第1話 感染
毎日投稿第15弾です
今回は連載とします。
ある朝、目がさめると体が腐っていた。
どうやら、ゾンビになってしまったらしい。
そのことに気づかずに目をこすったせいで、グチュっという音と共に右目がポロッと取れた。
右側の視界が完全に真っ暗になる。視力が喪失したのだった。
驚いた上田は慌てて元あった場所に右目を戻した。
再び、グチュグチュという音を立て、右目は元どおりになった。
右側がじんわりと見えるようになってきた。
視力が戻ったことに上田は心底ほっとした。
この一連の出来事で眠気が覚め、意識がはっきりしてくる。
(いま、右目が取れた……?)
疑問に思ったところで上田は自分の手が腐っていることに気づいた。
「手、腐っ……!?」
上田はその後、この朝のことを何度も思い返した。
思い返してみると、腐っているわりには匂いを感じなかった気がした。
原因はウイルスだった。
テレビで「ゾンビ化」現象が各地で起きていることが報道されていた。
日本での感染者は、およそ3000人。
まだまだ感染者は多くないものの、病気の存在自体は世の中ではすでにけっこう広まっているようだった。
このウイルスは基本的に空気感染はせず、傷口などから体内に直接ウイルスが入り込んだ場合のみ感染するらしい。
感染者は体全体が半分腐った状態になるのだそうだ。
ちなみに上田はいつどこで自分が感染したのかわからなかったが、公園で膝を擦りむいた傷があったので、おそらくそこからだろうとお医者さんに言われた。
専門家の見解では「日常生活での支障はほとんどない」とのことだった。
見た目では腐りかけているものの、実際には細胞を活性化させる作用がどうのこうので、肉体は腐敗と再生を絶えず繰り返しているらしい。
脳機能にも身体機能にもほとんど問題はないのだそうだ。
むしろ自己再生能力が上がり、ある程度の怪我をしてもすぐに再生できるようになるのだと研究者の人がテレビで説明していた。
難しい話は上田にはよくわからなかったが、ようするに、学校に行っても問題ないということだった。
次の日、上田はとても休みたかったが学校へ行くことになった。
上田が教室へ入ると、教室がざわざわした。
上田の通っている小学校は全校生徒およそ800名ほどの市立小学校で、感染者はまだほとんどおらず、5年生でゾンビ化したのは上田がはじめてだった。
事情はすでに昨日担任の松岡先生が話しているようなので、話ではきいているはずだったが、やはり実物のインパクトは違ったのだろう。クラスメイト約40名の視線が上田に集まった。
別のクラスからも、ゾンビ化した子どもを一目見ようと子どもたちが集まってきた。
登校中も散々ジロジロ見られたが、普段喋っているクラスメイトたちからの視線はより強く感じた。
上田は見ないで欲しかった。
腐った体をジロジロ見られるのはなんだかとても恥ずかしかった。
「大丈夫? 上田君」
となりの席の日暮が声をかけてくれた。
彼女はクラス一の美少女で上田の好きな人だった。
白い肌がとても綺麗だった。
今の上田の青白い肌とは異なり、健康的な白さだった。
「おい日暮やめとけよ! ゾンビが伝染ったらどうするんだ?」
新庄が言った。
新庄はクラスの中での権力者だった。
体が大きく、喧嘩が強い。
すこし乱暴な性格で、声も大きかった。
新庄が言うと、クラスの何人かが笑った。
上田は余計に腐った体が恥ずかしくなった。
「この病気、空気感染はしないみたいだけど、なにかの拍子に移るとよくないから、あんまり近づきすぎない方がいいかも」
上田が言った。
日暮の視線が、上田の腐った体へと注がれた。
日暮はなにも言わなかったが、その目には、恐怖の色が浮かんでいた。
その目を見た瞬間、上田はたまらなくなった。
なにもかももう散々だ。
学校から帰りたくなった。
自分は今、ゾンビなのだ。
ゾンビはゾンビらしく、クラスメイトたちに噛み付いて、なにもかもめちゃくちゃにしてから帰ろうかと思った。
しかし、やっぱりゾンビになったからといって暴れまわるのはよくないので、上田は具合が悪いと言って保健室へ行った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。