時は流れて
あの日の子供も今や高校1年となり、寝台特急「はくつる」も無く、八戸行き東北新幹線に取って変わってしまっていた。
そして、あの日の子供は小学6年より以前の記憶がすっぽりと消えてしまっていた。小岩剣という名前である事を除いて、自分は何者で、自分は何処から来たのかという記憶も。
彼が覚えているかすかな記憶の中には、赤いEF81電気機関車と青い24系客車のブルートレイン。そして、寝台特急「はくつる」のヘッドマークだけが残っていた。
だから彼は鉄道マニアとなり、自分の消された記憶を求める旅に出ているのだ。
鉄道を追っていくその先に、自分は何者であるのか、自分は何処から来たのかという答えが見つかると信じて。
今日も彼は答えを求め、上野駅にやって来た。
上野駅の地平ホーム。いわゆる「低いホーム」は、東北や北陸を目指す長距離特急列車の専用ホームとも言われていたが、今は普通列車が時折入ってくる程度だ。それでも、16番線17番線からは常磐線の特急列車が水戸、いわき、仙台を目指して発車していく。
小岩の記憶の彼方にある寝台特急「はくつる」も、この地平ホームに発着していた。13番線ホームに行く。
21時15分発、寝台特急「あけぼの」が入線していた。
最後に残った上野発青森行き寝台特急だ。
2010年において、上野発の寝台特急は「カシオペア」「北斗星」「あけぼの」のみとなってしまい、「はくつる」とほぼ同じスタイルのブルートレインは2本のみだ。
先日のダイヤ改正では、北陸へ行く寝台特急「北陸」が廃止され、急行「能登」も臨時列車となってしまった。
小岩剣はこれに焦りを感じていた。自分の失われた記憶を辿る上でただ一つの手掛かりであったブルートレインが廃止されると、失われた記憶を元に戻せなくなり、答えを出す事も出来なくなるのではと思っていたからだ。
だからこそ、彼は今旅立つのだ。
失われた記憶を求め、寝台特急「あけぼの」に乗り遥か彼方の青森へ。
そこは、かすかな記憶の中の寝台特急「はくつる」が上野へ向け出発した始発駅であるのだ。