表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

二文字の手紙。

作者: 神野吏沙


「死ねばいいと思ってたの?!」


甲高い女性の声が、部屋の中に響き渡る。

上下朱色のくたびれたジャージを着ている女性の向こう側には、グラウンドが広がり、照りつける太陽の下で部活動に励んでいる生徒の姿が見える。

私は首を小さく横に振った。

「いえ、思ってません」

生きる価値があるとは思えないけど、と言いかけてやめた。この人には、今起きていることの本質が見えていない。見ようともしていない。


廊下の隅にあるこの薄暗い部屋の中では、私と浅田が硬いパイプ椅子に座って向き合っている。

浅田は、体育の授業を終えてそのまま来たようであった。

私の担任である今井は、活気づいているグラウンドをじっと見つめている。

浅田が息を吸い込み、深い深いため息をつく。

「こんなことぐらい、って思うかもしれない。でも追い詰められると簡単に人って死ぬんだよ、分かってる?」

細い目で私の視線を捉えようと、目を背けている私の顔を覗き込んでくる。

私は笑いそうになるのを耐えていた。

あなたは何も知らない。


じゃあ先生、私は死んでも良かったの?


……そう聞く代わりに、私は軽くうなづく。


否定したところで何も変わりはしない。


尋問が始まってから1時間が経過している。

見当違いのことで責めてくる浅田や

これまで知りながら黙認し続けていた今井の

考えていることは容易に想像できた。


私も穏便には済ませたかった。

幸いにも彼女たちの思った通りの回答をし続けることに成功し

彼女たちは自分の指導がうまくいっていると言わんばかりに

時折、私の回答に大きく頷く。


何を言われても、何を聞かれても

全てが茶番のように思えて面倒に思った。


大人もバカばっかり

結局自分しか頼れない

そう理解するには充分な時間を過ごした。


「とりあえず親御さんに連絡してくるから、この用紙に反省文を書きなさい」

今井がやっと口を開き、一枚のペラペラした紙を差し出した

私が紙を受け取ると、浅田と今井は薄暗いこの部屋をでていった。


--時計の針は、17時を指している。


反省文って、反省してないのに必要なのかな

浅田が言う通り相手が死ぬほど追い詰められていたなら

こんな紙で終わらせていいんだろうか

どうせ形式だけだろ


なんて心の中で吐きながらスラスラペンを進めていく


私はわかっていた

どれだけ強がって一人で戦ったとしても

立ち回りがうまいやつの方がこの戦いは勝つって。

どれだけ前から私が自分の受けている仕打ちを

訴えたって誰も動いてくれなかったのに。


トントン

「入るよ?」

浅田たちから連絡をもらった母親が、ドアを開ける。

反省文を書き始めてから30分たっていた。


「最初電話もらった時、被害者としてかと思ったら違ったからびっくりした」


落ち着いた様子で横の椅子に座り

ペンと紙を投げ出して

外を見ていた私に話しかける


「…そうだね」

「…なんていうかさ、気持ちは分かるけど。

証拠は残しちゃダメだよね。やり返すなら残さない方法でしないと!!!!」


「え?…っはは」

私は身構えていた体の力が抜け

思わず声を出して笑った。


同じバカでも、この人だけは味方でいてくれると思った。


私が本当にあいつが死ねばいいと思ってたことは

上手に隠して


「ありがとう」


この一言だけ絞り出したんだ。


これは唯一覚えているあの頃の記憶。

ここから私の人生は始まったんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ