ツバサ
B寝台で眠り込んだ小岩の身体に何かが触れたように感じ、寝台を降りるが誰も居なかった。だが、上野を出たときには沢山居た乗客の姿が無い。寝台も空になっている。
「つるぎ。」
と呼ばれる。振り返ると広瀬に似た小学生くらいの女の子がいた。
「小岩。」
反対側からは中学生の時の三奈美と、下山我孫子に似た小学生くらいの女の子。
「つるぎ君。」
そして、松江車掌に似た男車掌と女子高生。
小岩は恐ろしくなって、隣の3号車に行く。
3号車も利用客は沢山いたはずが、誰もいない。いや、一組だけいた。
「今後、この子を育てるのは大変だ。」
と、言う。
「託児所もあるけど、困ったことになっちゃったね。」
「育児期間は艦隊勤務から外してほしいって掛け合って見るよ。」
乗客の話し声の方へ歩く。
下段の寝台に2歳児の子が寝ていた。
「私も育休取得して、なんとか育てていく。」
それは、幼年期の小岩剣と、両親だった。
「父さん、母さん。それに、俺だ―。」
前方から汽笛が聞こえて気が付いた。列車は長岡駅に止まっていたのだ。
おそらく、さっきの汽笛はここから青森まで列車を牽引するEF81の物だろう。
「2号車を見てきてみな。」
と、女子高生が言い、2号車を見に行くとそこには小学生の男の子が寝台のクッションの隙間にペンを突っ込んで何かを書いていた。
男の子の書いた物を見ると、長野のサバイバルゲーム場にあった客車の落書きと同じ物だった。
その隣のコンパートメントでは、女子中学生がシャーペンで傷を彫ってそこにペンで何か書いていた。それも、長野のサバイバルゲーム場にあった客車の落書きと同じ物だった。
「ピッ!」
短い汽笛が聞こえ、上野へ向かう上りの寝台特急「あけぼの」とすれ違う。
「これがつるぎの思い出すべき物。そして、これがつるぎの真実。」
と、小学生の広瀬が言う。
「ほらこれ見て。」
女子高生の松江ニセコが通路の折り畳み式の椅子を広げると、収納スペースに裏返しで糊付けされた写真が出てきた。
「私とつるぎ。「北斗星」のヘッドマークを付けたED79の前で撮ってもらったやつだよ。」
「ココロノツバサ。誰もが持つ夢へ向かって羽ばたく物。」
と、三条神流の声が聞こえた。
「その象徴が急行「ニセコ」を牽引したC62‐2号機のツバメのマーク。そして、「はくつる」のヘットマーク。」
「私とカンナは、地上空母と空撮機。そして―。」
と、南条美穂。
「つるぎと私は列車。ブルートレインとSL。」
女子高生の松江ニセコが小岩を抱きしめる。
「年年消えていくブルートレインだけど、もし全てのブルートレインが消えても私とつるぎを繋ぐ列車は消えない。何故なら、私とつるぎの中を走り続けている。つるぎの記憶が消えた後も、ブルートレインの記憶だけ微かに残っていたのもそのため。」
「ニセコ姉さん。どうして俺のこと忘れないでいてくれたの?」
「決まっているでしょ。姉であり弟であり、将来の旦那であり妻である私だから。」
列車は新津駅に止まった。
隣のホームにローズピンクのEF81に牽引される別の寝台特急が入線する。青森から大阪を目指す寝台特急「日本海」だ。
横目で「日本海」の車内を見ると、車内に高校を卒業した松江ニセコの姿があった。
「大阪の会社に就職したときも、帰省するときも「日本海」に乗る。そうすると、つるぎに会える気がする。ブルートレインに乗って私の前からいなくなってしまったつるぎが小学4年生の時から成長した姿で。」
汽笛が鳴り、寝台特急「あけぼの」は新津を出発し、大阪へ向かう「日本海」の姿が見えなくなった。
車窓には漆黒の闇が広がる。
「闇は嫌い。小6の担任に監禁されてた場所を思い出す。寝る時も読書灯を付けたままにしてないと、怖い。」
「来たぞ!」
この声に小岩は膠着する。例の担任教師の声だからだ。
「中二病め。税金泥棒め!」
三条神流が小岩剣にコンバットナイフを渡す。
「躊躇うな。」
小岩は罵声を飛ばす教師の男にナイフを向ける。
「死ねクソガキ!戦争屋!」
と言った教師の男の顔面に照準を合わせる。
「良いのか!俺を殺してもいいのかあ!」
教師はバカにしたように笑う。
「前にも言っただろう。お前の記憶を消した奴はお前が家に帰るのを、本来のお前である事を邪魔する者。そのような奴を許すわけにはいかん。」
三条神流の一言が引き金となり、小岩はナイフを突き刺した。
その反動で小岩は吹き飛ばされて気絶した。
「ピイーッ!」と、それまでで一番長い汽笛が夜空に響いた。




