1-5:道への誘い
「所望はなんだね?」
「塩鉱か、塩を作っているところを見たい」
目的を問うと、サーシャはすぐに答えを返した。予め考えてあったのだろう。
俺は口を曲げた。
「塩鉱は少し遠いぞ」
フランツィアでは、鉱山ではなく、地面を直接削って塩を取っている。いわゆる露天掘りである。
塩鉱が一帯に広がっているからこそだが、そんな場所は生活に適さない。井戸水は塩辛く、土煙に混じって塩が飛んでくる。ゆえに馬を飛ばした先にあった。
「遠いか。では、塩を削ったり、精製しているところは?」
「……そっちも遠いな。市壁の外だ」
俺は、壁の隙間から見える青空を、手で示した。
「見ろ。空に、白い煙が見えただろう? 街の外で、塩水を熱したり、馬に臼を引かせて砕いたりしている」
「ふむ。壁の近くは、伴に見つかる危険があるな」
顎に手を当てて、サーシャは難しい顔をした。
無駄と知りつつ、一応、常識的な意見を口にしないわけにもいくまい。
「……なにも抜け出してこなくても、よくないか」
「時がもったいない。会うだけで二日とあっては、塩の交易がいつになるか分からない」
短い間だが、サーシャの性格が分かってきた。
まずは勝ち気で、わがままである。しかし事情を説けば、すぐに受け容れるくらいには頭の回転は早いようだ。
「眺めのよい場所で、街全体を見たい。これならば、いかがか?」
すぐに妥協案が出た。俺は手を広げた。
「ならば、丘がいい。俺の屋敷もある、そこで見せたいものとやらを見よう」
俺達は編み目のように続く石壁の住宅街を、ひっそりと登った。
「古い作りだ」
途中、サーシャは何度か土の壁をなぞった。
「百年……いや、もっと、か?」
「分かるのか」
サーシャは鳶色の目を伏せた。
「石灰を水で溶く。古代の建材だ。旅路で多くの都市を見てきた。ここは、ひどく古いように感じる」
「街自体は、何百年も前からここにあったからな」
荒野では、街はあっという間に砂に沈む。風が砂を運んできて、まるで毛布をかけるように、人の営みを眠りにつかせてしまうのだ。
「ここには古くから、オアシスがあったんだ」
ゼロから建設していれば、とうていここまで大きな都市にはならなかったろう。
続きを話すか迷っている間に、丘の頂上に辿り着いた。
ほう、とサーシャが息をついた。
ちょっと得意になる。確かに、今日のフランツィアはなかなかの景色だった。
延々と続く、赤褐色の大地。起伏がないので、雲が投じる影がくっきりと分かる。南を見れば、砂漠の始まりが、砂を波立たせて待っていた。
フランツィアは、荒野に浮かぶ島だ。
市壁があり、風車が回り、街の中央を潤すオアシスが空をきれいに写している。
この光景を維持しているのが、なによりもありふれたもの――塩だというのは、俺にしてもちょっと信じられない気持ちだ。
「美しい土地だ」
「お気に召したようで、何より」
素直に、頭を下げておいた。お褒めの言葉を受けては、貴婦人扱いしてもよいだろう。
「これほどの土地を、どのように作られた」
俺は少し考えた。
引きこもるには、彼女に見放された方が都合が良い。
かといって、事実を述べてもそれほど恰好のいいものではないのだが。
「偶然だ」
サーシャは首を傾げた。俺は古い住宅が並ぶ坂を、目線で示す。
「元々、ここには都市があった。オアシス沿いの交易都市だったようだが、南の王国が滅んで命運尽きた」
サーシャは黙って聞いていた。興味があるらしく、小さく頷く。
「ただ、特産があってな。苦くて質が悪いが、南で岩塩が少しだけとれた。大昔の塩鉱の取り残しと言われてる」
なお、他の特産は塩辛いにんじんである。味が強すぎて、砕いて薬にするようなものだ。
当時の食卓を思うと、涙が出る。
パンとニンジン。全てやたらと塩辛かった。
「他にも、北に塩辛い水が湧くオアシスがあった。俺は、そこで考えた」
「……それは」
サーシャはちょっと考え込んだ。指を一つ立てて、問うてくる。
「太陽での、製塩か?」
姫君を侮っていたかも知れない。
エリクがいたら、然り、然りと手を叩いて喜んでいただろう。
「それさ。北のオアシスを汲み上げて、天日で干して、マシな塩が取れないかと考えたんだ。実際、海ではそうやって塩水を干して、塩を取っている」
天日製塩。
海水などの塩水を、池にさらして、水気を飛ばし、塩を得る。最も原始的なやり方の一つだ。
「我が君よ。ただ塩水を乾かすだけでは、いくらも塩は取れないと聞いたが」
俺はますます感心した。この姫君は、色々なことをよく知っている。
塩を得たいという馬国の窮状は、本当に深刻なのだろう。
ちなみに俺は、製塩を始めるまで海水から簡単に塩が取れると勘違いしていた。
「海水を鍋いっぱいに乾かしても、匙一つ分も取れない。効率は悪いな。しかし北のオアシスは、海水よりもよほど濃かった」
手を広げて、俺は赤茶けた荒野を示した。
「ここで、塩は金のように高い。鉛のように重いから、運ぶのが困難だからな。だから、ガンガン作って売れば生計にはなるだろうと考えたんだが――」
サーシャはその先を察したようだった。
半ば呆れたように、
「この街を見れば、話の続きは分かる。オアシス地下に塩鉱があったのだろう」
「そうだ。池を作るため、土地を掘ったら、なんと真っ白い層が出た」
廃墟になったオアシス都市には、川沿いにいた農民、借金に追われた商人、退役して暇をもてあました騎士など、色々な人がやってきた。
なにせ、地面を掘れば塩があるのだ。体があれば仕事ができる。
俺は彼らの期待に応えるよう、道を整備したり、話し合いの場を設けたり、とにかく奮闘したものだ。
まず塩の取り分でもめる。水の配分でもめる。他にも金の貸し借りからゴミ捨て場のハエまで、急に人が増えたのだからトラブルがないはずがない。
――フランツ様、風車を建ててはどうでしょう。
そういわれれば、俺は金をかき集め技師を呼んだ。
――フランツ様、狼や夜盗が不安です。
都から、退役した騎士を連れてきた。
――フランツ様、井戸が足りません。
――フランツ様、赤子が生まれました。
――フランツ様、また喧嘩です。
五年。
長かった。
王族は権威だ。無法を治めるには権威がいる。
引きこもり生活にどんなに後ろ指をさされようと、俺はちゃんと功をあげたと思う。
廃墟同然だった街に、人が次々と入居した。
後はこの仕組みと人望を維持しつつ、ゆるゆるやれば生きていける。もう何も要らん。燃え尽きた灰に火を付けても、熱くならないように。
「よくそれほどの塩鉱が残っていたな」
「元々の住人は、新しく地面を掘りたがらなかった」
サーシャは美しいかんばせを曇らせた。
「……それは、どうして?」
「一種の迷信がある。地面を掘ると、悪魔が出るとさ」
まぁ、あながち根拠がない話でもないのだが。もちろん悪魔ではなく、眠っているのは別のものだ。
「いやぁ、家族が塩を買い占めに来た時は、死ぬかと思った」
過去形で言って、俺は慌てて頭を振った。
この街最大の危機は、まだ去っていない。
なにしろ、この姫君が我が都市に君臨しようとしているのだから。
「……我が君自身が、製塩の技師というわけではないのだな」
「ふふん。自慢じゃないが、人を使うだけでやってきた」
胸を張ると、サーシャが初めて目を伏せた。
いいぞ。そのまま俺を見放せ。
「うん。想像よりもずっとよい」
「………………えっ?」
聞き返す前に、サーシャは黒革の鞄を取り出した。
「今度は、わたしが見せる番だな」
開かれた中には、木の筒が入っていた。上薬のようなものが塗られているのか、黒々と照り輝いている。
古びた紙が貼り付けられていて、見慣れない模様が書かれていた。
「……これは」
文字、か。
相当に古い、異国の文字だ。よく見ると、箱にも傷や欠けが目だつ。
「塩の道、と書いてある」
サーシャは、魅惑的な笑みで誘ってきた。
「古代、ここにあった交易路だ」
子細は中で語ろう。
そう言って、サーシャは俺の屋敷へ足を向けた。
はたと気付いたが、またもあっさり仕切られていた。
キーワード解説
〔オアシス都市〕
荒野や砂漠の緑地帯にある、交易などの起点となる都市。
つまりはフランツィアのような街。
〔天日製塩〕
塩の溶けた水を太陽にさらして乾かし、塩を得る方法。
地下に岩塩の層があると、非常に濃い塩水が湧くため海水よりも効率がよい。
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