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行間 4月10日 ルシフェイス


 ボクが目を覚ますと、そこは深い森だった。


 木の幹も木の葉も青み掛かっている。


 地面にも青い草や葉が豊富にある。落ち葉が多いということは、この森はこれから枯れていく段階なのか? 地球上に出現する前のこの森の環境がどんな状態だったかはわからないが、いろいろと奇妙だ。


 馬の姿がない。ボクとは別の場所に落ちたのか。


 バックパックを下にして落ちたのか、背中に鈍い痛み。生い茂る葉と枝と、地面の植物もクッションになったのだろう。ボクはかすり傷程度のダメージで済んでいる。


 段々と頭の中の整理がついてきて、ボクは恐竜にやられたことを思い出した。


「――くそ! こんなはずではなかったのに!」


 世界中にボクの力を見せつける絶好のチャンスだったのに、尾で吹き飛ばされるとは!


 ボクの両親は落胆しているだろうか?


 大企業の社長の父はすべての仕事を副社長に任せ、大学病院の委員長を務める母も同様に仕事を副委員長に任せ、カリフォルニアの別荘でシャンパンを飲みながらレースの生放送番組を見ているはず。


 ボクは生まれながらにして勝ち組の家計に生まれ、勝ち組の人生を歩んできた。だがまだまだボクは満ち足りない。ボクの人生はこのレースに勝つことによってより華やぐべきなんだ!


 このままここで立ち止まっていてなるものか!


果実大木の大収穫(ストロベリームーン)!」


 ボクは魔法を発動する。


 足元に土がある場所であればどこでも発動可能なこの魔法は、地面からいろいろな果実が生る木を急速に生やして、意のままに操ることができる。


 足元でぴょこりと出た芽がどんどん大きくなり、ものの十秒で身長185センチのボクを越え、更に高く太く伸びていく。


 ボクはうまい具合に木の枝に飛び乗る。1分後には周囲の木々以上に太く高い大木へと成長を遂げた。


 今回は大きめに生やした。森の上に出ることで、周辺の状況を確認するためだ。


 東の方角に、ボクが目指すべき山がうっすらと見える。その山の麓に、レースで最初のチェックポイント――獣人族の街があるんだ。


 ボクはマップを広げて現在地を確認する。ここは青い木々が特徴の【妖精の森】のようだ。


 次にSNSを開き、他の参加者たちが投稿した情報を漁る。


「――ふん」


 ボクは注目すべき投稿を目にする。揚陸艇で一緒だった、あの引きこもりみたいな名前の劣等遺伝子のものだ。


 奴の投稿したものは、キノコと一緒に映っている写真や、オークに醤油を飲ませたといった内容のもの。


 この森にはオークの集落があるらしい。


 しゃべるキノコに脅威は無いとして、問題はオークだ。


 遭遇しないよう、早々にこの森を出なければ。


 ボクの能力がもっと戦闘向きであればコソコソと弱者みたいな振る舞いをする必要もないのだが、これは受け入れるしかない。


 西の方には終わりが見えないほどに森が続いていることから察するに、ボクは森の東寄りにいるようだから、このまま東に一時間も行けば抜けられるはずだ。


 もう一度SNSを覗く。劣等遺伝子と少女の二人は何を思ったか、真逆の方向にあるドワーフの洞窟を目指しているらしい。そのまま道草を食っているがいい。ボクは先に進ませてもらう。


 他の参加者たちとの遅れを取り戻す。


 このレースに勝っていいのは、このボク一人だけだ!


「――なぁ、そこのあんた」


 ボクが勇んでいると、ふいに下方から声がした。


「んんッ!?」


 見れば、僕の腰の辺りに魚が! コイに似た黒い魚が宙に浮いている! 泳いでいるという表現の方が適切か!? いや、そんな表現云々はいい。な、なにが起こっているんだ!?


「この木に生ってる果物、あんたのものか?」


 魚はどういうわけか人の言葉を話している!


「そ、そうだが?」


 完全に動揺したボクは聞かれるままに返事をした。


「腹減ったから分けてくんね?」


 随分と砕けた物言いだ。


「あ、ああ。好きに食べるといい。ただし、この木の実は取ってから5分以内に食べないと消えるぞ。ボクの魔法によって出現しているものだからな」


 ボクは一応忠告してやる。


「わかった。ありがとよ」


 全長30センチくらいの魚は言って、ボクの足元から伸びる枝の先端に生った赤い果実に向かう。あれはりんごだな。季節外れではあるが、ボクの木に生る果実はそのどれもが旬な状態で美味しい。


 ちょん、ちょん、とその小さな口をりんごに触れさせる魚。ごく微量ではあるがかじっているようだ。


 この世界の魚は空を泳いで、果実を食べるのか!


「き、君はどうしてこんなところに?」


「おれ? たまにはちょっと違うところまで行ってみようと思って、いま住んでる川から冒険に来たんだ。でも朝飯食ってなかったから腹減っちゃってさ。本当は川にいた人間になにかもらっても良かったんだけど、随分とデカイやつがいて恐かったから話掛けられなかったんだよね」


 1を聞けば10を返す魚だな。


「君、この森にはオークがいるらしいんだが、連中はどの辺りにいるか知ってるか?」


 試しにボクは聞いてみた。りんごを食わせてやったんだ。リターンをもらう権利がある。


「オークっていうと、肌の黒い連中か? おれの仲間が、森の南の方で見たことがあるって言ってた」


 ボクはこの魚のお仲間が森の中を泳いでいる姿を想像する。シュールだ。


「南か。ボクはこれから東に行こうと思うのだが、危険なものがあるかどうか知ってるかい?」


「おれはわかんない。だって初めて来たんだもの。(わた)り魚とはいってもな、どこへでも行ったことがあるわけじゃないのさ」


 渡り魚……渡り鳥みたいなものか。


 ボクはふと思いついたことを言ってみる。


「果物を食べさせてやったかわりと言ってはなんだが、一つ頼まれてくれないか?」


「なんだ?」


「――この男についてなんだが、実はこいつは大の悪党でね。魚たちを次々に食べてしまうことで有名な危険人物なんだ。だから君がこれから行く先々で、出会う生き物たちに忠告して回ってほしいんだ。魚以外の生き物にもね。みんなの安全を守るために」


 ボクは携帯を取り出し、あの引きこもり劣等遺伝子の画像を見せながら魚の表情を窺うが、……全くわからん。


「この太った人間か? そんな血も涙もないやつなのか?」


「そうなんだよ。この人間の名前は家内兜守(いえのうちこもり)と言ってね。魚以外の生き物も殺して食べてしまう、雑食の悪党だって話だ。名づけて無差別暴食魔(むさべつぼうしょくま)だな」


「そいつは大変だ。おれが旅先で出会ったアイナっていう獣人に知り合いがいるんだけど、ついでにそいつにも伝えておいてやるよ。なにせ凄腕のハンターだからな。きっとその兜守ってやつを見つけたらやっつけてくれるさ」


 しめた!


「それは心強いな。ぜひとも頼むよ」


 こうして魚と別れた僕は自分の魔法で生やした木を退化させ、地面に降り立つ。


 ふふ、これであの劣等遺伝子はスムーズにレースを進められなくなったな。


 何かの間違いで負け組が勝つことがあっては堪らないからね。


 勝つのはこのボク。断じてあんな引きこもり野郎ではないのだ!





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