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兜守編 4月10日 その5 『はじめての動画配信』

 

 アズロットと合流した僕たちは、それから半日ほど森を進んだ。


 カジュアルに強制された二週間の訓練で多少の体力トレーニングは積んだものの、実際に広大な森を長時間歩いたのは初めてなのでかなり疲れた。


 そうして夜になり、僕たちは手ごろなキャンプ地を決めてそこに腰を下ろすと、【YOOYUBE】やSNSを使っての情報発信についての話題になった。


 僕たちはキノコたちとの一件があって昼食を取っていなかったので、アズロットも含め乾パンを食べながらである。


 このレースは、自分たちの旅の様子を自分でネット上に発信して、視聴者=ファンを増やしながら進行していく。


 自分が発信した動画やSNSに【いいね】をもらって、その【いいね】1つにつき1ポイントが実行委員会から付与される。そのポイントを使って、旅に役立つ様々な支援物資と交換し、レースをより有利に進める仕組みだ。


 今朝出会ったルシフェイスが早速ポイントを使って馬を手に入れていたことから、ポイントで交換可能な品のラインアップはかなり豊富にあると推測できる。


 ちなみに、昼間に僕がSNSで投稿したしゃべるキノコの呟きは、トレンドで2位にランクインするほどの話題になっていて、1万を超える【いいね】やリツイートが付いていた。


『しゃべるキノコ……これはビジネスの匂いがしますぞ』


『キノピオの親戚かな? 色もなんとなく似てる気が……』


『ほんの一時間くらい前に鼻血出しながらしゃべるドラゴンが現れて大ニュースになってるのに、今度はしゃべるキノコか! 情報量多スギィ!』


『これは何がしゃべり出してもおかしくありませんな』


『木とか岩もしゃべるんじゃね? その辺にいない?』


『木の髭「呼んだ?」』


 といったコメントも付いてる。


 けど、由梨ちゃんが自分のアカウントで『これからレースです。緊張しますが、頑張ります』と呟いたやつには10万【いいね】。


 この差はなんや? 顔か? SNSのプロフィール画像の顔の差なのか? 僕の呟きはトレンド2位やぞ? なのにユーザーからの評価数は由梨ちゃんの『頑張ります』のつぶやきより少ないねんぞ?


 仮に、いや、確実に顔だ。であるならば、今夜動画配信をするなら僕以外の二人に頼むしかない。


「……動画配信、二人はやったことある?」


 僕の問いに、由梨ちゃんとアズロットは揃って首を横に振る。


 全員初心者だから、初めての動画配信ということになる。


 形式上、僕たちは同じレースを競うライバルということになっているので、


「どうする? それぞれの携帯で、三人別々で動画配信する?」


 と聞いてみた。


「わたし、裏で活動することの方が多くて、人前に出るのがとても苦手なんですよね……」


 家柄もあってか、由梨ちゃんは自分で自分を映して配信するという行為にはかなり抵抗があるっぽい。

なにせ現代版の忍者だからな。逆に目立っちゃったらそれはそれで後々問題になったりするのかもしれない。それでも彼女なりに、SNSに自撮り画像を上げるというハードルを乗り越えてくれてるんだし、それ以上の強要はできない。

 政府が認めた凄腕の忍者は、目立つのは専門外ってわけだ。


 僕だって、自分の顔をネット上に曝すという行為に少なからぬ抵抗がある。容姿を散々貶されて育ったんだ。そりゃトラウマにもなりますよ。


「なら、俺と兜守で配信して、お互いにポイントを稼いだ方が合理的だな。それで、俺かおたくら、どっちかがポイント的にピンチのときに助け舟を出し合うってのはどうだ?」


 生まれも育ちも性格も遺伝子レベルで違うのであろう、恐れを知らない感じのアズロットは、彼らしい提案を出す。


「そいつはありがたいな。食料や道具も兼ねて、協力関係を結ぼう!」


 僕の言に、由梨ちゃんも賛成の様子で頷く。


「アズロットさんの配信がどうなるのか気になります。なにせ、優勝しそうな人ランキング1位で、無条件で注目される話題性を持ってますから」


「確かに。チャンネル登録者数とか、爆上がりしたりしてな」


 由梨ちゃんの言う通り、アズロットはかなりの話題性を持っている人物。つまり彼が何らかの情報を発信すれば、飛びつく視聴者も大勢いるということだ。


「そう上手くいくか? 俺は単純に可愛い子が映ってるほうが()えると思うけどな」


 アズロットが言って、顔を赤らめる由梨ちゃん。かわええなァ。


「――おじさん、なんで鼻の下伸びてるんですか? キモイです」


 ヒドイです。


「……じゃあどうしようか? じゃんけんにする?」


「そういうことなら、わたしも参加しないと不公平ですよね……」


 と、由梨ちゃんも応じてくれる。


 三人同時に手を出した。


 由梨ちゃん : ぐー。


 アズロット : ぐー。


 僕 : ちょき。


 ――なんでやねん! 罰ゲームやん!

 

「ごめん、絵的に大外れの僕が映るのはさすがにまずいと思うから、やっぱり役者はアズロットがやってくれないか? 僕がカメラマンやるから!」


「構わないぜ。とっとと済ませて休もう」


 二転三転したものの、了承してくれたアズロット。彼とは焚火を挟んで対面に、僕と由梨ちゃんが座った。


 僕は携帯を構えて【YOOTUBE】にアクセス。ライブ配信の用意を整えた。


 焚火がいい感じに下からの照明の役割を果たし、アズロットの顔がより綺麗に見える。


「トークの内容はどうしましょう?」


「そうだな、――まぁ今日あったこととかを適当に話せばいいんじゃないかな? さっき他の参加者たちが投稿した動画を覗いたけど、みんな似たような感じのことやってたよ。まぁ、恐竜をやっつけたドラゴンが鼻血吹いたって話がほとんどだけど」


「み、見せもんじゃねぇんだがな」


 と、当時者のアズロットは恥ずかしそうに呟いた。


「では、この森であったことを中心にお願いできますか?」


 由梨ちゃんのプランでまとまり、早速配信スタート。


 僕が構える携帯を、力みのない堂々とした構えで見つめ、自己紹介するアズロット。


 僕は撮影しながら、映り具合や視聴者の人数、それからいいねやコメント等の反応をチェックする。


しいな : アズロットじゃん!!


です : 優勝候補のおでましか


よろ : 頑張ってください!


しく : チャンネル登録しました!


 などといった感じの、ポジティブなコメントが投稿されまくってる。いいぞ。 


 アズロットは森のオークたちについてを語り、動画のチャンネル登録者と【いいね】の数を順調に稼いでいった。


「――てなわけで、今夜はこれくらいにしておくぜ。明日か明後日か、また気が向いたときに配信するから、そのときは宜しくな! 事前にSNSの方で放送時間つぶやくからな!」


 そうして配信を終えたアズロットが稼いだ【いいね】の数、実に70万!


 チャンネル登録者数、55万人! 

 

 それも初めての配信なのに! 規格外スギィ!!


 生放送のレース番組が全世界共通チャンネルで昼夜問わず情報を発信し続けているから、常に注目の目が光っているということもあって、彼が動画配信を始めたという情報がもの凄い勢いで拡散したのだろう。


 図体もそうだけど、動画配信者としての伸び具合も規格外だ! 


 こんな凄い出来事を間近で見た僕は、早くも敗者のムード。


 別に競おうってわけじゃないけどさ、なんていうか、男の(さが)ってやつ?


 他人と比べがちなんだよな。


 とはいえ、由梨ちゃんが苦手な以上、僕がやるしかない。


 深呼吸して覚悟を決めた僕は、ライブ配信をスタートさせる。


「――ど、どうも。は、初めまして。レース参加者ナンバー427の家内兜守です。よ、よろしくお願いします」


 ぎこちない挨拶をする僕は、自分の携帯画面をチラリと覗く。


さかはや : 誰このデブなおっさんww


家具屋 : 唐突な放送事故で草


ねがろ氏 : 画面を汚すな


神石 : 人生に絶望して異世界転移したつもりなのかも 


書記 : きもい


うずら : 427ってwww


ミコ : おっさんのサムネ画像犯罪者みたいで草


 さっきのポジティブなコメントはどこへやら。ひでぇ言われようだ。


 おっさんにだって人権あるねんぞ!?


 誹謗中傷コメントに(とど)まらず、【BAD】ボタンがもの凄い勢いで押されていく。


 渡る世間は鬼ばっか!!


「えーっと、その、できるだけ頑張ってみようと思ってます……」


 ネガティブな反応に引きずられて僕まで暗い感じになってしまった。


 だ、ダメだ! チャンネル登録者と【いいね】が全然増えない!!


 カメラの向こうが恐い! 僕に向けられているであろう数多の視線が恐いぃいいいいいい!!


「――さ、さよならぁあああッ!!」


「お、おい!?」


 見守っていたアズロットが困惑の声を上げる。


 僕は裏声で叫ぶという半狂乱ぶりを披露して、動画開始1分足らずで配信を終わらせた。


「どうしたんだよ? 自己アピールほとんどしてないじゃねぇか!」


「いや、いいんだ。やっぱり身の上を弁えたことをやるべきだった。僕は配信者には向かないよ」


「――ダメです」


 由梨ちゃんにまで否定された。


「ダメだよな。は、はは」


 自虐的な、乾き切った笑いが零れた。 


「そうじゃなくて、諦めちゃダメだって言ったんです!」


「え……?」


「わたしも一緒に出ますから、もう一度配信しましょう! たったの一回うまくいかなかっただけで弱気にならないでください。あなたは諦めて逃げていい人間じゃないんです。世界の命運を背負えるような器をもった人間になるべきなんです」


 重いッ! たかが動画配信に掛かってるものがあまりにも重いッ!


 世の中、動画配信してる人なんてたくさんおるのに、なんで僕だけこんなに重たいの?


「――いや、もう一回やったところで変わらないよ。それに由梨ちゃんも苦手でしょう?」


「そんなこと言っていられないと今気づきました。わたしもまだまだ子供でした。それに――」


 由梨ちゃんは一旦言葉を切り、自分のぷにぷにのほっぺをパチンと叩く。

 

「やるのはわたしのアカウントを使ってです! お師匠に目立ち過ぎるなと言われてますが、頼りないおじさんをサポートするのがわたしの最大の使命! ほら、やりますよ!」


 な、なんて凛々しいのでしょうこの娘さんは!


 由梨ちゃんは僕の真横に腰を下ろし、携帯を操作して眼前に構える。僕の背中に手を回してちょこんとつまむ。まるでカップルの自撮りツーショット状態!


 2、3、5、7、11……。


 僕は素数を数えながら地獄が始まるのを待つ。


「初めまして。宵隠由梨です」


 始まってもうた。


「さっきはすぐに動画終わらせちゃってすみませんでした。家内兜守です」


 僕は由梨ちゃんと一緒に映っているという状況から、少しでも高評価につながるかもしれないという希望に縋る心理で、コメント欄に目をやる。


ブチャラ : 気になってた推しが初ライブ配信と聞いて


エンポ : 公式サイトのステータス見たけど、由梨ちゃんは未成年って本当!? そんな怪しいおじさんと一緒にいて大丈夫なの!?


リオ : 隣にいる豚はなんだ?


バァナ : 俺と大して変わらんアラサーのデブがこんな可愛い子連れて旅とか事案の臭いしかしない


キンクリ : 通報しといた


ジョタロ : 由梨ちゃん逃げて!


キラ : 由梨ちゃん大丈夫? おいらと結婚する?


ジョスケ : さっきのおっさんじゃんww 由梨ちゃんと一緒にいるとかそれなんてエロゲ?


スティッキィ : おっさんが異世界で女子高生連れ回すとか許さん。俺と代われ!


 渡る世間は鬼だらけッ!!


「――わたしたちには、今は詳しく言えないのですが、なんとしても成し遂げなければならない使命があります。その実現のためにも、視聴者のみなさんの支えが不可欠です」


 緊張と絶望のあまり消滅しそうな僕の隣で、しかし由梨ちゃんは凛として話し続ける。


「わたしたちは今、レースのチェックポイントは真逆の方向にある【妖精の森】という場所にいます。次の目的地はドワーフの洞窟です。これも真逆の方向にあります。わたしたちは()えて遠回りをしつつも、レースに勝ち残らなければいけません」


 ニキビ : 遠回りするメリットって、他のライバルが見落としてるお宝が見つかるとか?


 跡 : でもそれって絶対に見つかる保証ないだろ。例の異能ってやつをこいつらが持ってて、それで確信があるなら別だけど


 ケセヌ : 君たちたぶん今最下位やで


 つらみ :【マリカ】で逆走したあとで一位取りにいくようなもんだぞ? わかってるのかな?


 ヘルプ : 逆にこの状態で勝ったら、賭けた人が大儲けできるのも事実。今世界中で優勝者を当てるギャンブルが始まってるじゃん? それも公認のやつ。こいつらはそのダークホース枠


 トビカトー : 1000人いる参加者全員が推奨通りにライブ配信やるかは別として、ライバルが多い中で埋もれないようにするためにキャラ付けとしてわざと遠回りするハンデを取った勇気は買う


 きさる : キャラ付けで思い出したけど、この由梨って子が来てる制服は政府の特注品らしいぞ


 くろあみ : ダメージ受けたら破けて、そのダメージを受け流すってやつ。考えた奴出てこい。一杯おごってやんよ


 まりしてん : 逆に媚びてる感が半端ない。だから誰もチャンネル登録するなよ? 俺がするから


「みなさんの仰ることは(ごもっと)もだと思います。でもやらなくちゃいけないんです。どうかこのまま頑張らせてください。いつの日か、今わたしたちが抱える使命が何なのか話せる日が来ると思います。それまでどうか見守ってください」


 主に由梨ちゃんを絶賛するコメントの中には、否定的なコメント(主に僕)も散見され、僕たちの行動そのものに突っ込みが入ることもあるこの状況下で、しかし由梨ちゃんは逃げたりしない。


 しかも、敢えて遠回りする理由を伏せておいて、いつか話せるときが来ると言っておくことで、少なからぬ興味を集めようという配慮までしている。


「――僕からもどうか、よろしくお願い致します」


 由梨ちゃんの熱意と誠意に呑まれるように、僕は気付けばそう頭を下げていた。


 立場が逆じゃないか? 僕よ。本来、リードするべきなのは誰だ?




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