閑寂
今日も世界の隅は音楽であふれている。私は手渡されたチケットを受け取ると奥の会場への道を指差した。黒々しいカーテンの奥、重い扉を開けると、そこからは桁ましく音楽が鳴り響いていた。ここは町はずれのライブハウス。小さな箱の中で世間に認められない薄暗い歯がゆさがうようよと沈殿している。その闇に本日最後の客であろう人物を吸い込まれたのを見送ると私は一つのため息をついた。
「はるさん、知ってる?今日のバンド。」
グッズ売り場のレジの清算をしながら、同僚のみかこは言った。
「知らないですね。みかさんはご存じですか?」
昔は狂ったように通ったライブハウスだが今ではここに来るバンドの名前さえ言えない。バンドはまるでひと夏の恋のように急激に膨れ上がって、行くところまでいってしまうと嘘のように消え去ってしまう。あの頃私が追いかけたバンドマンたちは今どこで何をしているのだろう。賞味期限のはやすぎる彼らを私はふと頭の中に思い出した。
「今回のバンドは話題になってたから知ってるんだ。元々女子のスリーピースバンドでやってて、つい最近男のギタリストが加入したんだよ。ハードロックで、信者が湧くような激しいバンドだったから新メンバーが入るってなった瞬間荒れて荒れて。それで今回がそのギタリストのお披露目ライブってわけ。チケット即完売するほど注目のライブなんだってよ」