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篠崎には花蓮さんの言う「胃もたれ」の概念が分からない

 12時のチャイムが、社内で鳴り響いた。

ランチタイムになると、花蓮さんはパパッと仕事を切り上げて

席を立つ。それをチラッと見て、篠崎も席を立つ。


挿絵(By みてみん)


 篠崎は今年、大学を卒業したばかりの22歳。短大卒の

花蓮さんよりも2歳年上だ。身長は165cmとやや高めで胸が大きく、

そして中学生の頃から滅茶苦茶モテた。篠崎自身もそれを自覚していて、

入社前には、絶対に女性が他にいない職場に就職しようと決めていたが、

花蓮さんも採用されていて、それを知った時には、正直病みそうなくらい

落ち込んでいた。


絶望する篠崎(どうしよう…私、女の子に嫌われたくないのに…

男の人には興味ないから気楽だと思ったけど、また男女関係で

面倒なことになったら最悪だよ…)


 だがそれは、花蓮さんのことをよく知る前の話。今の篠崎は、

花蓮さんとのランチが嬉しくて仕方がないのを必死に隠しながら、

彼女の向かいに座る。


ほんわかと微笑む篠崎「お疲れ様、花蓮さん」


おにぎりを飲み込んでから返事をする花蓮さん「お疲れ、篠崎」


挿絵(By みてみん)


 ふと、花蓮さんが篠崎を見つめる。篠崎は「?」と微笑んだが、

花蓮さんはおにぎりに視線を戻し、食事を再開する。


心の中で叫ぶ篠崎(えっ、今のなになに可愛すぎるんですけれど、

なんで私のこと見てくれてたの?ちょっとうちの飼い猫のガブルスも

似たようなことするんですけれど、つまり花蓮さんは猫?完璧に

可愛すぎるんですけれど今のなに、私に何かついてた?)


 興奮して呼吸が荒くなる篠崎が小さなお弁当を取り出し、

パカリと蓋を開けた。中身はいつもの、卵焼きにタコさんウインナー、

ふりかけのかかったご飯。


心の中で呟く篠崎(今日は金曜日!夜にいっぱい食べて、土日もたくさん

食べられるから、我慢、我慢…)


こっそりと尋ねる花蓮さん「篠崎、お腹空かないの?」


ニコッと笑う篠崎「大丈夫。メリハリなので」


 すると花蓮さんは「なるほど」と頷いていて、会話が終わった。


心の中でテンションが爆上がりする篠崎(花蓮さん優しい!

小声で心配してくれてた!私が大食いってことを秘密にしてくれて、

その上お腹が空かないかを気にしてくれるなんて、本当に花蓮さんは

天使!この世の天使!!!)


 その後は無言で食べ終わり、「ごちそうさまでした」と

手を合わせて、それぞれの席に戻っていった。篠崎にとって

このランチタイムは、たくさんは食べることはできないけれど、

それ以上に幸せな気持ちになることができる、癒しの時間だった。


挿絵(By みてみん)


 その日の午後、篠崎が書庫で調べものをしていると、

同僚の男性が数人、書庫に荷物を運んできた気配がした。


作業を始める音と彼らの話し声が聞こえてくる。


真剣な声の男性社員A「篠崎さんって、彼氏いるのかな」


 その瞬間、篠崎はハッと、つい先日、花蓮さんが書庫で

ウワサを聞いてしまったと言っていたことを思い出し、

なぜか、慌てて本棚の影に身を隠した。


そっと書庫の奥を確認する男性社員B「…良かった、今日は

誰もいなかった。…先輩、今はセクハラとか厳しいんですから、

もっと気をつけた方がいいですよ」


慌てる男性社員A「そうだな、危なかった。俺が原因で

あの子達に辞められたら、もう会社に来れなくなるからな」


ため息をつく男性社員B「そうですよ。人事の連中はともかく、

癒しを失った社員達がみんな黙ってませんよ。僕だって許しません。

…まぁ、篠崎さんほどの美人なら、当然彼氏もいるんでしょうけど。」


心から落ち込む男性社員A「…だよな~いなかったらおかしいよな…」


心の中で呟く篠崎(…彼女なら、いるんだけどな)


 篠崎は隠れながら、2人の会話のやりとりを聞いて、

ふと、この会社に入社する時のことを思い出した。


 篠崎は22年間、ずっと片想いばかりしてきた。大学で出会い、

やっと付き合えた女の子とも、就職活動が始まるタイミングで

別れを切り出されてしまった。


 1年以上経った今でも時々、悪夢で目が覚める。何よりも大切に

してきたあの子が、「やっぱり、あなたとは一緒にいられない。

きちんと女として、生きて行きたい」と泣きながら訴える。


 恋愛は異性同士だって上手くいかないのに、

同性同士だと、さらに現実が重くのしかかる。


そして篠崎はどこか投げやりに、

「地元から遠くて、女の人がいない職場にしよう」と決めて、

勤めることになったのがこの会社、コシヒカリ建設だった。


そして、花蓮さんと出会った。


挿絵(By みてみん)


 一目ぼれだった。そして、篠崎は花蓮さんを知れば知るほど、

自分の運命の人だという確信が強まっていった。

それでも時々、悪夢で目が覚めてしまう。

 男性社員達は作業が終わったのか書庫を出て行った。

そしてふと、他の女性よりも大きな自分の胸をため息混じりに眺めて、

「女の人が喜んでくれればいいのにな」と呟き、篠崎は作業に戻った。


作業をしながらぼんやりと考える篠崎(もし、私が男の人だったら、

花蓮さんを何の問題もなく幸せにしてあげられるのにな…やっぱり

私が女じゃなくて、男だったら良かったよね…)


 18時になると終業のチャイムが鳴り、篠崎が顔を上げると、

花蓮さんが仕事を切り上げて席を立つのを確認した。

すかさず、スマホでLINEを送る。


LINEで尋ねる篠崎「今週もお疲れ様でした。今日はどうする?」


LINEで答える花蓮さん「行く。実家から荷物取って来る」


 篠崎はスタンプを送り、仕事を切り上げる。金曜日の夜と

土曜日はいつも、花蓮さんのために予定を空けている。

一人でやりたいゲームがあるからと言って来ない時もあるが、

彼女がいつ来ても大丈夫なように、部屋は念入りに掃除してあった。


先に電車で自宅に帰る篠崎(今日も、お腹空いたな…)


 沈む夕日が、電車内を照らし、自分もオレンジ色に染まる。

好きな人と一緒にいたいけれど、花蓮さんが幸せになれないのは嫌だなと、

なんだか悲しくなりながら、篠崎はぼんやり思った。

 花蓮さんより一足先にマンションに帰ると、猫のガブルスが

「ニャオーン!(帰ってきたー!)」と鳴きながら出迎えて、

篠崎は心が安らぐ。ガブルスの世話をしていると、チャイムが鳴った。


出迎える篠崎「いらっしゃい、花蓮さん」


ぺこりと頭を下げる花蓮さん「お邪魔します」


 入ろうとすると、警戒して部屋の奥に隠れていたガブルスが

「ニャオン」と鳴いて、花蓮さんだと気づくと、彼女の足にすり寄った。


撫でる花蓮さん「ガブルス、今日も可愛いね」


嬉しそうなガブルス「ニー」


 篠崎はキッチンでお茶をグラスに注ぎ、テーブルに運ぶと、

花蓮さんとガブルスが猫じゃらしで遊ぶのを、のんびりと眺めた。


ふと手を止める花蓮さん「…篠崎、今日はなんか元気ない?」


慌てる篠崎「えっ!そんなこと、ないよ?」


 すると、花蓮さんとガブルスが、篠崎をじっと見上げる。

その表情が可愛らしくて、篠崎は頭の中で

(ぴぇーん可愛いっ!大好きっ!!!)と感動しながらも

視線をそらし、花蓮さんが持ってきたゲームを指差す。


明るく振舞う篠崎「ちょっとお腹空いちゃって!夕飯食べて

一緒にゲームしたら元気になるから、気にしないで」


ちょっと笑う花蓮さん

「篠崎ゲーム弱いから、余計ストレスにならない?」


ちょっと嬉しそうな篠崎「ならないよ~私も成長してるから!

今日はオンライン対戦で、世界の誰かに勝ってみせるから~!!!」


頷く花蓮さん「うん。頑張って」


勢いよく立ち上がる篠崎「よしっ!戦いの前にエネルギーを

補給しないと!!!今日はカツ(勝つ)カレーってどうかな?」


微妙そうな表情の花蓮さん「カツ、か…」


それに気づいた篠崎「花蓮さん、トンカツ嫌いだった?」


トンカツを思い出す花蓮さん「…揚げ物、ちょっと重たいかも」


胃もたれをしたことがない篠崎「そっか、じゃあ違う

カレーを考えるね。花蓮さんは、辛い物好き?」


頷く花蓮さん「うん、辛いのは好きだから大丈夫」


嬉しそうな篠崎「じゃあ2種類のカレー作っちゃおうかな。

ゲームして待っててね」


腕まくりをして立ち上がる花蓮さん「今日は私も手伝う」


 そうして2人はエプロンを身に付け、並んでキッチンに立った。


心配する篠崎「…花蓮さん本当に大丈夫?料理、普段しないもんね?」


謎の虚勢を張る花蓮さん「大丈夫、家庭科の授業で、餃子と豚汁、

作ったことあるから」


 そう言って花蓮さんはピーラーを握ると、ぎこちなく

ニンジンの皮をむき始める。ガブルスも心配なのか、

キッチンカウンターでそれをじっと見つめていた。

だが、やはり花蓮さんはどこまで削ればいいのか分からないらしく、

ニンジンがどんどん細くなっていく。


タマネギをカットしていた篠崎「あっ、花蓮さん、もう大丈夫!」


ニンジンをそっと置く花蓮さん「…うん」


心の中で呟く篠崎(手さえ切らなければ、なんでも大丈夫よ)


アスパラガスを持つ花蓮さん「これも、皮むきするんだ?」


頷く篠崎「うん、固い部分があるからね」


 そう言ってアスパラガスを受け取って篠崎は、

スッスッと皮をむき、それらを手早くカットした。

そして鍋を2つ用意し、それぞれにタマネギを入れた。


花蓮さんに見せる篠崎「じゃーん!本日は鶏肉のカレーにします」


頷く篠崎「私、お肉で一番、鶏が好き。脂っぽくないから」


心の中で衝撃を受ける篠崎(…そういう考え方も、あるのね…)


料理を見守っていたガブルス「ニャーン!(我は魚がよいぞ!)」


ガブルスを撫でる篠崎「よしよし、後で猫缶あげようね」


 そして篠崎はタマネギと鶏肉をしばらくジュージューと炒めると、

片方の鍋にだけ、水を入れた。


首を傾げる花蓮さん「どうしてこっちは先に入れたの?」


微笑む篠崎「えーっと、実験用だから」


 篠崎はそう言いながら沸騰するまで待ち、薄切りにした

ニンジンを入れて、火が通ったらカレーのルーを入れる。


冷蔵庫から取り出す篠崎「さぁ、キムチカレーは美味しいか、

実験してみましょう!」


ドン引きする花蓮さん「えっ、合う?」


 珍しく花蓮さんの表情が、ガッツリ引きつっている。

それを見た篠崎は(あ、初めて見る表情)と内心喜びながら、

片方の鍋にキムチを大量に投入した。篠崎も花蓮さんも辛い物が

好きなので、カレーのルーも辛口だ。その後はアスパラガスも

入れてしばらく煮込み、ご飯が炊けたタイミングで火を止めた。


お皿を取り出す篠崎「花蓮さんのお皿はこれで、私のお皿はこれね」


再びドン引きする花蓮さん「えっ、篠崎のお皿、それなの?

…それってパーティとか、業務用だと思ってた…」


 花蓮さんの皿は、横長で普通サイズの物だったが、

篠崎が持っている皿は、明らかにその2倍はある。


照れる篠崎「カレーは飲み物っていうでしょ、

ご飯と一緒なら、いくらでも食べられちゃうんだ」


理解不能で真顔になる花蓮さん(…な、謎理論すぎる…)


 まずは花蓮さんが先に、炊飯器から食べたい分のお米をよそう。

お皿の真ん中にちょこんとご飯を配置し、その両側に、味が異なる

カレーをかけた。そして篠崎は、慣れた様子でテーブルに大皿を

先に運ぶと、中央に残りのご飯(約1.8合分)と、両サイドに

カレーを盛り付けた。

 そして福神漬けもよそって、テーブルに並べると、

今夜も迫力のある夕飯が出来上がった。ガブルスに猫缶も

開けて、2人は「いただきます」と手を合わせ、食事を始める。


挿絵(By みてみん)


普通味のカレーを口に運ぶ花蓮さん「うん、美味しい」


 実家のカレーとは違うけれど、これはこれで美味しい。

アスパラガスの食感がアクセントになって、食欲が進む。

そして次は反対側にあるキムチカレーにスプーンを伸ばす。

ノーマルのカレーと比べて明らかに赤いそれは、衝撃だった。


びっくりする花蓮さん「美味しいけど酸っぱ辛い!

それに、普通のカレーより、ずっと辛い!」


 キムチの酸味が強く残り、今まで食べたことのない

そのカレーの味に、スプーンが止まらない。

変わった味だが、決して嫌な味ではなかった。


ほんわかと笑う篠崎「良かった、実験成功だね」


 そう言いながら篠崎は、まさにカレーは飲み物といった

様子で、口に運んだ瞬間にカレーと米が消えていった。

花蓮さんは首を傾げて、篠崎の使っているスプーンと、

自分も同じスプーンを使っていることを見比べて確認する。


薄着になる篠崎「この酸味がくせになるかも、私、汗かきだから、

辛くて汗かいちゃうな」


 篠崎がタンクトップ1枚になり、花蓮さんも上着を脱いで

Tシャツ姿になった。そのTシャツにはゲームのキャラクターが

ワンポイントで描かれていて、とてもシンプルで似合っている。

 それを見ていると、篠崎は前に、花蓮さんの食生活について

聞いた時のことを思い出した。


大盛りのラーメンをすする篠崎「花蓮さんは、本当に小食だよね。

いつも何食べてるの?」


チャーシューを篠崎の丼ぶりに移動させる花蓮さん「これ、あげる。

食べるのは、米と、納豆とか、パンとか、レトルトのパスタとか…

私の実家、誰も食に関心が無いから、そんな感じ」


納得する篠崎「なるほど…(花蓮さんにとって食は重要じゃないから、

料理できないというか、したことが無いのか)」


 栄養の概念もあまり気にしない花蓮さんのバックグラウンドを

知って、篠崎は少し嬉しくなったのを覚えている。今はこうして

篠崎の作ったご飯を、「美味しい」と言って一緒に食べてくれることが

何よりも嬉しい。カレーが辛くて汗が流れ、篠崎は「ふふっ」と笑った。


カレンダーを見て呟く花蓮さん「6月か…もうすぐ梅雨だね」


表情が曇る篠崎「雨は好きだけど、ジメジメするのは苦手」


明るく笑う花蓮さん「篠崎は晴れ女って感じだもんね」


同じくパッと笑う篠崎「うん!どんどん晴れにしちゃうよ」


 その後も2人は他愛のない話をして、カレーを食べ終わり、

「ごちそうさまでした」と手を合わせた。


シンクを横目に見る篠崎「…カレーの鍋、洗うのって面倒…」


持ってきた荷物から取り出す花蓮さん「これ、買っておいたよ」


 そう言って花蓮さんはキッチンに向かい、シンクにある

鍋や食器に、持ってきたスプレー洗剤をシュッシュとかけた。


感動する篠崎「すごい!こういうキッチン用品があるんだね!」


篠崎が喜んで嬉しそうな花蓮さん「私は料理できないから、

せめて後片付けでは、役に立とうと思って」


さらに感動する篠崎「…花蓮さん…大好き!!!」


 そう言って篠崎は、ギュッと花蓮さんに抱きついた。

そうして2人は、とりあえずスプレー洗剤に食器類を任せて放置し、

花蓮さんの持ってきたゲームのスイッチを入れた。

こんな小説書いたり動画作ったりして、

夫に愛想つかされないか心配で仕方がない…。

昨日も、里芋を取り合って夫をビンタする悪夢を見ました。


それにしてもフードファイターは本当にすごいですね!

全然食べきれないので、カレードリアか、カレーチャーハンにします。

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