第3話 猫
毎日投稿ではなくなりましたが、第17弾です。
もっとすばやく書く方法がないか模索中です。
上田が保健室と教室を生き来するようになって数日が過ぎた頃、教室に新たなゾンビが増えた。
それも一人ではない。
一気に三人増えた。
福田、長谷部、岡田という女子三人組だった。
彼女たちは福田の家でお泊り会を開いたのだそうだ。
そして、その日食べた食事のなかにウイルスが混じっていたせいで感染してしまったらしい。
教室の一角にゾンビ三人組が現れたのだった。
上田が驚いたのは、彼女たちのメイクだった。
彼女たちは顔にメイクを施し、腐っている顔をすこし人間に寄せていた。
なるほどその手があったかと思った。
朝、彼女たちが来てからというもの、何人かの女子がちらちらと様子を伺っているものの、ほとんどのクラスメイトが彼女たちに無関心だった。
三人組だからなのか、メイクをしているからなのかは分からなかったがみんなは彼女たちを以前と変わらない様子だった。
もっとも、彼女たちは三人で固まっていて、以前から三人以外のクラスメイトとはほとんど喋っていない。
ゾンビになってから初登校である今日も、彼女たちは今までと変わらず三人で固まり、周囲もとくに三人に触れたりはしないのだった。
それは上田からすると驚きの光景だった。
決してクラスにおいてのゾンビの地位が向上したとは言えなかったが、上田以外のゾンビが現れたことは上田にとって大きな変化だった。
マネしてメイクしようかと思ったが、今から上田が同じようにメイクを施しても周囲は彼女たちと同じように評価してはくれるかはわからなかった。
そして朝の会が始まる。
担任の松岡先生が教壇へとあがった。
「みんなもう知っていると思うが、今日、福田、長谷部、岡田の三人がゾンビ症と診断された。まだ感染していない者たちは十分に注意するように。ゾンビ症のやつは冗談だろうが絶対に噛み付いたりしないように」
松岡先生が上田のほうを見た。
新庄もこちらを見た。
視線が痛かったが、上田は気づかないフリをした。
「あと、だからといってゾンビになった子を仲間はずれにしたりは絶対するなよ」
今度は新庄を見て言った。
松岡先生はまっすぐに物事を話す人だった。
新庄が大きな声で反論した。
「じゃあ先生は自分がゾンビになってもいいんですか? おれはゾンビになんかなりたくないです」
クラスがすこしざわざわした。
女子ゾンビ三人組が不安そうにしている。
「そういう問題じゃない。自分がゾンビになりたくないからと言って、傷つけていいことにはならないんだ。そうだろ?」
クラスの子供たちは黙った。
新庄がぶつくさと言った。
先生の言っていることは正しいことのように聞こえたが、全員が納得しているわけではないようだった。
「話を逸らさないでください。先生はゾンビになってもいいんですか?」
新庄が言った。
「話を逸らしてるのはお前だ新庄。とにかく、むやみに他者を傷つけてはいけない」
「ほら、やっぱり先生もゾンビになりたくないんだ。わかりましたよ。傷つけたりはしません。俺はゾンビにならないようにゾンビには近づかないようにします」
新庄が言った。
彼が強くそういうと、なぜかそれがクラス全体の総意のように感じられた。
松岡先生は深いため息を吐くと「もういい、朝の会始めるぞ」といって、連絡事項を話始めた。
上田は、なんとなく居心地の悪さを感じた。
ゾンビになるのはそんなによくないことなのだろうか。
すでにゾンビである上田はどんな顔をしたらいいかよくわからなかった。
放課後、上田は橋の上から川を眺めていた。
暗い雰囲気で橋の上にいるからといって、とくに深い意味があったわけではないので大丈夫だった。
ただ、憂鬱な気分で川を眺めていた。
上流の方からなにかが流れているのが見えた。
童話のように、どんぶらこ、どんぶらこと流れていた。
よく見るとそれは段ボールだった。
そして、なんとその段ボールの中には猫が入っていた。
生きた猫が、ナァナァと鳴いている。
「大変だ!」
上田は急いで橋の下へ回り込んだ。
川の流れはそこまで急ではないものの、中に入るのは危険に思えた。
上田は泳げないのだ。
猫が流れているダンボールは、手を伸ばしてギリギリ届かないくらいの距離にあった。
なにか長い棒のようなものがあれば、引っ掛けて持ってこれるのに。
あたりを見回したが、近くにあるのは空き缶などのゴミばかり。
そうそう都合のよいものなど落ちてはいなかった。
上田はすこし考えた後、自分の右足を引きちぎった。
半分腐っているため、思い切り力を込めると案外簡単にちぎれた。
上田は激痛で頭がいっぱいになった。
右足の付け根から血がぼたぼたと垂れる。
とにかく、今は猫を助けなければ。
引きちぎった自分の足をダンボールに引っ掛ける。
少しずつ岸へと引き寄せた。
「ナァー」
猫が鳴いた。
まっすぐな瞳がこちらをみていた。
感謝しているかはわからなかった。が、とにかく助かってよかった。
右足を元の場所へ取り付けた。
ジュジュ……という音を立てて右足がくっついた。
激痛が徐々に引いていく。
「どうしてあんなことに……まぁいいか、とにかくもう流されないようにね」
命をひとつ助けることができた。
ゾンビになってからひとつもよいことなどないかのように感じていたが、すこしはよいこともできるのだと嬉しかった。
ダンボールから猫を抱き上げると、猫は思い切り歯を剥き出しにして上田に向かって威嚇してきた。
「なんだこいつ、たすけてやったっていうのに」
猫は執拗に上田に威嚇してくる。
上田の匂いに反応したのかもしれないかった。
そのまま、猫に思いっきり顔を引っ掻かれた。
思いっきり暴れ、右手を噛まれた。
「痛っ」
右手から血が出た。
さっき右足を引きちぎった時ほどではなかったが、地味に痛かった。
思わず手を離すと、猫はそのまま走っていってしまった。
上田は寂しい気持ちになった。
命を助けた猫にすら噛みつかれるとは、自分はどこまで不幸なのか……
「あはは、とんだ災難だったね」
後ろから声が聞こえた。
聞き覚えのある声だった。
「こんにちはゾンビくん。なかなかの活躍だったよ」
日暮だった。白いワンピースがよく似合っていた。
大きな手提げを持っており、そこには教科書類が入っていた。
恥ずかしいところを見られてしまったと思い、青い顔が赤くなった。
右足を引きちぎったところも見られただろうか。
「もう治ったの。ほんとにすごい再生力だね」
日暮が右足を見ていった。やはり千切ったところを見られていたようだ。
上田はますます顔が赤くなった。
日暮の目には以前と同じように恐怖の色が混じっていた。
しかし今度は恐怖だけではないようだった。
「たしかにちょっぴり怖いけど、ゾンビってすごいね。今みたいに猫を助けられるし」
日暮がそう言って笑ってくれた。
ゾンビになった日、日暮の目を見て逃げ出して以来あまり話せていなかったが、こうして前と同じように話しかけてくれて上田は嬉しかった。
救われたような気持ちになった。
「みんないろいろ言ってるけど、あんまり気にしなくていいと思うよ。だってこれからきっと……」
日暮が喋っている途中で、5時を告げるチャイムが鳴った。
「っと、いけない。わたしこれから塾があるの。それじゃ、また学校でね」
日暮はそう言って早足で河原を後にした。
上田は川を眺めた。
夕日の光が水に反射してキラキラと輝いて見えた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回へ続きます。