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18/50

2-10:心配

 隊商の案内で、北の塩鉱へ向かう。サーシャ達がいるであろう狩り場も、塩鉱の見張り台からなら見えるだろう。

 会いに行く、現実的な理由もできた。

 サーシャが向かった狩り場と、フランツィアを挟んで反対側。そちらでも、狼の群れが目撃された。それだけの話だが、狼を追って深入りすれば、深刻なことになる。この辺りの情報整理も、本当は出発前にやるべきだったのだ。

 だからこそ、次やる時は、フランツィアの人間も改めて混ざればいいと思う。

 俺と隊商の長は、塩鉱の見張り台に上った。


「確か、東だったな」


 呟いて、朝日の方を見る。眩しい。

 赤く色づいた空に、雲のように白い線が、すうっと登っていた。


「あれは……狼煙(のろし)か?」


 隊商の長が教えてくれた。


「狼の糞を、燃しているのかもしれません」

「あの煙がか」

「ええ。聞いたことがあります。ある獣の糞には、よく燃えるものが含まれていると」


 隊商は付け加えた。


「臭いもしますしね。狼に、警告をしているのかもしれません。そういうやり方をする一族もあると、聞いたことがありますから」


 この長の経歴を思い出した。

 かつてサーシャと同じように、羊を連れて暮らす遊牧民だった。それが立ちゆかなくなり、フランツィアでの塩商売に切り替えた。


「あっ」


 長が呻いた。この人も目がいい。


「見えました。馬です。駆けてます」


 喉を捕まれたような、緊張が走った。


「もう始めているようです」

「どこだ」

「あの丘の周りです。丘の頂に追い込んだのでしょう」


 親指ほどの大きさで、遠くに丘が霞んでいた。

 俺は見張り台から降りると、馬に鞭をくれた。


「行きますか」

「ああ。丘の離れに、幕舎が見えただろ。あそこには誰かいるはずだ」


 急ごう、と誰ともなく言った。

 荒野を行くフランツィアの馬が、真価を発揮した。

 彼らは速くはないが、駄馬ではない。砂の上を歩くため、いちいち足に力を入れる。そのため遅い。が、砂漠の上でもラクダと同じように歩める。

 隊商の長と俺は、荒野を突っ切るように駆けた。砂地を進むことは、街道を外れることだが、距離を短縮できる。

 わずかな間で、草地まで走破した。さらに延々と駆ければ、川が見えてくるはずだ。


「フランツ様、あれを!」


 伴の誰かが言う。

 朝日に照らされた丘に、馬の影が見えた。

 なぜか瞬時に分かった。


「サーシャ……!」


 遊牧の姫君は、馬で颯爽と草の上を駆けていた。狼をもう追っているのかも知れない。


「フランツ様、どうされます」


 隊商の長が尋ねた。

 ここまで来た以上、意地を振り絞るほかない。


「行くぞ。旗を掲げろ。狼退治への伝令なら、皆もやったことがあるだろう」


 俺はさらに近づくことに決めた。震えるほど怖いが、このまま見ているよりはマシだ。

 少し馬足を押さえる。伝令だが、あまり近づくと流れ矢の懸念もある。

 サーシャ達がこちらの旗に気づいた。彼女たちの一団は馬首を返して、近づいてくる。


「フランツ!」


 サーシャが声を発した。

 俺はそこで気づいた。馬がいななく。

 進む先、草が濃い場所が、不自然に揺れていた。

 まさか、と口があえいだ。

 朝日を浴びて、逆光。一匹の狼が飛び出してきた。


「しまっ……」


 うめくより、驚きが早かった。

 狼が近づく。俺に向かって飛びかかる。その背中に、矢が刺さった。

 獣は宙に縫い止められたようになり、やがて地面に落ちた。

 どっと力が抜けた。

 馬国の者達がわらわらと集まってきた。

 サーシャの手に弓が握られていたことで、俺は徒労を覚る。伝令の任務があってよかった。


「……なぜここに」


 サーシャの伴から、眼帯の男が不審げに進み出た。


「あやうく、死ぬところでしたぞ」


 震える声で、俺は伝令の内容を伝えた。


「狼が、他にもいる。深入りは避け、一度戻り、地図を睨んで語らうべきだ」


 眼帯の男は少し目を閉じた。


「そうでしたか」


 静かな呟きに、こちらの方が驚いた。怖い怖いとあまりよく見なかった一つ目だが、理知的な、青い目であることに今さらに気付いた。


「……互いに、拙速でありましたな」

「え」

「深入りをせぬよう、気をつけ、聞かせましょう。土地には土地のやり方があるというのを、姫様は少し忘れすぎる」


 入れ違うようにサーシャがやってきた。伝令の内容は伝わっているらしいが、おそらくは彼女は機を見て切り上げただろうという気はした。


「来てくれたのか」


 言葉だけ聞くと嬉しそうだが、表情は不審げである。

 うん、と頷く。


「これを」

「わたしの弓か」


 サーシャは驚いた顔をした。


「……置いていったのだが」

「ああ、そうだろうとは思った」


 俺は取り繕うことにした。


「草原と荒野は違う。その……伝令もあるし、様子を見に来たのだ」


 サーシャは計りかねるように俺を見る。顔から火が出そうだ。心配だというのは、これほど恥ずかしいことだったろうか。


「そうか」

「邪魔をしたなら」

「いい。伝令は聞いた。それにもう、彼らとの話はおおよそ済んだところだよ」


 サーシャは馬上で笑った。


「心配をかけたようだな」

「それは」

「次からは、もう少し子細を話して出かけるとする」


 サーシャが手を振ると、遊牧の民がいっせいに引き揚げた。草に馬と共に伏せていたものもいたらしい。

 改めてみると、あっけにとられるほどの大勢だった。狼の亡骸を掲げている者も多い。

 ようやく気付いた。俺達が狼狩りの外周だと思ったここは、実は狼をおびき寄せ、狩るための中心部だったのだ。


「狼は、牧草を分かち合うべき隣人が増えたことを知っただろう。しばらくは、街道には現れまい。割に合わぬということを、知っただろうから」

「……そ、そうか」


 サーシャは苦笑した。手で口を押さえていやがる。


「わざわざ来てくれるとはな」

「う」

「いい。弓の刺繍は、お守りでもある。出てから、実は持ってくるべきだったと思うておったところだよ」


 見え透いた慰めに、かえってこちらをからかう意図を感じるのはなぜなのか。

 俺はどこかで彼女を出し抜く必要性を感じた。なんだか尻にしかれそうな気がするぞ。

 『もう手遅れだ』と頭のどこかが叫んでいたが、この一件について異論はことごとく却下する。


「婿殿」


 その言葉で、俺はよびとめられた。

 眼帯の遊牧民が、俺とサーシャに馬を寄せた。


「……少し、よろしいですかな。婿殿に話がございます」


 ぎらんと一つ目が輝いた。

 難題は、去っていないようである。

キーワード解説


駱駝ラクダ


 背中のコブに水分をため込むという、天然の貯蔵庫を備えた生き物。

 酷暑・極寒どちらにも強く、幅広い地域で人の役に立って来た。

 特に砂漠での運搬は、彼らがいなければ立ち行かない。そのため砂漠の船とも呼ばれる。

 なお、背中のコブが一つの『ヒトコブラクダ』と、二つの『フタコブラクダ』がおり、一つコブの方が気性が荒いとされる。



おおかみ


 ネコ(もく)でイヌ科というややこしい生き物(イエイヌも同じだが)。

 地域、気候的には狼というよりジャッカルやコヨーテに近いかもしれない。危険なのは同じ。

 古来、狼の糞を用いたことが、『狼煙のろし』の語源と言われる。



――――――――――


お読みいただきありがとうございます。


次回は4月4日(木)に投稿予定です。

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