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1-7:披露宴

 披露宴。

 王族のそれは、夫婦最初の強行軍と言っても過言ではない。

 民を巻き込んでの壮大な演出。七日と続く大宴会。数十度に渡るお色直し。捌けども捌けども終わらぬ来賓の列は、さながら大遠征のようであるという。

 俺は思う。

 王族の披露宴がこんなにも大変なのはなにゆえか。

 そこには長く険しい結婚生活を後続に知らしめる、隠された意図があると睨む。


「だから、手短にしようと思う」


 俺の意見はないものとして扱われた。

 天候さえあざ笑うかのように、宴の日は朝からはっきりとした晴天だった。

 青空に(とび)が高く飛ぶ。

 ごちそうを炊きあげる煙で、フランツィア中からいい匂いがするためだろうか。


「フランツ様、前を向いて」

「フランツ様、顔を上げて」


 朝早くから、執事のダンタリオンとばあやが、俺の礼服を引っ張り出す。

 砂だらけの土地のいい点が、毛皮だの帽子だの、王都での作法を役に立たなくする点だ。あっちの礼装は、この荒野では暑すぎる。


「やめろ。自分でできる」


 白のシャツに、淡い色のタイをあて、それなりに上等な上着をはおる。

 王都では略式、あるいは崩しすぎと評される恰好だが、この街であれば気にならない。首にタイをあてるだけで、まぁまぁ洒落ていると思われる街なのだ。

 古風な飾り襟や、胸飾りは、この街で見ることはなくなっていた。


「こんなもんでいいだろ」


 俺は、臣下一同の前で直立不動の姿勢をとらされる。

 老執事ダンタリオンは、今年の麦の出来映えをはかる農夫のような顔になった。


「ふぅむ……」


 なぜか緊張する。


「まだ、正式な婚礼というわけではありませんからな」


 やれやれ、これだけ大騒ぎして及第点とは。

 ため息が落ちる。

 めでたいめでたいと騒ぐ我が街で、一番ため息を落としているのは俺ではないのか。


「……まぁ、みんな喜んでいるからいいけどな」


 屋敷の丘から見下ろせば、人が続々とやってくる。まるで季節外れのお祭りだ。段々に続く住宅まで、今日は宴に巻き込んでいた。


「なんといっても、ケジメは必要ですぞ?」


 ダンタリオンは手早く白い給仕服に着替えていた。


「牛に羊。これほど肉があることは、フランツィアには珍しいことです」


 これには頷かざるをえなかった。

 フランツィアは荒野の中にあるため、新鮮な肉になかなかありつけない。遊牧の民は潰すための羊を引き連れてくれていた。


「さて、私も次の一仕事……」


 ダンタリオンが腕を回した。眼鏡の奥で、灰色の目がくわっと広がる。


「そこ、塩を振りすぎだ! その味付けはいかん! 雲のように白いパンを焼くのだっ」


 張り切りように、苦笑してしまう。

 執事、つまり家令の成り立ちを思い出した。

 家令とは古来、戦の報酬が酒宴の席次となった時代、肉を切り分ける係が始まりだったらしい。だとすれば老執事の腕まくりも頷ける。

 浮いた話がない俺のせいで、執事の腕も塩漬けになっていただろう。そこに腕の振りどころを与えたと思えば、確かに悪いばかりでもないかもしれぬ。

 と、丘の下から、日傘を差した一団がやってきた。

 おいでである。

 おおお、とどよめきが丘の下から押し寄せる。


「我が君よ」


 俺は覚った。着飾ったところで、やはり俺などたかが知れている。


「…………参ったな」


 降参すると、彼女は密やかに笑った。

 今日はおてんばはなりを潜めて、優雅な『姫君』でいくらしい。

 王冠型の帽子から、ヴェールが後ろに垂れている。黒髪は結い上げられて、恐らくは帽子の中にまとめられているのだろう。薄布の向こうに、細い首筋が透けて見えた。

 肌に合わせたように、ドレスの色は白い。シンプルかと思いきや、繊細な文様が薄糸で一面にあしらわれていた。

 有り体に言って――まぁ美しい。

 たった数日の準備で、よくぞこれだけ仕上げたものだ。


「いや」


 気の利いたことを言おうとして、見事に口が空転した。

 袖で口元を隠したのは、笑ったためか。お見通しらしい。


「感想を聞きたいところだな」

「……お見通しだろ」

「ふふ。ま、そうだ」


 サーシャは、俺の隣に腰掛けた。

 すでに街の皆々は集まっている。いつのまでも嫁にのまれているわけにもいかん。俺は杯を手にし、立ち上がった。


「みんな、聞いてくれ」


 祝いだが、サーシャ達を紹介する場も兼ねている。ゆえに最初の一言は、街の長として俺が発す。


「驚いた者も多かろうが……」


 全て思い通りだと言わんばかりに、口角を上げる。

 困ったらむしろ笑っておけ。これは父上からの数少ない実用的な助言である。


「見てのとおりというわけだ」


 どっと笑いが起こる。

 苦笑しているのは、エリクや、ごく近しい仲間ばかり。彼らは裏舞台を明かすことはないだろう。

 さすがにここで情けないところを見せて、領主の前途に不安を抱かせるわけにはいかなかった。


「姫君は、はるばる馬国より――」


 噛んだり間違えたり、不格好にならないよう冷や冷やしながら、サーシャと共に挨拶をしていく。口の端が吊りそうになるが、ここは我慢だ。


「細やかなものだが、今日は宴だ。この日を祝ってもらいたい」


 拍手を受ける。まずまずの出来映えだった。

 普通であればこの後に色々な手続きが続く。神官からの宣誓であったり、結納物の取り交わしであったり、夫婦の証である公然での――あれやこれや。


「一つ、申し上げておかねばなりません」


 それがない理由。

 つまりは、この結婚が、縁が、まだ仮留めに過ぎない理由。それはこの男が話す。

 眼帯をした男が立ち上がった。粗布と革による荒々しい装束は、席にそぐわない。


「慶事の中で、このようなことは心苦しい限りだが……我等の族長が、まだ遙か東の草の海におられる。青き狼と牝鹿は、婚姻にあたり、まずは満月を待ったという」


 声はろうろうと響く。

 内容とは無関係に、聞き惚れてしまいそうだった。


「ついては、正式な婚姻の契りは、もう半年の時をいただきたい。血は水よりも濃い。混ざり合うには時がかかる。ふさわしい時を、待つことを、許されたく」


 話しているのは、初日に念押しをした隻眼の老戦士だ。

 場にかすかな緊張が生まれる。老人の話とは、正式な婚姻はもう少し先になると釘を差すことだった。


「とまれ、慶事には変わりありませぬ。我等一族、見届け、祝福し、久遠の蒼穹に新たなる縁を慶びます」


 話し終わると、老人は一礼して場を譲った。

 いよいよ家令ダンタリオンに一番の仕事が来る。


「さて皆様、杯を」


 乾杯である。なおこの辺りでは、思いっきり飲み干し、杯を逆さにして振るという恐るべき風習が残っている。

 故に俺とサーシャの杯はスカスカだった。


「天地の母に!」


 全員そろって、ぐぐっと飲む。

 笑顔と拍手が丘を包んだ。からりと気持ちがよい荒野の民は、祝福をしつつ、大いに食って飲むだろう。

 笛や太鼓の音が聞こえてくる。じゅうじゅうと肉が焼ける匂いが五感をいじめてくるが、ここは耐えねばならん。

 結婚する側は、料理が食べられないと相場が決まっている。


「フランツ様」

「この度は、おめでとうございます」


 客が次々とやってくる。

 目当てのほとんどは、サーシャだった。


「素晴らしい宴です」

「草原の富は聞きしに勝ります」


 サーシャは微笑を漂わせた。


「ありがとう。少ないが、わたし達の品を愉しんでもらえればうれしい」


 景気よく家畜を出すのも、サーシャらしい。気前のよい隣人であることを印象づけておけば、この後が何かと便利ということだ。そつのないことである。

 商国の来客が一段落すると、少し色合いの違った集団がやってきた。日焼けした肌に、異民族の礼服。馬国の男達だ。

 彼らは、俺の方へ来た。膝をつき、俺の右手を下から取ると、額につける。

 遊牧の挨拶だ。


「久遠の蒼穹に」


 商国と馬国の間は遠い。交易路をわざわざ歩いてくる王族は少なく、ほとんどが使いに祝詞を持たせただけだった。

 当人がいたのは、サーシャの兄と、従兄弟だけである。

 兄はカイドゥと名乗り、従兄弟の方はテオルと名乗った。


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