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目隠し
「私ははテミスになりたい。」
いつだったか、私は紀子にこう言った。
私はテミスの像が好きなのだ。
選択をすることへの勇気が堂々と突き出す天秤から感じられて。
選択に対する意志の強さが他方の手に握りしめた剣から感じられて。
紀子は馬鹿にするわけでもなく、苦笑するわけでもなく聞いている。この手の話を私はよくするのだが大抵の者はまだ始まったと聞き流す。
私は錆びついた天秤しか持ち合わせていない。
私は刃の無い剣しか携えていない。
そう、私には何も無い。
何も無いから人一倍思考する。錆びついた天秤の代わりに思考する。刃の無い剣を振らずに済むよう思考する。
「わたしはテミスと違って目隠しをしていないからこそ目を見て話して判断したいな。」
紀子は表情を崩すことなく、澄み切った眼差しで私に言う。
ああ、この人は私の持ち合わせていないものを確かに持っている。根拠も無く私は確信した。
目隠しまでされたらたまったものではないな。苦笑しながら暗闇に向かって紫煙を吐き出した。