換条件のあとで、今度はこっちからも交換条件を出すシーズ。やり手ですな。
「その良いアイデアとやらを聞こうではないか」
「はい! 陛下の軍隊はどれほどの規模でしょうか?」
「儂の兵力か? 常備軍が800人ほど。招集を掛ければ2000にはなるであろう。それがどうしたというのだ?」
ドアドの質問に、シーズはしたり顔で答える。
「ミスリルは最強の金属鉱石。それを使って最強の金属を生成して、ドワーフ軍のためのパワードスーツを作るんです。パワードスーツというのは要するに、力が強くなって、防御力が格段に上がる強力な鎧です。すぐにはできませんが、開発に必要な道具が手元に届けば取り掛かれます!」
「なんと、お前にはそんなことができるのか!? だが、先ほど言ったように、ミスリルは非常に希少だ。滅多にお目に掛かれるものではないのだぞ?」
「必要なのはほんの少しだけ。欠片だけでいいんです。それさえあれば、あとは成分を分析して構成粒子のパターンを読み込んで、あたし専用の3Dプリンターでよよいのよいですから!」
よよいのよいなのか!
「何を言っとるのかよくわからんが、儂の兵たちがもっと強くなるということだな?」
「そうです! 最強の金属を使って最強のパワードスーツを作るのはあたしの夢でもあります。ですから必ず成功させます。あたしがこのレースに参加したのも、優勝ではなくてミスリルを手に入れることが目的だったので!」
悲願の達成に大幅に近づいたシーズは泣き出しそうなくらいに喜んでいる。
「――お前がそこまで言うのであれば、いいだろう。採掘場へ入ることを許そう」
シーズの思いを察したか、ドアドは承諾してくれた。
「僕たちのわがままをお許しくださり、ありがとうございます」
試練の間に挑むことも、採掘場でミスリルを探すこともお許しが出たのでお礼を言った僕は、由梨ちゃんと目を合わせる。
「それじゃあ由梨ちゃん。頼んだよ!」
「――おじさん?」
またあの口パクだ! 四文字の口パクだ!!
「あはは、嫌だなぁ由梨ちゃん。頼んだよっていうのは、シーズと一緒に待っててねって意味だよ」
由梨ちゃんが快くうなずいてくれればすべてお任せしたのに。
「いいえ。わたしも一緒に行きます。そのための護衛ですから」
と思ったら、由梨ちゃんの方から同行を申し出てくれた。
もうこんな僕みたいなダメおじさんじゃなくて、由梨ちゃんが勇者の末裔ってことでいいんじゃないかな? いい子すぎる。できた子とは由梨ちゃんみたいな子を言うんだと思う。
なんだか、堂々と『僕が行く』って言えなかった自分が惨めに思えてきた。
「それじゃ、あなた達が使い魔に会ってる間に、あたしは採掘場に行かせてもらっていい?」
「そういうことにしましょう。ミスリルが見つかることをお祈りしてます。わたし達も頑張りましょう! おじさん」
「う、うん……」
眉宇を引き締めた由梨ちゃんが言った。
こうして僕たちは食事のあとで【試練の間】へ、シーズは採掘場へと案内されることになった。