兜守編 4月11日 その1 アイアンレディの川流れ
昨日の夜、僕らは由梨ちゃんのアカウントでトータル15分の動画を配信した後、いろいろと精魂尽き果てて、由梨ちゃんはテントの中、僕は木の根っこを枕に、アズロットは見張りも兼ねて木の上というポジションでそれぞれ眠った。
結局、僕の【YOOTUBE】アカウントのチャンネル登録者数はほとんど伸びなかったが、アズロットと由梨ちゃんに関してはそれなりの反応があった。
アズロット:チャンネル登録者数=65万人。【いいね】の数=80万。
由梨ちゃん:チャンネル登録者数=2万人。【いいね】の数=3万。
僕:チャンネル登録者数=82人。【いいね】の数=3。【BAD】の数=836。
僕のこの、【BAD】前提みたいな評価よ。
容姿が悪くてネガティブってだけでこれよ。
チャンネル登録してくれた82名の方には感謝するべきだ。情けや同情、またはネタとして見てるだけかもしれんけど。ゼロじゃないだけマシだってアズロットも言ってたし。【いいね】はくれてないけどな。
ちなみにアズロットと由梨ちゃんのステータスを見てみると――。
・レース参加者登録No.4
・氏名:アズロット・アールマティ
・年齢:不明
・種族:人間族とドラゴン族のハーフ
・趣味:酒を飲むこと・食べること
・能力:竜騎王はかくのごとし
説明:超人的な格闘能力を発現できる・動物と会話ができる・ドラゴンに変身できる。デメリット=ドラゴンには1日1回しか変身できない。
・戦闘力(予測):100(MAX=100)
・SNSフォロワー数:80万人
・所持ポイント:SNS・動画合計=117万ポイント。
・所持品:標準装備を喪失
・状況:【妖精の森】を北側へ抜けた。レースに優勝しそうな人ランキング1位。
・レースへの意気込み:特になし
・レース参加者登録No.117
・氏名:宵隠由梨
・年齢:17歳
・種族:人間族
・趣味:特になし
・能力:鋼の意志
説明:異能によって出現する鋼のワイヤー。大抵のものを切断可能。
・戦闘力(予測):80(MAX=100)
・SNSフォロワー数:25000人
・所持ポイント:SNS・動画合計=37000ポイント。
・所持品:標準装備を所持。
・状況:【妖精の森】を北側へ抜けた。家内兜守と行動を共にしている模様
・レースへの意気込み:「使命を全うします」
・レース参加者登録No.427
・氏名:家内兜守
・年齢:35歳
・種族:人間
・趣味:アニメ鑑賞、動画鑑賞、晩酌
・能力:無能
・戦闘力(予測):0
・SNSフォロワー数:15人
・所持ポイント:SNS・動画合計=3ポイント
・所持品:標準装備を所持。
・状況:【妖精の森】を北側へ抜けた。宵隠由梨と行動を共にしている模様。多くの視聴者から殺意を向けられている。国へ帰ったら夜道を一人で歩けない。
・レースへの意気込み:「帰りたい」
この差はなんやねん。
僕、国へ帰ったら夜道を一人で歩けないの? そんなに嫌われちゃってるの?
それと、みんな何かしらの超人的スキルを持ってるのに僕だけ無能扱い。これがまた否定できないから悔しい。
アウェイ感が頂点。
と、考えればネガティブに偏るばかりでキリがないため、僕は二人が稼いだポイントで何が交換できるのかを、公式サイトの支援物資リストで確認してみる。
トータル120万と7000ポイントだから、一般的によく使われる日用品を始め、電池、時計、双眼鏡、懐中電灯といった小道具類から、大きなものだと車とか、狙えるものはそれなりにあるぞ!
どうやってその品物を僕たちのところまで届けるのかというと、基本的には空輸らしい。
それも、このレースイベントを主軸になって押し進めるアメリカを始めとした多国籍軍が全面協力しているって話だ。
ここまでの規模でお金掛けて、それでも利益が見込めるからこのイベントやってるんだもんな。すごいものだよ。
「――車があるってか!?」
僕が支援物資リストを口頭で読み上げると、アズロットが食いついた。
僕もまさか車まで用意されてるとは思ってなかったから気持ちはわかる。
「ああ。それも日本車の四駆だ」
「――ああ、こいつは映画で見たことあるぜ。スバルのインプレッサってやつだろ?」
「詳しいな」
「おい待て! GTRまであるじゃねぇか!」
アズロットは車好きみたいだ。
「その二台の車は何ポイントで交換できるんですか?」
「インプレッサが500万ポイント。GTRが1000万ポイントだな。単純に車体の値段に連動してるんだと思う」
「500万か。ならもうしばらく定期的に動画を上げ続ければ手が届きそうだな」
とアズロット。
「確かに。もし本当に車が手に入ったら、ドワーフの洞窟に寄ったあとでも、チェックポイントまで一気に進めますから、挽回てきる確率が上がります」
「それもこれも、君たち二人がいるからだよ」
と、僕は二人に礼を言う。
普通に考えたら、たった一度の動画配信で数百万のいいねを稼ぐのは簡単なことではない。再生数ならまだしも、それを高評価してもらうにはそれなりの創意工夫が必要だ。チャンネル登録者数が何百万人もいる配信者なら、固定ファンもいるからまだ叶い易いだろうけど。
それを、昨夜の一回の配信で既に百万以上の【いいね】を稼いだことの方が異常なんだ。このレースイベントが一時的に全世界で注目されているというのが最も大きな要因とはいえ。
「お前だって、まだこの先伸びるかもしれねぇぜ? 三人で頑張ればすぐだ」
「そうですよおじさん。そのための話題を増やすためにも、今日中にドワーフの洞窟に入りましょう」
こうしてモチベを上げつつの僕たちは、夜が明けた4月11日の朝、【妖精の森】を北西側へ抜けた。
東の空から朝陽が注がれ、開けた前方に広がる大平原を鮮やかな黄色に照らしている。
背丈50センチくらいの、稲みたいに綺麗な植物が広がるその平原を進み出した僕たちは、ほどなくして西の方に川を見出した。
ドワーフの洞窟はあの川を越えた西の先だ。
「ちょうどいい。あの川で顔でも洗おう」
と、僕。昨日は風呂に入ってないし、うまいこと隠して水浴びをするのもいいな。寒そうだけど。
川に出ると、その透明感に驚かされた。僕の地元の川はドブみたいな悪臭を放つ緑色をしていたが、それと比べると天国と地獄の差がある。
陽光を受けてサラサラと輝く水面の底には、魚類と思しき生物の姿も見られる。丸くて可愛らしい頭はデッカイおたまじゃくしみたい。黒くて長い身体はコイを連想させる。
「見てください! お魚みたいなのが泳いでます! 尾びれと背びれがあります!」
「食えるかな?」
由梨ちゃんとアズロットが興味を示したので、僕はその生物を写真に収め、早速SNSに投稿。
『異世界におるんだけど、この生き物なに?』
とな。
すると、僕の呟きにしては意外と早く反応があった。
『魚』
それは十中八九そうなんだがな。
僕は仕方なくレース実行委員会のサイトを開き、開示されている情報の中にこの川の生物が含まれていないか検索してみる。
「――あっ!」
ここで由梨ちゃんが叫ぶ。
何事かと携帯画面から顔を上げる。なんと、川の中を泳いでいた生物が急に水面から飛び出したかと思うと、そのまま空中を泳ぎ出していた!
どうなってんの!?
お前どう見ても水生生物やないか! なのに飛ぶとかなんや!? 陸上生物だっていうのか!? 呼吸器はなんや!? お前そのまま空泳いどったら干からびるんとちゃうか!?
この状況に腰を抜かしそうになる僕と由梨ちゃん。だがアズロットだけは平然と笑ってる。
「はっはっは! 面白ぇやつだな! 昨日の恐竜より驚きだぜ」
検索結果は一件のみ。
【飛魚】
説明:なんか知らんけど飛んだり泳いだりする魚。トビウオが限界突破した姿だと信じる人もいるとか。皮膚呼吸と鰓呼吸とで使い分けて対応しているのだと思われる。食用可能。焼いても生でもいける。生で食べたらサーモンと大差ないらしい。知らんけど。
説明の適当さにもびっくりだよ! 大丈夫かよ委員会!
「……一応食べられるみたい。刺身にしたらサーモンみたいな味がするらしい」
と、僕が説明を読み上げるが時すでに遅し。
飛魚はなんとも楽しそうな元気さで川上の方へと泳いで――もとい飛んで行っちゃった。
「刺身ってあれか、日本のソウルフードか?」
「ソウルかどうかわからないけど、結構人気の日本料理だな」
飛魚を見送りつつ、僕はアズロットの問いに答えた。
「――とりあえず朝食はあとで考えるとして、顔でも洗おうか」
「だったら、おたくらは先に済ませておいてくれ。何か食えそうなものがないか、俺がひとっ走りその辺りを見てきてやるよ」
言って、アズロットは疾風のようなスピードで平原の中へと消えた。
僕と由梨ちゃんは少し距離を開けて並び、顔を洗ってうがいをする。
「カラカラカラ。ぺっ」
「ゴォガガラガガラアアアアッ!! ゴォエ!! オェエエエエッ!!」
ふう。こんなに綺麗な水で洗顔とうがいをすると爽快感が違うね!
ふと僕は視線を感じて由梨ちゃんを振り返る。
……え? なにその生ごみを見るような目。
「――どうしておじさん族のうがいってそんなに汚いんですか?」
ああ、なるほど。
「ご、ごめん。もっとお上品にやるようにするからさ」
あとおじさん族ってなに? おじさんは全員同じ括りなの? 僕のせいで由梨ちゃんの中で世界中のおじさんの印象悪くなる感じ? 世の中には紳士でお上品なおじさんもいるよ?
「気を付けてください。あんまり酷かったら、ハラスメント記録を付けていいと言われてますので」
「だ、誰から?」
「カジュアルさん」
「あの悪魔オンナめ! 僕をサポートしたいのか僕を貶めたいのかどっちなんだ……?」
「今の暴言もハラスメント追加ですよ?」
なんだか僕の肩の荷がどんどん重くなっていってる気がする。
「――すみません」
いつもの癖で、とりあえず謝る僕。
「わたしはこれから川下の方で水浴びをしてきます。おじさんはここで誰か他の人が来ないか見張っておいてください。もし覗いたりなんかしたら、わかってますよね?」
と、由梨ちゃんは目元に影の差した笑顔で言うと、川下の方へすたすた歩いて行った。ちょうど川が湾局していて、二十メートルほど下ると死角に入るのだ。
「わ、わかった。気をつけてな?」
僕は一応、彼女に警戒心を保つよう言っておく。僕が言えた口じゃないかもだけど。
「……暇だな」
僕は水筒に川の水を入れ、徐にシャツを脱ぎ、川の水でもみ洗いを始める。
アズロットは平原へ狩りに、由梨ちゃんは川下へ水浴びに、おっさんは川で洗濯。どこかの昔話で聞いたような流れだな。
そうして数分が経過したときだった。
「――ん?」
僕はふと、川上の方でちらつく何かを視界の隅で捉えた。
凝視すると眩しいくらいに、何らかの物体が陽光を受けて光っている。
生物があんな光り方をするとは思えない。
「なんだ……?」
僕は恐る恐る、その発光する物体が流れてきたのを目撃。
その正体は、どんぶらこ、どんぶらこ、と揺れる、白目を剥いて失神したアイアンレディその人だった。