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4-11:年の瀬と手紙

 引きこもり王子が、三国を左右する会議に出る。


 本人も戸惑い気味だが、周りはもっと驚いた。


 フランツィアでは号外が出る。ご婦人方が精のつく食べ物を送りつけてくる。勝ち負けにオッズがかかる。

 持ち込まれるそんな報告を、俺は『勝手にやってろ』で一括りにした。

 なにせ本当に時間がない。

 宮からフランツィアに帰るだけでも、また十日以上がかかったのだ。我が街ながらなんというド辺境だ。

 速駆け訓練、製塩、馬国への旅の準備。こなす間に、時間が過ぎていく。


「冬の旅路、毛皮は欠かせません!」


 老執事ダンタリオンが、ばたばたと準備にかかっていた。

 朝冷えのする屋敷は、今日も騒がしい。


(てん)の首巻きなどいかがでしょう? 北からの貿易で得た、逸品かと」


 手に取ってみると、どうも見覚えがある。


「……年末掃除で出てきたやつだろ」

「有効利用でございます」


 老執事は銀縁眼鏡を直すと、毛皮を荷物の山へ置いた。

 すでに、年の瀬が迫っていた。

 馬国の大族長会議(クリルタイ)は、年明けより七十日後だ。余裕があるようだが、片道三十日の旅路を考えれば、ぜんぜんそんなことはない。

 道案内の遊牧民に加えて、なぜか門番のレッドや、ブルーとメリッサも屋敷に出入りしている。まさかついてくる気か。問い詰めても、「大丈夫だから」としか言わないので、なおのこと不安である。

 ばあやも心配げであった。


「フランツ様。ゆめゆめ、遭難などなされませんようにね」

「……冬山ってわけじゃないけどな」


 苦笑しておく。そうして誤魔化しても、笑顔が引きつっていたらしい。

 念のため鏡を覗く。くぼんでいた頬には肉が戻り、赤髪はツヤが出ていた。目も、虚ろとまではいかない。

 一時期よりはマシになったと言えるだろう。

 王族のローブを正すと、なんとか貫禄らしきものが生まれてきた。


「大丈夫です、フランツ様」


 ばあやは拳を握った。


「神様は見ていてくださいますよ!」


 神様ね。ここ半年分のトラブルを教えたら、神様も青い顔をするに違いない。

 ばあやは机に、赤い物体をでんと置いた。


「なにこれ?」

「交易路から入ってきたものです。願いをかける時、片眼を書きます。そして願いが叶ったら、両目を書き入れるのでございます」

「……ふぅん」


 屋敷にはそうした願掛けグッズがずんずん積まれていた。

 ばあやが次から次へと仕入れてくるので、決闘前に地震でもあれば、俺はこの物理的な期待と意気込みで圧死するのではないかと危惧した。


「製塩は?」


 エリクが見当たらないので、そこらにいた小姓を捕まえる。


「見ての通り、快調です」

「そうか」


 廊下の窓から、空にもくもくと立ち上る黒煙が見えた。

 季節は移ろい、荒野は完全な冬となっている。

 製塩作業も体勢を変えた。

 天日(てんぴ)製塩は休みだ。代わりに、石炭、木炭を大いに使って塩水を熱する、『煎ごう』という工程で塩を得ている。

 塩の板の切り出しも、実はこの時期がかき入れ時だった。日差しがマシになるので、肉体労働にはむしろ向いている。


「鍛冶場に来たみたいです」


 真っ黒い手の小姓に言われて、苦笑した。

 フランツィア中から立ち上る、石炭による黒煙。確かに、そう見えなくもない。

 もっとも――塩の道のため、例年より煙が多いのも確かである。


「この時期だけだ。我慢するんだな」


 来客があったのは、そんな忙しい最中のことだ。ばあやが、またも呼びかける。


「フランツ様、お客様がお見えです」


 馬国の男が、屋敷を訪れたらしい。

 決闘の使者シラ以降、珍しい話だった。

 玄関にいた男の装束は、分厚い革だった。冬とはいえ、日中は暑い。汗で額がてかり、顎ひげの先も濡れていた。


「久遠の蒼穹に」


 見覚えがあると思えば、それは剣の高原の住人、タムスだった。以前会った兄弟の、兄の方だ。


「お久しぶりです」


 埃まみれの顔で、穏やかに笑っている。

 意外な再会に驚く。タムスは箱を渡してきた。


「お手紙でございます」

「なに」

「中を、どうぞ」


 箱に入っていたのは、手のひらくらいの紙だった。数回畳まれ、巻かれていたらしい。広げてもすぐ形が歪んでしまう。

 明らかに、正式な手紙ではない。

 差出人を見て、はっとした。


「サーシャ、から?」

「小さいのは、鳥に結びつけて飛ばしたからでしょう」


 久しぶりの、長い連絡だった。とはいえ、警戒してしまう。

 失礼にならない程度に、問いかけた。


「これを、どのように?」


 敵が偽情報を送りつけてくることもあり得る。

 タムスは当然だというように、身を揺すった。


「ごもっとも。剣の高原の遊牧民は、サーシャ様に味方しています。手紙をやりとりするために、戦の中、鳥を数羽渡しておいたのです」

「……地元の、民が味方というわけか」


 姫君の人望も、まったく大したものだ。

 タムス達は、籠城前に食料さえ渡していたらしい。

 例の、マメだ。今頃サーシャは、マメに雪解け水でもかけているかもしれない。タムスからもらったマメは、暗所で湿らせると発芽し、野菜となり、冬の病への薬になるという触れ込みだ。


「ありがとう。読ませてくれ」

「もちろん」


 内容は、拍子抜けするほど簡素な書き出しから始まった。


 ――わたしは無事だ。


 思わず苦笑してしまう。いかにもあの姫君らしい。


 ――速駆けで戦うと聞いた。


 俺が戦うことは、遠く草原にも伝わっているらしい。

 嬉しかったのは、彼女の文字が見れたから。そして、同じことを考えていたからだ。

 ここでテオルに心変わりされていれば、俺は早くも膝を屈していた。


 ――テオルの馬は、銀色の駿馬だ。

 ――秀でた馬だが、弱点もある。

 ――豊かな草原でしか、ろくに駆けたことはあるまい。


 小さな文字だが、筆致は鮮やかで、はみ出しかけるなど、少し奔放に過ぎる。

 ああ、彼女が書いたのだ――そう思うのは、入れ込みすぎだろうか。


 ――それに、あなたには


 ふと、興味深い書き込みを見つけた。


 ――騎馬での速駆けにおいて、一つ、大変に有利な点がある。


 急き込んでページをめくる。

 しかし、次項の上の方は、かすれて滲み、判読不能だった。


「……ああ、うん。なにぶん、古い紙でしょうしなぁ」


 タムスは天を仰いで見せた。


「ううむ。何が書いてあったんだ」


 気にしても仕方あるまい。

 気を取り直して、その後を読む。こっちはこっちで、眼を見開くべき内容だった。


 ――気をつけてくれ。危険は、ある。

 ――一度裏切った者は、何度でも裏切るものだ。


 そうだ。俺は敵地へ行く。

 サーシャが『戦うな』と警告したのは、俺を案じてのことだったのかもしれない。足手まといだから、という可能性を除けば、だが。

 だから、次の言葉は嬉しかった。


 ――そうなったら、わたしが守る。


 どうやって、とは思わなかった。

 手紙を握る手に、力がこもる。


 ――ありがとう。


 手紙を、閉じた。

 決闘騒ぎを起こしたことで、馬国の動きに商国が抗議する形となった。停戦も続いている。

 希望はあるのだ。少なくとも、まだしばらくは。

 タムスが別れを告げても、俺は見えなくなるまで見送った。


「エリク」


 しばらくして、俺は悪友を呼んだ。手紙を、彼にだけは見せる。


「きひひ。おアツいことで」

「黙れ悪魔の末裔め」


 俺は口を斜めにした。


「……準備は進んでいるのだろうな?」


 技師は頷いた。携えていく策のため、フランツィアでは特別な塩を作っている。

 塩にはさまざまな効果がある。

 パンを甘くし、魚を保存し、石鹸の材料となり、革のなめしにも用いられる。馬国に持っていくのは、ある目的のために調整した、特別な塩だ。

 エリクは知識を披露した。


「鮮魚の保存などで、発見された効果ですな。塩が豊かであればこそ、見つかった効き目でしょう」


 試作品をなめると、ひどく苦い。

 良薬ゆえに、であろう。


お読みいただきありがとうございます。

次回は、6月17日(月)投稿予定です。

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