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神話転生~いつか貴方に遇う日まで、~  作者: ほのぼの白饅頭
冒険の書 - Book of acedia -
3/11

神から賜りし冒険の書は――

《では少年、貴殿にこの書を与えよう》


 彼の目の前に現れたのはB6サイズ、ハードカバータイプの本だった。

 表紙は空のような綺麗な蒼のコントラストを描いていて、白の神秘的な文様が刻まれているが、本の何処を見てもタイトルは無い。

 本が自発的に開き、パラパラと頁が開かれていく。が、中身は全て白紙だ。一見すると、丁寧な包装をされた落書き帳のように思えた。


「神様、これどうやって使うの?」

「貴方の生を書き写す力を持った本ですので……ちょっと貸してくださいね」


 彼女は宙に浮いている本を手に取ると、一番最初の頁に掌を(かざ)した。すると、白紙だった頁に何処からともなく文字と直線が浮き上がって、空白を即座に埋めていく。

 ペラペラと頁を捲って途中で文字が途切れ、続きは白紙のままであることを確認すると、彼女は最初の頁を開き直して、何を思ったのか彼に背を向けて本を読み始めた。

 初めて玩具を与えられた子供のように目を輝かせ、表情を次々と変えながら頁を捲る彼女の姿は声を掛けることを躊躇ってしまうぐらいに楽しそうで――。


「――!?」

「~♪」

「……なぁ神様」

「ハッ!? はいっ、なっ何でしょうか?」

「本を読むの、好き?」

「大好きです!」

「そっかそっか。……それで今、何の本を読んでるんだ? もう察しは付いてるんだけど、具体的にどんな内容なのか知りたいんだけど」

「貴方の人生です! これはとても読み応えがありますよ!」

「はーい没収~」


 少年は有無を言わさず彼女から本を取り上げた。


「ああぁっ、かっ返してくださいよぉ~っ!!」


 家族の形見を奪い取られたかのような必死の形相。大粒の涙さえ浮かべて両手を突き出しながら突撃してくる彼女に、彼は顔を赤くしながら彼女の頭突きを片手で抑えながら叫ぶ。


「返せるか! 普通に恥ずかしいわ!! しかも本に書き込まれたのが“これから”じゃなくて“今まで”のだろ!? 捧ぐべき信仰とか全く関係ねぇっ!!」

「親友の恋を応援すべく、自身の恋心を閉じ込めたほろ苦い思い出を(リアル)で拝めるなんて滅多に無いんです! 読ませて下さい~っ!」

「なおさら出来るかぁぁぁああああああああっ!!」


 そして始まる阿鼻叫喚(こどもどうし)地獄絵図(ちわげんか)。この事態を収拾するのに二十分ほど時間を浪費したことを宇宙に記録しておく。


「~♪」


 結局、悪気や悪意は無いのだとフェアリー01に諭された少年が、根負けする形で彼女に本を差し出したことで混乱は収まったのだが。


《なんだ、その、尊い犠牲だったな……》

「その役割を期待してた癖に良く言う……はぁ、俺の人生丸見え読みなおしとか……どうせ何時か神様(だれか)に識られると解ってても隠しておきたいもん筆頭だろ……」

《……そう言うな。これから永い付き合いになるのだ。貴殿がどのような生を歩み、どんな願いを抱いていたのか――その確認は必須だろう》


 いくら神であれ、否、信仰を存在の糧とする神であるからこそ人の自由意志を尊重する。

 その者の願いと、祈りを捻じ曲げて、捧げさせた信仰(おもい)など力にならないのだと、フェアリー01は彼に告げる。


「そう言われるとぐうの音も出ないけど。いや、信仰捧げるって約束したから別に良いんだけどさ。……これ、次もあるって解釈でOK?」

《あぁ。そして貴殿が人としての生を望む限り、何度でもだ》

「何度でも、ね……」

《我々は毎度このような円満な解決を望んでいるよ》

鋭意努力(えいいどりょく)するよ……しっかし実に楽しそうに読むよな、神様」

《本に目がない性格ではあるが……あれは単純に、貴殿の人生に触れられることを喜んでいるのだ》

「そんな大層なモンじゃないけど」

《さて、それはどうだろうな?》

「……普通だろ?」

《まったく。貴殿は謙遜が過ぎる》

「ふぅ、読み終わりました。とっても素晴らしかったです……ふふ」


 何がどう素晴らしかったのか詳細は全く以て不明だが、本を読み終えた神様はとても満足なさった表情を浮かべていた。余韻に浸るように頬に手を当てた時、ふと何かを思い出したかのように顔を少年に向けて、


「あっ。ところで……その、前世は修行僧を目指されていたのですか?」

「修行……僧? いや、確か俺の最期は病死だったと思ったけど……修行なんかしてたっけ?」


 魂の大海に浮かんでいると、今まで忘れていたことを思い出せと言うように知識が雪崩れ込み、その光景を切り取った画像が走馬灯のように流れていく。

 死後の世界とやらは便利なものだと感心する傍ら、少年は修行僧の道なるものに該当する記憶など無いと確信するに至り、自然と首を傾げた。

 その姿を見た神様は何を思ったのか、両の手を握りしめながら彼の日常を列挙し始めていく。


「明らかに他の人とは一線を画す技能を有しながら、更なる技能向上に余念がなく、決して経済的に裕福とは言えない水準のお給金を受け取って、文句を言うどころか愚痴一つ零さず、部下の方を毎日労い、また熱心にお仕事に励まれ、ズル休みすること無く勤め上げられたのですよ! しかも、災害等における基金を目にされたら積極的に私財を投じられています! おまけにご近所の孤児院の運営に手を貸されていて……!! これが修行僧の道じゃなかったら何なのですか! (Toku)が高いんですよ、(Toku)が!!」


 好意的な解釈によって人生を朗読されると、偉大なことをしている気になれるものだ。だが少年は神様のリップ・サービスだと思って憚らない。それは特別なことではないと告げるように、神の言葉に注釈を付け加え始めた。


「仕事は自分自身が選んだ道だしなぁ。その仕事で楽するために各種技能は覚えただけで、裕福でなくても独身貴族だったから苦痛も不満も無かったし……。部下は自分の仕事を奪ってくれる大切な仲間だから無碍にする理由が無いし。それと、お仕事を真面目に務めるのは社会人として当然。あとは……特に散財するような趣味が無かったから寄付の金とか気にしてなかっただけなんだけど。あ、子供は嫌いじゃなかったのは確か」


 そう。少年(おいちゃん)は生前、子供好きであったが故に、こうして神様(ようじょ)とも安心して対話が出来ているのである。これが色気溢れる大人の女性であったなら危うかった。その一挙一動に振り回されている己の姿は想像に難くない。


「それを自然体に出来る方がどれほど居ると仰るのですか!! し、しししししかもお亡くなりになるまで童貞ですよ、童貞! 清らかな身体のまま昇天されたとか、ポイント高すぎです! どうなっているんですか一体!?」

「そんなん俺の方が知りたいわ! てか、出会いが無かったのは(それ)見たからもう識ってるだろ!? 俺自身、三十過ぎても結婚する気がまるで起きなかったから諦めたの!!」


 ――それに二次元があったしな。変態技術バンザイ。日本は本日も平和でした。


「最後の言葉は聞かなかったことにします……がっ!」


 キリっ、と眉根を釣り上げた神様が両手を握りしめながら語り出す。


「兎にも角にも! 貴方は勤勉、謙譲、清貧、忍耐、節制、純血、慈悲の数値が素晴らし過ぎて、人が死後持ち越せると言われている精神ポイントが超人の域なんです! これは凄いことなんですよ!? もっと誇って下さい!」

「へー。具体的にはどのぐらい(ヤバ)いの?」

「に、二次元嫁と呼ばれる存在を自分の眷属として生み出して……永遠の恋人に出来るぐらい……ですかね? それも複数……」


 ――なん、だと。


「もうそこが俺のゴールで良くない? ほら、人は愛さえあれば辛いことも乗り越えられるって言うし」


 そんなことが出来ると聞かされれば、殆どの人間は堕落と言われようとその道を選ぶだろう。何も好き好んで艱難辛苦の道を選ぶ必要は無いし、結果が視えているならショートカットを行うことへの忌避感も薄れてしまう。何をするにしても、可能な限り楽を求めてしまうのは人間の哀しい(サガ)だ。


「だっダメですダメですっ。お願いですから私を一人ぼっちにしないで下さい! 貴方の願い、何があっても叶えますから! 認めますからぁ!!」

「俺の、願い?」

「はいっ」

「――」


 それは少年にとって、とても大切なモノの筈なのに。何故かそれを自分の口から出すことも、神様に尋ねることも躊躇わさせた。

 涙目で自分の袖を掴む神様を宥めるように、そして誤魔化す為に、彼女の頭を撫でながら話の流れを強引に変える。


「――……ま、それは良いや。話は戻すけど、その本の力って何だっけ」

《貴殿のこれまでの人生を文字として変換し、保存することが出来る。ただし、それらは貴殿が読んでも経験にはならない》

「生まれ変わって、その本を開いてもただの知識にしか過ぎず、活用出来るかどうかは自分次第と……」

《そうだ。何より貴殿が十全に使い熟せた技能しか詳細は記されない。また進んだ文明技術(オーバーテクノロジー)についても殆どが『そのような概念がある』という表現に留まることだろう》

「ふむふむ」

《例えば貴殿のような機械文明の出身者にとって『魔法』という存在は架空の物語(フィクション)に出てくる概念でしかなく、その詳細と解釈は記された本によって多岐に渡り、その形を大きく変えるだろう。このような場合『魔法』は【精神エネルギーを用いて物理法則に干渉する技能、またその概念】となり、その習得法や習熟の手段は記されない》

「要は地球技術の大幅制限、まぁ妥当な所だよな」

《不満ではないのか?》

「前例があるんだな? ……それが誰でどうなったとか聞かないけど、過ぎたるは及ばざるが如し。俺は自分が英雄になれるなんて思っちゃいないさ。そんな蛮勇、俺には無いよ」


 と、ここで少年は更に言葉を続ける。ただし唇だけを動かして。


「……ってことで一つ」

《……了解した》


 未来がどうなるか、どのような生き様に変わるかは自分でも分からないが、保険は実際に必要だ。

 というよりも、世界をその手で救え! なんて過酷な運命を無理矢理背負わされても正直困る。

 自分のところの神様で手一杯になるのが目に見えているというのに、世界とか手に余り過ぎるだろう。常識的に考えて。


《正直に言えば、これは貴殿が転落人生まっしぐらにならないための最低限の安全保障(フェイル・セーフ)であると考えて頂きたい。概念(システム)の新規構築には社会の物質的適応と精神的進化を待つ必要があるからだ。対処不能で社会には早過ぎた概念(システム)を自発的に招き、それが元になっての魂の堕落、精神性の停滞は可能な限り避けたい》

「でも、それが必要になるケースも場合によっては考えられると。完全な封印を断言しない所を見ても、これから行く世界は危険度が相当高いんだろ?」

「ギクッ! ……な、何故、そう思われたのですか?」

「そら自分の部署でやりくりできず、人手が足りない所に呼ばれるっていうのはほぼ例外なく修羅場で、ギリギリの綱渡りを強いられているもんだから。地球の影も形も視えないほど遠方の神様に誘われたって時点で大体察しが付くよね?」

《まさしくその通りだ。理解が早くて助かる。尤も、そうはならないよう加護を与えたいのだが――》


 ご加護を与えて下さる神様は信仰心が足りなくて満足に権能を揮うことが出来ない――というのが建前。本音は良いから今は座っててくれ、頼む。である。


「あうぅ……すみません、すみません……っ」

「落ち込むなって神様。これから色々(制御できるように)頑張れば良いんだ」

「はいっ頑張ります!」

「おう。ところで、生まれ変わりの行き先は決まってるの?」

《世界と種族に関しては既に決定している。性別は男性が希望だな? そこから先はほぼランダムだ。ただし――》

「ただし?」

《赤子の魂は両親の霊格に近いレベルを選出するシステムを摂っている。無論、上下にある程度の幅はあるが》

「……前世の頑張り具合が期待されてるな。文明レベルは俺が居た世界から相当下がるって考えても?」

「あ、はい。それも今回は、国家創成期や混迷期の真っ只中になると思われます。ですが――」

《少なくとも貴殿に与えた本を他者に見せても違和感を感じられない程度には文明は発達している。大陸の多くは肥沃な大地が広がり、飢えることはほぼ無い代わりに天寿を全うする前に死ぬ確率が高い。多産多死、一夫多妻制も一般的と言える程度に周知されている》

「群雄割拠に加えて天敵多数? でもま、退屈とは到底無縁(エキサイティング)な世界観のようで何より。この本にセーブポイントは?」

《無い》

「某ゲームの冒険の書っぽいからそういう権能(ちから)があると思ったんだけど、無いんだ」

《無いのだ。安心したまえ》


 神様から与えられた冒険の書は、ちゃんと人生は一度きり仕様(ハード・コア・モード)らしい。ごく一部の例外を除いて、何処の人生でも巻き戻し、やり直しなんて出来ないものではあるが。絶望的な状況の強制、死に戻りによる人間性喪失の可能性があると考えれば、そんな力は無い方がマシだろう。


「現世に縛られると色々問題が出てきますから……逢えて言うなら、此処ですね。私との(リンク)が既に刻まれていますので、何時何処で命尽きようと貴方の魂は此処に導かれます」


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