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兜守編 4月11日 その3 ドワーフの洞窟

 

 泳いだり飛んだりするわけのわからん魚を見送ってから一時間ほどで、僕たちは高さ数十メートル級の岩山にやってきた。マップによれば、あの岩山にドワーフ族が掘った洞窟があるっぽい。


「この岩山のどこかに、大きな洞窟があるはずだ」


 マップを見ながら、アズロットが言った。


 昨日の疲れが抜けない僕は早くも汗だくでヘトヘト。


 一方の由梨ちゃんは汗一つかかずに僕の前を進む。若いっていいなぁ。


 アズロットは元々強靭な身体だから涼しい顔。シーズはシーズで鍛えているのか、大して疲れたようには見えない。


 これは僕が最初にへばるパターンだ。運動不足歴30年の祟りだ。


 早いとこ洞窟を見つけて中で休ませてもらおうと、僕は岩山の裏へと移動する。そして、(くだん)の洞窟を発見した。


 穴の大きさは高さ2メートル、横幅5メートルくらい。想像してたより小ぶりだけど、よく考えたらドワーフ族は人間よりも小柄。だから穴も彼らの基準で掘るわけだからやや小さめになる。


「――ここのようですね」


 先頭に立つアズロットに並んだ由梨ちゃんが、そう言いつつライトで洞窟の内部を照らす。


 斜面を形成する洞窟内はごつごつと波打っているが、歩きに難さはあまり感じない造りだ。穴掘りのプロだというドワーフ族の業だな。


 これから僕たちはドワーフ族とご対面だと思ったらワクワクしてきた。同時に同じくらいの緊張感も出てくる。


 敵性は無い種族って話だけど、実際のところは会ってみるまでわからないからだ。


「一応用心はしておけよ? 敵と見做されたら厄介だからな」


 アズロットも同じ考えらしく、洞窟の入り口にどっかと腰を下ろして言った。


「あなたは来ないの?」


 というシーズの問いに、


「この図体だからな。さすがに窮屈だよ。この中で一番敵に見做され易そうなのも俺だしな。体格的な意味で」


 と、アズロットはバツが悪そうに答えた。


 アズロットには洞窟の外で待機していてもらい、由梨ちゃんを先頭にして、僕、シーズの順で洞窟の中へと入る。


「――なにか見えるかい?」


 僕は由梨ちゃんの陰に隠れながら聞く。


「まだなにも。もう少し離れてくれません? 耳がくすぐったいです。細切れにしますよ?」


 僕限定の敵性を持つ子がここに一人。


 忍者の修行で夜目が効くように訓練してるらしい由梨ちゃんがまだ何も見えてないんだ。僕に見えるわけがない。


「このスーツの動力が復活すれば、超明るいライトで照らせるんだけど、この状況じゃ自力でミスリルを探すのは難しいわね。ドワーフに情報を聞くしかない」


 シーズはさっきからミスリルのことで頭が一杯だ。


「変な虫がいなければいいのですが、こういう所って絶対出るじゃないですか、そういうの」


 由梨ちゃんは由梨ちゃんで心配事があるご様子。


 そのときだった。


「――ここには虫はほとんどいないぞ。我々が手入れをしているからな」


 声がしたと思ったら洞窟の両脇に突如炎が灯り、そこに小柄な人影が立っていた。


 由梨ちゃんがすぐさま動いた。人影は二つ。近場の人影に対してクナイを突きつける。


 しかし相手の方も斧を由梨ちゃんの首に向けており、膠着状態になった。


 たくましい体つきに、赤い顎髭と口ひげに覆われた顔。小さな黒目。角がついた兜をかぶり、全身を銀に煌めく鎧で覆うその姿は、まさしくゲームや映画で見たのとそっくり。


 ドワーフだ!


 洞窟の両脇にそれぞれ一人ずつ立つドワーフは、洞窟への侵入者を警戒するための衛兵だろう。


 しかし由梨ちゃんでも気付けないとはな。相手も気配を消すのが相当上手なのだろう。


「ぶ、ぶ、ぶぶ――!」


 もう一人の、由梨ちゃんと刃を向け合っているドワーフがなにやら(ども)る。


「ぶ、ぶ、武器を下ろしてください!」


 このドワーフは頭全体を覆うタイプの兜を被っているから性別はわからないけど、女性のような、それでいて少年のように中世的なアルト調の声だ。


ココ(、、)、落ち着け。無理はしないでいい」


 もう一方のドワーフが言った。吃ってるドワーフの名前はココというらしい。


「人間の小娘、武器を下ろせ。どこから来た何者なのか説明してもらう。でなければここを通すわけにはいかんぞ」


 このドワーフは大分落ち着いている。僕と同じくらいのおっさんっぽい声をしてるから、ココの先輩的な立ち位置に違いない。


「――わかりました。わたしは宵隠由梨。勇者の仲間――鬼人の末裔です」


 クナイを納めた由梨ちゃんに始まり、僕たちは身の上を話し、ドワーフの王様と面会したい旨を伝える。


「――お前が勇者の末裔だと? その体型で?」


 先輩ドワーフは僕たちの話を聞いたあとで、訝しげに僕を見た。


 デブですみませんね。


「証拠はあるのか?」


 そう問われて、僕は何の証拠も持ち合わせていないことに気付いた。


 カジュアルの話だと、勇者の聖剣に触れられるのは末裔である僕だけだって話だから、聖剣の破片が手元にあれば、それを触ることで証明になるのだが。


「……この辺に聖剣の破片あったりします?」


 僕は通行人に道を聞くみたいなノリで問うた。


「聖剣の破片というと、あの勇者が魔王討伐に使って砕け散ったという、あの聖剣の破片か?」


 この【スラジャンデ】でも、やはり勇者の話はよく知られているみたいだ。


「そう、それです」


「俺が知るか。破片がどうしたというのだ?」


「破片に触れられるのは勇者の血を引く者だけ。つまり僕がそれを触れば、勇者の末裔であると証明できるんです」


「今この場で証明しろ。でなければ王への謁見はダメだ」


「今ここでというのはちょっと……」


 僕が言葉に詰まっていると、


「わたしの国の元首からこれを預かってます」


 由梨ちゃんがバックパックから何やら黒い小箱を取り出し、先輩ドワーフに手渡した。


「――む?! こ、これは!?」


 先輩ドワーフがその小箱から取り出したのは、金色に淡く光るコインみたいなもの。


 松明の明かりに照らされて一瞬そのメダルの模様が見えた。


 五つの大きな花弁が規則正しく広がり、中央には卵みたいな形をした花弁が無数に存在している、花の模様だ。


「この地下王国にのみ咲くと言われる希少な花――ガルドネリの模様をあしらったこのメダルは、ドワーフの地下王国二代目国王――ドアド・ベレーニン2世が初代勇者に友情の証として送ったとされる金のメダルです。わたしはあなた方から信用を得るため、このメダルを王にお見せしろと命じられています」


「ううむ、確かにこのメダルの、慎ましくも輝かしい金の色合いは、我らが地下王国の鉱脈から採掘して得られるものと酷似している」


 すごい。輝き方の違いがわかるらしい。きっとこれがドワーフの特技だな。


「――そんなメダルあったんだね。ていうかどうしてそれを君が持っていたんだ? 初代勇者がもらったってことは、所有権は僕にあるんじゃない?」


 と、僕は由梨ちゃんに耳打ちする。


「何代目かはわかりませんが、おじさんのご先祖様が盗難防止のために政府に預けたと聞いてます。それが今回、わたしの手に預けられたんです」


「こ、こ、こ、――っ!」


 ココと呼ばれたドワーフがまた(ども)りながら何かを言おうとしている。


「ん? どうしたココ。今度は何を言いたいんだ?」


「こ、こ、この人、たち、悪い人間じゃ、な、ないと、思い、ます!」


 ココは僕たちへの警戒心を緩めてくれているらしい。


「その人の言う通り、あたしたちは何の悪さもしない。王様に会わせてくれたら、ドワーフ族にとって有益な施しをしてあげてもいいわ」


 黙って会話を見守っていたシーズが言った。


 先輩ドワーフはしばらくの間唸っていたが、僕たちの視線に押し負けた。


「――いいだろう。ココ、彼らを奥へ案内しろ。ただし、妙な真似をしたら斧で叩き斬れ。わかったな?

?」


「わ、わ、わ、わか、わかり――」


 こうして僕たちはココの案内で洞窟をさらに下り、15分ほどで第一層と呼ばれる開けた空間に出た。


 二階建ての家が丸ごと二軒ほど収まりそうな広さのそこは、壁面に複数の穴が掘られており、それぞれが居住区、武器庫、食糧庫、そして第二層への坂道となっているらしく、僕らは第二層へのらせん状の坂を下る。


「こ、こ、こ、――」


「え? なんだって?」


「この先、だ、第三層に、お、王様が、おられます!」


 たぶん、ココは吃音症(きつおんしょう)ってやつだ。確か症状としては、発生がスムーズにできなくて、最初の言葉を何度も繰り返してしまうというもの。


 かつてイギリス国王も同種の病で苦しんだとネットで見たことがある。この障害は訓練によって緩和できるみたいだけど、かなり大変っていう話だったはず。


 会社を解雇され、参加したくもないレースに参加させられて嘆いていた僕だけど、理不尽に苦しんでいる人は他にもたくさんいるのだと改めて思い知らされる。


「お、お、王様は、と、と、とても、気さくな方です。あ、新しいもの好きで、珍しいものにも、き、興味を、お持ちに、なります。め、滅多にない、客人です。た、旅のお話、た、たくさん、聞かせて差し上げるのが、よろしいかと、思います」 


 つっかえながらも、説明を一生懸命してくれるココ。


 一度声が出せれば、発生の後半はスムーズじゃないか。


「いろいろ教えてくれてありがとう。ドワーフは親切なんだね。ここへ来る途中、【妖精の森】でオークにあったんだけど、連中と来たら荒っぽくて酷かったよ」


 僕はお礼を言った。友好的な接し方を心がければ、ココも少しは話しやすいかと思ったんだ。


「お、お、お、オークが出たんですか!?」


「うん。酷いことをされそうになったから、懲らしめてやったよ」


「お、オークは、ドワーフとも、な、仲が、悪いです。お、大昔は、戦争も、していたと、聞いてます」


 と、ココ。


 基本的にオークを始めとする魔族は他の種族と喧嘩ばかりしているという話は本当みたいだな。


 僕たちはまた15分ほど坂道を下り、今度は第二層に出た。そこも第一層と同様に複数の洞窟が口を開けており、居住区その2、食堂、武器庫その2、食糧庫その2、下りの坂道その2などに分かれていたので、下りの坂道その2を進む。今度はらせん状ではなく、ジグザグに折れ曲がる形だった。なんでも、掘りづらい鉱石にぶつかって、そのような形状を取ったのだそうだ。


 そうして洞窟に入ってからトータル50分くらいが経過した頃、僕たちはドワーフの王がいるという、地下王国第三層へとやってきた。


 視界が一気に開け、照明の強さも格段に増した。


 たくさんの松明があり、石造りの立派な円柱がずらりと寸分の違いなく並び、十メートルはあろうかという高さの天井を支えている。


 そこは、学校の体育館くらいはありそうな広々とした大空洞――もとい宮殿だった。


 鎧をつけたドワーフの戦士の彫刻が施された柱を両サイドに控え、まっすぐに伸びる広い通路を50メートルほど行った先に、黄金色に光り輝く王座と思しき椅子が見える。


 柱と柱の間には、衛兵と見えるドワーフが立っており、何者が来たのかと視線をこちらに注いでいる。


 どこかに空調の役割を果たす穴でも掘られているのか、空気も思ったほどこもった感じはせず、違和感はない。


 大理石みたいに光沢感のある床はホコリ一つなく磨き上げられ、ココのブーツやシーズのパワードスーツの足音がゴツゴツと響く。


 ボクのブーツは比較的柔軟性のあるタイプでそこまで音はしない。由梨ちゃんはさすが忍者なだけあって無音で歩いてる。


「す、すごい! あの岩山の地下にこんな広大な世界があるなんて!」


 シーズが感嘆の声を漏らす。


 僕と由梨ちゃんは宮殿の迫力に圧倒されて言葉が出ない。


「――ぶ、ぶ、武器を、衛兵に、預けてください」


 ココが言うと同時に、両サイドからドワーフたちが歩み寄ってきた。


 僕は丸腰だが、念のため誤解のないようにバックパックを丸ごと渡す。


 由梨ちゃんは両腕の手甲を外してバックパックと一緒に預けてる。


 問題はシーズだ。


「おい、女。その夕日のような色をした妙な鎧を見せろ。仕込み武器がないか調べさせてもらう」


 と、ドワーフに言われてしまった。


「なにも危険はないわ。信じてくれない?」


「ダメだ。お前たちは王の前に出ようというのだからな」


 焦り気味のシーズに、


「――そのスーツ、電源が落ちてるって話だけど、もしかして脱げないのか?」


 と僕が聞くと、


「一応、手動でパージができるようになってるけど、一度外したら、次に装着するときは誰かに手伝ってもらわないといけないの。動力が生きてれば全自動で脱着できるんだけど、今の状態じゃ無理。だから脱ごうに脱げないというか――」


 ここで段々と顔を赤らめたシーズから衝撃の一言。


「身に着けてるの、下着だけなのよね。あたし」


 ……アズロット。あんた地上に残って正解だったよ。




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