高崎駅
寝台特急「あけぼの」は上野を出て、大宮に止まり次は高崎だ。
客車二段式B寝台の下段に寝転ぶ。
個室と同じ値段だが、サービス格差は酷い。
プライバシーは確保されないし、スリ、置引等の盗難事故も発生し易い。最も、そんな物騒なことをする者は居ないだろうしやったところで割に合わないと思われるが。
それでも、小岩は荷物に防犯ブザーを付け、貴重品を身につけている。
列車は高崎に止まった。
2分停車である。
「居たか。」
と、三条神流に声をかけられた。
「三条さん。」
「これを持って行け。」
三条はナイフを渡した。
「俺は姉ちゃんを裏切ったり、棄てたりした時、こいつで自分の首を切る覚悟だった。人と付き合う、人と姉弟となる。また、元に戻る時はそれなりの覚悟が必要だ。中途半端な気持ちで人を弄ぶ奴が多いが、そいつらはただのゴミに過ぎん。その覚悟があるのなら、これを持って行け。」
「―。」
小岩は戸惑った。
「人を好きになる事、好きな人を大切にする事、それは自分だけでない。好きになった人の人生を背負う事にもなるのだ。」
小岩はナイフを受け取る。
「覚悟はあるか?」
「正直、自分には解りません。ですが、ニセコ姉さんと元の関係に戻りたいです。昔の自分に戻りたいです。」
三条神流は笑った。
「いつか気付くだろう。人を好きになることがどんなに大変なことか、どんなに重い事か。」
三条神流は列車を降りる。
「俺はこの後、長野へ行く。姉ちゃんが待っている。お前も気を付けて行け。それから、お前の姉さんによろしくな。」
「はい。」
「もう二度と会うことはないだろう。だが俺はさよならなど言わない。この線路の何処かでまた、会える事を願う。」
ドアが閉まった。
寝台特急「あけぼの」は高崎駅を発車し、上越線へと歩みを進める。
三条神流は敬礼して列車を見送る。車内から小岩剣も敬礼して応えていた。高崎駅のホームでイヤホンをつけ、南条美穂がピアノで演奏した「残酷な天使のテーゼ」を聴きながら列車を見送って、高崎駅の駐車場に行く。
「行こう。エメラルダス。」
「はい。」
三条神流は地上空母「エメラルダス」に乗り、長野へ向かって旅立った。
地上空母「エメラルダス」は上信越自動車道を長野方面へ向い走る。
「彼は、この先どのような旅をするのでしょうか?」
と、エメラルダスのコンピューターが言った。
「それは俺も解らない。だが、奴の言う「ココロノツバサ」があるのであれば、再び奴は、奴の居るべき世界に戻れるだろう。」
「その根拠は?」
「俺が今、姉ちゃんと結ばれることと同じ事を、奴はしているのだからな。」
「彼に幸あれ。」
地上空母「エメラルダス」は碓氷峠に差し掛かり、群馬から姿を消した。
寝台特急「あけぼの」は渋川を過ぎ、街灯りと星空の下、上越線の登り坂を登って行く。そして、水上で運転停車をして機関士が交代した後、清水トンネルを目指して勾配を登っていく。トンネルに入る直前に雪が降り始めた。
トンネルを抜けると雪は更に強く降り出した。そして、列車は山を駆け抜けて、青森へ向かって行った。




