旅立ち
2月8日、上野駅21時15分発寝台特急「あけぼの」が13番線に入線してくる。
小岩剣は小さなキャスター付きバックを持ち、ドアが開くのを待つ。
見送りに来た広瀬まりも、下山我孫子、そして三奈美つばさの姿を尻目に、ドアが開くと4号車の客車2段式B寝台車に乗る。
17の下段が小岩の寝台である。
見送りに来た3人も発車までの長い時間、車内に来る。
客車2段式B寝台も個室も、乗客が多い。皆、新幹線ではカバーできない秋田―弘前付近へ行く乗客だろう。
「まりもは、小岩君の事好きだった。」
と、下山が言う。
「いつか、まりもが泣き出して大喧嘩したでしょ?あのとき自分を好きになって欲しいって思ってた。」
広瀬は俯いている。
「だが、俺は自分の記憶を求めにまたあの人に会いに行く。そうしたら俺は―。」
「分かっている。小岩君はそういうと思った。」
「俺はあの人と、姉と弟みたいな関係だったなんて今でも信じられない。だが、この一年弱の間で見つけた様々な事を客観的に考えた結果、それは事実だと言える。」
「うん。信じようと信じないと自由だけどそれが事実。それで小岩君が戻りたいと願うなら、そうして欲しい。ただ、もし寂しくなったら私と一緒にいて欲しいな。」
と広瀬が言ったとき、「発車3分前」というアナウンスが流れた。
見送り人や見物人はホームに降りる。
「気をつけてな。」
と、三奈美は言う。
発車ベルが鳴り出した。
「昔の小岩君に戻れるといいね。私もそう願っている。」
下山が言った。
「じゃあ、気を付けて。」
最後に広瀬が言う。
それに小岩が「行ってくる。」と応えた時、ベルが鳴り終わった。
「13番線ドアが閉まります。」
自動放送が流れドアが閉まる。
EF64‐1030号機が汽笛を鳴らし、唸りを上げて9両の24系を引っ張る。
列車はゆっくりと動き出す。ブルートレインの青い車体がホームを流れていき、列車の最後部の紅いテールライトがホームの外の闇の中へ消えていった。




