ニセコ
翌日は自由行動だ。
班ごとに別れて行動する。
小岩の班は予定より早く行動をしていた。
最後に行くのは梅小路運転区だ。
小岩剣と三奈美つばさは梅小路運転区に着くと、歴代の蒸気機関車を見て歩く。
「ボッ!」
と、汽笛が聞こえた。
C62蒸気機関車が転車台に載って扇形車庫に入ろうとしていた。
「つるぎ。」
と呼ばれる。
松江ニセコが、C62の入線する線の隣りで小岩を待っていたのだ。
「ニセコさん。どうして?」
「まりもちゃんが教えてくれたの。」
「あいつ―。」
「二人で話しましょ。つるぎ。久しぶりに会えたんだから。」
「ええ。でも―。」
小岩は振り返る。そこに、皆はいなかった。
(あれ?)
と、首をかしげると、携帯が震えた。広瀬からだった。
(予定より早いから、私達は京都タワーに行く。宿の最寄りの地下鉄の駅で合流しよう。お姉さんとごゆっくり。)
と言うメールだった。
「あいつら―。」
小岩はつぶやく。
「ボーッ!」
と、C62が汽笛を鳴らしながら車庫に入る。
「お父さんが憧れていたC62ニセコ。私の名前の由来。つるぎも列車の名前よ。私が名付けたんだから。お隣さん同士で、つるぎの両親やお祖父ちゃんが私の面倒を見て、私はつるぎの面倒を見てきた。」
ニセコは手を出してきた。手をつなごうと言いたいのか。
「お父さんは、同じ北海道の列車で、「ニセコ」と同じ函館本線の列車の名前で、「北斗」って思っていて、つるぎの両親もいいねって言っていたのよ。でも私は言いにくいって思って、北陸の寝台列車の名前を付けたの。」
ここまで話したニセコだが、小岩は何も答えられなかった。
「まりもちゃんから聞いた。記憶が無いって。私との記憶も消えちゃっているって。」
C62蒸気機関車の煙の香りが漂ってくる。
「記憶が無くなった理由も聞いている。でもね、これが事実なの。」
「―。」
C62が蒸気を吹く。
「ニセコさん。例え姉弟であったとしても今の自分は流れ者でしかありません。自分の上官が言っていました。「どんなに好きでも、周りの人から見ればただの流れ者にすぎない。どこの誰か分らない人間を交際相手と認めることはない。」と。」
初めて口を開いた小岩に、ニセコは笑って答えた。
「記憶の無いつるぎはそう思うよね。でもね、昔から私達は姉と弟のようなものだった。昔のつるぎと私になるのなら、つるぎは流れ者ではない。」
小岩は三条神流が言っていた事をもう一度思い出す。
「お前が本来の姿に戻るのなら、咎める奴はない。とも言ってました。」
「そうでしょ?」
「ですが、直ぐに戻る事は―。」
「ええ。だからゆっくり戻って行こう。ようやく再会できた私達なんだから。」
小岩は肯いた。
「それにしても、随分妙な上官と出会ったんだね。」
と、ニセコが言い、小岩は三条神流と南条美穂の事を話した。
「へえ。群馬と長野で私とつるぎみたいな関係の人もいるんだね。」
「特に、三条さんと会ってから私は記憶の手掛かりを多く見つける事が出来ました。銃撃戦の最中に見つけた落書きも、自分とニセコさんの関係についても、三条さんがヒントをくれました。」
「そうなんだ。」
ニセコは転車台を見る。
「つるぎはどこに就職したい?」
「まだ、解りません。」
突然の質問にとまどう。
「なら、私の会社で運転手とか、運行管理者とかやってみたら?」
ニセコが笑って言った。
ニセコと二人で梅小路蒸気機関車館を見て歩く。
「私の名前の由来になったC62の2号機等の歴代のSLが居るこの場所は、辛いときによく来る。そうすると、私のココロノツバサがまた羽ばたき出す。つるぎのココロノツバサは「はくつる」で、私はC62。」
「ココロノツバサ?」
「つるぎと私が繋がる架け橋。私とつるぎの列車は、翼が描かれている。「はくつる」のヘットマーク。C62‐2号機の除煙板。私達の名前には列車と翼がある。心の中にも、列車と翼がある。それがココロノツバサ。」
「ちょっと前に広瀬が言ってました。「夢に向かっていく翼がココロノツバサ」って。自分が言っていたみたいです。」
「まさか、ココロノツバサまで忘れてしまったの?」
小岩は首を振った。
「忘れたと言うより、思い出せないだけです。はっきり残っていたのがブルトレの記憶でした。それを頼りに旅をして、貴方と再会できました。」
「そう。でもそれは、ココロノツバサは忘れたけど、ブルートレインの記憶だけは残っていたって事よね。」
小岩は肯いた。




