彼女はぽんこつ神様
《――これで貴殿は、神格を持つ者として世界から正式に認められた。何か質問はあるかね?》
「ありません!」
《……ォィ》
「待って! ちょっと待って!」
喜びのあまり、貴重な応答時間をゼロにしようとした彼女の両肩を彼が間を置かずに掴んだ。
これから一蓮托生になるというのに、何の準備も理解も無く、すぐに放り出されるなど論外である。
いくら信奉すべき神であれ、百年の信仰もこれでは醒めてしまう。さすがにそれは勘弁して欲しい。
「……適切な質問はすぐには浮かばないけれど、説明して欲しいことは山ほどあるから。叶うなら――フェアリー01という方、俺と彼女の相談に乗って欲しい。答えられないことは答えられないで構わないから!」
《見給え。これがオトナの対応というものだぞ、神よ。貴殿は能力の高さを頼みにする余り、過程をあまり顧みない傾向が見られる》
それでは困るのだよ。今回のようなトラブルを未然に防ぐことも出来ないぞと、フェアリー01が厳かであれ優しい声音で彼女に語りかける。
「あ、はい……すみません」
短慮であったことを恥じるように、彼女は顔を赤くしながら姿勢を正した。なお、いそいそと少年の近くに寄るのも忘れない。
「以後、気をつけます」
《うむ。……さて、少年よ。時間という資源は有限だ。貴殿の疑問に手早く答えるとしよう》
「宜しくお願いします」
フェアリー01の声が響く方へ正座スタイルで向き合う二人。こほん、とフェアリー01はわざとらしく前置きして、解りやすく語り出す。
《まず、此処は死後の世界と呼ばれている。正確には死後、各々信奉する神々に導かれた魂が群れを成している大海だ。皆此処で、新たな生命に生まれ変わる刻を待っている。貴殿もまた同じだ。一つ違いを挙げるとするなら、生まれ育った世界から離れようとしていた所を此方の神に招かれたという点だが》
「それはなんとなく理解できる。ちなみに、そこら中に視える星々や銀河は……もしかして……」
《察しが良いな。偉大な神格が引き連れている魂の群衆、その光景を表わしている。尤も貴殿に視えているものと、私に視える景色は違うのだがな。これは貴殿が理解しやすいように、貴殿自身の想像力で認識を変えて視ていると理解して頂きたい。人によっては賽の河原にも視えていることだろう》
「なるほど、これが色即是空……。でも、何処も彼処も随分遠くないか?」
距離、というものが機能していると仮定するなら――二人の近辺にはっきりとした星の輪郭を捉えられる存在は無い。総じて光の点であり、みな虚空の彼方だ。辛うじて判るのは色ぐらいのものである。
《ぼっちや新任の神に率いられた魂はアレら魂のコロニーからは離れた場所に集まるものだが……ここまで寂しいのは滅多に見られんな》
「うぅ……っ」
哀しい事実に打ちひしがれるかのように、彼女の目元に涙が浮かぶ。ちくせう、と神にあるまじき単語がポロリと溢れた。
《だが、それは同時に少年が特別であるという証左でもある。喜べ信仰者一號。貴殿の新たなる門出を祝し、神が特別な力を授けて下さるぞ》
「……わーい」
「なんでそんな棒読みなんですかっ。神様がお気に入りの信者さんに与えられるのは特別な権能ですよ、今風に言うならチートなんです!」
「K教Y様みたいに、奇跡使えたり聖痕刻まれちゃったり?」
「B教Bさんみたいに、悟りが得られたり解脱出来ちゃったりします!」
《まぁ貴殿の神様ポイントは殆ど無いから、大したものは渡せないんだがな。むしろ少年が今までの人生で稼いだ精神ポイントの方が遥かに高いぐらいだ》
「ちょっとぐらい夢を見させてくれたって良いじゃないですかぁーっ!!」
「知ってた。……気を取り直していこう」
「ぐすっ……はい」
「ところで神様、何を司っているの?」
「本です!」
「本か……。た……」
「た?」
「いや、どんな力があったんだ?」
それを聞いた瞬間、焚書でもされたの? という禁句が喉から出かかったが、なんとか飲み込んだ。誰にだって触れられたくないことの一つや二つはあるものだ。不用意に地雷原に踏み込んだが最後、連鎖爆発からの最終戦争まで有り得る。
「古今東西は勿論、異界言語であっても時代に合わせて適切かつ瞬時に翻訳したり、本という属性を持つ存在なら何でも蒐集したり、書に記された力を十全に使役出来る権能とか……あったのですが……」
(サラッと言ってるけど、全盛期の神様パネェ……な、ん? うん? んんん?)
尻すぼみしていく神様の声音とは打って変わって、それを聞かされた少年の疑念と警戒度がぐぐーんと上昇していく。
(可笑しくないか? ……さっきの話の流れから、この神様は神として存在してから間もない御方の筈。なのに、聞くだけで強力な権能が割と揃ってるってことは……まさか……)
この神様、本の概念が創られた後に千年修行した神というより、最低でも文字が創られた辺りから居らっしゃった、安易に口にすることも憚れるような旧き神じゃなかろうか。
実はその権能を他の神様から危ぶまれ、名前や記憶ごと剥奪されて零落した――とか、じゃない、よな?
と、疑念を顕にした彼がちらりと天を仰ぐと、フェアリー01はそっぽを向いたような声音で、
《……回答を拒否する》
「ねぇ、知ってる!? 拒否と沈黙は時として肯定を兼ねるって」
《少年。貴殿にはセーフティーなる役目を期待している。切に、だ》
人間社会ではその横文字を主に『生贄』だの『身代わり』だの『人身御供』だのと呼び習わしている。
少年の精神に怒りという名の感情が沸々と湧いてきたが、辺り構わずぶちまけるほど分別を弁えていない訳ではなかった。
「オーケィ……前向きに行こう。喧嘩は良くない。良いね?」
《うむ》
「勿論です。喧嘩はよくありません!」
神様は良い娘だった。その微笑みに少年は怒気を抜かれて一気に肩の力が抜けていく。
よし。分別は護りましょう、そして護らせましょう。世界を守護るために。
「なら話を戻すけど、どんな力を与えてくれるんだ?」
《魂の書という力があるな。強すぎもせず、弱すぎもしない。うん、これが良い。これは良いぞ……少年、これは良い力だ!》
フェアリー01からの有無を言わせない猛烈な一押しを、彼女はお任せしますと言わんばかりに両手を握りしめて首肯する。
彼女はきっと、フェアリー01があまり役に立たない自分の力を少しでも好意的に思ってくれるよう、目一杯アピールしてくれているのだと信じているに違いない。
違うんだ神様。それは「その力以外を選んではいけない」「コレ以外は間違いなく不幸になるぞ少年」という、全く違う意味での必死さなのだ。
(純粋すぎるぜ、神様……!)
その無垢な眼差しに心の涙が止まらないが、同時に他にどんなヤバイ権能があったのか気になる所ではある。が、触らぬ神に祟りなし。贔屓目に見なくても、何の対策もしていない一般人では不幸になること請け合いだったに違いないのだ。