僕の蛇と桜
蛇やカニバリズムが無理な方は申し訳ないですがお引き取り下さい…
大丈夫な方はこのままどうぞ٩(ˊᗜˋ*)و
小学生の時、迷い込んだ森の中で僕は不思議な出会いを果たす。
※※
森の中に1本の大きな桜の木があった。
それは季節を問わず、満開に咲き誇るなんとも不思議な木だった。森の中で迷子になってしまった僕はそれを唖然と見上げた。
「わぁ…綺麗」
今は初秋、桜が咲くはずがなかった。
しかしその場所だけは常春のように暖かく不思議と安心する場所で、生来マイペースでのんびりした性格の僕は特に深く考えることも無くただ美しい景色に魅入った。
桜の根元まで近づき美しいその花を見つめながら僕はいつの間にか眠りについてしまった。
そんな僕を木の上からじっと見つめる何かがいるとも知らずに。
※※
チロチロと何かに頬を擽られる感覚に目を覚ました。
「ん…なに…?」
目を開けるとそこには見たこともないくらい大きな白蛇がいた。満月のように金色の美しい瞳に、陽の光を受けてキラキラと輝く鱗はとても綺麗だった。
「…わぉ」
人を簡単に丸呑みに出来そうな程大きなそれは、目が合うと1度桜の中に身を隠すと、直ぐに木の上からスルスルと降りてきた。
軽くとぐろを巻き首を傾げたその蛇は桜同様とても美しく、そして神秘的だった。不思議と恐怖は感じなかった。
何か言いたそうな蛇に僕は首を傾げた。
言葉が通じるとは思わなかったけれど、その知的な瞳に思わず声を掛けた。
「…えっと、こんにちは?蛇さん」
蛇も首をコテンと傾げるとペコッとお辞儀した。
…なんとも賢い蛇のようで、不思議なことに人の言葉がわかるらしかった。その様子になんだかワクワクしてきてしまって、思わず笑顔が込上げる。
笑顔を見せた僕の様子に蛇は瞠目し驚いているようだった。
動揺して、オロオロと首を動かしている。それがなんだか可笑しくて悪いとは思いながら声を上げて笑ってしまった。
暫くして漸く落ち着いた僕は、未だオロオロとしている蛇に声を掛けた。
「ね、蛇さんはここに住んでるの?」
逡巡したのに蛇はゆっくりと頷いた。
「1匹で?仲間はいないの?」
蛇はまたコクンと頷いた。
「それって寂しくない?」
蛇は、少しだけ項垂れたが今度は首を横に振った。
しかしその瞳はとても寂しそうで、悲しい光を称えていた。
口を開きかけた僕に蛇は尾の先で僕の胸をツンツンと啄いたあと、桜をチラと見上げてコテンっと首を傾げてきた。
今度は蛇が僕に質問してきたらしい。
「えーっと、なんでここにいるかってこと、かな?」
蛇は頷いた。
「えっとねー、今日は学校が休みなんだけど…叔父さんと叔母さんは仕事で家にいないんだ。そしたら何か暇でさぁ、丁度窓の外に視線を向けたら森が見えてね。探検してみよーかなって入ったらここ見つけたの。不思議だよね、今は秋なのにこんな綺麗に桜が咲いてるなんて…蛇さんはどうしてかわかる?」
蛇は何かを考えてるようだったが暫くしてフルフルと頭をふった。
「そっか、まぁいいや」
もうひと寝むりしようと横になった僕を蛇はじっと覗き込みツンツンと啄くと今度は森をチラリと見つめた。
「ん?帰らないのかってこと?」
コクン
「んー、まだいっかなぁ。どうせ僕なんかを心配する人なんていないし。いないことに気づいてすらないかもね。それに、なんだかここ落ち着くんだよね…」
蛇はやがてやれやれと言ったふうに頭を振ると僕の横でうずくまった。
「…蛇さんはなんで1匹でここにいるの?さっき君は寂しくない首を降ったけどさ本当は、寂しいんでしょ?僕は…寂しいんだ」
蛇はただ静かにじっとこちらを見つめていた。
心地よい風が吹き抜け、桜の花びらが宙を舞う。
「ねぇ、蛇さん。僕の話を聞いてくれる?僕の…自分勝手でつまらない、最低なお話」
蛇はその美しい瞳に暖かくて優しい瞳を灯すとゆっくりと頷いてくれた。
「ありがとう」
蛇から視線を外し、上を見上げた。桜の木々の間からキラキラと日差しが差し込みより一層この空間を美しく染め上げていた。
「…僕ね、実の母親を殺したんだ」
※※
小さい頃僕は母さんと2人で暮らしていた。
父さんは写真では見たことあるけど、会ったことは無い。
物心着く頃には既にいない存在だったし、生きてるのか死んでるのかすら僕は知らない。元々、興味なかったし。僕にとっての父さんはただの他人だったんだ。
でも母さんは違ったみたい。
父さんに似た僕を男として育てて、父さんのいない寂しさを紛らわせてたんだ。格好、仕草、話し方…全部父さんの真似っ子だ。
でもね、別に僕はそれでも良かったんだ。
それで母さんが安心するならさ。
でも…一つだけ。
名前を呼んで欲しかった。
父さんのじゃなくて僕の名前。
僕を通して父さんを見つめる母さんに…たまにでいいんだ、一瞬でよかった。僕自身を見て欲しいって思っちゃったんだ。
だから、あの時母さんに言ってしまったんだ。
「僕は父さんじゃないよ」って。
そしたら母さん、壊れちゃった。
男ですら無い僕を、父さんじゃない僕自身を見て半狂乱になった母さんは手当り次第に物を投げつけて、僕を殴って蹴って…首を絞めた。
痛くて苦しくて…でも、1番苦しんでたのは母さんだった。
僕があんなことを言ってしまったせいでボロボロ泣いて…
僕が母さんを泣かせてしまったことに目の前が真っ暗になった。
体の痛みや、首を締め付けられる苦しさなんかよりもその事実が1番僕を痛め付けた。
ごめんね、ごめんなさい。母さんごめんなさい。
泣かないで…もう、言わないから。僕を見て欲しいなんて言わないから、思わないから…父さんになり切って見せるから。
だから、お願い。もう泣かないで?
「ごめ、さ…ごめ、かぁさん…」
「違う。拓哉は私を母さんなんて呼ばない…拓哉、ねぇ拓哉どこ行ったの?私を置いてかないで…1人に、しないでよ」
母さんはそう言って、僕から離れていった。
押さえ付けられていた首を離されたことによって急速に空気が入り込み思わず噎せてしまった。
ゲホゲホと噎せる僕に目もくれず、母さんはベランダに出た。
「か、さん?」
思わず呼びかけると、母さんは心底不思議そうな顔をしていた。
「あなた、誰?なんで私を母さんなんて呼ぶの?」
「え…?」
「あなた…なんで、拓哉に似てるの?拓哉はどこ?あなた誰?私、私…あ、そう、だ。そうよ、探しに行けばいいのよ。もう待ってられないもの…拓哉、待ってて。直ぐに行くから」
「母さん?!まっ…」
咄嗟に手を伸ばすも、届くことは無かった。
母さんは、そのままベランダを乗り越えて姿を消した。
ドサッと重いものが落ちる音がして、下から悲鳴が聞こえる。
フラフラとベランダに近づき下を覗くと、底には血に染った母さんの姿があった。直ぐに階段を駆け下りて母さんの元に行った。
「母さん!!」
血に濡れるのも構わず抱きつけば、母さんは薄らと目を開けた。
「あ…母さん!母さん!」
死なないで、と必死に声をかけると母さんはふっと穏やかな笑みを浮かべ血に染ったその手で僕の頬を優しく撫でた。
「かあさ…」
「たく、や…」
それを最後に母さんは息を引き取った。
母さんは結局、最後まで僕を見ることはなかった。
※
その後、僕は母さんの妹だと名乗る人に引き取られた。
そこでは僕の事を父さんの名前では呼ぶ人はいなかった。母さんの妹…叔母さんと叔父さんはとても優しい人だった。
こんな厄介者でしかない僕のことを引き取ってしっかりと面倒を見てくれた。その優しさはとても有難かった、でも同時にとても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
僕には2つ上の兄と3つ下の弟ができた。
2人は叔母さんの子供で、僕の従兄弟に当たる。
彼らは突然現れた僕の事が気に入らないようだった。
それはそうだろう、家に厄介者がやってきたのだ。
それは彼らにとって異質で邪魔な存在だったのだろう。
叔母さんがいない時に散々罵倒され暴力を振られた。
「早く出てけよ、ここはお前の場所じゃねぇんだよ」
「兄ちゃんの言う通りだ。母さんたちも迷惑してんだからな!」
「…」
何も言わない僕に舌打ちをかました兄は何かを思い出したのか愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。
「なぁ…お前、自分の母親を殺したんだってな」
「え…?」
漸く反応を返した僕に彼は気分が良くなったらしい。
「お前の母親、ベランダから飛び降りたらしいじゃん。何が原因か知らねぇけど、でもさお前が殺した様なもんだろ?」
僕は彼らの言葉を否定できなかった。
僕があの時、母さんにあんなことを言わなければ死な
なかった。いつも通り父さんの代わりを務めていれば、母さんは生きてた。
そうだ…僕が、母さんを殺したんだ。
その事実は胸の内にストンと収まった。
「あはは、図星かよ!」
「うわ、まじかよ…この犯罪者!人殺し!お前が死ねばよかったのに!」
その時、部屋の扉がバンっ!と音を立てて開いた。
「あんた達何してるの?!!」
「「母さん!」」
叔母さんは咄嗟に僕を抱きしめると、従兄弟たちを叱っていた。その後ろには叔父さんの姿もある。
しかし、彼らの言葉は僕の耳を通り抜けていく。
ただ、従兄弟たち2人の僕を見る憎悪に染った瞳だけを覚えていた。
「…叔母さん」
「うちの子達がごめんね」
叔母さんは僕を痛いくらいに抱きしめて泣いていた。
泣く必要なんてどこにもないのに。
むしろ彼等には感謝してるくらいだ。
「いいんだ…本当の事だもの。僕が…母さんを殺したんだから」
その事実を知ることが出来たのだから。
※※
僕は一通り話終えると、1つ息を吐いた。
…少し、疲れたな。
「だから、今の家族は…本当の家族じゃないんだ。
叔母さん達は厄介者の僕にすごく優しくて、大切にしてくれるけど…でも、やっぱりあそこは僕が居るべき場所じゃない。僕はあの中では異端で…仲間はずれな存在。
別にそれはいいんだ。母親を殺した僕は一生その罪を背負って生きていかなくちゃいけない。家族を殺した僕に、新しく家族を得る資格なんてない。でも…なんでだろう。無性に寂しく感じる時があるんだ。
従兄弟達はともかく、今の両親はすごく優しくしてくれてるのに、可笑しいよね。なんでこんなこと思うんだろうって自分で自分が分からないや」
ふと蛇の方に視線をやると…蛇は泣いていた。
「え?!なんで泣いてるの?!」
静かに涙を流すその姿はとても美しく思わず目を奪われた。
蛇の目から零れ落ちるその雫が何だか勿体なくて、僕はそっと蛇の目元に口を寄せキスを落とした。
蛇の涙は、とても優しい味がした。
「…僕の為に泣いてくれてありがとう」
自然とそんな言葉がこぼれ落ちた。
漸く、蛇が泣き止んだ頃には既に日は傾き空は茜色に染まっていた。そろそろ帰らないと、さすがに叔母さんたちが心配する。
あの家に帰るのは…ちょっと、いや大分嫌だけれど仕方がない。
「今日はもう帰るよ…ね、また来てもいい?」
蛇は嬉しそうにその瞳を輝かすと何度も頷いてくれた。
「ふふ、またね」
僕は蛇に別れを告げ山を降りた。
あの空間から出た瞬間、肌を指す寒さに肩が震える。
そういえば、今は秋だっけ?あの場所は春みたいに暖かくて桜が咲いていたからすっかり忘れていた。
これは風邪をひかないように気を付けないといけないな
家に帰れば、従兄弟達は僕を無視する。
叔母さんは執拗に僕に構うから余計彼らとの関係は悪化の一途を辿っていた。
重苦しい空気の中、何時もならば無表情でなんの感情も表さないはずの僕はその日蛇を思い出して微笑んでいた。
※※
蛇と出会ってからゆうに5年がたった。
僕は今高校2年生になった。
「銀、こんにちわ」
奨学金のある学校に入り、一人暮らしを始めた僕は暇を見つけては蛇に逢いに来ていた。
今日から夏休み、バイトを多く入れていたがそれでも蛇に会う時間は無理やり作っている。
彼は僕の癒しであり、とても大切な存在だったから。
僕は出会ってすぐ蛇に名前をつけた。
ずっと“蛇さん”は呼びづらいし、名前を聞いたが僕には残念ながら蛇語は分からなかったからだ。
「うーん、目が満月みたいに綺麗だから月に関する名前がいいなぁ…あ、春月は?」
ここは常に春みたいに暖かくて、桜が咲いているからいいのでは?蛇は少し悩んだ後、首を横に振った。
「え、ダメ?じゃあ…朧月で、朧は?」
朧月も春の夜の月を意味する。これならどうだ?と聞くもまたもや首を振られてしまった。
なかなか、我儘な蛇のようだ…
その後も思いつく限り月関連の言葉を呟くも惨敗。
「十六夜、望月、満、盈月、最中、如月…」
なかなか首を縦に降ってくれない蛇にだんだん疲れてきてしまった。
「ねぇ、もしかして月は嫌?」
蛇は困ったように瞳をオロオロと宙にさまよわせていた。
「…僕の名前が“朔”で新月を表してるから…同じ月で揃えたかったんだけどなぁ…うーん、まぁいいか」
うーん、桜に蛇…月…。
蛇って確か…死と再生の表すんだっけ?
“死と再生”は“日食と月食”も表してたはず。
それで蛇って言うと…ウロボロス?
「イシュタル、オニキス、クロノス、シヴァ…」
全部別々の神話の神の名前だけど、どれも死と再生を司ってる。日本だと…アマテラスが近い、のかな?
「うーん、あとは…鱗が白っていうか銀だから…銀?」
もう正直、面倒くさくなって適当な名前をいえば蛇は嬉しそうに頷いた。
あんなに色々と悩んで考えてあげていたのに…結局見たまんまの安直な名前でいいとか…僕の苦労は一体…。
だが、蛇の嬉しそうなその姿を見てまぁ、いいかと思った。
「え、まじか…じゃあこれから君は銀ね。よろしく」
※
バイトが終わり、その日も銀に会いに行った僕は森の中で人に出会った。
森の中で人に会うのは珍しく、驚いてしまった。
しかも、その人は…かつて母にみせてもらった写真の父にそっくりだった。
「あ…」
声をかけるつもりはなかった。
しかし思わず出てしまった声にその人は僕の存在に気がついたようだ。
ゆっくりとこちらに顔を向けたその人は…血に汚れていた
顔、胸、足と順に視線を下げていくと、彼の手には大きな切れ味の良さそうなサバイバルナイフが握られ、足元には髪の長い恐らく女の人が横たわっていた。
呆然とその光景を見つめていた僕に、その人は面倒くさそうにガシガシと頭をかいた。
「あー、めんどくせぇなぁ」
彼はこの場にそぐわない程朗らかな顔を作るとゆっくりとこちらに近づいてきた。
「なぁ…ん?お前、なんか見たことあんな」
「っ、」
「まぁいいや、ちょーっとお兄さんのとこ来てくんね?大丈夫。怖くないよー」
頭の中で痛いほどの警鐘がなっている。
逃げろ!動け!と叫んでる。だが、体は何故かピクリとも動かなかった。
ただ、じっと彼が来るのを待っていた。
「…つまんねぇな、なんで逃げねぇの?」
僕の目の前で彼は止まると心底不思議そうな顔をした。
彼はスっと手に持っていた血に汚れたナイフを僕の首元に持ってくる。
自分自身、何故体が動かないのか不思議でたまらなかった。声も出ず、暫く耳に痛いほどの沈黙だけが落ちた。
漸く、出たのは自分でも驚く言葉だった。
「とぅ、さん…」
「は?」
無意識に飛び出たその言葉に彼は訝しげな視線を送ると、何かに合点が言ったのか嬉しそうに顔を綻ばせた。
「お前!なんか見た事あると思ったら紗枝か?!」
紗枝は母の名前だ。
「あいつ本当に産んだのかよ、マジかー。じゃ、何?お前俺のガキなの?え、やだ。感動の再会ってやつ?ウケるわーちょっと写真撮ってい?」
彼はそう言って僕の隣に並ぶと僕の了承を得る前に写真をとる。この状況に似合わない脳天気な態度に呆気に取られた。
「うわ、よく見たら俺に超似てんじゃん」
「あの…」
「な、な。あいつ今何してんの?近くに住んでんの?」
「は、母は…その、もう居ないんです」
「どゆこと?」
「母は…僕の母さんは、死にました」
母の死を告げるも彼の態度は変わらない。
寧ろ好奇心旺盛にその理由を聞いてくる。
無邪気なその様子はまるで子供のようだった。
しかし、その手には未だ大振りなサバイバルナイフに彼自身血に染っているという異様な光景が拡がっていた。
「え、マジで?なんでなんで?」
「僕が…父さんになれなかったから」
「?当たり前じゃん。お前は俺じゃないんだからなれる訳ねぇし。そもそも会ったのもこれが初めてだろ?」
その言葉を聞いて、僕の中で何かが壊れる音がした。
だけどそれを認めたくなくて勝手に言葉がこぼれ落ちた。
「…母さんは、ずっと貴方に会いたがってた。でも消息不明の貴方に会う手段はなくて…いつしか僕を貴方の代わりにしたんです。僕はずっと母さんのいい様に育てられてきました。それが僕にとっての日常で普通だった…でも…」
「でも?」
「…僕が、母さんを殺したんです。貴方になりきれなかった僕は…僕が!!僕は、人殺しなんです」
「へー、じゃあお揃いだな。俺も人殺し。ほら」
彼はヒラヒラと血のついたナイフを振る。
「そう、ですね…」
人殺しの親は、人殺しだったらしい。
僕はこの時漸く彼が本当に僕の父なのだと理解した。
「ところでさ、お前なんでこんなとこにいんの?」
「貴方こそ…母を捨ててどうしてここに?」
「俺は捨ててねぇよ?あいつが勝手に逃げたんだよ」
彼のその言葉がとてもじゃないが信じられなかった。
あんなにも父を求めていた母が自らそばを離れるとは思えない。どういうことだ?と彼を見上げれば、ニヤニヤと楽しそうな顔を浮かべていた。
その顔を見てゾクリとした悪寒が走った。
「え?」
「俺ね、普段人間喰ってんの。カニバリストってわかる?主食は人間なの。紗枝…お前の母親って元々俺のご飯だったんだよ」
彼は、何を言っているのか…?
僕にはその言葉が理解できなかった。
「紗枝に会った時、あいつ俺の事が好きって言ったんだよ。俺的には都合のいい女が釣れたーって思って家に連れ帰ったわけよ、本当はすぐに食うつもりだったんだぜ?
したらあいつ、何言ったと思う?
自分を助ける代わりに子供を差し出すからって命乞いしてきたんだよ。子供なんてどこにいんだよって言ったらお前の子供を今から身篭るから、産まれたらそれを食べればいいじゃないって、意味わかんねぇ事言い出してよ。
馬鹿じゃねコイツって思ったけどさ、まぁ面白い女だなぁってのと俺も自分のガキってどんな味すんのかなぁって興味あったからよその話に乗ってやったわけ。
で、いざ子供が出来たらあいつ逃げたんだよ。
わかる?お前は元々俺の食料として差し出すために生まれた存在なわけ。
それがどうして俺の真似させて育ててたんかはわかんねぇけどさ、馬鹿な女だよなぁ。アハハ!」
「は…?」
意味が理解できない。
彼は本当に何を言っている?
その時、ドスッと重い衝撃が走った。
ゆっくりと視線を提げた先、自分の腹に彼が持っていたサバイバルナイフが深深と突き刺さっていた。
「なぁ、お前は俺のガキなんだろ?あいつ、死んだ癖に約束通り俺にガキ差し出してきたって訳か?いいねぇ…お前は一体どんな味がすんのかなぁ?」
「かはっ」
「ねぇ、今どんな気持ちよ?食料として差し出されるために生まれて、父親の真似事をさせられる人生。
母親が死んでそれに解放されたと思ったら、結局は父親の糧となって死ぬんだ」
ズブリとナイフが引き抜かれ血がゴボゴボと溢れ出した
痛みと自らの出生の秘密を知り目の前が真っ暗になった。
彼の言葉が本当だとしたら
…僕は死ぬ為に生まれてきたってこと?
「なぁなぁ、その絶望に染った顔!もっと見せろよ!
いいねぇ…パパと最後に鬼ごっこでもするか?ほら、逃げろよ!早く早く!そんで…俺に喰われろ!!」
僕は父に押されてヨロヨロと足を動かした。
両親は僕を犠牲にするために僕を生んだらしい。
母は自らの命の為、父は己の食事の為に。
僕の存在理由は結局のところ彼の食料という事だ。
初めから僕の意志なんてものは関係なく、僕自身を見てくれる人なんていなかったらしい。ただ、利用するだけ利用して殺す為のおもちゃ…それが僕らしい。
そんな僕が生きてる意味あるのかな?
誰も僕自身を必要としてくれる人なんていないし…このまま父に殺されて喰われた方がいいのかも知れない。
元々、母はそのつもりで僕を産んだみたいだし…
僕が1人死んだところで悲しむやつなんて…
その時、ふと頭の中を何かが過った。
美しい桜の中で佇む1匹のおおきな白蛇…僕の大切な存在
あぁ、何故だろう?僕は今、無性に君に会いたい。
「っ、は…は…」
「あはは!もっと早く逃げなくちゃっ!すぐ追いついちゃうよ?」
無意識に、銀のいる方向へと足が向かった。
しかし、腹を刺され今も尚腕や背中を切り刻まれながらでは思うように進まない。
「おら」
「ぐっ!」
彼は遂に追いかけることに飽きたのか僕の背中を蹴飛ばし地面に転がすと上に股がってきた。
ぐいっと髪を捕まれ無理やり上を向かされた。
「血みどろだな。美味そう…いただきまーす!」
次の瞬間、彼は僕の肩に思いっきり噛み付いてきた。
「ぐ、ぅあぁ!!」
ブチブチと肉を引きちぎり咀嚼すると、彼は恍惚とした表情を浮かべた。
「…うまぁ、俺のガキ超うめぇ!何これ、今までで1番美味いよ!パパ嬉しい、ありがとな!食われるために生まれてきてくれてよ…あれ、なんだ。お前女だったの?」
痛みで意識が遠のき始めた僕には彼の言葉は届かなかった。彼は何を思ったのか僕の血に染ってベトベトの服を剥ぎ取り始めた。
「あ、胸もあんじゃん…女はさ、胸と太もも、それに子宮が1番上手いんだよなぁ。あ、やべぇ勃った。どうすっか
…自分のガキ犯しながら喰うのも美味そうだなぁ。でもコイツ死にそうだしな…うーん」
痛みで意識が朦朧とする中、見上げた空はすっかり夜の帳が落ちてまん丸の月が登っていた。今日は満月だったらしい。その美しい輝きは銀の瞳と同じだった。
「し、ろ…」
最後に、一目でいいから銀に会いたかったなぁ。
突然あの場所に私が行かなくなったら…あの子はどう思うんだろう?
また、寂しい思いさせちゃうかな…それは、嫌だなぁ。
でも…ごめんね、もう体が動かないんだ。
会いに行けそうにないや。
シロ…銀。
僕の大事な…
「うぉ!」
その時、僕の上に股がっていた彼の体は突然横にぶっ飛ばされた。
シャー!!
「デカ!なにあれ、蛇?!」
そこに現れたのは、月の光を反射してキラキラと輝く美しい鱗に、満月と同じ美しい瞳の白蛇だった。
※
銀は僕を守るようにその大きな体で僕を囲っていた。
「し、ろ…がね?ど、して」
彼はチラとこちらに視線をやるが直ぐに逸らしてしまう。一瞬見えたその瞳には深い悲しみと彼には似合わない憎しみに満ちていた。
「うわー、デカすぎだろ…てかそれ俺の!返せよ!!」
シャーー!!!
「シャーじゃねぇよ!俺のガキ返しやがれ!!」
僕の目には見えないけれど、彼らは戦っているらしかった。しかし、人を丸呑みに出来そうなほど大きな体躯を持つ銀には流石に叶わなかったのか、彼の呻き声だけが聞こえてきた。その後、バキッと何かをへし折る音も。
ゆっくりとこちらを振り返った銀は血に染っていた。
恐らく、彼を殺してしまったのだろう。こんな僕の為に。
白銀のいつも美しいその鱗は今は赤黒く染ってしまっていた。僕のせいで穢れてしまった彼の姿が酷く悲しかった
「ごめ、しろ…ぼ、くのせいっで…ごめ、ごめん、ね」
ボロボロと涙を流す僕の目元を銀はそっと口付けるようにして涙を舐めとってくれた。
それはかつて僕が銀にしてあげたものと同じ。
銀はその大きな体を繊細に操り僕をそっと抱き上げるとどこかに移動を始めた。やがて辿り着いたそこは、いつもと同じ季節問わず桜が咲く不思議な場所。
僕と、銀が出会った大切な場所。
桜の根元にそっと僕を横たえさせた銀はじっと僕を見下ろしてきた。
「さく、ら…」
いつ見ても、ここの桜は美しかった。
その傍らには今は血で汚れた僕の大切な銀。
最後に一目でいいから会いたいと思っていたがまさか本当に会えるとは思わなかった。
「しろ…あり、がと」
銀、僕の大事で…とっても愛おしい存在。
死にゆく僕の為に、死ぬ為に生まれてきた僕の為に涙を流してくれるとても優しい白蛇。
あぁ、今日は月が綺麗だね。
君にいっぱい言いたいことがあるんだ。
最後に、聞いてくれるかな?
「しろ、がね…すき」
「だいすき」
「あい…してる」
美しい桜の花びらに囲まれて、綺麗で優しい白蛇に見つめられて…僕は、とても幸せな気持ちだった。
息を引き取るその瞬間まで、彼に沢山沢山言葉を送って
最後は笑顔で僕は深い深い眠りについた。
※
白蛇の目の前には血に染ってボロボロの姿で息絶えた少女の姿。
彼女は、息を引き取る寸前まで蛇に言葉を残した。
『すき』
『だいすき』
『泣かないで?』
『笑って』
『生きて』
『ずっと、愛してる』
蛇は、一筋の美しい涙を零した。それは少女の口に落ちると、眩い光を発して少女を包み込む。
血に汚れた体は綺麗に清められ、白蛇と同じ白銀の衣装に包まれると彼女が愛した桜の中にそっと置かれた。
途端、蛇の体はみるみるうちに黒曜石の様な真っ暗闇に染まり瞳は血のように赤く染ってしまった。
蛇は、元々とても神聖な存在だった。一昔前までは蛇神として祀られていたが時代を経て信仰を失ってしまった。しかし、その力が弱まることはなく最近では己の神域へ籠るようになった。長い時間、その場で眠りについていた蛇は己の神域に何者かが侵入してきた気配に叩き起された。
それが彼女…朔だった。
普通の人間には立ち入ることはできないはずのこと場所に平然とした顔で迷い込んできた彼女は蛇を怖がること無く色々な話をしてくれた。
彼女自身の事や、蛇の知らない外の世界の話。
そのどれもがとても楽しくて、いつしか彼女のことを愛おしく思うようになっていた。
彼女と直接言葉を交わすことは出来ずもどかしい思いを抱えることもあったが、彼女は蛇の瞳を見て大体の感情を読み取ってくれるものだからそれほど会話に苦労したことは無かった。
彼女と出会ってどれほど経っただろうか?
この数年でみるみるうちに大きく、美しく成長した彼女に蛇は会う度に胸がドキドキと高鳴る思いをしていた。
彼女に会うの後楽しくて、何より幸せだった。
しかし、その幸せは長続きせず呆気なく崩れ去っていく
その日は、彼女が訪れる代わりに穢れた者が神域の近くに来ていた。体だけでなく魂まで淀み恐ろしく穢れたそれの存在は蛇にとって毒だった。
神聖な存在である蛇は少しの穢れでも直ぐに体調を崩す。
強い力を持つが、穢れには滅法弱い存在なのだ。
幸い、穢れたそれはこの神域に立ち入ることは出来ない…いや、そもそもここに立入ることが出来る存在の方が稀であるため特に気にしていなかった。
早くここから去ればいいと思っていた。
穢れの嫌な気配に蛇は一眠りすることにした。
しかし、それが後に蛇にとって大きな後悔をもたらす。
目が覚めた時、何故か穢れと少女の気配がした。
少女の魂の気配はいつもと違いとても弱々しいもので…嫌な予感がした蛇は一目散にその場に向かった。
そこで見たものは、血に染まりボロボロの姿で横たわる愛しい彼女の姿だった。
瞬間、怒りに支配された蛇は恐れていた穢れをものともせずに弾き飛ばしその首をへし折ってやった。
そのせいで、蛇は穢れてしまったがそんなことどうでもよかった。辛うじて息のある少女を抱えて神域に戻る。
しかし、蛇には傷を癒す力はもちあわせていなかった。
代わりに蛇は死と再生の力を司っていた。
一度死んで、甦らせることは可能だろう。
しかし、それは彼女が人を捨てることにほかならない。それに恐らく長い長い時間がかかることだろう。
恨まれたって、憎まれたっていい。拒絶されても蛇は彼女が生きているならいいと思った。蛇にはもう彼女を手放すことは出来ない。己の中にドロドロとした執着心が存在すること驚いた。
少女…朔は、苦しそうにしながらもその顔は何故か笑顔だった。幸せそうに微笑む彼女は、蛇に向かって『ありがとう』と呟いた。
なにが、ありがとう…だ。
己は彼女を、助けられなかったというのに。
こんなにボロボロになるまで気付くことすら出来なかった。だと言うのに…彼女は己を好きだという。
これから己は彼女を人では無くすというのに…。
目を閉じるその瞬間まで、己をじっと見つめ『愛してる』と呟いていた。彼女に己の言葉は届かないけれど、それでも…目元にキスを落とすことで気持ちを伝えた。
『我も愛してる。好きだ。朔、朔。…少し、眠れ。大丈夫、目覚めるその時まで…我はずっと傍にいよう』
言葉は届いただろうか?
いや、今は届かなくてもいい。
次に目が覚めた時、もう一度彼女に伝えよう。
その為に、どんなに時間がたとうとそばにいると決めた。
穢れてしまった蛇は、その姿を変えてしまったが…それでも彼女は己を変わらずに愛してくれることだろう。
目を覚ますその時まで、少女を守ろう。
この命に代えても、護りきって見せよう。
※※※
暖かい風が頬を撫でる。
さわさわと頬をくすぐるその感触に僕は目を覚ました。
司会いっぱいに広がる美しい桜の花に目を奪われた。
そっと、起き上がってみればどうやら自分は桜の木の上で眠っていたようだ。
見たことの無い白銀の美しい衣をまとった自分は一体なぜこんなところにいるのか…?
それにしても、なんて綺麗な桜なんだろう。
上に視線をやると今は丁度夜らしく空にはまん丸のお月様が顔を覗かせていた。
どうやら、今日は満月のようだった。
ぼーっと見上げていると、下の方でガサッと音がした。
視線をそちらにやると、そこには大きな黒い蛇がいた。
人を丸呑みにできそうなほど大きなそれの瞳は驚きからか見開いていた。口は半開きで、なんとも間抜けなその表情に笑みが零れた。
黒曜石のように美しい鱗に、瞳は血のように真っ赤。
自分の何倍も大きなその蛇を不思議と怖いとは思わなかった。チラと脳裏に白銀の鱗に、満月のように美しい瞳の白蛇の姿が過った。色彩は異なるが、目の前の蛇によく似ているその姿に僕は全ての記憶を思い出した。
「…しろ、がね?」
『っ、朔!!』
蛇からは聞きなれない、低く艶やかな声が聞こえた。
それが誰の声かなんて関係ない。
僕は桜の木から飛び降りると今は黒く染った銀に抱きついた。彼は器用に僕を受け止めるとギュウッ抱きしめてきた。僕も負けじとこれを抱きしめる。
「シロ…なんか黒いね?」
『こ、これは…その』
「あれ、これシロの声?」
先程から聞こえる綺麗な声は目の前の彼から聞こえていた。以前はききとることが出来なかった彼の声がわかることに僕はとても嬉しかった。
『!そう、か…長い時間我の空間にいて神聖な気を浴び続けたから…』
ボソボソと何かを呟く銀に声をかけると何でもないと首を振ると彼は今にも泣きそうな目を向けてきた。
「シロ?」
『朔、おはよう…随分、お寝坊さんだったな。待ちくたびれたぞ』
「…ごめんね、銀。待っててくれてありがとう」
『あぁ…』
「銀、その姿もカッコイイね…好きよ」
『!!我、も…朔が好きだ。愛してる』
ボロボロと互いに涙を零すも僕らはずっと笑顔だった。
1度、壊れてしまった幸せはこれから紡ぎ直そう。
愛おしい彼となら、これからどんな事があってもやって行けるだろう。
僕はもう、母や父の為の存在じゃない。
死ぬ為に生まれた訳では無い。
きっと、僕は銀に会うために生まれたんだ。
だから、ありがとう。
…銀、愛してる。姿が変わろうと僕は君が好きだよ。
これからはずっと…共に生きよう。
僕らを祝福するように桜の花がヒラヒラと宙を舞う。
美しいこの場所で、僕らを見つめるのは綺麗な桜と月だけだった。
ここまで読んで下さりありがとうございました!