噂では婚約者は駆け落ちしたらしい
またまた続編書いてます。
いつものごとく殿下にパシられ4日ぶりに学園へ行くと、皆が俺を見てヒソヒソ。
一体何なんだ?
教室へ入ると、ざわつきが一瞬止まる。心なしか皆が哀れみの視線を向けてきている気がする。
本当に一体何なんだ?
とりあえず、気にしないことにして教室を見回した。俺のエリザはまだ来ていないらしい。
戻ってきたのが昨日の夜中だった為、丸々4日も会えていない。
早く来ないかな。
...エリザが来ない。
エリザが来ないまま授業が始まってしまった。
真面目なエリザは遅刻などしない。休む時は俺が心配しないよう連絡をくれる。
それなのに!エリザが来ない!!
授業が終わると俺は皇太子殿下の執務室へすっとんで行った。
連絡もなしにエリザが休むなど、あの男のせいに違いないと思ったからだ。
ゴンゴンゴン!荒いノックをし、返事のないまま、執務室のドアを開ける。
「エリザ、殿下、いるかーー!」
殿下もエリザもいなかった。
殿下のクラスにも、図書室にも、食堂にも、中庭にもいない。
エリザを求めて学園内を彷徨ったが、ふたりはどこにもいなかった。力尽きた俺は中庭の草陰に座り込む。後はエリザの家に行くしかない。
よし、すぐ行こう。今行こう。
立ち上がりかけた俺は聞こえてきた会話に動きを止めた。
「ディラン様はまだご存知ないようでしたわね、おいたわしい。」
「本当、まさか殿下とエリザ様が...なんて。」
「ディラン様はどうなさるのかしらね?」
「殿下がお相手ではね...」
「ですが、小説のようですわね。」
「えぇ、本当に。」
「皇太子殿下と駆け落ちなんて!!」
噂話をしていた生徒達はそのまま、きゃっきゃと立ち去っていった。
ディランは思わず放心した。
誰と誰が?
何だって?
かけ、かけ、かけっ...
「あるわけねぇだろうが!!!あんのクソ皇子!」
勢いよく草陰から立ち上がったディランは後ろから肩を叩かれた。
「おい、探したぞ。」
そこにいたのはディランと張る程機嫌の悪そうな顔をした皇女殿下だった。
彼女は皇太子の姉で、皇太子は昔から皇女に弱くに逆らえなかった。
なので、普段はなるべく近づかないようにしており、皇太子といる事の多いディランも皇女に会うことはあまりなかった。
それなのに自分を探していたとは随分めずらしい。
これは間違いなく今回の件だろう。
「皇女で...」
「バカか、お前、わからないのか!」
皇女はえらく低い声を出し、にじりよってきた。
「...俺だ。」
俺とは?
俺?
「え、(皇太子)殿下!?」
うわっ、皇女殿下にそっくりじゃん!気づかなかったけど、この人達そっくり姉弟だったのか!
「デカイ声を出すな、バカ者!」
「バカ者はあなたでしょう、何ですその格好は!いや、そんな事よりエリザだ。エリザと駆け落ちとはどういう事です!エリザはどこだ!?エリザを返せ!」
「落ち着け、説明するから。まずは執務室へ行くぞ。」
俺はおとなしく皇女な皇太子殿下の後に続いた。
「はぁ、さて。まずは...」
「エリザ」
「わかった、わかった。うるさいな。」
「エリザは姉上が連れていった。」
「皇女殿下が?」
「そうだ。」
事の発端は3日前の隣国の貴族を招いたパーティーだったそうだ。
皇女殿下は学園を卒業した後、隣国の王子の元へ嫁ぐ事になっていた。その為、隣国の貴族を招いてパーティーを催すことが多々あった。
そのパーティーの際、ひとりの令嬢がやらかしたのだ。
「皇女さまはなんとお美しいのでしょう。皇女さまが一番愛される事は間違いございませんわ!」
「一番?そちらの国は一夫多妻制ではなかったはずよね?」
「あ、いえ、あの、わが国で一番愛されると言う意味ですわ。」
「そう、それはありがたいわね。」
しかし、皇女はその令嬢の言葉とオドオドした態度で婚約者の王子に女がいるに違いないと、翌日こっそり隣国へ行くことにしたらしい。
恐ろしい行動力である。
そして、皇女は何かあった時のアリバイとして、弟を自分の影武者にし、誰にもバレるな見つかるなと皇太子を脅し、護衛役としてエリザひとりを連れ旅立ってしまったらしい。
なぜ、エリザを...!
最後に学園でエリザが目撃された時、隣に男装した皇女がおり、その後エリザと皇太子が急に学園に来なくなった為、あの男は変装した皇太子殿下で、ふたりは俺の留守中に駆け落ちしたに違いないとの噂が流れたそうだ。
皇太子は姉の暴走を止められず、皇帝夫妻にバレないよう城ではひとり二役をこなし、学園では姉として過ごしていた為、あの男は自分ではないと言えなかったらしい。
さすがにちょっと皇太子殿下が可哀想になった。頑張れ。
「では、俺はこれで失礼します。暫く留守にするので、呼び出しても無駄ですから。」
「まてまてまて、待て!」
「何です?エリザが俺を待ってるんですけど。」
「待ってるかは分からないけど、お前がそう言うだろうと思って、準備済みだ。」
「なんの?」
「ふふん、これを見ろ。」
殿下が取り出したのは一枚の招待状だった。
「これは姉上宛に来た、隣国のとある貴族が開くパーティーの招待状だ。参加の返事は出してある。エスコート役にお前を連れていってやろう。」
「え」
「さぁ、パーティーは5日後だ。荷物を用意しろ。すぐ出るぞ!」
女装した皇太子殿下をエスコートする大役をいただいてしまった。
辞退したいが、確かに隣国にツテのない俺がひとりフラフラ行くよりはいいだろう。仕方がないので、エリザに会う為に我慢することにした。
馬車に揺られる事3日、ようやく隣国へついた。
乗ってきたのは皇女殿下専用の馬車だ。大変乗り心地がよかった。
皇女殿下の馬車があるという事は、エリザ達はどうやって隣国へ行ったのだろうと思ったら、二人は馬で行ったらしい。
馬車で3日かかる隣国へ、女性二人で、馬で!!
エリザ、どうか無事で!
宿に着くと、殿下の部屋へ呼ばれた。
「お前ちょっとこれ着てみろ。」
殿下が取り出したのは真っ赤なドレスである。
「...絶対に嫌だ。」
「姉上は体調を崩された為、急遽代理で俺が来た。お前は俺の連れの令嬢ディランだ!」
いいから着るんだ、と無理矢理ドレスを着せられたが、俺は殿下より背が高かったので、ドレスがつんつくてんだった為、殿下は渋々諦めた。殿下より背が高くてよかった。
エリザと皇女殿下は今頃どこにいるんだろうか。皇太子殿下はあてがあるようだが、教えてはくれなかった。
真っ赤なドレスにド派手な化粧を施した皇太子殿下は、完璧に皇女殿下になりきっていた。
やはり俺より似合っている。
「殿下、大変お似合いですよ。」
すごい顔で睨まれた。誉めたのに。
皇女殿下の馬車で会場へ向かい、皇太子をエスコートする。
会場へ入ると、主催者らしい夫妻が出迎えてくれた。
「皇女さま、お待ちしておりました!このように遠いところまで、ようこそお出でくださいました。お連れ様はもうお見えですよ。」
連れ?もしかしてエリザか?
会場内を見回すと、見覚えのある男性が目に入った。
皇太子殿下だ。
という事は、あれは皇女殿下!エリザは?エリザはどこに!?
俺は殿下を連れ、皇太子のフリをしている皇女殿下へ近づいた。
「お久しぶりです、殿下。」
「ははっ、ディランか。怒るなよ、エリザは今ここにはいないよ。私の為に働いてくれてるんだ。」
「どこにいるのです?」
「怖い顔するなよ、すぐ会わせてやるから。悪かったよ。」
「姉上...」
「お前、この姿の私に姉上は止めなさい。後少しだけ、お前の姿を借りるよ。二人とも私の舞台を見ているがいい。」
皇太子殿下は、皇女殿下が変装してこのパーティーに来るだろうと予想していたらしいが、まさかその変装が自分の姿だとは思わなかったらしい。
もし、俺がドレスを着て、殿下が皇太子姿で来てきたら、本物はどっちだ事件になっているところだった。危なかった。
そんな事よりエリザが心配だ。エリザは何をさせられているんだろう。
「来たな。」
皇女殿下の視線の先を見ると、サラサラブロンドヘアのイケメンがいた。
イケメンは可愛らしい女性をエスコートしている。
「また違う女か。」
皇女殿下の方から物凄い低い声がした。
皇太子殿下も恐ろしいものを見てしまった、という顔をしていた。
皇女殿下は爽やかな笑みを浮かべてイケメンに近づいていった。
「サミュエル殿、お久しぶりです。」
「...貴方は!」
「可愛らしい方をお連れしているようですね。私にもご紹介していただけますか?」
「あぁ、こちらはアティーヌ伯爵家のマチルダ嬢です。本日はお父上からエスコートを頼まれましてね。」
「伯爵が王子にエスコートを頼むのですか。」
「えぇ、今回は特別でして。」
「特別ですか。確か、サミュエル殿は2日前の夜会でも違う女性をエスコートされていましたね。その次の日の昼は更に違う女性と腕を組んで街を歩いていたようですし、夜はまたまた違う女性とお楽しみだったようですが。」
「なっ...」
「サミュエル様、どういう事です?浮気なさっていたのですか!」
マチルダ嬢が詰め寄っている。
「おやおや、浮気とは。いけませんね。そもそもサミュエル殿には婚約者がいらっしゃるのに。」
「隣国の皇女の事ね?彼女とは国の為に仕方なく結婚するのよ。サミュエル様は私を側妃にしてくださると約束されているのです。貴方は誰なのです?随分と失礼ではありませんか?」
「可笑しな話ですね。こちらの国は国王であっても一夫一婦制だったはずですよ?」
「そんなの、法律を変えればいいのよ。サミュエル様もそうおっしゃっているわ。」
「おいマチルダ、何を言ってるんだ!出任せを言うな!」
「出任せとは可哀想に。キース!!」
キース?キースはエリザの弟の名だ。
「はっ。皆様お連れいたしました。」
入ってきたのは、若い男がひとりと数人の女性達。
男がチラリとこちらを見た。
エリザだ!
「エリ...ぶっ!!」
エリザに駆け寄ろうとしたところで、顔面に木の枝が飛んで来た。
エリザが投げたらしい。邪魔をしてはいけないようだ。約10日ぶりに会えたのに、冷たいよエリザ。
しかしどこから木の枝が...。
俺が木の枝に気を取られている間に、王子サミュエルはエリザの連れてきた女性達に詰め寄られていた。
「サミュエル様、どういうことです?」
「側妃は私ではなかったのですか?」
「こんなにいるなど、聞いておりません。私だけを愛していると仰っていたではありませんか。」
「何ですって?サミュエル様は私と愛し合っているのです。」
「いいえ、私です!」
すごい、カオス。皇女殿下はどうするつもりなんだろう。
「残念です、サミュエル殿。貴方のような不誠実な人に姉は任せられない。この私、帝国の皇太子ルーカス・セオ・ランカスターが皇帝に代わり、姉ネヴェア・S・ランカスターとサミュエル・アサル殿の婚約破棄を言い渡す!」
皇女殿下、皇太子殿下のふりして婚約破棄!!
「そんな、勝手に...、これは俺が父上に怒られるのでは...」
皇太子殿下が青ざめているが、皇女殿下があの王子と結婚する事はもうないだろう。
しかし、ここで王子がくいついてきた。
「お待ち下さい、いくらルーカス殿でもそのような事は出来ないはず。私とネヴィア様の婚約は国家間で決められているのですよ。それに、ネヴィア様の意思も聞いておられない。勝手過ぎるのでは?」
バリバリ皇女殿下の意思だがな。
「そうですか、姉上お出でください。そして婚約は破棄だとはっきり言ってください。」
「えっ」
突然振られた皇太子殿下は驚いて間抜けな声をだした。
皆が振り返り、皇太子殿下を見る。
「ネヴィア様...まさか、いらっしゃるとは。」
そう言って、王子がこちらにやって来た。
そして皇太子殿下の手を取り、見つめる。
「ネヴィア様、どうか聞いてください。すべては誤解なのです。彼女達は少し優しくしたら勘違いしてしまっただけなのです。私の妻はネヴィア様只お一人。私を信じてはくださいませんか?」
イケメンパワーすごい、普通の女なら、コロッと騙されるぞ!
しかし悲しいかな。相手は男だ。
皇太子殿下は鳥肌がたったらしい。
「ムリムリムリ!本当ムリ!」
全力否定である。
「姉上、はっきりいいなさい。」
「...婚約は破棄でお願いします。」
「よし、では我々はこれで失礼するとしよう。後日正式な書類を送る。君はお父上への言い訳でも考えておくんだな。」
そうして、主催者の夫婦に「騒がせて申し訳なかった。後日改めてお詫びさせてもらう。」と言って皇女殿下はさっさと会場を後にした。
会場から少し離れたところで、俺はようやくエリザを抱きしめられた。
それにしても男の子の格好でもエリザは世界一可愛い。似合う。新しいエリザ、いい。
「エリザ、会いたかった!」
「あらあら、大げさですよ。」
「ひどいよ、何の連絡もなしにいなくなるなんて!心配した。」
「あら?私、お手紙を書きましたのに。」
「手紙?届いてないよ、いつ書いたの?」
「5日前にこちらから送りましたのに...」
5日前って...、遅いよ、エリザ!
帰りは皇女殿下とエリザを馬車に乗せ、俺と皇太子殿下が馬に乗った。
3日も馬に乗りっぱなしで、着いた頃には全身ガクガクだった。暫く馬には乗らない。
「だから、私が馬に乗ると申しましたのに。」
数日後、皇女殿下の婚約は向こうの王子有責で正式に破棄された。
皇女殿下は「あー、よかった。前から気に入らなかったのよ、あの男。」だそうだ。
「新しい婚約者も探さなくっちゃ。またこっそり他国へ行くのもいいわね!」
と言ってエリザに同意を求めた。
「エリザはもう貸しません!」
あぁ、早くエリザと結婚して領地に引きこもって穏やかな生活をしたい。