彼が差し出すもの、彼女が叶えるもの
「お迎えの準備は万全ね。ちなみに今度死ぬとどうなる?」
《先程と同じように貴殿の人生が書に追記される。また、それまでに得た善行、善果、善因――貴殿が言うところの優しい世界を創造するための因子が保管され、それらを自らの意思によって神に捧ぐか否かを決められる。そして神は捧げられた因子を消費して、各々の御業を行使することが可能になるという訳だ》
「なるほど……人が生きている間に良い事を重ねるとポイントを得られて、それを神様に捧げると、神様は色々な権能が使えるようになると」
「はい。ですが、捧げられる因子には善悪諸々――所謂『属性』が存在していまして。原則、神格者の嗜好や思想に沿った信仰心しか使えません」
日本の銀行で金貨を受け取った所でコンビニでは使い途が無いのと一緒だ。それでも神に捧げられた信仰心は何であれ貴重品に分類され、通常、神の御手によって大切に保管される。
だが金貨に例えられる信仰心は存在するだけで価値がある。神々の中には使い途の無い金貨を無理矢理磨り潰し、効率ガタ落ちでも構わず御業を行使する者も居れば、一切消費せずに溜め込みまくる者も居る。
余談ではあるが、受動的な御業はスキルポイントの消費が少ないが効果は永続かつ弱く、能動的な御業はスキルポイントの消費が激しいが限定的かつ強力。一部には後者を特に好み、神格としての寿命すらも知らぬ存ぜぬと言うように浪費する者も居るという。
「なら俺の精神ポイントとやらは?」
《信仰とは別の、人生における苦行、難行、試練というものを乗り越えられた者に与えられる魂の成長値だ。本来であればカンストなどせんものだが……貴殿の場合、規定の成長値を超えて貯めこまれていてな。困ったことに今回は善悪の制約も無く、殆ど自由に使える。だがこのポイントは貴殿がこれまで歩んだ生における成果であり、当然ながら神の所有物などでは無い。それでも捧げることは出来るだろうが――》
「覚えていられないこととは言え、馴染みも無く、苦労ばかりの世界に連れて行くことになります。だからそれは、貴方の為に総てを使って下さい」
《これが神のご意向だ》
「……」
神様は少年の近くまで寄ると、両手に持った魂の書を少年に向けて差し出した。
本を受け取った少年は、しばし本に目線を移して、やがて確かめるように言葉を紡いだ。
「この本は、他に何が出来る?」
「貴方の想いを刻み、貴方の言葉を写しとり、貴方の生き方を手助けしてくれます」
「何もかも覚えていなくても?」
「血も親も違えど、生まれも世界も違えど、たとえ記憶が無くとも、貴方が貴方であることを叶えてくれます」
その口から紡がれた言葉は少年が抱いた願いの一つで、
「この書は、貴方の為に生まれた書ですから」
彼女が他の何を差し置いてでも、最初に叶えたいと願ったもの。
「……俺のこと、もう色々識られちゃっているんだよな」
「はい、見てしまいました」
「俺の人生には、抜け落ちて手に入らなかったものが沢山ある。それを手に入れに行く」
「微力ながらお手伝いさせて頂きます」
「だから、神様」
「はい」
「俺の願いを叶えて貰った感謝として、俺は貴女に対価を払いたい」
「えっ?」
「俺がこれまでの人生で得た全て。此処に置いていける物全てを貴女に捧げる」
「えぇえっ!?」
《ご、ごごご剛気だな……だっだが、天秤が釣り合わんぞっ。貴殿の側が重すぎるのだ。まして貴殿は内訳すらも識らんというのに》
「それなら、失われた彼女の銘を新しく決める栄誉が欲しい。余ったら神様の力にしてくれ。振り分け方は貴方に任せる」
《う、ううむ……だが銘を決めるのは神自身だ。その価値は我には測れんぞ。神よ、如何になさる》
「だ、だったら私は彼の魂の銘を決める権利を求めます! それならどうですか!?」
「あぁ、それなら俺も色々釣り合うと思うけど……どうよ?」
《……》
つまるところこの二人は、人と神という別個の存在でありながら互いに対等で在りたいと願い、それぞれに重さの違う対価を天秤に乗せている。少年はそれを特に理解しており、だからこそ正確な数字を求めず、また口に出さない。
その上でフェアリー01に釣り合わせろと暗に告げているのである。
かつてこれほど無茶で、楽しくも頭を悩ませられる難題を押し付けられたことがあっただろうかと、遠方から観ているフェアリー01の口元が半月型を描く。
《まったく……人らしき強欲に、神らしき傲慢であるな。……良かろう。我が良きように取り計らおう》
「ありがとうございます!」
《これもまた仕事の内だ。円満円滑な世界運営のな》