思わぬ再会
「バスガイドは松江ニセコです!ニセコって呼んでね!」
と、バスガイドが自己紹介した。
(なっ!?)
小岩は驚いた。
「おい。あのバスガイド、例の落書きの主じゃねえのか?」
三奈美が小声で言った。
「同姓同名だろ。」
と小岩は言い返すが、手紙に書かれていた勤め先はこの「帝産観光バス」なのだ。
「試しにナンパするフリして探り入れてみるか?」
「よせ。こっちだって頭こんがらがってわけ解らねえんだ。」
と、小岩が言った時だった。事情を知らない小野上彩女が、
「ニセコちゃん!ここにいる男二人がニセコちゃんナンパしよっかなって言ってるよ!」
と言った。
「バカ。違うんだ余計なこと言うな。話がわけ解らなくなる。」
「えっ!言い訳?」
「だからちげえってんだ。」
事情を知らない清美までもが、小野上に加わってからかい始める。しかし、広瀬は気が付いたらしい。
「小岩君。まさかあの人って―。」
「だから変なこと言うな。話がこんがらがる。」
松江ニセコはニヤリと笑った。
「君達二人?次の目的地の法隆寺でちょっと話しましょうね。」
と言った。
「どうするよ。」
「例の落書きの写真はあるし、手紙―ってそうか三奈美は知らないな。とにかく話そうじゃないか。」
三奈美は「手紙」という言葉に驚いた。
「おいお前、手紙ってどういうことだ?」
小岩は手紙を貰った時のことを話し、持って来た手紙を見せる。
「こりゃ、遠回しのラブレターだな。」
バスは法隆寺近くのレストランに着く。
「よし。飯食ってすぐ行くぞ?」
「飯前じゃねえのかよ。」
「どうせ女子か、マジでナンパしたい奴等が先に行くに決まってんだ。そんな状況じゃ、話つけるに付けらんねえって。」
小岩の言った通り、ニセコは女子に囲まれていた。
その中に、下山我孫子もいた。
「下山を行かせて―。」
「あいつにも広瀬にも、手紙の事実は話してない。知っているのは、三条さんだけだ。」
「なぜ三条さんに?」
「目の前に現れた人が、かつて姉弟のような関係だった人だって言われても、俺は想像もできないのだよ。だから三条さんに南条さんについてどう思っているか聞くついでに見せた。」
法隆寺を出て、東大寺から奈良公園へ行く。
奈良公園では皆が鹿達と戯れているが、三奈美つばさと小岩剣はバスの所へ直行する。
「なるほど。俺達みたいな動物嫌いには地獄だ。周りが戯れている間に話つけるって事か。」
と、三奈美は納得した。
しかし、彼等の思惑通りには行かなかった。
「清美と下山、それから広瀬が邪魔してるぜ。」
ニセコは3人と談笑中だった。
「スナイパーライフルで狙撃してえな。」
と小岩が笑いながら言った。
「サバゲーじゃねえんだよバカ。」
清美は下山にバスの話をしていた。下山は聞いているのかいないのか分らない様子だったが、広瀬はニセコと笑っている。
「もういい。行くぞ。」
と、小岩がしびれを切らして、ニセコのところへ行く。
「あっ。来た来た。」
と、下山我孫子が言う。
「さっきナンパするとか言っていた二人組です。こっちが三奈美で、こっちは小岩。」
小岩と聞いたニセコは「えっ」と言った。
「小岩君の下の名前は何て言うの?」
「つるぎです。」
小岩は言いながら、リュックから例の手紙を出そうとしたが、その時、清美がニセコに話しかけてしまった。
(空気読めバス男!)
と、三奈美は言いそうになった。
「ゴメン。俺の勘違いだ。」
小岩はバスに乗ろうとする。
「おい待てよ!」
「だっておかしいだろ。俺の姉だって野郎がいきなり手紙寄越して来たと思えば―。」
(お前が本来の姿に戻るのなら、咎める奴はない。)
と言う三条神流の言葉を思い出し、小岩はバスの車内にリュックを置き、手紙だけ持っておりてきた。
「何!?ラブレター書いたの!?」
事情を知らない清美が笑いながら言い、下山我孫子も笑って三奈美は「あっち行け」と、二人を蹴飛ばした。
「ニセコさん。これは貴女のですか?」
小岩はニセコに手紙を見せる。
ハーフツインの黒髪で明るく可愛らしい顔をしたニセコは手紙を見て驚いた。
「それから、この落書きも貴女の―」
ニセコは小岩に抱きついた。
「つるぎ―。今まで何処に居たの?こんなに大きくなって―。」
ニセコは泣いていたのだ。
「ニセコさん。僕は―。」
「言うな小岩。受け入れろ。これが事実ということさ。」
小岩はどうすればいいか迷った。
写真を撮る清美と下山を、三奈美はバスの裏に押しやる。
「列島地震の後、何も連絡も―。」
「ニセコさん。ごめんなさい。僕は―。」
小岩が言いかけたとき、別の女子の団体も戻ってくるのが見えた。
「とにかくニセコさん、一回離れて下さい。」
ニセコの涙がYシャツに染みている。
小岩はニセコに事実を話せていないのだ。
「大丈夫かお前。」
三奈美が言う。
「痛え。くそ。帝産観光バス訴えるぞ。勤務中にあんなことして良いのかよ。」
小岩はきつく抱かれた所を抑える。
「バカ。バス会社潰してどうすんだ。」
三奈美が苦笑いを浮かべる。
京都の宿に着いた時、小岩は何も言わずに宿に入ったが、広瀬がそれを見てニセコに何かを聞いた上、何かを伝えていた。
夕食の後、小岩は宿の部屋でグループに入らず一人で考え込んだ。
「そういえば、ニセコちゃんと小岩は遠距離恋愛が始まるのか!?」
と、クラスの青山がからかうと同時に、皆がからかいはじめだ。
小岩は居た堪れず、「訴えるぞ」と言い部屋を出る。それを、三奈美と清美が追った。
「おいお前、あんな別れ方あるか。お前の姉ちゃんだった人だぞ。」
「なんでその姉って野郎が―。」
三奈美は小岩の顔面にパンチを喰らわせる。
「せっかく会えた姉って言う人に対してやる態度か!俺は長野で中学2年の時に転校した彼女と再会したとき、泣いたぞ!向こうも泣いたぞ!それも三条さんの前で盛大に抱き合ってキスしてだ。」
「ならどうしろってんだ。自称姉とラブホでも行けってのか?」
小岩は殴られた所を抑える。
「一体小岩って何者なんだ?」
と、清美が言う。
「記憶喪失の鉄道マニアって皆呼んでる。小岩、言ってもいいか?」
小岩は肯くと、三奈美が小岩の記憶が無くなって現在に至るまでの経緯を話した。
「じゃあ、あの手紙はニセコちゃんからのラブレターってことか?」
「そうなるのかね。そもそもおかしいよ。あの人と俺がこういう関係だったなんて。俺の記憶がぶっ飛んでいるだけでもさ、こう立て続けになんか起きると気味が悪い。」
「ただ、事情を知らない奴等、ネタにしてるぞ。」
「ほっとけよ。」
小岩は言うと、ロビーに降りる。
三奈美と清美も着いてきた。




